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SS一覧とあらすじ
作成したSSの一覧と、その内容について簡単に書いたものです。
新しいものが上に、古いものが下になります。

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死神「ハッピーバースデー!」ッパーン! 男「いや、命日だけど」 ※元スレはコチラ
…現代男女モノファンタジー。地獄を舞台に一人の男の人生を書きました。コメントで評価が二分したSS。


夫「ホワイトデーなので報復します」 嫁「くっ、殺せえええ!」  ※元スレはコチラ
 …現代男女モノ、イチャラブ系短編コメディ。甘いっていうか 若干、サムいってコメントも。


男「愛してた。愛してる。だから、さようなら」  ※元スレはコチラ
 …描写ゼロで挑んだ、現代SS。暗い上に、わかりにくい話だと自覚はしてます。


魔王「最善の選択肢と、悪魔の望む回答」  ※元スレはコチラ
 …魔王モノのファンタジー恋愛SS。時間に追われて書いたので、ともかく誤字脱字と誤用が多いので注意!!


僕「彼女が┌(┌^o^)┐←コレになって這い寄ってくる」  ※元スレはコチラ
 …現代男女モノ、短編恋愛コメディ。彼女がマトモに喋らないので、翻訳ver.も作りました。でも最初は翻訳無しで是非…。


魔王「覚悟はいいか」 暗黒騎士「例え魔王であろうと、構わぬ!」  ※元スレはコチラ
 …暗黒騎士×喪女のファンタジー恋愛SS。簡易プロットは暗黒騎士の人より頂戴しました。魔王ガンバレ。


【長編】魔王「ならば、我が后となれ」 少女「私が…?」  ※元スレはコチラ
 …魔王主役のファンタジー恋愛SS。そこそこ長いです。現在、続編も思案中。


ヘルパー「はじめまして! 私、妖精ヘルパーと申します!」   ※元スレはコチラ
 …現代男女モノ、恋愛SS。いわゆる俺SSで、主人公が 俺「 」 で、視点も「俺」です。もちろん僕ではありません。


男「クリスマスにコミュ症で何が悪い」  ※元スレはコチラ
 …まったり系、現代男女モノ恋愛SS。スローペース。ともかく地味でわかりにくい魅力の萌えがポイントのヒロインですw


女勇者「……『星空魔王』?」   ※元スレはコチラ
 …魔王主役の ファンタジーSS。少し長め。とても自分らしいキャラや雰囲気で書けたSSだと思っています。


男「だから、僕は死を選ぶ事にした」  ※元スレはコチラ
 …現代男女モノ、ファンタジー恋愛SS。ミステリーだと思った、といわれて反省。


・旧保管庫: SS花葬場/SS一覧  
 …これより過去のSSは、旧酉で書いたものですので旧倉庫に保存してあります。 ご興味がある場合はどうぞ。



コメントや意見がありましたら、まとめサイト並みにご自由に、思ったままを書いてくれたら喜びますw
荒らし行為、悪質な絡み行為だけはNGとさせてもらいます(見かけたら削除します
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[2036/04/01 00:00] SS置場(一覧よりどうぞ!) | コメント(0) | @
死神「ハッピーバースデー!」ッパーン! 男「いや、命日だけど」
SS速報VIPにて 酉無しで掲載。
本編掲載後に、下にSSの説明などを少し書きます。





死神「ハッピーバースデー!」ッパーン! 男「いや、命日だけど」



1 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:39:08.70 ID:1O1LHxZ+0
******
都内某所:ビルの上


「ハッピーバースデー…じゃ、ないの?」ショボン

「あー…。いや、間違ってはないんだけれど。確かに今日は僕の誕生日だった」


「あはは。じゃあ、私にまかせて?」

「え?」

「いえーい! ハッピーバースデー!!」ッパパーン♪

「いや、だからそれはいいってば」



「っていうか。人の死体を前にして、よくお祝いできるね…?」

「いやー。ちょっとあまりに凄惨な現場だし、盛り上げていこうかなって」

「盛り上げなくていいよ」

「そう? じゃぁ… ぁー…なんか、その…ご愁傷様で…う、うぅぅ…」

「盛りさげる必要もないから、変な演技はしなくていいよ」

「演技ってなんですぐバレちゃうかなー」

「華やかなリボンテープの垂れ下がったクラッカーで涙をふく真似されてもね」


「……ところで、君、誰?」

「ぁー、死神。ねぇ、このケーキ食べていい?」

「お、おう」


2 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:40:00.79 ID:1O1LHxZ+0******

「それにしても、随分と思い切ったね。なかなかできることじゃないよー」

「そうだね。でも他にいい方法が思いつかなくて」

「普通に飛び降りとかすればよかったのに」

「飛び降りで死に損ねるとすごい最悪って聞いた。あと、万が一にも他の誰かに接触して巻き込んだら悪いし」

「通行人とか?」

「うん。……巻き込まなくても、見たくない人が見ちゃって、トラウマとか残させてもねぇ」

「まぁこんだけのビルからの飛び降りとか、見たい人ってそうそういないよねー」

「でもほら、この方法なら あまり迷惑もかけないかなって」

「ビルの屋上で、水を張ったコンテナに自分の身体を沈めるのが?」

「重かった」

「そりゃあれだけの鉄材ごと沈めば重いよねー」ケラケラ

「…水に落ちた後、そのままだったら怖くなって、水から出ちゃうだろうから」

「鉄材に自分の身体を結び付けて、一緒にドボン」

「そう」

3 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:40:29.06 ID:1O1LHxZ+0「睡眠薬とアルコールとケーキ。お供えもばっちりだね」

「いや、お供えっていうか…。なんか、恥ずかしいな」

「恥ずかしい?」

「うん。こうして改めてみると、なんかすごく気取った感じする」

「死の直前に、一人で自分の誕生日パーティするのが?」

「ナルシストっぽい。なんだかんだで、感傷的にでもなってたのかな」

「あー、まぁ 自殺の直前って性格出るよね。わかる。あとね、あるある」

「そんなあるある話を聞かされても…」


「で、死神って言った?」

「そう、死神。お迎えにきちゃった☆」

「お迎えかぁ。ありがとう」

「どういたしましてー! じゃぁ、帰ろうか!」

「帰る? って、どこへ?」

「ふふふー。現世のお勤めが終わったんだもの。帰るのはもちろん……」



「冥府へ」

4 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:41:08.49 ID:1O1LHxZ+0
******
都内:上空


「うわ……飛んでる…?」

「お客さん、ソラははじめてですかー?」

「飛行機とかはあるけど、空身で飛ぶのははじめてだよ」

「ですよねー」

「……すごいなー」

「ふふふ。せっかくだし観光でもしてく?」

「え? いいの、そんなことしていても」

「死神がお迎えに行って、冥府に連れ戻すのって、割と時間かかることもあって。ゴネる人とかもいるし」

「あぁ…」



5 : ◆OkIOr5cb.o [saga sage]:2016/08/23(火) 21:42:57.35 ID:1O1LHxZ+0
・・・・・・セリフの前に名前を付けるの忘れてた…。



6 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:48:13.33 ID:1O1LHxZ+0死神「特に抵抗もしないでついてきてくれるなら、少し自分の生きた世界を見てもいいと思うんだよね」

男「そっか…。じゃぁ、見てみたいものがあるんだけど、いいかな」

死神「いいよ? どこ? 音信不通であなたのことを探してる恋人のところ? それとも突然の死のお知らせをした実家? はたまた憧れの地、女湯?」

男「幽霊になって女湯を覗きたいって、アレよくいうけどあんまり思わないよね」

死神「そうなの?」

男「知らない女の人の裸をみても…。普通に女性だらけの場所で入浴してる姿なんて、第一に、そんなに色っぽいようなものでもないと思うんだ」

死神「あら、無欲―」

男「それよりいっそ身近な恋愛関係にある人の、ごくプライベートな時間をそっと見てみたい。僕とメールしてる時の彼女がどんな顔してるのかとか知りたいよね」

死神「むしろ気持ち悪かった。ストーカーなの?」

男「実行したことはないけど、夜中に急にテレビ電話をかけて映像を隠されたことならある」

死神「女の子は24時間可愛くいられない。その魔の時間を覗き見ることはできないわ」

男「その時間こそを覗きみたいのが男心。むしろそこに女の子の本性がありそう」

死神「間違いない」


死神「で、どこに行きたいの?」

男「トウキョウスカイツリーの展望室」

死神「それは生きてる間に行っとけよ」

男「行き忘れてたんだ…」

7 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:48:40.80 ID:1O1LHxZ+0
******
スカイツリー:展望室


男「おお…高い」

死神「どうせなら、外を回って塔の先端とかもいけるのにー」

男「怖いじゃん」

死神「さっきまで空飛んでたのに」

男「空を飛ぶのは、なんていうか非現実的で。妄想じみたところがあるからむしろ怖くない」

死神「スカイツリーの突端だって、現実的な高さじゃないよ?」

男「構造体であることを考えちゃうと、到達不可能じゃないからね。現実的に落下という概念がつきまとう」

死神「よくわかんない」

男「ヘリからの地上映像を見るより、高層ビルからの地上映像を見るほうが怖くない?」

死神「ちょっとわかる」


男「それにしても、綺麗だね」

死神「夜景だねー。貸切りスカイツリー、ちょっといいかも」

男「……うん。ちょっと、いいかも」


8 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:49:09.97 ID:1O1LHxZ+0
******
スカイツリー:展望室

死神「………」

男「………」

死神「なんか、しゃべらないの?」

男「喋りたい?」

死神「ううん」

男「喋ってほしい?」

死神「……ううん。このままで、いいや」

男「…うん」


死神「……」

男「……」

死神「………」

男「………」



「「……綺麗だねー……」」


9 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:49:43.06 ID:1O1LHxZ+0
******
都内:上空

死神「ほんとに、もう出てきちゃってよかったの?」

男「あのままいたら、夜が白んでしまいそうだったし」

死神「……朝日の昇る景色かぁ…」

男「見たかった?」

死神「ううん。見たくない… それはそれで綺麗なのかもしれないけど、夜の景色が綺麗だったから」

男「うん。夜のイメージだけで、ずっととっておきたい」

死神「わかるー」


男「死神と気が合うなんて、思わなかった」

死神「そう? 私、あなたの自殺現場に行った時から思ってた。きっと気が合うなって」

男「え? なんで?」

死神「おひとり様でお祝いケーキ買うのに、コストコの48人前ハーフシートケーキを選んでたから」

男「憧れ」

死神「わかる」

男「半解凍くらいで固いのを食べるのが、甘すぎなくて美味しい」

死神「わかる」

10 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:50:10.36 ID:1O1LHxZ+0
******

死神「ねぇ、なんで死んじゃおうと思ったの?」

男「なんでだろう。なんかね、満たされなかったんだ。ずっとね」

死神「満たされない?」

男「いろんなものを手に入れたし、僕の人生は幸せだったと思う」

死神「……幸せだったの?」

男「幸せと呼ぶためのものに、条件を付けるなら、きっとそれは満たしてたはずなんだ」

死神「例えば?」

男「親も優しかった、きさくに遊べる友人もいたし、僕を大切にしてくれる優しい彼女もいた」

男「仕事もうまくいっていた。同僚の中では一番といえないまでも2番目か3番目に評価されていたし、収入にも申し分はなかった」

男「休日も時間を持て余すことのない程度にはやることがあった。良く見に行く服屋では親切な店員と仲良くなって、いつも僕によく合う服を一緒に考えてくれたし」

男「一人で飲みに行っても、気が付くと誰かと一緒にダーツを投げたりテーブルゲームをしていたり」

男「そういえば宝くじがあたったこともあったよ。200万くらいあたって、小さめだけど綺麗な車を買って、残りの金は…どうしたんだったかな」

死神「ふぅん…」

11 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:50:54.38 ID:1O1LHxZ+0
男「自慢しているみたいだね、ごめんね」

死神「ううん。全然自慢に聞こえないし、いいよ」

男「聞こえない?」

死神「そう。だって、そうやって話しているあなたは誇らしげじゃないし、なんだかさみしそう」

男「……うん。つまり僕は、いろいろなものを持っていたけど、心が満たされなかった」

死神「愛されなかったの?」

男「充分に、みんなから愛されたような気がするよ」

死神「それでも、満足できないんだ?」

男「満足…してるのかもしれない。だから、死んでしまうことに納得したのかもしれない」

死神「もう十分だったってこと? 満喫したっていう顔もしてないクセに」

男「そんな顔してる?」

死神「うん。してるよ…ほら…」

男「あ…」



死神「すごく…物欲しそうな顔をして、どこかぼんやりして…」

男「……っ…」ゴク

12 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:51:25.16 ID:1O1LHxZ+0
死神「………ちょっと? さっきまで目が泳いでたのに、どこ見てるの?」

男「っ、い、いきなりそんな近くに来たから!」

死神「口元みたまま目線もそらさずに喉ならされても。何? キスもしたことないの? 童貞なの?」

男「そ、そんなんじゃないよ! 自分でも、なんでそんな急にこんな……」ドキドキ

死神「ふぅん……?」


チュ。

男「っ」

死神「………私は、はじめてだけど。そんなに欲しそうにされると、あげたくなっちゃうじゃない」

男「な…な…」

死神「いらなかった?」

男「………っ」

死神「もっと欲しいのかぁ。仕方ないにゃー」

男「え、あ、その。ちょっ……」

死神「―――」

男「―――っ」



死神「冥途の土産が死神のキス…。ふふ、幸先悪そう」

男「死、神………」


13 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:51:59.78 ID:1O1LHxZ+0
******
冥府:地獄の入り口

死神「さて、私の仕事はここまで」

男「え」

死神「ふふふ。私が居なかったら、あなたここまで来るのに、すごい冒険をするはずだったのよ」

男「あ、えっと。さっきみた、三途の川を渡ったりとか?」

死神「そうそう。山登りとかもするはずだったけど、私がいるからアッサリついちゃった」

男「……そう、なんだ」

死神「私の仕事はここまであなたを送り届けることだから、礼を言えとは言わないけど。もうちょっとなんか言ってもいいでしょ? あはは」

男「し、ごと…」

死神「ま、いっか。この道をまっすぐ行くと、大きな門があるの。その中には閻魔様がいるわ。そこであなたは審判にかけられる」

男「……」

死神「自殺者だから、それだけで罪に問われるわ。少しの覚悟は必要だけど」

男「……」

14 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:52:27.61 ID:1O1LHxZ+0死神「聞いてる?」

男「何の覚悟も、できてなくて」

死神「ふふ。なんかちょっと意外。楽々と天国にでも行けると思ってた?」

男「死んですぐ、天国にいるような気になってた…」

死神「え?」

男「死神には、もう会えないの?」

死神「え…うん。私は死者ではないから、向こうには渡れないの」

男「もう… 会えないとか、一緒にいられないとか。なんの覚悟も出来てなかった」

死神「……」

男「………もっと…一緒に、いたかった」

死神「あはは。ばっかねぇ。死んじゃってからそんなこと言うなんて」

男「死んじゃったから、会えたんじゃないか」

死神「……違うよ」

男「え…?」

死神「私はね、生まれることのなかった命なの。あなたがもしも自殺をせずに生きていたら、7年後に貴方の子供として肉体を貰えるはずだった魂なの」

男「え……それ、は」

死神「あなたが生きてたら… あなたの娘として、あなたが死ぬまで一緒にいたはずなのに。今更そんなこと言うの、おそいよ」

男「ま、まって!? なんでそんな…!」

15 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:52:56.59 ID:1O1LHxZ+0死神「私の仕事は、あなたを迎えに行って冥府に届けること。そうしてきちんと“予定していた身体”がなくなったことを報告すること…。生まれる予定がなくなって事を、確定させること…」

男「あ…」

死神「このあと、私は、神様のところに… もう、男さんの娘の身体にはいることはできなくなったって…報告、しない…と…」ポロ

男「死神…」

死神「……ばか。楽しみに、してたのに。なんで死んじゃったの…ばか」

男「死神…っ」

死神「でも…でも、聞いちゃったから。なんか責められない! 生きてても、あんなさみしそうな顔で、満たされない気持ちのままで、それで7年後に私が生まれても…」

男「……僕が…あのまま生きてたら7年後に子供を産んでいたなんて、ちょっと信じられない。何かの間違いだったんじゃ…? 人違い、とか」

死神「ッグス…。そうかも、しれない。あとで、神様のところに行ったら聞いてみる…」

男「………死神…その、ごめん。僕、まさかそんなことになってるなんて…」

死神「ばか。いっちゃえー」

男「死神…。その、僕は……っ」

死神「いっちゃえってばーー!」

男「……っ。ごめ、ん」



死神「……私だって。パパになるはずだったとか、そんなの関係なしにしても…」

死神「もっと、一緒に、居てみたかったのに…ばかーー……」

16 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:54:35.93 ID:1O1LHxZ+0
******
冥府:審判の間


閻魔大王「ほう…若いな。自殺者か。それにしてはまともな顔をしているな」

男「まともですか?」

閻魔大王「ああ。自殺者は大抵、青白く疲れ果てた顔をしている。そうでもなければ、気の触れたような笑みを浮かべて死を誇っている」

男「ああ…。なるほど」

閻魔大王「まあよい、早速だが審判にかけさせてもらおう。といっても、お前の行先はほぼ決定している。世間話と素行調査のようなものだ。よほどワシに気にいられれば、裁量が変わることもあるやもしれぬがな」

男「そうですか。わかりました」

閻魔大王「ふぅむ。どうにも物わかりがよいというか、はきはきしすぎていてコチラの調子が狂いそうだ」

閻魔大王「だが、盆の時期でこちらも忙しくてな。人員すらまともに割けぬ。おぬしのように罪が明らかで、よほどでもない限り行き先が決まっているものは、ワシ一人でさくさくと決めてしまいたい」

男「……はぁ」

17 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:55:07.09 ID:1O1LHxZ+0閻魔大王「さぁ訊ねよう。お前は、己の死を後悔しているか?」

男「後悔、ですか」

閻魔大王「そうだ。生きるはずだった生を中途で勝手に終わらせた、その生き方を。後悔しているか?」

男「……」

閻魔大王「嘘をついて気に入られようとしても無駄だぞ」

男「…いえ。自分で、自分の事に嫌気がさして、思わず答えるのにためらっただけです」

閻魔大王「ほう?」

男「僕は、後悔などしていません。ただ、死神の事を思うと申し訳なく思うばかりで」

閻魔大王「死神、だと」

男「僕をここまで送り届けてくれた女の子です。……僕の娘として生まれるはずだったと、言っていました」

閻魔大王「なるほど。その娘の生きる道を閉ざしたことを後悔しているのだな」

男「いいえ、申し訳なく思うものの、後悔はできていません。僕はこんなに自分勝手な人間だったのですね」

閻魔大王「なんだと?」

18 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 21:55:43.90 ID:1O1LHxZ+0男「後悔など出来るはずがないのです。僕はあのまま生きていても、子供を持つ未来など想像がつかない」

男「だから、今の僕にとっては…死んだことでようやくあの子に会えたとしか思えない」

男「はじめて、あんな風に誰かを強く思うことができた。生きている時には味わえなかった幸福感を得た。それをどうして、後悔できるでしょう」

閻魔大王「貴様…」



男「死んで、ようやく得ることができた。こんなにも人を愛しく思える気持ちを。ただ生きているよりも…この想いをもって死んでいるほうが、よほど幸福に思えます」



閻魔大王「大馬鹿者めが!!!」

閻魔大王「お前のように反省の色もなく、自らの生を後悔することもなく、惜しみもしない大馬鹿者には転生の必要など微塵もあるまい!!」


閻魔大王「お前は永遠に苦しみもがくがよい!!!!!」


男「……」


19 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:02:07.93 ID:1O1LHxZ+0
******
地獄:


男「ここが…地獄…」

赤鬼「なんだ、お前?」

男「あ…鬼だ」

赤鬼「亡者か? ……それとも、おまえも鬼か?」

男「亡者です。…けど、あの、僕はここで何をすれば」

赤鬼「そりゃぁお前、苦しみもがくんだが…お前、罪状は?」

男「自殺者です」

赤鬼「自殺者? どうやって死んだ?」

男「睡眠薬とアルコールで、入水して。溺死です」

赤鬼「溺死―? 苦しくないのか」

男「少し…苦しいです。軽い高山病みたいな。それに身体が重い…」

赤鬼「他には」

男「なんだか…夢見心地です」

赤鬼「は?」

20 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:02:37.29 ID:1O1LHxZ+0男「眠気がすごくて。苦しいせいなのかもしれないですけど、ぼんやりと意識が落ちる手前みたいな、そんな感覚です」

赤鬼「ふぅん…?」

男「あの…」

赤鬼「ここはな、自殺者が死んだ状況、死んだときの苦しみや痛みがそのまま永続する地獄なんだ」

男「え…」

赤鬼「首を吊ったなら、首を吊った痛みと苦しみが。飛び降りたなら、飛び降りた恐怖と衝撃と痛みが。服毒したのなら、その気持ち悪さや眩暈、嘔吐感が永続するはずなのさ」

男「それは…想像すると、怖いですね」

赤鬼「俺たちはそいつらに、痛みが余計につらくなるようにムチをうってやる。……お前、安楽死かなんかの薬でも使ったのか」

男「いえ…普通の、市販の睡眠導入薬です」

赤鬼「普通、どんな死に際でも痛みや苦しみや恐怖ってのはあるもんなんだけどなぁ」

男「そう、なんですか?」

赤鬼「あ、あとはあれだな。“暗い心”。死に追い詰められたその苦しい気持ちが……」

男「苦しい気持ちが…?」

赤鬼「お前、ねぇの?」

男「特に……」

赤鬼「そうか…」


男「あ、あの。ムチうちますか?」

赤鬼「お、おう。とりあえずムチうっとくわ。仕事だからな」
21 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:03:06.22 ID:1O1LHxZ+0******
地獄:1日目

男「あ、おはようございます」

赤鬼「おう。……何してるんだ?」

男「掃除ですかね」

赤鬼「掃除って……」


男「ムチ…打ちます?」

赤鬼「お、おう」

22 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:03:43.24 ID:1O1LHxZ+0
地獄:2日目

男「おはようございます」

赤鬼「お前さ、ムチでうたれたところ痛くねぇの?」

男「痛いし、いつまでたっても痛みはひかないんですけど…なんか、鈍化したような感覚のせいで痛覚がはっきりしなくて…」

赤鬼「そうか…」


赤鬼「まあ、そのうち痛くなってくるだろ…」

男「はい…そうですね」

23 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:04:22.99 ID:1O1LHxZ+0
地獄49日目:

赤鬼「なぁ知ってる? 本当はさ、お前、今頃になってようやくココに来る予定だったんだぜ」

男「そうなんです? じゃぁ、随分と早く来ちゃったんですね」

赤鬼「ほんとよ。現世でおまえのことを供養してるやつらが知ったら、脱力するだろうな」

男「はは…僕、お迎えに来てもらったので」

赤鬼「へぇ。お迎え付きだったのか、そいつは運が良かったな。冥府に来るまでの道は、そりゃぁキツいってきくからな」

男「ここに来るまでも、ここに来てからも…あんまり、キツいことがないので。地獄らしさを味わい損ねたのかもしれません」

赤鬼「よく言うぜ、はは」


男「ところで、鬼ですよね」

赤鬼「あっ、ムチうたなきゃ」

24 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:04:51.64 ID:1O1LHxZ+0
地獄:104日目

赤鬼「おい、お前… あのさ、こないだ、冥府いった?」

男「冥府へ? いえ、行きませんけど」

赤鬼「あー…やっぱそうなのか」

男「どうしたんです?」

赤鬼「昨日、呼び出しで冥府に行くのを見逃した亡者がいてさ。んで、思い出して調べたら、お前が死んで100日目だったんだよな、こないだ」

男「100日目は、冥府に行くはずだったのですか」

赤鬼「運が良ければ、っつーか、お前がちゃんと供養されてれば、再審があったかもしれねぇんだよな」

男「再審」

赤鬼「なんつーの。地獄での居場所とか、そーゆーのが変わるんだよ。罪が軽減したりとかな」

男「ああ…」

赤鬼「悪ぃ、もっと早くに気付いてりゃ、教えてやれたのにな」

男「いえ。僕はここで十分です。……いつの間にか、あなたともすっかり話す仲になってしまいましたし」

赤鬼「はは。まぁ俺も、あんたに仕置きするはずの時間が休憩時間みたいになってラクさせてもらってるわ」


男「叩いたりしなくていいんですか?」

赤鬼「叩いたところで逃げもしないでじっと耐えてるお前に、毎朝挨拶されるこっちの身にもなってみろ。やる気も出ねぇよ!!」

25 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:05:56.94 ID:1O1LHxZ+0
地獄:1年目

男「あ、鬼さん。おはようございま…す……」


赤鬼「……おう」

女亡者「……」ペコッ


男「…………」

赤鬼「…………」



男「あの、お仕事中ですか? 休日ですか? デートなんですか?」

赤鬼「仕事中なんだよ! くっそ、やっぱり今日は仕事になりやしねぇ!! 帰る!!」

26 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:06:59.47 ID:1O1LHxZ+0
地獄:2年目

男「おや…おはようございます」


赤鬼「おう」

女亡者「……」ペコペコ


男「以前もお見かけしましたね。気になっていたのですが、そちらの可愛らしくも痛々しいお姿の亡者さんは一体?」

女亡者「………」ペコリ

赤鬼「自傷が行き過ぎて死んだ亡者なんだが、妙になつかれて困ってる」

男「叩いたりしないんですか」

赤鬼「………叩くと悦ぶんだよ。無視するのが堪えるらしくて、放っておくとたまに泣く」

男「お疲れさまです…?」

27 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:07:31.15 ID:1O1LHxZ+0
男「それで、今日はこちらにはノロけに?」

赤鬼「あほか。冥府にいくんだよ、こいつの1周忌でな。裁量が変わるかもしれえぇだろ」

男「ああ…居場所が変われば、っていうことですか」

赤鬼「他の地獄で他の奴に引き取ってもらえるからな」

女亡者「……!!」プルプル

男「泣いてる」

赤鬼「泣き叫ばれるのは構わねえんだが、ひたすら健気にされるもんだからこうなるとちょっと精神に来るし仕事に支障をきたす」

男「厄介な亡者につかまりましたねぇ」

赤鬼「亡者をひっつかまえて泣かせるはずなんだけどなぁ」



男「鬼さん、いい人ですよね」

赤鬼「てめぇ。……今度、鬼らしいところ見せてやるよ」

男「クワバラクワバラ」クス

28 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:08:03.57 ID:1O1LHxZ+0
地獄:3年目

赤鬼「……やっちまった」

男「殺人ですか?」

赤鬼「馬鹿野郎、ここは地獄だぞ? 洒落にもならねぇこと言ってんじゃねぇ」

男「では、どうしたんです。……赤鬼のくせして、青鬼みたいな顔をしていますよ」

赤鬼「あぁ…くそ。わかってんだが、こんなことしてる場合でもねぇんだ…悪い、行くわ」

男「待ってください、本当にどうしたんです。これまで毎日のようにあなたに罰を見逃してもらっている恩があります。僕で何かお役に立てることがあれば…」

赤鬼「ちがうんだ…役に立つとか、立たないとか。そういう話じゃない」

男「ではせめて、お話だけでも。話すことで頭くらい回るかもしれません。僕のところにくるくらい、どうしようもなかったのでしょう?」

赤鬼「あ、ああ… くそ、そうだ」

男「……いったい、何があったんです?」

赤鬼「生かしちまったんだ」

男「生かす? 殺すではなく?」

赤鬼「……生かしちまったんだ。気が、ちょっと焦っていて。後先をよく考えていなかった」

男「……」

29 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:08:55.46 ID:1O1LHxZ+0
赤鬼「冥府に、とある婆さんの亡者を送っていったんだがな。まぁそいつは裁量がかわって、人道に行くことになってた」

男「人道…」

赤鬼「いわゆるヒトの世界だ。…送り届ける途中で、その…」

男「…?」

赤鬼「覚えてるだろ、あの女亡者。俺にずっとくっついていたやつ。あいつが、その日も俺の後にくっついてきてたんだ」

男「え…」

赤鬼「特段に悪さをするような亡者じゃなかったから、放っておいたんだが…。婆さんを送り出した後で、振り向いて見ちまった」


赤鬼「……俺が今まで見たこともないような顔で、人道の世界を見てた」


赤鬼「俺は鬼で、あいつはヒトの子だ。俺にくっついてても始末に負えねぇだけで…3周忌の再審はもう受けねぇとか言い張ってたし…どうしていいかわかんなかったし」

赤鬼「そんなこと、一瞬でいろいろ考えちまって、気がついたらあの女亡者の腕をつかんで、人道に落としちまってた…」


男「生かしちまったっていうのは、そういうことですか…」


赤鬼「王の再審もなしに、鬼の俺が勝手に亡者の居場所を変えたりなんかしちゃマズイんだよ。それに、思わずああしたものの、これがバレたら俺もあいつも別の罪に問われるだけだ…」

男「……」

赤鬼「……早まった。くそ…。明日…冥府へ報告に行く。俺はもうここには戻ってこれないかもしれねぇ。あいつの罪状が増えないように…うまく説明できればいいが。……世話になったな」

男「鬼、さん……」

30 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:09:21.07 ID:1O1LHxZ+0
地獄:その夜


男「……冥府…3年ぶりかぁ」

赤鬼「お前……いい根性してんな。堂々と運ばれる亡者のふりしやがって」

男「鬼さんだって、グズグズいいながらついてきたじゃないですか」

赤鬼「ついてきてんだか、連れてきてんだかわかんねぇ状況だけどな!! コレがバレたら大変なことになるんだぞ」

男「まぁまぁ。それで…人道というのがこの先なのですか?」

赤鬼「正確にいや、その入り口だけどな。俺が開けられるのは門までだ。門の向こうがどうなってるのかは知らねぇ」

男「よくもまぁ、自分の彼女をそんなとんでもないところに引きずり落としたものですね」

赤鬼「彼女じゃねぇ!!!!!!!!」

31 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:11:47.81 ID:1O1LHxZ+0

男「……で。ここが、その門ですか」


赤鬼「…こっから先は亡者の世界だ。俺は自分の担当する地獄にしか入れねえ…」

男「ええ、聞きました。…僕が、軽く見てきます」

赤鬼「…………」


男「開けてくれますか? 戻ってきたら、また門を叩きます……そうだなぁ」

男「♪明日への扉 のリズムで叩いたら、それが合図ってことで」

赤鬼「選曲おかしい上にめちゃくちゃ古いんだよ!!!!!!!!!!」



男「あはは。じゃぁ、開けてください、行ってきます」

赤鬼「…………おう」



赤鬼(……これで、もしこのままコイツが人道に落ちて戻ってこなかったら…)

赤鬼(いや。俺はすでに女亡者をここに勝手に落としてる。一人も二人も、かわらねぇ)

赤鬼(それに…あいつも、人道に戻りたいっていうなら…戻してやりたい奴の一人には違いねぇんだ…)

32 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:14:39.56 ID:1O1LHxZ+0
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・


♪トトトトトト― ♪トトトトトト― ♪トトトー トートトッ トッ トートトン



赤鬼「お前それ、マジでやるんか」ギィィ



男「スローテンポの曲にしなかったことを後悔しました。拳骨が痛いです」

赤鬼「っていうかどうした。入って5分も経ってねぇじゃねぇか……中には入れなかったのか?」

男「いえ…その、奥に進もうとしたのですが」

赤鬼「したが、どうした。……なんだ、怖くなったか?」

赤鬼「正直……戻ってこねえんじゃなえかななんて思ってたからよ。あんまマヌケなことしてくれんじゃねぇよ」

男「え? 戻ってこないわけないじゃないですか。僕は自殺者ですよ? せっかく人の世を離れたのに」

赤鬼「……お、おう。そうか」


33 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:15:41.21 ID:1O1LHxZ+0赤鬼「しかしまぁ、じゃぁ、なんだってこんなすぐに戻ってきた?」

男「いえ。門がとじるのを確認しようと振り向いたら…」

赤鬼「たら…?」


男「門のすぐ横でうずくまってる女亡者さんを見つけたのです」

赤鬼「ブハ」


男「……ですが、その」

赤鬼「あー…連れて戻ってないってことは、アイツは進めないけど戻りたくもないってことか……。そう、だよな…地獄だもんな…」


男「いえ。何やらものすごく拗ねておられるので、ちょっと僕の手には負えなくて」

赤鬼「 」


男「お力になれず、すみません。というわけで…こっちの閉じてるほうの扉の裏にいらっしゃるんで。鬼さんが自分で呼び戻してください」

赤鬼「え」

34 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:16:25.57 ID:1O1LHxZ+0男「………申し訳なさそうにしてたり、悲しげに泣いているところは見たことがありますけれど。あんな表情もなさるんですねぇ、あの方」

赤鬼「な、なんの話だよ」

男「血の気などないはずなのに、どっかの赤鬼に負けないほど赤い顔をして怒っていて。……わりと可愛いかなって思いました」

赤鬼「は」

男「お似合いですよ。お幸せに」

赤鬼「っテメ……」


男「どこにも行かずに静かにうずくまってたイイコですよ。あの様子じゃ誰にも会っていないだろうし、ばれてもいないでしょう」

男「僕は何も見なかった……今日、何も問題はおきなかった。ちょっとしたカップルのケンカがあった以外には。そうでしょう?」

赤鬼「あ…」

男「僕、先に自分の地獄に戻ってますね…」

赤鬼「……………ああ!」



赤鬼「……聞こえ…~~っ! 戻ってこい―!」
赤鬼「~悪かっ~~…お前が……!!」
赤鬼「! ~好k~~愛s~~~!」




男「背後から聞こえる鬼さんのセリフがあまりにこっぱずかしい件」耳栓

35 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:23:55.27 ID:1O1LHxZ+0
******
冥府:

閻魔大王「……どうにも、お前の素行は地獄にいても目に余るものがあるようだな」

男「僕が何かしましたか」

閻魔大王「赤鬼との仲の事は…知っている。まさか、地獄の獄卒と打ち解けるとは」

男「……僕の腑抜けっぷりに、呆れているだけでしょう」


閻魔大王「―――人道の、亡者」

男「……」


閻魔大王「ワシが知らぬと思ったか」



男「どう、申し上げたものか。今日、ここに呼び出されたのは、僕の罪状が何か増えるのでしょうか」

閻魔大王「いいや。おまえは罪を犯してはおらぬ。お前の罪はこれ以上に増えることはない」

男「では、どういった用向きで…?」



閻魔大王「……お前を再審にかけようと思ってな。このまま地獄に居させても意味があるまい」

男「そうですか…」

37 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:25:04.59 ID:1O1LHxZ+0閻魔大王「そこで、お前にひとつ聞いてみようとおもってな」

男「何をでしょう」

閻魔大王「お前はどうあっても反省しない。己を省みて、苦しみもがき、生をあがこうとしない」


閻魔大王「――どうなれば、お前は自分がそのように反省するか―― その方法を、聞いてみたい」

男「僕が…苦しみ・・・生をあがく方法・・・?」



閻魔大王「ああ、そうだ。お前ならば、こう尋ねられたらどうこたえる…?」

男「僕が…後悔して、反省すること……」


閻魔大王「……ほう? 珍しくそのように、真剣な表情をしておるの」

男「なん、だろう……そんなもの・・・本当に、あるのでしょうか…?」

閻魔大王「さてのぅ…? 怖いものくらいはあるのだろう?」

男「もちろん、あります。だけど…これまで、どうしても怖くて仕方ないとき、それでもどうにかしなくてはならない時には、死んでもいいやと思うことで打開してきたので…」

閻魔大王「本能的に死を恐れる心はもっていたか。だが、死そのものを恐れる感情をもっていない。なんと不出来なヒトだろう」

男「………」

閻魔大王「どうだ、何か方法がみつかりそうか」

男「……3日の、猶予をください。とてもすぐには思いつきそうにありません」

閻魔大王「ほう!」

男「………僕が…一番に苦しみもがく方法を考えてみます…」

閻魔大王「は…はっはっは。良いだろう! そうして悩んでいること自体も一つの苦行。悩み続けることができる限り、期日に囚われず永劫悩んでいてもかまわぬぞ!!」

男「・・・・・・・・・」


38 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:25:34.25 ID:1O1LHxZ+0
******
冥府:2カ月後

閻魔大王「これは…随分と風貌が変わったものよ。それでこそ亡者の姿というものだ」

男「・・・・・・2か月近く・・・かかってしまいました」

閻魔大王「げっそりとやつれきった頬。青ざめるどころか、血の気のない土気色。焦点を合わさない目・・・。ようやく少しばかりの地獄を味わったようだな」

男「・・・・・・・・・」

閻魔大王「さあ、答えよ。お前がもっとも反省し、後悔する方法はどのようなものだ」

男「それは・・・・・・」




男「今の僕の記憶をもったまま もう一度人生をやり直すこと・・・です」


閻魔大王「なんだと・・・?」

39 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:26:43.71 ID:1O1LHxZ+0
男「……死にたいくらいに、前の生を後悔すると思います」

男「あんな可愛い娘に出会わずに死んだこと。あんな可愛い娘の為にできるはずだったすべての努力を、しないままに人生を終わらせたこと」

男「何か一つ新しく成すたびに、こんなこともしないで終わったのかと自分を責めることでしょう」


閻魔大王「く・・・くく。なかなかうまい論調だな。そうして人生をやり直すつもりか?」


男「……ですが、記憶を持って生まれなおしたこと自体は、苦しみもがくと思います」

閻魔大王「なに?」


男「愛した子の姿を覚えているのに。他の女性と結ばれなければ、愛した子に会うことも出来ない人生」

男「そうしてまで娘をもうけて、ふたたびあの子に会えたとしても…娘として愛することはできても、女性として愛することは出来ない」


男「いっそ、あの子を愛した記憶などなければよいのに、と。僕は苦しみもがくでしょう」

男「それでも会いたければ・・・そうしなくてはならない。なんてつらい人生だろう」


男「もしかしたら、僕はその悲しさに、また死んでしまうかもしれない」

男「そうして今度こそ、深い苦しみと絶望を胸にしたまま、ここで地獄を永劫に味わうのでしょう」

閻魔大王「………」

男「それが、僕にできる最大限に後悔と反省をする方法です…」

40 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:27:13.12 ID:1O1LHxZ+0
閻魔大王「器用なお前ならば、要領よく都合のいい事を答える事もできたのではないか?」

閻魔大王「なのに何故そうせず、そこまで正直に悩み、やつれてまで本気で自分の後悔と反省に向き合った」

男「……」

閻魔大王「ああ、いや。意地の悪い質問だった。お前が嘘をついたなら、わしはそれを見抜くだろう。嘘をつくことがかなわぬからこそお前に考えさせたのじゃ…」

男「そうだったんですか…」

閻魔大王「ああ。……いや、まて。そうと知らなかったなら、なぜお前はそうしたのじゃ」

男「……地獄よりも恐ろしい時間でした」

男「都合のいい…“ちょうどいい程度の苦しみや悲しみ”はいくらでも思いつくのに、それを明日つたえにいこうと思って眠ると、夢の中に死神が現れて 僕を悲しげにみつめるのです」

男「そうして僕は夢の中で苛まれる」

男「都合のよいやり方で、都合よく彼女を手にいれて。…なのに飽きたかのように満足しない自分と、そんな自分を悲しげにみつめる彼女。僕はそれを 外から見つめている。そんな夢を見るんです」

男「そんな事にはならない、と強く言い切る事も出来ないまま…そんな夢を見るのです」


閻魔大王「ほう。それで、どうした」

41 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:27:39.29 ID:1O1LHxZ+0
男「辛くて、辛くて。愛する事もやめられないなら、どうすればいいのか考えたのです」

男「どうすればよかったのか、考えたのです。それが、最初にお話した事。これに懲りて人生をきちんとやり直せたとしたら…そんな事です」

閻魔大王「そう。それが反省というものだ」


男「そしてそれを考えて考えて、自分の人生を一つ一つ思考の中でやり直したのです」

男「そして死神が…娘がうまれるところまで妄想して 僕は死にたくなりました」

閻魔大王「愛せない、と?」

男「そうです。僕は僕のやらかしたことで、自分の望む未来を閉ざしてしまったことを知り、死にたくなったのです」

閻魔大王「そう。それが後悔というものだ」

男「結局僕は、死ぬしかないのかもしれません。ですからもう、考え付いたことのすべてをお話して 閻魔様の裁量に委ねてみようと思いました」


閻魔大王「ふむ」

42 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:28:09.81 ID:1O1LHxZ+0
閻魔大王「……お前は本当に要領のいい男だな」

男「え…?」

閻魔大王「お前はお前の思うように生きてきた。そうしてようやく少し苦しんだならば 今度は人の思うように死んで見ようというのか?」

閻魔大王「そうすれば苦しみから解放されると思ったか? 誰かが救ってくれるとでも、思ったのか?」

男「……そう…は、考えませんでした…け、ど」


男「…言われてみれば、裁量に委ねようだなどとは甘えですね…。この魂の根底まで、この性格の悪さは根付いているのかもしれません」

閻魔大王「は…



閻魔大王「ブ ワ ァ ッ ハ ッ ハ ッ ハ ッ ハ ッ ハ ッ ハ ッ ハ ッハ ! ! ! ! ! ! ! ! ! 」



男「――ッ」

閻魔大王「ハッハッハぁ・・・!!!!」

男(く……なんていう大音量……。これが、笑い声なのか…? 地鳴りするほどじゃないか……)

43 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:28:46.05 ID:1O1LHxZ+0
ガターーーン!

男「!」

閻魔大王「はっはっは…あまりに笑いすぎたようじゃ」

男「今の音は…」

閻魔大王「なぁに、地獄の釜が揺れ動いて、蓋でも落ちたのじゃろう」

男「え…。それってつまり、地獄の門が外れたってことじゃ……」


ワァァァ…
 ギャァァァァ!!


男「な…亡者が」

閻魔大王「ふぅむ、盆はもう終わったのじゃがな。こりゃぁ手間じゃのう」

男「――どの鬼さんも大慌てじゃないですか…あっ」



赤鬼「!? おまえ、なんでこんなとこに…しばらく家から出てこねぇで引きこもってると思ったら」

男「あの、これは…」

44 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:29:27.48 ID:1O1LHxZ+0赤鬼「ああもう、亡者が逃げ出してな! 説明してる時間はねえんだ、早いとこ一匹でも地獄に戻さにゃ、後々が余計に面倒なんでな!!」

赤鬼「そうですか…… あの、赤鬼さん! 僕、手伝いま――


閻魔大王「何故、そんな事をするのだ?」

男「あ…」


赤鬼「ばか、お前… 閻魔様との再審中かよ。こっちのこたぁいいから、しゃきっとしてろ、このウスラボケが」ヒソ

男「赤鬼さん…」コソ

赤鬼「じゃぁな」タタッ


閻魔大王「……あの鬼に、特別な恩や友情でも感じてるのか? それとも鬼にでもなりたいのか」

男「……何故なんでしょうね…。理由などは、別にありません」

男「僕は生きている頃からこうしていただけです。その内に、何故かなんでも手に入れてしまって」

男「……それでも、満たされることがなくて。こうしつづけることしか、知らないのです」


閻魔大王「………」

男「………」

45 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:29:54.71 ID:1O1LHxZ+0閻魔大王「………ならば…」



閻魔大王「その亡者に紛れ、逃げ出してみろ」



男「そんな事は……」

閻魔大王「お前に足りないものが、ようやくわかった」

男「…なんですか?」

閻魔大王「ありがたさ… だ」

男「ありがたさ…?」


閻魔大王「お前は自殺者としての罪でここに呼ばれた。だからそれを裁いたのだが、改めてよくよく見るとおかしいのだよ」

男「おかしい?」

閻魔大王「お前は生前、善行の方が余程に目立つ。悪業をした記憶はあるか?」

男「……小さい頃に、見慣れぬお菓子があまりに美味しそうで、夕飯前にだまって食べました」

男「預け先にいた叔母にみつかり、叱られました。叱られたことがなくて、とても怖ろしく感じたのを覚えています」


閻魔大王「それで?」

46 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:30:42.50 ID:1O1LHxZ+0男「……悪いことはしてはいけないのだと、強く思いました。それから、叱られるようなことはしなくなりましたね」

閻魔大王「怒ること。怒らせる事。叱ること。叱られる事。嫌がる事。嫌がられる事。お前に足りないのは、そんなものだ」

男「悪いことを…したりない、と?」

閻魔大王「そうではない。だが、過剰に怖がり、イイコであろうと居すぎたのだ。ありがとうと、言われ慣れすぎた。有り難いはずの事が、当たり前になりすぎた」


閻魔大王「だからお前は、満足が得られないのだ。何もかもが…ありふれたものに感じてしまうのだ」


男「……ありがたく…ない…?」

閻魔大王「死ぬほど悩み、死の世界で充分に死を味わったお前だが、まだこれ以上に悩むべきことがあるようだな。なぁに、多少 逃がしてやるのが惜しくなる」


男「……」
47 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:31:18.72 ID:1O1LHxZ+0
閻魔大王「さぁどうした。逃げていいのだぞ? 逃がしはせぬが。何故、似げぬ?」


男「逃がさないと言われた以上、どんな冤罪で逃げ出した罪を問われるかわかりません。そこまでして、逃げる意味があるのかもわかりません」

閻魔大王「ほう?」

男「…だから僕は今は逃げずにここにいます。惜しいといってくれるならば、尚更に」


閻魔大王「……死神にあわせてやろう」

男「!!」

閻魔大王「うまくここを…我より逃げおおせて、お前の手が地に届いたのならば」

男「それは本当ですか!」

閻魔大王「嘘かもしれぬな」

男「…え」


48 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:32:05.17 ID:1O1LHxZ+0
閻魔大王「……嘘かもしれぬ。本当かもしれぬ。何故ワシがそんな確約をせねばならぬ?」

男「それは、そうですが。閻魔様は意地悪ですね。思わず本気のぬか喜びをしてしまいまし……た……」


閻魔大王「どうだ。小さな悪意に触れた感想は。少しは怒りたい気にでもなったか」

男「……一瞬…でしたが。本気で、喜びを味わいました。ありえないことが起こり得る可能性に、有り難さをかんじました」

閻魔大王「ほう」


男「……怒りよりは…落ち込んでしまいそう、です。今は、動揺もしています…」

閻魔大王「そうか。悪かったな」

男「いえ…おかげで、“有り難いことが起こり得て、ありがたく思う”という意味を、少し理解しました」



閻魔大王「ならば、今度は実践と行こう」

男「……はい?」

49 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:33:31.27 ID:1O1LHxZ+0
閻魔大王「さて。逃げ出すがいい。一歩でも逃げたらそれが合図じゃ。ワシも本気で捕まえてみせよう」

男「な」

閻魔大王「無事に逃げれば、死神に会えるかもしれぬ。だが我にからかわれているかもしれぬ」

男「まってください、そんな――



閻魔大王「悩む時間も与えない。悩んでいれば、その隙に捕まえてみせよう」

男「そんなことをして、一体なんの意味が――」


閻魔大王「逃げ出さずに捕まったなら… 

“逃げてたら死神に会えたのだろうか、それともどちらにしても会えなかったのだろうか”などと、

答えの出ないままに何もしなかった事を、後悔するだろう?」

男「―――っ」


閻魔大王「よくよく、反省してみせろ」

50 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:34:05.98 ID:1O1LHxZ+0
******

閻魔は立ち上がる。
巨体は4メートルを超える大男だ。圧巻されて、思わず一歩、あとずさった。


閻魔大王「逃げたな。始めるぞ」


男「!」



大木のような太腕が、横薙ぎに襲いかかった。

賭けどころではない。悩む暇などありはしない。
いくら神経が太いと言われる男であろうと、閻魔の迫力は恐ろしい。

鬼の恐ろしさを怪人に例えるならば、閻魔の恐ろしさは人外だ。
確かに鬼も人外だが、それとは比べものにならない。

殴られるだの焼かれるだのと、想像できるような恐怖ではない。
見た事も想像した事もない恐怖を、どう表せと言うのだ。
拷問ですら痛みを想像して耐える事もできようが、これはそういう種のものではない。


触れた瞬間に粉微塵?否!
薄皮一枚のこして中身を抉り出される?否!


そんなものでは済まないのだと、よくわからないままの謎の確証だけが襲い来る。
思考がオーバーヒートして、凍り付く。
逃げなきゃならぬと、アラートだけが脳内中に鳴り響く。

51 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:34:32.79 ID:1O1LHxZ+0
怒鳴り声とも笑い事ともわからない声が、背後から身体中を打ち付ける。
まともに聞いていたら鼓膜が破けてしまう。
いや、そもそもこんなものが耳などに入るわけがない。


男(――違う、声に物理的な大きさなど関係ない)


感覚が狂いだす。
五感の全てが過剰にはたらきすぎていた。
死んでからずっと鈍化しただけだったような身体感覚が、急激に覚醒する。


過剰の情報量に脳が錯覚を起こして、
正しく理解するができない。


自分の足が、7倍もの大きさになった気がした。
足の裏から伝わってくる感覚は過剰なのに、その物自体はバランスが悪くて邪魔くさくて、もつれやすくて。

それでもその足のおかげで、閻魔が追いかけてくる位置が、どれほどの場所にまで迫っているのかが、音と振動で鮮明にわかる。

小指の先まで力を入れて、床を掴むように踏みしめた。

52 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:35:54.36 ID:1O1LHxZ+0
腰は蝶番のように思える。
ブオンという、なぎ払いの大風を受けて、パカリと前に折れ曲がって避ける。

だが、逆にはあまり曲がらない。あまり曲げれば折れてしまう。蝶番だ。


男(だから、ええと。そうだ、前から薙ぎ払われたなら、後ろを向かなければ折れ曲がらなくて…)


感覚が現実味を失っていく。
本能と、感覚と、理性と、知識と、何を当てにしていいのかわからない。
何を頼りにしていいのかわからない。


男(この腕はバットだ。うまく使えば支えになるが、強く叩けばバットの方が折れてしまうだろう)


大きく前に飛び跳ねる時に体を支えることはできても、
あの大腕を躱すのにつかってはならない。


体感覚の全てが錯覚だけで成り立っていく。
自分が、小道具をあつめて作った不細工なロボットになったような気がする。


53 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:36:34.41 ID:1O1LHxZ+0
逃げる。逃げるしかない。
恐ろしい。怖い。助けて。助けて。助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて






助けて、死神―――




『あはは。じゃあ、私にまかせて?』

――え?

『いえーい! ハッピーバースデー!!』


ッパーン……


追い詰められて幻を見た。
幻だとはわかっていた。


それでも救いを求めて伸ばした手は、クラッカーの音と共に、地へと届いたんだ。



54 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:37:03.56 ID:1O1LHxZ+0
*******



……結局。
記憶を持ったまま、僕は15歳からの人生をやり直した。

あの幻以外には死神にもあえないままで、
もしかしたら会えるかもという淡い期待を抱かずにいられないまま探し求めることもあった。

だから僕は前の人生よりも少しだけやさぐれたし、そのせいでうまくいかない事も増えた。
入学した高校も大学も、就職先だって前の人生とは違うもので、やり直したはずの人生は前よりもうまくいかないことが増えていて。


男「今まであたりまえにあったものが、割と貴重なものだったんだって気付いたんだ」


今の僕は、前の人生でもっていたものの半分程しかもっていない。
だけど前の人生よりも、ほんのすこしのやりがいや手ごたえを感じることは出来る。


ただ、僕は前と違う職場に就職してから気づいてしまったんだ。

“人生が変わって、出会う人も変わってしまった”ことに。

あのころ付き合っていた彼女とも、出会っていない。
なら、“あのまま生きていたら生まれていたかもしれない娘”とも・・・出会わなくなってしまったかもしれない。

そう気づいてからの僕は、またほんの少し、
つまらないだけのイイヒトに変わっていくのが自分でわかった。


55 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:37:35.65 ID:1O1LHxZ+0******

そして、僕の25歳の誕生日… 前に僕が死んだ日。


あの日死んだ僕と
生まれ変わった僕のために、バースデーケーキに線香を立てた。


時計の針は丁度0時。
大体だけど、前に僕が死んだ時間。


あの日、見事に終わらせた僕に、おめでとう。
君は死んだから、やはりあの子に会えたんだ。


また始めてしまった僕に、ご愁傷さま。
後悔と反省のために地獄の閻魔大王から与えられた地獄は、これからだ。

56 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:39:08.89 ID:1O1LHxZ+0
男「……これから始まる、まだ僕が知らない25歳からの僕には……なんて声をかけようかなぁ」


女「ねぇ、このケーキ食べていい?」ピョコ

男「え。」

女「一人でビルの屋上で誕生日パーティ? しかもお線香って」

男「え? ちょ… 君、どこから…」


女「……あれ? もしかしてこれ、お供え? 自殺でもするの?」

男「え…。あ…“お供え”って……」

女「なんかちょっとナルシストっぽいからやめたほうがいいよ! 死後に後悔するよ!」

男「………しに…g」

女「そんな風にするよりさぁ、こうしようよー」




女「ハッピーバースデー!」ッパーン!

男「っ」


腹を抱えて、女の子が笑っていた。

57 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:39:39.13 ID:1O1LHxZ+0
******
7年後……


女「あーあ。お腹おもーい! 辛い!」

男「はいはい。腰、揉む? 温める?」

女「押してー。もー、こんなキツイとか聞いてないよー」

男「あはは」

女「これであんたに似た男の子だったら、手厳しく育ててやるんだから!早く出てこーい!!」

男「ああ、それなら………」

男「君によく似た… 本当にすごくよく似た 娘が産まれるから。思い切り優しくして、可愛がってあげるつもりなんだ」

女「へ? なんでそんなことわかるのよ」

男「閻魔大王様は、うそつかないみたいだし。あと・・・娘は、ほんの少しだけ、君とも違うから」

女「はぁ? …ばっかじゃないの? あんたの遺伝子が入ってるんだもん、私と同じじゃ困るでしょ! あはははは」

男「好みが僕とそっくりで。見た目と性格は、君にそっくりなんだろうな」

女「デレデレしてー。娘にやきもち妬いちゃうぞー?」

男「あはは」

58 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:43:31.57 ID:1O1LHxZ+0
******

僕の今の悩みはひとつ。
“愛するはずだった人に似た死神”を愛したのか
“愛した死神に似た人”を愛したのか


これは割と罪だと思う。
どちらに対しても相当に失礼だし、どちらも大好きな僕はまるで二股だ。

だから僕はきめているんだ。
僕はこの人生を出来うる限り満喫したならば、死後に地獄にいって、どうだったのか死ぬほど悩んでみせようと。

・・・・・・悩んでも悩んでもやつれるどころか頬は緩みっぱなしだろうけれど。
愛しい人の事で悩み続けるのは、割と幸せなことだと気付いた。


それから閻魔に会いに行くんだ。
そうして今度こそ、きちんとお礼を言いに行こうと思っている。


やり直したはずの人生。
やり直せなくあったはずの人生。

そのふたつが、どういうわけか、絡み合って。
たぶん、こんなに“ありえない”ものを味わった人間はそうはいないだろう。


この、とてつもなく“有り難い人生”を ありがとう。
閻魔大王にそう伝えるために。それから、赤鬼とのろけ話をしよう。

59 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/08/23(火) 22:45:35.20 ID:1O1LHxZ+0だから今は、この新しい命に。

「ハッピーバースデー」


―――――――――――――――――――――
Happy Birthday for you.






というわけで、 こちらはバースデー記念SSでした。
赤鬼さんの今後が気になるとかおっしゃっていただけたのは嬉しいですが、

ぶっちゃけ、最後の一行がメインです。

※誕生日なのに死後の世界をテーマにするとか失礼じゃない?など
数多のつっこみどころが多いのは、すべて上記の理由に免じて触れないであげてください。



というわけで 
Special Thx and Happy Birthday for ◆RUNst/IWGI
[2016/08/28 23:19] SS置場(一覧よりどうぞ!) | コメント(0) | @
夫「ホワイトデーなので報復します」 嫁「くっ…殺せえええ!」

SS速報VIPにて 酉無しで掲載。
本編掲載後に、下にSSの説明などを少し書きます。




夫「ホワイトデーなので報復します」 嫁「くっ…殺せえええ!」

1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:20:45.35 ID:dxuyvgwf0



*バレンタインの翌日。夫の職場


後輩「……で、うちの奥さんがですね、バレンタインだからって、なんか音楽家みたいな名前のケーキ作ってくれたんですよー」テレテレ

夫「あー、後輩クンとこって新婚だっけ?」

後輩「いえいえ! でも、もう結婚してから二年も経つのに、うちの奥さんってばまだ恋人気分抜けなくてー」

先輩「いいねー。うちはもう13年だ。バレンタインは市販ケーキだったなー。しかも息子と共用」

後輩「あはは、奥さんを子供に取られちゃいましたかー」

先輩「まあバレンタインの夜、夕飯のビールにプレモル出てきて最高だったけどな!」

夫「へぇ、晩酌好きなBさんのこと、よくわかってる奥さんじゃないですかー」

先輩「どうだかなぁ」ハハッ

後輩「照れちゃってー。あ、夫さんはどうでしたー?」

夫「え、あ、俺? あー……」



2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:21:55.50 ID:dxuyvgwf0



先輩「夫君のとこって、結婚して5年くらいだっけ?」ニコニコ

夫「ええ、そうですね」


後輩「確かお子さんはいないんでしたよねー」

夫「うん。共働きだし、あんまり子供は考えてなくてさ」


後輩「そこは家庭それぞれですしー。でもあれですよね、夫さんの奥さん、キャリアウーマンぽくてかっこいいですよねぇ」

夫「……そうかなぁ? まあ、確かに仕事バカだよ」


後輩「そんな人がくれるバレンタインチョコかぁ…… わかった! デパ地下のブランドチョコ! どう、あたりました?」

夫「あははは、どんなイメージなんだよ」

後輩「えー。違いました? もしかして意外や意外に、手作りケーキとか……?」

夫「それはお前んとこの若奥さんだろーが。フツーだよ、フツー」アハハ


後輩「なんか誤魔化してませんかぁー?」ブー

夫「あははは…」










3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:22:29.18 ID:dxuyvgwf0



*夜・自宅


夫「なあ、ちょっと聞いてくれ。そこのパっと見でお洒落そうなキャリア系の嫁よ」

嫁「は? 何いってんの?」カタカタ…

夫「今日、俺は正直者になれなかった…。あんなに純粋無垢な後輩の目を見つめることが出来なかった…。俺は屈辱的な思いを味わったよ…っ」

嫁「は…? ちょっと、いきなり何? 私が今、何やってんのか見えない?」カタカタ…

夫「プレゼン資料作りだろ?」

嫁「正解 」チュ


夫「………」

嫁「……」カタカタ


夫「いやいやまてまて、それで誤魔化した気になるなよ」

嫁「もー、なんなのよ? なんの話?」

夫「バレンタインの話」








4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:23:06.67 ID:dxuyvgwf0



嫁「……バレンタインなら終わったよね?」

夫「うん。嫁、チョコくれたよね」

嫁「あげたね」


夫「何くれたか覚えてる?」

嫁「箱買いのブラックサンダーよ」

夫「正解」チュ

嫁「ん。じゃあそういうことで」


夫「…………」

嫁「……」カタカタ









5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:23:41.13 ID:dxuyvgwf0



夫「って、ちがあああああう!!!」ムキー!

嫁「うるっさい!! 何! これ明日使うの! 話す時間つくりたいなら手作って!」

夫「わかったよ!! でも嫁、終わってすぐ疲れたーって、風呂入って爆睡すんなよ!」

嫁「うっ」ギク

夫「……ちゃんと時間、作れよ?」ジー

嫁「わ、わかったわよ」タジタジ


夫「………貸して。そっちグラフにすんでしょ。数字うちこんどく」

嫁「ありがと。あとついでにここらへんの参照資料の出典、打っといて。コピペするから」

夫「あいよ」


嫁「……」カタカタ

夫「……」カタカタ



このあと、
話とか出来ないまま、酒飲んで仕事終わりで乾杯して、めちゃくちゃ爆睡した。










6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:24:25.78 ID:dxuyvgwf0




*そして……3週間後。


後輩「来週は、ホワイトデーですねぇ。先輩は何するんですかー?」

先輩「ホワイトデーねぇ。俺みたいな年代には無縁だし、何もしないねぇ」ハハッ

後輩「え? しないんですか? 僕は奥さんに、プレゼントを考えてるんですけどー」

先輩「……まあ、なんつーか。来週はあれだ。家族で日帰り温泉いくし」

夫「ははは。先輩って相変わらず、恥ずかしがりですよねぇ」

先輩「ばっ、日帰り温泉は、その… ホワイトデーとか関係ねえし!」アワワ


後輩「くすくす。……あ、じゃあそういう夫さんは、どうするんですか?」

夫「あー。まあ貰ったし、返すくらいはしようかな。…でもなんも決めてないや」

後輩「僕は、春モノのシャツとかどうかなぁって考えてて……あ、そだ。夫さん、一緒に駅前デパートで探しません?」

先輩「お前は女子か」

夫「あはは。一人で行って、ちゃんと選んでやってこいよー」



夫(駅前かぁ…ふむ。でもまあ、俺も見に行ってみるかな)










7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:24:58.24 ID:dxuyvgwf0



*で…… 夜。仕事上がり、駅前


夫(プレゼント、ねえ)テクテク…

夫(箱買いのブラックサンダーに見合ったお返しってどんなんだよ……はぁ)

夫(駅前デパートふらふらしても、なんも思いつかねぇな)キョロキョロ…


夫(春物のシャツ、ねぇ……でもウチの嫁の場合 年中、仕事柄でシャツ着てるしな)

夫(つかぶっちゃけ、パソコン用のモニターとかが一番喜びそうだし)


『やった! 二画面で確認しながら作業できるとか、処理速度的に超ラク!!』


夫(あ、簡単に想像つくわ。誕生日はモニターで決まりだな…。新婚気分とかイチャラブとか今更ないわー)ハァ


夫(って。でもまあ、一応やってくれたバレンタインなんだ。ホワイトデーもどうにかしないとな……)テクテク…








8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:25:27.38 ID:dxuyvgwf0



夫(ん、看板……ホワイトデーフェア…か)

夫(何の店だろ。まあいいや、広告デザイン的に、嫁が好きそう。行って見よっと)タッタッタ


……イラッシャイマセー


夫(ってココかよ!!!!)


夫(くっ…うっかり迷い込むと一発死のダンジョンだった!!)

夫(ちっ。選びなおさなきゃ……ん? 待てよ?)


夫(…………)


夫(…………ま、いっか。箱買いブラックサンダーのお返しだし)

夫(ククク……嫁も『ホワイトデーに何もらった?』って聞かれて沈黙するがよい!!!フハハハハ!)









9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:26:26.46 ID:dxuyvgwf0



*で。帰宅。


夫「ハイ」ガサッ


嫁「……何コレ?」

夫「ホワイトデーのプレゼント」

嫁「え? ホワイトデー、来週だよね?」

夫「ブラックサンダーを、前日に、しかも買ったビニール袋のまま渡してきた嫁だし、いいかなって」

嫁「ん。まあそだね。今更こういうの気取ってもねぇ。でもわざわざありがとね。……って、あれ?」

夫「何?」


嫁「ちょっと、夫くん。これ……この袋。どうしたのよ」

夫「買ってきた。だからもちろん、買った店の包装だよ」

嫁「ば、バカじゃないの? ここ行ったの?」

夫「正解」チュ

嫁「うわー」








10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:27:00.57 ID:dxuyvgwf0



夫「あ、この店、嫁の好みじゃなかった?」

嫁「ううん、好きは好き。でもきっと普段使いはできないよ。ここのデザイン、すごいファンシーなんだ」

夫「まあいいじゃん。仕事用のは足りてるんでしょ? 休みの日にでも使いなよ」

嫁「うん、そーする。ありがとね」


夫「今日はまだ仕事やってんの?」

嫁「うん。まあもーすぐ終わるけど。あ、じゃぁ、ちょっとやっちゃうね」

夫「じゃ、これは部屋に置いとくね。居間に置いとくよーなもんじゃないし」ガサ

嫁「はーい」カタカタ…









11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:28:03.51 ID:dxuyvgwf0



*で。それからおよそ一週間後…ホワイトデー、当日。


嫁「……」カタカタ


夫「ただいまー」ガチャ

嫁「あ、おかえり」ガタ

夫「仕事してたんだ。いいよ、続けて」

嫁「ありがとー」

夫「ん、スーツのままってことは、風呂もまだ?」

嫁「正解」チュ


夫「んじゃお湯入れてくる。先入っちゃっていい?」

嫁「いーよー。コレ終わらせちゃいたいしー」カタカタ…

夫「ん。がんばれー」



夫(さて、と………)クルッ…










12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:29:27.14 ID:dxuyvgwf0



夫「風呂出たよ」ホカホカ

嫁「んー。こっちも終わったー」ノビー


夫「入って来ちゃいなよ、今なら浴室もあったまってる」

嫁「ありがと。でも片付けもまだなんだよねぇ」


夫「台所?」

嫁「いや、洗濯物」

夫「やっとくよ。タオルも出しとくからそのまま入っておいで」


嫁「んー? 夫くんサービスいいね? なんか企んでる?」

夫「正解」チュ

嫁「あ。台所にワイン発見。早くこれ飲みたくてサービスいいのか。なら甘えちゃお」クスクス

夫「いてらー」フリフリ


夫「……………」フリフリ


夫「……………ふっ」ニヤリ タッタッタ









13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:30:58.92 ID:dxuyvgwf0



夫「タオルと……これこれ。ふっ。袋も開けてないあたり、予想通りだ」ガサゴソ


夫「ククク…… どうせこんなのに興味なんかないだろうとわかってたさ! モニターのが喜ぶだろうしね! そういう嫁だよね!」

夫「そして今! 嫁はワインだけ持って帰ってきた俺に油断している!! 前もって仕込まれたメインにも気付かずにね!!」クックック…



夫(~~~♪)ガサゴソガサゴソ…



夫「んー。一仕事(?)終えた後のワイン、美味しいなあ。洗濯物も意外とすぐ片付いたしー」


ドア バターーーン!!


夫「お。風呂でたか」








14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:31:27.12 ID:dxuyvgwf0



嫁「~~~ちょっと!! 夫くん!!」

夫「ん? 何?」ニヤニヤ

嫁「何、じゃないよ!! あれは何!!」

夫「こないだあげた、下着にきまってるでしょ」

嫁「なっ!? き、き、きれるわけないでしょ!? あんなやつ!」

夫「なんで?」

嫁「恥ずかしい!!」


夫「……バスタオル一枚で仁王立ちして怒鳴る嫁が、恥ずかしいとか…」フッ

嫁「うっさい! あたしのパンツ持ってきて!」

夫「だから浴室に置いといたじゃん? ちゃんと一式」

嫁「そ、そうじゃなくて! いつものやつ!!」

夫「やだ」プーイ








15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:32:23.57 ID:dxuyvgwf0



嫁「~~っ! もーいい自分で取ってくる!!」


ガシ


夫「やだ。着てよアレ。せっかくあげたのに、封も開けてなかったでしょう。ホワイトデーだよ? 好意を無碍にする気?」ジッ


嫁「そっ、それは悪かったけど…っ。 でもこれは絶対、ただの好意じゃないでしょーが!」

夫「正解」チュ


夫「…正解だけどー、あれ着てこないと許さなーいっ」アハハ

嫁「は、はぁ!?」

夫「今の俺はさ、アレを装備してこないと進めない系の、クエスト用NPCだと思ってー」アハハ

嫁「あいかわらず、ゲーム好きだね夫くん…」








16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:32:56.40 ID:dxuyvgwf0



嫁「~~って、あっ!? ワインもう開けてる!?」

夫「おかげさまでご機嫌さんですよ」ニコニコ

嫁「くっ。酒に飲まれた夫くんは意地っ張りで、どうせ話なんか聞いてくれない……!」

夫「正解」チュ


嫁「~~~す、す、すぐ脱ぐからね!! 一瞬だけみせてあげるけど、すぐ着替えるから! それで満足!?」

夫「見てみないことにはなんとも」シラッ

嫁「~~っ」


夫「早く着ておいでよ。タオル一枚じゃ風邪ひくよ?」

嫁「こんのクソバカ夫がぁぁぁ!!!!」ダダダッ


夫(ったく。ちょっと派手な下着くらいで、いまさらそんなハズかしがらんでも)ゴクゴク








17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:33:57.81 ID:dxuyvgwf0



*……で。


カタン……


夫「? 嫁?」


嫁「………き、着たけどさぁ」コソコソ

夫「何してんの? みーせーて?」

嫁「………夫くん、本当に何考えてんの…?」

夫「いや、まあ、特に何も……ネタ?」

嫁「ネタでこんなの買ってくる精神がオカシイでしょ…」ハァ

夫「いいから早く見せてよ」


ソロ……


嫁「~~~~ぅぅっ」カァァァ

夫(……うっわ。“ちょっと派手”とかじゃなかった。くっそエロ…)








18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:34:27.92 ID:dxuyvgwf0



嫁「こ、こここ、これでいいでしょ! じゃあ私、部屋行くからねっ!!」ダッ…

夫「あ、待って」ガシッ

嫁「!」

夫「せっかくだし、よく見せて」

嫁「~~~~はぁっ!?」


夫「……うわー…」ジロジロ…

嫁「~~~~ちょっっ」


夫「すげ…。こんなのAVとかにしか、ない衣装だと思ってた。リアルで見たことないわ」ジー…

嫁「~~~~~~~~いい、見なくていいっ! 永遠にっ!」


夫「……嫁」キッ

嫁「なっ、何よ」タジッ



夫「おまえ今、とんでもなくヤバいエロさの下着つけてんな」キッパリ

嫁「くっ、殺せええええええ!!!!」








19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:37:25.62 ID:dxuyvgwf0



夫「はっはっは。やだなあ、もう俺たち、結構して5年だよ? ましてやその前に同棲4年してんだよ? 夏なんか下着姿で歩いてるじゃん、嫁」

嫁「そ、そ、それとこれとは…」

夫「……何? 意識してんの?」ニヤニヤ

嫁「ばっ」

夫「じゃあ別にいいじゃん。恥ずかしがるなって」アハハ

嫁「よ、よくないっ!!」

夫「なんだよーやっぱ意識してんの? 今更? 慣れ親しんだ夫に下着姿見られて恥ずかしいんだ? へー? 乙女だねー」ニヤーリ

嫁「べっ、べつにそんなんじゃないってば!!」


夫「じゃあいいよね。キャミソールみたいなのあるし、暖房はいってるし」ニコッ

嫁「キャ、キャミじゃない! こんなのキャミじゃない!!」

夫「キャミソールじゃないの? それ何?」

嫁「え、なんだろ…スリップ…? ベビードールってやつかな… って! 知らないで買ってきたの?!」


夫「そちら、とびきりエロいの一式を頼んで用意してもらった、店員さんのお勧め装備品ですっ」グッ

嫁「店員クソだしノリノリだな!!!」







20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:38:08.33 ID:dxuyvgwf0



夫「まあまあ。グラス持ってきなよ。ワイン飲もう? 出てくるの待ってたし、実は殆ど呑んでないんだよ」

嫁「~~~っ、わ、わかったわよ!! 私がコレ着て気にしてるうちはどうせ笑うんでしょ! もう開き直ってやる!」クルッ、スタスタ

夫(あ)


嫁「――はい! グラス、持ってきた!」フンッ! ドン!


夫「………」

嫁「? ど、どしたの?」

夫「あのさ、嫁」

嫁「…な、何よ」


夫「その、ベビードール?とかってやつ。 後ろ姿もヤバいエロいんだね」キッパリ

嫁「~~~~っあんたさっきから、語彙力ってもんが死んでるよ!」ゲシッ








21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:39:59.82 ID:dxuyvgwf0



夫「いやーうん。エロい。というわけでちょっともっかい、後ろ向いて」

嫁「や、やだ! 誰がそんなん言われて向くのよ!」


夫「だめ、向いて。恥ずかしいのは開き直ったんでしょ?」

嫁「~~~~~~わかったわよっ」クルッ


夫「うわ。パンツの後ろ、布面積とか皆無だ」ジッ

嫁「えっ、まっ、コレ後ろどうなってるの!?」


夫「お尻見るの久しぶりー」ムニムニ

嫁「ちょっ、やだ。ばかじゃないの、ばかじゃないの、あんたばかなんじゃないのっっっ!?!?」

夫「正解」チュ…… 


チュ。


嫁「―――っむ、ぐっ、んー…っ!!」


夫「………」グイ

嫁「っ!」








22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:40:51.36 ID:dxuyvgwf0



嫁の腕を後ろから引き、膝に乗せた。
太ももに感じる、レース越しの尻の 柔らかな肉感。体温。

今更だろうに、何故かやたらと恥らって抵抗してくる手足。
俺の拘束に、目を潤ませるほど悔しそうな顔をして。
睨みつけてくるくせに、耳まで真っ赤に染まっていて。

キスするだけで、軽く触れるだけで、
妙に警戒して身体を強ばらせて。

どちらにしろ透けてて丸見えなベビードールの裾を
一生懸命に掴んで捲れないよう引っ張り続けていて………
そのせいで、俺の手遊びへの抵抗もぎこちなくて。

気が強くて、可愛げのないはずの嫁が、バカみたいに可愛く見えた。








23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:42:01.83 ID:dxuyvgwf0



嫁「っ、ん、ぅ。…はぁ」

夫「………うーん」


嫁「もう…何やってんのよ、バカぁ」

夫「うむ…。これはあれだな。俺の負けだな」

嫁「は……? 何が…?」


夫「いやね、バレンタインでちょっと屈辱を味わったから、嫁にも同じ思いを味わわせてやろーと思ったんだけどさ?」

嫁「思ったから、何だってのよ……」


夫「まさか、自分が嫁に萌えるとは思わなかった。致命的な作戦ミスでした」

嫁「はぁっ!?!?」マッカ


夫「負けたが…… いい戦いだった。うん」ウンウン

嫁「ばっかじゃ…… っ! ん、んむぅっ…っ」

夫「………」ギュ…


嫁「んん、んー……っ」

嫁「ぷは……は、ぁ…」










24: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:44:31.42 ID:dxuyvgwf0



夫「……うむ」

嫁「な、なんなのあんたは。もういい加減に…」


夫「よし。もう一勝負しよう。イイよね?」キリッ


嫁「ばかばかばかばか話を聞け!! てゆーか何の勝負なのコレ!!」

夫「……え、うん。なんだろ?」


嫁「なんだろって、夫くん…」

夫「こういうのなんていうのだろうね? 誘惑ごっこ? エロ勝負??」

嫁「あ、そっか。見るからに“勝負下着”ってやつだもんねコレ。なんかしら勝負するモンなんだろうね」フム


夫「でしょ?」

嫁「うん」コクン


夫「………」ニヤニヤ

嫁「はっ」








25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:45:28.72 ID:dxuyvgwf0



夫「よーし、では戦ってもらおう! 装備品は『えっちな下着』!!」

嫁「ああもうゲーム脳め!! じゃああんたは何を装備するってい………」

夫「ひ、ひのきの棒……かな」ハハッ


ひのきの棒<やぁ


嫁「…………」

夫「…………」


嫁「ばかだ… 私はなんでこんな低脳なバカに見事捕まったんだ……!」ガックリ

夫「まぁまぁ。嫁ちゃんならキャラ的には“姫騎士”が似合うし。つか、くっ殺とか言ってるし。むしろ低脳に捕まってナンボでしょ」グイッ

嫁「ちょっ、まっ…」


夫「いやもう本当可愛い。エロい。たまんない。惚れ直した。つか何もしてないのにもう限界。でもまだ見てたい。今日はめちゃくちゃいろんな体勢してもらう。決めた」

嫁「~~~~っ!?!?!?!?」マッカッカ








26: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/05(土) 01:46:46.84 ID:dxuyvgwf0



夫「チャラララー! オークが現れた!! 姫騎士は逃げられない!」ドーン!

嫁「! ぼうぎょ!! 」グッ!

夫「オークの連続攻撃!」ギュッ! モニュ!

嫁「きゃぁぁぁぁっ!?///」ビクッ!



というわけで。同棲3年、結婚5年目。
イチャラブとかマンネリとかですら、もう無いと思ってた俺達は
まるで新婚のバカップルさながらに……



このあとめちゃくちゃセッ(ry


――――――――――――
おわり
みなさま、ホワイトデー、お楽しみください。






明るい話を書こう、と決めて書いた。
キャラやストーリーなどもなるべく今までにない雰囲気を、と
男女モノ現代イチャラブ季節作品を選びました。

某所で姫騎士×ホワイトデーというので思いついたSS。
某所コメントで「本編はどこ」って言われましたが、本編とかないwww
[2016/03/06 15:22] SS置場(一覧よりどうぞ!) | コメント(0) | @
男「愛してた。愛してる。だから、さようなら」
酉無しで、深夜VIPにて掲載。
本編掲載後、下に備考としてSSの説明を少し。




男「愛してた。愛してる。だから、さようなら」

1: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:22:50 ID:0eQ.HRUI


※狂ってます






2: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:24:33 ID:0eQ.HRUI


※薄暗い部屋。

prrrrr...


男「…はい。ああ…。うん。」

男「…またその話?」

男「嫌だって言ってるじゃないか。」


男「…え? …うるさいな! ほっておいてくれよ!」

男「わかってるよ! 大丈夫だから気にしないでくれ!!」


男「…やめろ! そんなことしてみろ!どうなるか…っ」


男「…………っ。」





3: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:25:18 ID:0eQ.HRUI



男「スー…はぁ…。 …やめてくれ。わかってるから…。」

男「…うん。うん。………うん、大丈夫。……またね」


pi.


男「………ああ。ごめん、心配させたかな」ナデナデ

男「大丈夫だよ。君は僕のそばにいてくれていいんだ。」


男「………可愛いね。君は最初からずっと可愛い。」

男「好きだよ。ずっと僕のものでいてね。」


男「…………」


男「やっぱり返事はしてくれないんだね。少し寂しいよ。」

男「いいんだ。……別に、僕は言葉なんか望んで無いから。」


男「……」ナデナデ






5: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:25:52 ID:0eQ.HRUI


※夜


男「今日は……なんだか、疲れたね。もう、寝ようか。」

男「動けないよね。大丈夫だよ。ちゃんと僕が、連れてってあげるから。」

ゴソゴソ…

男「これでいいかな。ほら、布団をかけて…ああ。脚は伸ばして。うん、そう。」



男「おやすみ。愛してる」






6: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:26:22 ID:0eQ.HRUI


※翌日


男「おはよう。今日も可愛いね。」


男「髪を、梳かしてあげよう。」

シュ、シュ…

男「ほら、綺麗になった。今度、花でも買ってこようか。君に似合うよ。」


男「じゃあ、僕は出掛けてくるから。…ちゃんと、待っていてね。」


男「行ってきます。」






7: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:26:52 ID:0eQ.HRUI


※夕方


男「ただいま。」


男「ほら、ちゃんと君のもとに帰ってきたよ。大丈夫。」

男「………」


男「あ。そうだ、暑くなかった? もうそろそろ、春も終わるね。」

男「窓を開けようか。ああ、いい風だ。わかる?」


男「気持ちよさそうだね。気に入ったかな」

男「うん。また窓は開けてあげる。」


男「……少し、寒いかな。っていっても、君にはわからないか。」


男「…………ううん。きっと、わかるよね」






8: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:27:23 ID:0eQ.HRUI


※季節が経過して


男「大型連休か。君はどこかに行きたい?」

男「あはは。うん、君は家の中がいいかもね。」


男「…………」


男「でも、きっと君は海でも山でも川でも…花畑でも星空でも、なんでも似合うよ。」


男「一緒に、見に行きたい。そんな君を、見てみたいんだ。」


男「だから、だから僕ねーー…」


ヒュウウ………


男「あ……風で、髪が。待って。」






9: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:27:59 ID:0eQ.HRUI



パタン

男「……髪が乱れちゃったね。梳かしてあげるから安心してね。」


男「……綺麗だね。やっぱり君はとても可愛い。大好きだよ……」


男「愛してる。」


prrrr


男「っ」ビクッ






10: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:28:31 ID:0eQ.HRUI



男「あ……びっくり、した。電話か。」

男「ごめんね、待ってて。」


男「はい……。え? あ、はい、そうです。いえ……。」

男「…… そうですか。はい。」

男「……わかりました、その……いつまでに……?」


男「……ああ、ええ。わかりました。……はい、…はい。」

男「…はい、すぐにお伺いします……。」


pi.






11: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:29:03 ID:0eQ.HRUI



男「ごめん。急に出かけなくちゃいけなくなったんだ。」

男「あは……いつもの電話じゃなくて安心してる。うん、君にはバレバレだね。」


男「えっと……ここで、待っててね。」

男「……帰ったら、髪を梳かす続きをしてあげるね。そうだ、花も買ってくるよ。」


男「大丈夫。……じゃあ、行ってくるね。」


バタバタ…… ギィ、バタン。






12: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:29:37 ID:0eQ.HRUI


※夜

男「ただいま。今、帰ったよ。お待た……せ……?」


男「………………っ!!」


キョロキョロ


男「待って。何処?」

男「なんで……。 ……っ!!」


男「窓が……。っそうか、僕、鍵を………」



男「嘘だろ……?」






13: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:30:10 ID:0eQ.HRUI



男「花も、買ってきたんだよ……?」

男「帰ったら……髪を梳かす続きをしようって言ったのに。」

男「さっきだって……君と出掛けるために、車の免許を取るために必要だったから行ったのに……。」


男「大丈夫だって………言って聞かせたのに………こんなの……。」

男「どうして………。」


シーン……


男「……僕が遠くに行こうなんて思わなければ………まだ、君といられたのかな」

男「僕がやっぱり何処にも出掛けずに……君とだけ居れば……!」






14: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:31:14 ID:0eQ.HRUI



男「…………っ」グッ


男「スー、はぁ。 ……違う。ごめん。僕のせいだよね。大丈夫。わかってる。それじゃいけないんだ。」


男「………でも……………っ。」


男「……」

男「……何処に行ったのかな……。」


男「ああ、そうか」

男「そうなんですね、ゼペットおじいさん。」

男「貴方と彼が女神様から授かった幸運を、僕たちも貰えたんですね。」


男「だって、彼女は居なくなったんです。」


男「きっと……魔法の力で動き出したんです。それだけ、ですよね?」






15: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:32:21 ID:0eQ.HRUI



男「そっか……うん。なら仕方ない。」


男「女神様の魔法なんて人には言えないから……迎えに行けないよ。」

男「ああ、ごめん………迎えに来て欲しかったのなら……ごめんね…。」


男「…………っ、ごめん……」


男「ごめん……愛していてはいけないと、わかってたんだ。今のは言い訳だ。ごめん。逃げた。」


男「………せめて……素直に、あの電話で言うことを聞いておけば、こんなことには……。」ギリ…


男「スー、はぁ。………違う…そうじゃない。大丈夫…考えるな……。」






16: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:33:26 ID:0eQ.HRUI



男「ああ……そうだ。まずは部屋を、片付けなくちゃ。」


男「…………………通帳まで、持ってったのか。」

男「……足跡。大きな、足跡」


男「………っ」グッ…


男「……彼女は魔法の力で本物になって、出て行ったんだ。そうだろう。そのはずだ。そう、僕たちは幸運を授かっただけ。」

男「そうだ、彼女は自分で出て行ったんだ。 ただ、僕が彼女にフラれただけの話なんだ。大丈夫……」






17: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:34:43 ID:0eQ.HRUI


男「大丈夫…大丈夫…大丈夫…。」

男「……」グッ


男「~~~っ気にするな! 大丈夫だ! 」

男「違う……違う、違う、違う!!」

男「大丈夫なんだ!! ◯◯◯てなんかいない!! ◯◯◯たりしない!! そうだろう! 大丈夫だ!!」


男「…………」はっ






18: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:38:06 ID:0eQ.HRUI



男「…………僕……何、言ってるんだろう。」


男「………泥だらけの部屋を見れば、一目瞭然だよね。 泥棒だ。彼女は盗まれたんだ…。」

男「…いっそ、妹の言うとおり。預けてしまえば…よかったのかな…」


男「そうすれば…彼女は…。 少なくとも、今頃、ひどい、目、に…は…・・・ っぐ」


うえっ、げぇっ! げぇっ!!


男「はぁ… はぁ・・・っ」


男「だめだ…。 いや、最初からだめだった」

男「家族の説得すら聞かずに、強情にこんな生活を何年も……どっちみち、続くわけなかったんだ。」






19: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/03(木) 19:40:26 ID:0eQ.HRUI



男「だけど……愛してしまったんだっ! 自分でも、どうしていいのか…っ!」

男「……………っ」


男「だめだ……君が居ないのが、辛くて……っ」

男「君の今の現状を……考えたりするのでさえ……耐えられない……っ」


……スッ、カチャカチャ……


男「………愛してたよ。愛してるよ。」


男「……………うん。大丈夫。僕ならもうすぐ、楽になる」


男「ああ。君といられた日々は、幸せだったな…。」


ザク。


※おわり



20 :以下、名無しが深夜にお送りします:2016/03/03(木) 22:20:38 ID:0eQ.HRUI

SS宝庫さんでもうまとめてもらってた。
コメ4であっさりと”君”の正体を見抜いてもらえて嬉しい。


21 :ID:0eQ.HRUI:2016/03/04(金) 01:12:00 ID:OpwGvllI

嬉しい。
宝庫のコメ8もその通りです。

なのでレス1で書いたのは男のことです。
注意書きとして曖昧ですみません。



参照:SS宝庫のコメント


4. 暇つぶしにきたななしさん
2016年03月03日 21:51
一番しっくりくるのは人形を好きになった人じゃないの?

8. 全部俺
2016年03月04日 00:18
愛していた人形を盗まれて自殺したんだろ。多分








以下、Twitterに記入したSSの説明です。

描写ゼロで書いたSS。内容は陰鬱。
年末にドールクラスタの友人にドールを推されて、
池袋volksまで見に行ったものの、あまりに可愛すぎて買うのをやめた理由です

……こんな未来が見えた。


描写長いって言われたので、
実験的に全描写をカットして、説明口調もなるべく省きました。

でもきっちりこれが「ドール」だと当ててきた宝庫の読者さんはすごいですね……。
確かにコレで分かってしまうなら、描写なんていらないんじゃね……?

※ちなみにドールを確定させる要素としては、
「ゼペットおじいさんと彼」というセリフです。
彼ってのはもちろんピノキオ、ゼペットさんはピノキオの作り手のおじいさんの名前です。


以上、説明ばかりで失礼しました。
[2016/03/06 15:16] SS置場(一覧よりどうぞ!) | コメント(0) | @
魔王「最善の選択肢と、悪魔の望む回答」
SS速報VIPにて。


1: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/22(月) 16:14:27.78 ID:L+LhIJlx0


――聖王国

美しく豊かな国、聖王国。
賢く民思いの王が治めるこの国に、一人のお姫様がいた。


姫「お兄様―!」タタタッ

兄王子「姫。 ……コラ!」ペシン

姫「きゃっ」

兄王子「廊下は走っちゃいけません。……そうだろう? レディ」

姫「えへへ……。 はーい!」


姫には兄が一人。
本人は厳しくしているつもりらしいが、姫にとってはよく可愛がってくれる優しい兄だ。


兄王子「それで、どうしたんだい? 何か僕に用事?」

姫「あのね、お兄様。お母様がドレスを新調してくださることになったの! 生地とデザインを選ぶのを手伝ってくださらない?」

兄王子「うーん。手伝ってあげたいけど、今は少し忙しいんだ」

姫「ご用事ですか?」

兄王子「父君に呼ばれていてね。……先日に軍師と話していた、魔王国との防衛線の強化の件じゃないかと思ってる」

姫「そう……。御国のことだったら、邪魔するわけにもまいりませんね…」

兄王子「いい子だね、姫。理解してくれて助かるよ」

姫「私では口を挟めない事ですもの。……御国を守る大切な仕事だとわかっているわ。応援してるね、お兄様」

兄王子「うん。姫のためにも、国のみんなのためにも…いつか父君のような王になるためにも、しっかり勉強してがんばってくるよ」

姫「えへへ、はい!! でも、お手が空いたら 是非いらしてくださいね!!」






2: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/22(月) 16:16:03.74 ID:L+LhIJlx0

兄王子が苦笑しながら片手を挙げて去っていくのを、元気よく手を振って見送った。
その後で小さく、ため息をついてしまう。


姫「……えへへ。ちょっと残念。でも、仕方ないことよね」


姫には年頃の友人など居ない。
城に仕える女中などと談笑することはあるが、その関係性は明白だ。

身内とすごしている時間だけが、唯一 気楽に楽しめる時間だと感じていた。


姫「……これから先、きっとお兄様はもっと忙しくなられるんでしょうね」


ここ一年ほど、兄王子は父王に付いて、政治や軍事などの会議に積極的に参加して勉強している。
以前、暇をもてあまして兄王子の部屋を訪ねた時には、たくさんの厚い書物を真剣な目で読んでいた。


自分も兄も、いつまでも子供のように遊んでいられるわけではない。
兄を頼りに、楽しく過ごしていたいだなんて――甘えているわけには、いかないのだろう。

姫も姫なりに、自らの成長を望んでいた。
“いろいろなことを、ひとりでも出来るようになれたら”と、憧れに似た強い思いを胸に抱えている。
その一方で、“姫”という立場上 ひとりで様々なことを行うには無理があることも――。





3: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/22(月) 16:16:36.44 ID:L+LhIJlx0

姫「あら? ……今、庭先に 何かの影が」


視界の端。ふと廊下の窓から見えた影を追って、中庭への階段を降りていく。
その正体はすぐにわかった。一匹のリスだ。


姫(まあ、可愛らしい…。そうだわ。動物などを飼ってみれば、この寂しさを紛らわすこともできるかもしれない)


ふと思いついたそれは、なかなかの妙案に思えた。
自分で選択できる“自由な行動”。 “責任を負える行動”。
今の姫にできる事としては、リスの飼育ぐらいが適切だろう。


姫(それよりも難しいことは… きっと求められていないし、私自身でなんの責任も取れないもの)


自分はこの国の姫として、平和の象徴であってほしいと求められている気がする。
家臣にも国民にも、対外的にも 「愛らしいお姫様が幸せそうに笑っている、穏やかな国」であると示すための存在。

考えてみれば大事な役割だ。国の安定を誇示するのと同義。
おそらくどこの国においても、ある程度まっとうに扱われている姫の役割は、ほぼその一点に置かれている。

そこまで考えてから、頭を振ってもやついてしまった思考を払い落とす。


姫「……リスさん、どうぞ私と一緒にいらしてくださいな」


姫は、リスを追いかけた。
小さな責任を自分で負ってみたいのか、それとも仲間を求めたいのか。
自分の中で答えなど出せないまま、夢中になってリスを追い掛け回した。






4: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/22(月) 16:17:43.62 ID:L+LhIJlx0

―――――――――――――――――――――

半刻後 中庭。


衛兵A「中門、異常無し…と。 ん? おい、あそこの木の上。誰かいないか?」

衛兵B「何? ……な、あれは… 姫様!? いったい何事だ!?」

衛兵C「何か異変でもあって、お隠れになっているのでは…!?」

衛兵B「何?!」

衛兵A「隊長に連絡を! それからすぐに梯子を持て! 周辺警戒と姫様の警護もだ!!」


ふと我に気づいて周囲を見渡すと、背後が騒がしくなっていた。
わぁわぁと駆け寄ってきた衛兵に、姫は目を丸くする。

リスを捕まえるために真似事程度の木登りをしただけ。
それが騒ぎになるとは夢にも思っていなかった。


姫「も、申し訳ありません! どうかご心配なさらず! リスが木の上に逃げていったので、追いかけただけなのです!!」

衛兵「では、ご無事なのですね!? 今すぐに梯子を持ってまいります! どうぞしっかりと木に掴まっていらしてください!!」

姫「は、はい…!!」



慌てて事情を説明し、無事であることを必死に伝えたが、どうやら既に遅かったようだ。
自力で降りれる程度の高さだったが、衛兵の真剣な迫力に押されて 指示通り木にしがみつく。


結局、梯子をかけられ、手をとられ、3人がかりで木から降ろしてもらった。
あまりの申し訳なさにペコペコと頭を下げて謝罪し、お礼を言った。




5: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/22(月) 16:18:20.28 ID:L+LhIJlx0

「木登りだなんて、姫はいつまでたっても お子さまだね」


忍び笑いとともに優しい声が響いて、そちらを振り返る。
兄王子が、笑いながら歩いてくるのが見えた。


姫「お兄様。……どうしてこちらに?」

兄王子「会議の途中、衛兵が兵隊長を呼びに来てね。姫の一大事ということで、みんなで駆けつけた次第さ」

姫「み、みんなで……ですか?」

兄王子「そう、みんなでだよ」


兄王子が苦笑しながら、小さく後ろを指し示した。
そこには兵隊長と共に、衛兵から事情を聞いている父王の姿。その他にも、そうそうたる顔ぶれが揃っている。
姫はそれだけでも、あまりの自分の情けなさに顔を覆い隠したくなったというのに――


兄王子「姫、姫。今度はコッチからも」

姫「え?」クル


后「姫!! ああ姫、ご無事なのね…!!」タタタタ…!

女中「本当によろしゅうございましたね、お后様…! 私、すぐに状況などを確認してまいります!」タタタッ





6: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/22(月) 16:18:59.32 ID:L+LhIJlx0

姫「は、母君までいらっしゃったの…!?」

兄王子「当たり前だよ。姫に何かあったなら、僕たちみんな駆けつけずには居られないさ」

姫「お兄様もお父様も、もちろんお母様もお忙しいのですから! どうか、そのように私のことなどご心配なさらず!」


姫が顔を真っ赤にしながらそういうと、兄王子は頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。


兄王子「僕たちはね、大事なヒトに何かあったら 必ずすぐに駆けつけていけるくらいの――、そんな平和で余裕のある国づくりのために頑張っているんだ」

姫「あ……」

兄王子「それを目指している父君や僕が、そうしないわけないじゃないか。いつだって、駆けつけていくよ」

姫「お兄様……」


優しく笑う兄王子の瞳が、「本当だよ」と語りかけてくる。

姫の元につくなり抱きしめてきた母君は、「怪我がなくてよかった。落ちたら大変なのよ」と御説教モードだ。
脇目には、衛兵に木を登らせてリス取りの指揮を執る、少し間の抜けた父王の姿も見える。
その場に集まった誰もが、「よかったよかった」と笑っていた。誰一人として、姫を責めることはなかった。

この国の優しさと、暖かさ。
そして自分に求められている平和の象徴としての役割もまた、ただのポーズではなく
事実そうあって欲しいという 皆の暖かな願いから派生しているものなのだと実感した。

どこまでも深く愛されている自分を否応なしに自覚して―― 姫は深々と、心から頭を下げることしか出来なかった。




7: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/22(月) 16:19:51.62 ID:L+LhIJlx0

―――――――――――――――――――――


ある初春の日。
姫は后に呼ばれて、茶席をともにしていた。


姫「え? 湖畔に御参り…ですか?」

后「ええ。そろそろ季節も暖かくなりはじめたもの…湖にいらっしゃる水の神様に、降雨のお願いをするのよ」

姫「素敵! お母様、私もいきたいです!」

后「もちろんよ、姫。これは王家の女性の大切な仕事…今年からは貴方にも覚えてもらうわ」

姫「はい!! 私、がんばります!」


元気よく返事をした姫に、后も女中もにこやかに笑い返してくれる。

この国の例年行事である降雨祈願。
国を挙げて祭る賑やかさこそないが、国としては重要な奉り事だ。
その期間はピリリと張り詰められた厳かな雰囲気に包まれ、誰しもが準備に余念がない。

姫は毎年、その期間は自室に篭ってさまざまなことを慎み、無事の祈願を祈るだけだった。
それが今年からは同行が許されたのだ。姫にとって、どれほど嬉しかったことだろう。


姫(ふふふ… 湖ですって! そんなに遠くまでお出かけをするなんて、私はじめてだわ!)





8: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/22(月) 16:20:23.08 ID:L+LhIJlx0

自室に戻ってからも、その喜びをこらえきれずに落ち着きなくすごしていた。
そんな時にノックの音がしたので、兄王子が部屋に入ってきたのを飛びつくようにして出迎えた。


兄王子「やあ、姫。元気そうだね」

姫「お兄様! ねえ、聞いて! 私ね、今年からはお母様と、降雨の御祈願に湖に行けるの!」

兄王子「うん、知ってるよ。去年、母上が御祈願に参られた時には、僕は道中の護衛の一人として供をしたし」

姫「まあ、そうだったの!?」

兄王子「そのことで伝えておかなきゃならないことが――」

姫「きっと素敵なところよ! ねえお兄様、そこに綺麗な鳥は居ますか? 青々と茂った草や、広々とした――

兄王子「姫」

姫「っ!」


兄王子「………姫。大事なことだよ、よく聞いて」

姫「お兄様…?」


兄王子「その湖が、魔王国との国境にほど近い場所にあるのは聞いているかい?」

姫「魔王、国……に?」

兄王子「そう。だから姫たちがここを出るよりずっと先に まず討伐隊が出て、魔物を排除するんだ。それから警備兵が配置されて…」

姫「あ……。その、では… 湖というのは恐ろしい場所なんですか…?」

兄王子「……」ニコ




9: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/22(月) 16:21:11.64 ID:L+LhIJlx0

兄王子「大丈夫。国中の兵士達が数ヶ月をかけて、とても慎重に“穢れ”を取り除いている」

姫「穢れ…?」

兄王子「そう。神への祈願の場所だからね。魔物も殺すのではなく、追い払うんだ」

姫「……」ホッ


一瞬、生々しい争いの跡地を想像してしまった。
いくら綺麗な場所だったとしても、洗い流した血の上だと知っては心穏やかにすごせそうにない。


兄王子「危険な場所に、母上や姫を送り出すことはないよ。すべての安全は確保される。……姫が向かうのは、周囲の安全確認や人払いも済み、庭師や侍女が万端整え終わった頃さ」

姫「毎年、城内があんなに緊張しているのは…その支度に万全を期す為だったんですのね」

兄王子「そうだよ。万が一の手落ちがあってはいけないと、皆が緊張しているんだ」

姫「ですが、いったい何故 それほどまでに……?」


兄王子「祈願が始まれば、そこは男子禁制の祈祷場になるからだ」

姫「……」ゴクリ

兄王子「魔王国の国境に近い広大な範囲に、実戦経験もろくにない女性衛士数人。そこにこの国の聖母であられる母君と、君を置き去りにするんだ… 正直、生きた心地がしないよ」

姫「お、お母様は毎年、そんな場所でお過ごしでしたのね…」

兄王子「いいかい、姫。 決して、無茶をしてはならない。決して、勝手なことをしてはならない。決して、“子供でいてはならない”…… わかったね?」

姫(子供で…いては、ならない)


兄王子の瞳はいつになく真剣で、冗談を許さない険しさを伴っていた。
気圧されるようにして 言われた言葉を何度も口の中で反芻する。

そんな姫の姿に満足したのか、兄王子はポン、と姫の頭に手を乗せてから
静かに部屋を出て行った。


そして……

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・



10: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/22(月) 16:22:18.69 ID:L+LhIJlx0

―――――――――――――――――――――

初夏。
降雨祈願の為の参詣行列が、ついに出発した。

何台かの馬車のひとつに、姫と后は一緒に乗り合わせている。
城下を離れる頃には周囲にはまだ騎士もたくさん配備されていたが、
湖に近くなるにつれて 年配者や既婚者など段階的に列を外れていった。

そして今、最後まで残っていた少年兵が 緊張した面持ちで辞列の礼をした。
馬引きでさえも、いつのまにか女性に代わっている。


后「姫。どうしたの、落ち着かない?」

姫「あ、いえ…。その」

后「ふふ。兄王子に何か言われたのね? 守ってやれないんだから無茶をするな、とか なんとか」

姫「ど、どうしてわかるんですか!?」

后「ふふふ。去年、あの子が隊列を離れるときに 私がそう言われたからよ」

姫「あ、あはは…… お兄様ったら…」

后「あ。ほらほら、もうつくわ… 見て御覧なさい」


視線にうながされて車窓を見ると、新緑の中で眩しいほどに陽光を反射して輝く湖があった。
あまりの鮮やかさに、目を慣らさねばなかなかまっすぐ見ることも出来ないほど。
だけれど一度見てしまえば、心奪われて目を離せなくなるような…

そんな美しい場所が、目の前を流れていった。
姫がほとんど放心に近い状況で見とれている間に、馬車は別邸に到着した。




11: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/22(月) 16:23:07.47 ID:L+LhIJlx0

后「御祈願は朝一番。それから7日間毎日続くのよ。今からそんなに気を張り詰めていては倒れてしまうわ」

姫「は、はい…」

后「そうね、今日は初日。兵士の方たちが敷地を徹底警戒してから撤退したはず… 姫、少し様子を見てきてはどう?」

姫「えぇ!?」

后「王家の女が一人で出歩ける機会なんて、この1日しかないのよ… もちろん、父王様にも兄王子にもヒミツだけどね?」

いたずら交じりのウインク。きっと母も、そうして楽しんだ過去があるのだろう。
姫は言葉に甘えて、おそるおそる別邸を出ることにした。

荷降ろしの混雑にまぎれてこっそりと列を外れる。
途中で女性衛士に声をかけられて、肩を跳ねさせる。

女性衛士はそれをみて、小さく笑って何も言わずにペコリと頭を下げたまま見送ってくれる。


姫(黙認、ってこと…かしら? な、なんか想像してた怖い雰囲気とはずいぶん違うのね…?)


少し意外だった。
母の垣間見せたいたずらな一面も、女性だけの環境で穏やかに流れる 不思議な時間も。


姫(お母様でも……城の中で息を詰まらせることくらい、あったのかな)




12: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/22(月) 16:24:01.02 ID:L+LhIJlx0

こんな危険な行事が例年実施されるのは、もしかしたら城中の女性にとって祈願以上に重要な意味があるのかもしれない
そんなことを思いながら別邸を後にする。


そのあとしばらく、姫は一人で湖畔の側を歩いた。
きょろきょろとあたりを見回して誰もいないことを何度も確認した。
そして、ドレスの裾をもちあげて湖に足を浸したりすると、胸がドキドキした。

ハイヒールをそろえて片手に持ち、裸足で草むらを歩いた。
スカートの裾が乱れるのも気にせず、くるくると回って踊った。
髪に草葉がつくのも構わず、寝転がって空を見上げた。
鳥の声にあわせて、気の向くままに声を張り上げて歌い上げた。
大きな口をあけて、おもいきり空気を吸い込んだ。


姫(~~~~っ!! 素敵!! 素敵、素敵素敵!!)


たったそれだけのことが、城の中で生きることが当然であった姫にとって……どれだけ興奮する出来事だったことだろう。

紅潮した頬の赤みもとれないまま息を弾ませて別邸に戻ると
クスクス笑う母上と女中が シィー、と指を唇に当てて出迎えてくれた。

それがおかしくて、何も言葉にしないまま いつまでも笑っていられるような気がした。





13: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/22(月) 16:24:51.74 ID:L+LhIJlx0

―――――――――――――――――――――

7日間に及ぶ降雨祈願の儀式はつつがなく執り行われた。
湖の正面につくられた祭礼台に儀式終了を終える枝葉が飾られて、どこか寂しげに風に揺れている。

別邸の中では、ささやかな慰労のための茶会が開かれていた。
女中も衛士もにこやかに笑って、それぞれに茶を汲みかわしては談笑している。


后「今日で御祈願もおしまいね。お疲れ様、姫」

姫「お母様こそ!! お母様の連日の舞、とてもとても綺麗でした!」

后「ふふ。今年はまだ、お手本を見るだけですけれど、帰ったら姫にも舞を覚えてもらいますからね?」

姫「ふふふ……」

后「姫?」

姫「見ていて、お母様!」


手に持っていたカップをテーブルに置くと、少し離れた空間に立ち、一礼する。
そしてそのまま、合わせの楽もないままに舞い踊る。


后「まあ、姫。貴方…」

姫「この7日間、目に穴が開くほどお母様の舞を見ていましたわ。まだ、少しうまく出来ないところがありますけど…」

后「ふふ。いいえ、とても上手よ。本当に…来年が、楽しみだわ」

姫「えへへ…はいっ! 私、しっかり御祈願のお役目を引き継げるようにがんばります!」


女中たちの拍手にペコリと礼をして席に戻る。
穏やかな茶会は昼前になって散会した。




14: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/22(月) 16:27:22.18 ID:L+LhIJlx0

その後で姫は自室に戻って、昼食代わりにお菓子で膨らませた腹を休ませていた。


姫(とは、いったものの…)

昼をわずかに過ぎた時間、皆が帰国のための支度に追われはじめた。
姫ははりきりすぎて、朝の祈願が始まる前にはすべての身の回りの整理を終わらせてしまっていた。なので、手持ち無沙汰もこの上ない。


姫(……もう、帰ってしまうのね)


別邸の窓から見える美しい湖。
初日に見に行ったあの草原は、きっと今日も美しいのだろう。


姫(……あの草原。あそこで、私もお母様みたいに舞うことができたら…)


美しい母の姿を、空想上の自分の姿に重ね合わせると胸が高鳴った。
部屋を出てきょろりと周囲を見渡してみるも、誰の目にも留まらない。


姫(少しだけ… 一度だけ…!)


姫(母のように。私も、この湖の神様にご挨拶をしたい…)タタタ…


今度こそ誰にも知られることのないまま
姫は、一人で別邸を抜け出していった。


今思えば、きっとそれは重要な選択肢のひとつだったのだろう。



17: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/23(火) 20:36:59.50 ID:zUoOI/kM0

―――――――――――――――――――――

湖のほとり


姫「……」


駆け足で訪れたその美しい場所で、上がった息を整える。
あまり長く抜け出したままでいるわけにはいかないだろう。

湖に小さく手を合わせ、見よう見まねの礼儀作法で神への挨拶を済ませた。
そして改めて呼吸を整え、頭の中に母の姿を思い出し…

リン。

頭の中で、儀式の鈴の音が鳴り響く。
目を閉じたまま、まぶたの裏の母の面影を追うようにして夢中に舞った。


・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・





18: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/23(火) 20:37:29.26 ID:zUoOI/kM0

舞を終えて、もう一度礼をする。
そこでようやく目を開け、視線を上げて湖を見ると……


湖の中に、人が立っていた。



姫「っ、きゃ……!?」

「………」


思わず、貴方が神かとたずねそうになった。
だがその人物は、姫をじっと見つめたまま微動だにしない。
まずなにより姫を困惑させていたのは……


姫(だ、男性!?)


この男子禁制の場所に、男性がいるという事実。

唐突にいつかの兄王子の忠言が頭をよぎり、姫は強い後悔と不安感に襲われた。
ジリと後ずさって、逃げ出そうとしたとき・・・


「待て」

姫「っ」

「……見事な舞だった。天女かなにかかと、思って見ていた」

姫「て、天女!?」

「違うのか」

姫「ち、違います! そ、それをいうなら、あなたこそ・・・神様でいらっしゃいますか!?」

「は?」

姫「え?」




19: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/23(火) 20:37:56.20 ID:zUoOI/kM0

―――――――――――――――――――――


あははは・・・
湖を背に、朗らかな笑い声が響く。

湖から上がってきた人物は確かに人間で、
目の色の深さが印象的な、落ち着いた雰囲気の男性だった。
彼は自分を騎士だと名乗り、人気がないのをいいことに息抜きの沐浴を楽しんでしまったのだと続けた。


騎士「それにしてもまさか、聖王国の姫君とは」

姫「ふふふ。そちらもまさか騎士の方だとは。お互い、とんでもない勘違いをしてしまいましたね」

騎士「ですが、こちらはそう大きな違いでもなさそうだ」

姫「え?」

騎士「聖王国の姫君の、あの舞を見たならば…神でさえも、天女の役目を与えるだろうから」


もしすこしでも茶化した物言いだったならば、上手な世辞だと感心もしたかもしれない。
だけれど騎士の瞳はどこまでも深く落ち着いていて、思わず真に受けてしまう。

慌てて謙遜してみせたが、返ってくる言葉のひとつひとつに褒め殺されるようで
しまいには沸騰しそうな顔の火照りに、言葉の一つも出せなくなってしまった。

騎士はそんな姫を見ているようだったが、もはや顔を上げて確認することも出来ない。





20: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/23(火) 20:38:27.46 ID:zUoOI/kM0

姫「~~~~あ、あのっ」


ようやくなんとか姫が口を開くと、ほとんど同時に騎士も話しはじめた。


騎士「とてもすばらしいものを見せてもらった。礼をしたいところだが…」

姫「礼だなんて… そんな。私はただ驚かせてしまったくらいで…」

騎士「自分はここに居てはならない者。どのようなものを渡そうと、姫に迷惑をかけてしまうだろうと思ってな……。どうしたものか」

姫(あ…そっか。騎士様に会ったことは勿論、ここに誰かがいたことも、私がここにきてしまったことも隠さなくちゃいけないんだった…)


騎士は立ち上がると、ゆっくりと周囲を見回したあとで少し離れた場所に行き、また戻ってきた。


姫「……?」

騎士「これくらいならば、いくらか誤魔化しようもあるだろうか」


騎士がそういって差し出したのは、小さな野花だった。
細い枝に小さな花がいくつも付いている。


姫「お花…?」

騎士「……バレて、姫が咎められないといいのだが」


騎士はそういって姫の髪の結い目に花を刺してくれた。




21: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/23(火) 20:39:02.42 ID:zUoOI/kM0

姫「ふふ…かわいい」

騎士「喜んでもらえるだろうか?」

姫「とても。この花が枯れてしまうのが今から悲しいほど」

騎士「……ならば…」


騎士は姫の肩を抱くようにして、髪に付けられた花に口づけをした。


姫(~~~~っ)

騎士「……これは、失礼。ほんの少しのまじないを花にかけようと…」

姫「い、いえ…っ そのぅ…」

騎士「……俺の思いと同様に、この花も枯れることはないだろう。だからどうか、悲しまないでほしい」


騎士はそういって姫に穏やかな瞳を向けた。


姫「………騎士、様…?」

騎士「失礼する…」


姫に背を向け、木の根元にまとめられた荷を整える騎士。
カチリ、と音がして 甲や剣を装備していく様子は見惚れるほどサマになっていた、が・・・


姫「っ」

騎士「……・申し訳ない」


騎士はその一言だけをつぶやくと、顔を背けたまま立ち去った。


姫(あれは… いまの、は…っ)


ちらりと見えてしまった、剣の柄。
そこに施されたものを、確かに見てしまった。あれは…


姫(魔王国の… 紋章…っ!?)




22: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/23(火) 20:39:29.43 ID:zUoOI/kM0

―――――――――――――――――――――

後日

特に何も問題は起こらず、姫達は城に戻った。
それから、かれこれ2週間が経つ。

城内の日当たりのいいサロンにはレースが掛けられ、大きく放たれた窓から入り込む風は心地いい。
姫は気分転換に部屋を出て、茶をしにきたそこで、ぼんやりと外を見たまま時間をすごしている。


姫「……」

兄王子「……姫? 僕の知る限り、昼前からそこにいるよね? 暑くないのかい?」

姫「……」


ぼんやりと呆けたままの姫をみて
やれやれといったしぐさで、兄王子が離れた場所のテーブルに座った。
茶を勧めに近寄ってきた侍女たちと兄王子の会話が耳に入ってくる。


侍女「姫様は御参りで、すっかりお后様の舞に魅了されてしまったようで。時々思い出したように舞われては、ああしてずっとぼんやりとなさっていらっしゃるのですよ」

兄王子「母上の舞はそれほどに見事なのかい?」

侍女「ええ! 男性には決してお見せできない、神様のための舞ですけれど」

兄王子「へぇ…。まったく父君も、よく神に妬かずにいられるものだね。父君の寛大さはとても僕には理解できそうにないよ」

侍女「まあ、うふふ」

姫「………」




23: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/23(火) 20:40:34.38 ID:zUoOI/kM0

ぼんやりと聞いていた会話。神様のための舞。

あの日、姫はあそこで舞ってしまった。
そしてそれを見ていたのは神ではなく、敵国の騎士だった…。


姫(天女のようだ、と褒めてくれた。礼がしたいと、小さな花を私のために摘んでくれた)


それから・・・

机の上に置かれた花。
あれから数日も経つが、枯れた様子どころか萎れることも散ることも無い。


姫(おまじない、といっていたけれど…)

――俺の思いと同様に、枯れることはないだろう――

姫(~~~っ)


騎士に肩を抱き寄せられた感覚を思い出し、姫は赤面する顔を隠すためにテーブルに伏せた。
そんなことを、今日だけで何回繰り返しただろうか。




24: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/23(火) 20:41:06.18 ID:zUoOI/kM0

姫(~~~~~~私っていうヒトは…っ なんて不謹慎で、ふしだらなのでしょう!!)


兄にも母にも、相談などできない。
愛されている自分が敵国の騎士に恋をしたなんて、きっととても心配される。
下手をしたら外出も控えさせられるかもしれない。あの手この手で恋心を忘れさせられてしまうだろう。

そう、恋をしてしまった。
あの騎士に。


姫(私、あの騎士様のことしか… もう、考えられない・・・っ)


一人で、考えなくてはならない。この恋心の行方をどうするのか。
忘れなければならないのはわかっている。だけど、忘れなければと思うほどに、思いを募らせてしまっていた。

いつもなら、誰かに相談して。誰かと過ごす時間に癒されて。
一人で思い悩んだことなんかなくて。


姫は憔悴しきって、その数日後にはついに寝込んでしまったのだった。





25: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/23(火) 20:41:37.78 ID:zUoOI/kM0

―――――――――――――――――――――

そして。


兄王子「姫…本当に大丈夫なのかい?」

姫「ええ、兄様。私なら大丈夫…。ご心配をおかけしてしまっているのが、何よりも心苦しいです」

兄王子「姫…」


湖畔の別邸へ姫は移ることとなった。
それは父王から姫に提案されたものだった。

願掛けをしたのだから、願ほどきの参詣もするべきなのかもしれない…
というのを名目に、旅程は組まれている。だがその実質は姫の静養のために他ならない。
だから、今回はたくさんの男性衛士も供に付くことになっている。

姫は、何十人もの人を巻き込むことになると知りつつも、その提案を断れなかった。

あそこへ行けばもう一度、騎士に会えるかもしれない。
そんな期待を、僅かにでも抱いてしまったから。


姫「……名目上、とはいえ 願ほどきの任も預かったのですもの。雨季を終える頃には、しっかりと役目を果たして戻りますね」

兄王子「うん…。うん、そうだね。しっかりと願ほどきをしたほうがいいのかもしれない……」

姫「お兄様?」


神妙な面持ちで考え込むように顔を伏せた兄王子を、不審に思って見上げた。



26: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/23(火) 20:42:04.87 ID:zUoOI/kM0

願ほどきなど、世間体を守り国民に心配を掛けないための口実に過ぎないはず。
それなのに、まるでそれこそが重要だとでもいいたげな口ぶりだ。


兄王子「姫は、神に気に入られてしまったんじゃないかなって… ちょっと考えてたんだ」

姫「神様に…私が?」

兄王子「美人薄命だのなんだの言うけれど、神に気に入られると手元に引き寄せられるというだろう?」

姫「あ…。そういえばそんな話も多いですね。星座とか神話とか…」

兄王子「うん。だけど御伽噺だけではなく、古い民話や伝承にも似たようなことは書かれている」

兄王子「万が一にも、大事な妹姫を神の国に連れ去られるわけにはいかないからね…。丁重に辞退させていただかなくては。ね?」ニコ

姫「……」


冗談とも本気ともつかない、兄王子の口調。
慰めまじりの優しい微笑みを向けられたものの、姫は微笑み返すことが出来ずに視線を落とした。


姫(神様に気に入られるどころか、私は神様を怒らせてしまったのかもしれない…)

姫(自分勝手な行動で、神聖な儀式の終わりに泥を塗ってしまったのだもの)

姫(神様への特別な舞を、軽々しく踊ってしまった私への報い。その賞罰として、この辛い恋を授かったのかもしれない…)




27: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/23(火) 20:42:34.96 ID:zUoOI/kM0

現実逃避ともいえる思考の中に沈み込む。

会うはずのない場所、会うはずのない時、会うはずのない相手。
それらがすべて神様が罰として差し向けたものならば、すべての疑問も解消されるだろう。



この恋が、あまりに幼い私への罰だというのなら
いっそただ 焦がれて焼ける、苦しくにがい思いにしてくださればよいのに。

ああ、神様。

こんなに苦しいのに
蕩けだしそうに甘い澱みに、もっと沈んで溺れたくなる……



心からの心配を込めて送り出してくれた家族や城の者達の姿に、姫の良心は痛んだ。
敵国の騎士に会いたいと思っている自分は、その人たちを裏切っているような気すらした。

だけどその痛みは、恋心の痛みには届かない。
腫れきって麻痺した患部をつねるような、じんわりとした痛みでは目を覚ますことも出来ない。

動き出した馬車を見送る声が聞こえてくる。
思わず眉をしかめたくなるほどどうしようもない自分の感情を直視することも出来ず
声が聞こえなくなるまでしばらくの間、姫は規則正しい馬蹄の音に思考をゆだねることにした――


・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・




28: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/23(火) 20:43:32.81 ID:zUoOI/kM0

―――――――――――――――――――――


順調な道程で、姫達は無事に別邸に到着した。
だが、姫は馬車の中で青い顔をしており、戸が開けられても降りることすらままならなかった。

移動中、期待にはやる気持ちに駆られては馬の足をもどかしく思い
そんな自分を責めて逃げ出したくなれば、否応なしに歩みを続ける馬の無情を嘆いて。

そんな風にして馬車に揺られていた姫は、
緩急をつけて訪れる時間の間隔に酔ってしまっていたのだ。

予定よりもわずかに早く、夕刻前にはついたが、姫にとってはそれでも長すぎる道のりだった。


早々に食事や部屋、入浴を整えてくれた侍女の気遣いがありがたい。
その後も誰もが道中の疲れをねぎらってくれ、姫をゆっくりと一人でいさせてくれるつもりらしかった。

静か過ぎるほどの部屋の中、
わずかに入り込む清涼な外気のおかげか、いつの間にか車酔いもすっかり落ち着いている。


このまま朝になるまで、おそらく部屋を訪ねてくる者はいない――
ベッドに横たわりながら、姫は何度もその推測を反芻していた。

そしてついに、その暖かい想いの隙をついて、部屋を抜け出すことにした。




29: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/23(火) 20:44:07.28 ID:zUoOI/kM0

姫「………っ」キョロ…


周囲を見渡し、敷地を出る。

抜け出したからといって、夜中にあの騎士に会えるとは、最初から思っていない。
元より、再開の約束をしているわけでもないのだ。

ただ、あの場所に行けばもっと鮮やかにあの騎士を思い出せるような気がして
飛び出さずにはいられなかっただけ。


姫(もうちょっと… この先が、あの時 私が騎士様にお会いした場所…!)


秋口までまだいくらか間があるというのに、
既に足元は独特の、乾燥した下草や落葉のふみ心地に変わっていた。

夏前に訪れたときの瑞々しさは今は無く、時折パキリと硬い枝を踏む感覚に足をもつれさせそうになる。
衛士によってすっかり万端整えられたあの時と違い、夏季で成長した草が無遠慮に姫の四肢に手を伸ばしてくる。

茨の道を行くのならこんなものでは済まないよ、と警告されている気がした。
だけれど止まれない。
もつれて踏み込むその足で、みっともなく求めに行くことしかできなかった。


ガサッ!


姫「はぁ… はぁ… っ、はぁ……」




30: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/23(火) 20:44:39.40 ID:zUoOI/kM0

開けた視界。
目の前に広がる美しい湖畔と、穏やかな水面、突き抜けるほどに高い夜空。
久しぶりの運動で、呼吸が乱れている。だけどそれを整えるほどには気も回っていなかった。

視界が開けたと同時、すぐに気づいてしまったのだ。
景色の真ん中に、あの時と同じように、人影があることに――


どれだけ会いたかっただろう。

はやる気持ちを抑えられず、相手の姿もしっかり確認しないまま、姫は呼びかけてしまった。


姫「騎士様……!」


姫の声に影が振り向いた。


姫「騎士様……! どうしても、どうしても…っ もう一度、お会いしたかった―――…!!」


絶え絶えに紡ぎだした悲痛な想い。
それに応えるように、逆光の中から差し伸べられる手。

その手を取りたくて、駆け出そうとしたその時になって、ようやく違和感に気づいた。


姫(え…… 違う。 これは… 彼は…)


認識するまでに時間がかかりすぎた。
差し出された手に浮かんでいるのは、攻撃魔法を意味する魔力の昂ぶりだ。


姫(――っいけない…!)


その掌が紫に光ったと思った瞬間、姫は避けることも出来ず
無抵抗で真正面から衝撃波を浴びせられ……そのまま昏倒してしまった。


紫色の光の中に姫が見たものは、怖ろしい魔族の姿だった。





33: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/25(木) 06:48:38.94 ID:lCQpYJWX0

―――――――――――――――――――――

姫(……………ん…)


豪奢な一室で目が覚めた。
見慣れぬ部屋と静かな空間に、しばし ぼうっとしてしまう。

身体がほんのりと痛んだが、わずかな程度。
それが治療をされた後の倦怠感なのだと気がついて、同時に湖での出来事を思い出した。


姫「っ! ここは… 私はっ!?」ガバッ


慌ててベッドから身を起こし部屋中を眺めてみるが、上品な誂えの調度が鎮座する以外に何も無かった。
ひとまず胸をなでおろし、ベッドから立ち上がる。着衣もそのままだった。

無言のままそっと扉へ近づいて様子を伺おうとすると、まさかの背後から 声をかけられた。


「どこへいく?」

姫「っきゃああああ」


腰が抜けるほどに驚いて、頭を抱えて背を丸め、その場にへたりこむ。


「驚くのは仕方ないにしろ、それが防御の姿勢のつもりなら冗談にしかならないな」

姫「だ… だ、だ 誰…っ」

「相手の姿も見ようともしないまま、答えだけを求めるだなどと。素性を騙られても文句は言えないが、いいのか」

姫「っ」




34: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/25(木) 06:49:08.61 ID:lCQpYJWX0


言われて気づき、おそるおそる腕の隙間から振り返り見る。
先ほどまでいたベッドは広く、姫がいた場所よりもずっと上のほうに、ゆたりと片足を伸ばして座っている人物がいた。


姫「――――」


一瞬、いっそ素性を騙られて、事実になど気づかないでいられた方がよかったと思った。

特徴的につり上がった耳、隠しようも無くうねって伸びた角。
頬杖をつく長すぎる指先も、ベッドに投げ出された鳥獣のそれを連想させるつま先も。

何もかもが、彼が人間ではないことを物語っている。
――魔族だ。


姫「あ…… あ、っ…」


はしたなく、ごくりと生唾をのんでしまう。


「そう怯えてくれるな」


魔族はそう言って、長い指先で髪を掻きあげる。
姫の頭の中はぐちゃぐちゃで思考も言葉もまともに並ぼうとしていない。


「……お前、湖で誰の名を呼んだのか…覚えているか?」

姫「っ!」


騎士様。





35: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/25(木) 06:50:20.77 ID:lCQpYJWX0

唐突に投げられた質問のおかげで、ようやくひとつの単語が頭に浮かんだ。
その単語を中心に、意味や語彙がつながりを持ちはじめ、ようやく思考は混沌から開放される。


「……覚えているか?」

姫「――ッ」


再度投げられた質問に、改めて魔族の姿を見たが、
逆に試すような挑発的な瞳に見据えられて、威圧されてしまった。
あごの辺りにぐっと力をいれて奥歯を噛み、泣き出しそうな涙腺を締め上げる。
騎士の名を、今ここで出したくはなかった。


姫「……あ、貴方には関係ありません!!」

「…………お前」


力を抜けばがくがくと震えてしまいそうな恐怖の中で、ようやく振り絞った言葉。
そんな私の様子をじっとみつめていた魔族は、ギシリと片腕をベッドに立てて 座りなおす。


「はは……。思っていたより、気が強い」

姫「貴方は、誰です!!」

「…………」





36: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/25(木) 06:51:02.75 ID:lCQpYJWX0

魔族はベッドから立ち上がると、姫の横を通り抜け、椅子にかけてあったマントを手に持って扉へと歩いていく。
そして扉の前でバサリとマントを羽織りながら、振り向きもせずに言った。


「誰だと思う」

姫「え… え?」


質問に質問で返され、反応に窮する。
うろたえた姫の気配をうかがったその後で、黙ったまま魔族は扉を開けた。

そうして、冷ややかに言い捨てた。


「この城の城主であり、この国の国主。 全ての魔物の主であり、そしておそらくはお前の主ともなる。……よく、覚えておけ」



「俺が、魔王だ」



魔王。
魔王、魔王、魔王。


その響きは、絶望の淵に立っていた姫を躊躇無く蹴り落としにきた。
他の言葉を思い返す余裕も無いほど、混乱と恐怖の渦に巻かれて落ちていく。


血の気を失い、口も目もひらいたまま動きを止めてしまった姫を 魔王は一瞥した。


魔王「……そうだな。いい事もおしえておいてやろう。お前が望んでいる騎士なら……確かに、この城にいるぞ」


その一言は、恐怖の檻に囚われて逃げ出したい姫にとって
残酷な鉛の足枷となった。

すぐ傍に、騎士が居る。
魔王の元に、騎士がいる。

ずっしりと深みに沈んだ騎士への想いは、恐怖の中にあってなお、
姫の心をその場に縫い付けるに充分な重さだったから。




37: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/25(木) 06:51:42.22 ID:lCQpYJWX0

―――――――――――――――――――――


それからの数日間、
魔王は毎日のように姫の部屋に来てはベッドの奥に座り、姫の挙動をじっと眺めていた。

監視されているようで、観察されているようで。
居心地は悪かったが恐怖で何もいえなかった。

ただなるべくじっとして動かず、目を閉じて時間が過ぎるのを待ち続けた。

そんな気の狂うような日々を10日ほども続けた頃だったろうか。


魔王「お前の舞が、見たい」

姫「え……」


不意に言われて、思わず魔王を見てしまった。


魔王「じっと動かない人形のようなお前ではなく、舞うお前を見たいといったのだ」

姫「い、いやです」

魔王「なぜ」

姫「私は、舞なんて――」

魔王「舞えるだろう。騎士の前で舞った、降雨祈願のための舞だ」

姫(なんで、それを魔王が……)





38: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/25(木) 06:52:36.35 ID:lCQpYJWX0

ココロがチクと痛む。
騎士が、魔王に報告したのだろうか。ならば騎士は、私がここにいることも知っているのだろうか。


姫「あ、あの舞は、神聖な舞なのです! 本来は神だけに披露することが許されたもの。ましてや男性の前で踊るだなんて――」


魔王「騎士の前では、舞っただろう」


必死に断り文句を吐き出しているうちに、いつの間にか魔王がすぐ側に来ていて。
責めるように細めて覗き込んでくる魔王の瞳に、私は罪悪感を浮き彫りにされる。


姫「―――……っ」

魔王「舞え」

姫「そんなこと、私は――」


拒絶しようとした矢先、魔王が私の腕を強引に掴んで引き寄せた。長い指に顎を掴まれた。
顔が近づくのが見えて、私は反射的に、怖ろしくも愚かしくも、力いっぱいに魔王の頬を打ってしまった。


魔王「………自分が何をしたのか――

姫「わ、わ、わか …っ わかって、ますっ…!!!」

魔王「………」


魔王を打った手のひらが、目で見てわかるほどにブルブルと震えている。
その手を押さえる腕までもガタガタと揺れて、しでかした事の重大さを思うと奥歯も噛み合わない。


魔王「………」

姫「ぅ…っ く、ふぇ… う、うわぁあぁん… ひぅ… ぁぁぁん」


堪えようもなく、涙が出てきてしまった。
力を入れてとどめようと思えば思うほど、口は情けなくへの字に曲がり嗚咽も隠せない。
ぼろりぼろりと溢れ出す涙を隠すすべも持たず、小さな子供のようにみっともなく泣いた。


魔王「………叩かれたのは、俺なのだがな」

姫「ひぅ、ぐ。もぅいや… 騎士さま、ひっぐ、うぅ、うわぁん 騎士様、騎士様、騎士様ぁああ」


うわぁぁぁぁん……

恥も外聞も自尊心もかなぐりすてて大泣きを始めた私に
魔王がひどく冷たい視線を向けてきているのには気づいていた。
だけれどどうしようもなくて、泣くしかなかった。




39: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/25(木) 06:53:14.62 ID:lCQpYJWX0

魔王「………そんなに、騎士が……欲しいのか?」


長いこと泣いて、泣きつかれた頃になって じっと私を見ていた魔王が口を開いた。


姫「……?」

魔王「会いたいのだろう……?」


会いたい。

思いが募りすぎて、言葉は声にならなかった。
わからない。ただ魔王の言葉を反芻しただけだったような気もする。

ただ、その願いはあまりにも心の奥底を射抜きすぎていた。
想いをなぞるだけでも、気が遠くなるほどに求めて仕方のない願いだったのだ。


泣きすぎて朦朧とした頭。
疲弊しきった心身。
降って沸いたような、希望。




40: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/25(木) 06:53:41.53 ID:lCQpYJWX0

姫はその時、実際に視点も感情もすっかり焦点を失ってしまっていた。
悪魔に魅入られ心を失った者よろしく、小さく 「あいたい」と唇を動かすしか出来ないほどに。

魔王はそんな姫を見て、満足そうに嗤いながら近づいてきた。


魔王「俺のものになれ」


唐突に魔王に求愛される。
理性を失った頭は、幸か不幸か臆することもなく。姫はただ静かに首を横に振った。


魔王「俺のものとなって、ここに居続ければいい……さすれば念願の騎士にも会えるだろう」


ここに居続ける…?


ぼんやりとした頭で、かんがえる。

ここに居続ける。この怖ろしい魔王の側で。あのどうしようもなく愛しい騎士に焦がれて。

唐突に、城の皆の姿が思い浮かんだ。
優しくて穏やかで、柔らかい春風のような皆の姿が浮かんで
理性を手放しそうな私を救い上げていく。

今度は静かに、頬を涙が伝った。


姫「……みんなが… きっと、ぜったい、私の帰りを待ってくださっています…」

弱々しく吐き出したその答えは、精一杯の強がりだった。




41: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/25(木) 06:54:29.66 ID:lCQpYJWX0

魔王「戻りたいのか? 戻ったとしても お前の想いは何も消化されないままだ」

ああ。


魔王「何不自由ない、安穏とした城での暮らし。充分に満たしきるには刺激の足りない生活。……忘れるものも忘れられないままに」

やめて。


魔王「優しくて愛しい家族の中で、叶わぬ恋を誰にも打ち明けることもできない」

いや。


魔王「お前はこの先も、これまでのように、憔悴しきって、心を傷め続けるだけとわかっているのか」

だめ、おねがい。もうやめて。
縋ってしまいそうに弱りきった心に、追い討ちをかけないで。


だって……だって、このままじゃ、もうすぐに……



魔王「俺を拒否すれば、二度と騎士にも会えないだろう」


ほら。
こんなに簡単に、心が、崩れてしまった――-





42: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/25(木) 06:56:40.89 ID:lCQpYJWX0

音もなく零れ落ちた涙。
魔王はその涙を長い指先で掬い取り、ぺろりと舐めた。


魔王「選べ。お前がここにいるならば……騎士に愛されることもできよう」

魔王「それともお前は 元の生活に戻ることを望むか…?」




姫「騎士…様に。せめて もう一目だけ」


どうしようもない涙がこぼれて止まらない。
自分が悪魔に身を売り渡した気がした。そう、これは悪魔の選択肢…

ああ、きっと私は本当に神様に嫌われた。
そうして悪魔に、引き寄せられた……?



魔王「その選択は、俺の望むものだ。……だから、ひとつだけ姫に“見せ”てあげよう」

姫「え………?」


急に口調と空気を変えた魔王に、違和感を覚える。
振り向いたその先で、自嘲するような深い瞳が姫を見つめていた。

その瞳に吸い込まれるようにして、姫の意識は混濁していった…。


・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・



45: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:05:36.71 ID:AU9AxGBb0

===―===―===―===―===―===―===

不思議、としか表しようがない。
壁になったようで、大気になったようで、幽霊になったようで。
自分の居場所が定まらない。存在が定まらない。
映像を見ているよりも鮮明で、なのにどこか薄い壁の向こうのような。

ここにいるのに、ここにいない。
ここにあるのに、ここにない。

目の前の光景をぼんやりと見つめている…とでもいえばいいのだろうか。
見ているだけ。意思も思考も感情もない。見ているかどうかも怪しい。

そんな不思議な感覚に囚われている中、そこにヒトの姿が映りこんできた。

・・・・・・
・・・・
・・


姫『………ああ、だけど。だけど私はやっぱり、あの優しいヒト達を捨てられないんです』

魔王『……では、戻るのか? 苦しい生になっても、それでも構わぬと?』

姫『ああ……っ 怖い。怖い、怖い』

魔王『………』

姫『きっとこれは神様からの罰。だから私は甘んじてそれを受けなくてはならない……怖くて怖くて仕方ないけれど、きっとそうするべきだから』

姫『怖い、怖いの…。騎士様に縋るように生きてしまいそうな自分が怖い。 でも、だけど。それが私のするべきことだから』

姫『だから… 私は、戻ります。騎士様に会えない一生でも、思いに身を引き裂かれるその日まで……私は、国で生きていきます』

魔王『……そう、か』




46: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:06:08.42 ID:AU9AxGBb0

姫『哀れまないでください、慰めないでください。これ以上の甘い誘惑を嗅いでしまえば、私はもうこの心を殺す以外に、皆に合わせる顔がなくなってしまう』

姫『ええ、そうです。私は家族を選びます。王家の娘として、国と民を選びます。私個人を捨ててでも、選び取らねばならない手があるの――』


姫『あの家族を捨てられない――。あんなに愛してくれるみんなを裏切れない……っ』


姫『ああ。ああ、でも。ごめんなさい…… ごめんなさい、騎士様…! 貴方を思う気持ちは、決して嘘ではありませんでした……っ それだけはどうか、貴方が信じてくれますように……っ!!』


魔王『……残念で、この上ない。……やはり姫と会ったのは間違いだった』


魔王はそう呟いて、掌を姫に向ける。
逆らった姫は、きっとこのまま殺されてしまう。
紫色の光の中に、魔王の悲しげな瞳が見える。
それは、あの騎士の瞳と同じで……どこまでも深い穏やかさと、憂いと、優しさを湛えている。


姫『!! あなた、は……!』


言い切る間もなく衝撃波を浴びて昏倒した姫に、魔王が言葉をかける。


魔王『魔王の姿のまま外出などできず、騎士に扮していたのだ……そんな状態で敵国の姫に恋をしてしまうなんて。俺の愚かさを笑うがいい』

魔王『君には何も罪は無い。俺が君を手に入れる為に、こうするしかなかっただけ……』


魔王『――苦しませて悪かった。許して、くれ』





47: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:06:39.37 ID:AU9AxGBb0

その後、姫は湖畔の前で目を覚ます。
たくさんの城の者に囲まれて、安堵と祝福と、歓喜の思いに包まれて目を覚ます。


兄王子『気がついたのか、姫!? 心配したよ、いったい何日もどうしていたんだい!?』

姫『え… お兄様? やだ、儀式の最中は ここは男性は禁止ですよ!!』

兄王子『ぎ、儀式……? って、降雨祈願のことかい? 姫、しっかりして。そんなものはとっくに終わったじゃないか!』

姫『え? だって…?』

兄王子『ああ、本当に…。本当に、神様に気に入られてしまっていたのだろうか』

姫『神様に… 気に入られる…?』

兄王子『来年からは降雨の儀式には王家の女ではなく専用の巫女を用意することにしよう。僕が父王に必ず約束させてみせる。もう何も心配いらないよ。そして君はもう二度とここには近寄らないほうがいい……』


姫は、最初に湖畔であの「騎士」に会う前からの記憶をなくしていた。
ほんの少し、誰かに愛されたような。
そんな違和感をおぼろげに胸中に感じているようだ。

魔王が姫のためにかけた“記憶を消す魔法”の残滓が、ここからなら目に見える。
だけどこの姫は、ただ、何も知らないまま、何も思い出せないまま。

記憶をなくした姫は、ただ幸せに――


・・・・・・・・
・・・・・
・・・


===―===―===―===―===―===―===




48: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:07:19.33 ID:AU9AxGBb0

ふっ、と 夢から醒めるようにして意識が戻った。


姫「…………え… あ、れ?」


周囲を見回すと、倒れないように背中を支えてくれている魔王が目の前に居た。
夢の中で“夢を見た夢”を見るように、頭の中が状況を理解できていない。


魔王「……さて、どうだった」


穏やかに声をかけてきた魔王を見て、ようやく今のが幻影なのだと気づく。
そうしてその幻影の中での出来事を、思い出しながら、ひとつづつ手繰り寄せる。


姫「今のは…?」

魔王「特殊能力、とでもいえば納得するか?」

姫「あなたが作りあげた、お話…なの?」

魔王「違う。……むしろ、“作られなかった話”といえよう」

姫「……?」


先ほどの幻影で見た、どこまでも深く、慈愛と悲しみに満ちた魔王の表情。
目の前の魔王と、先ほど見た幻影が重なって、今の魔王の本当の顔がよく見えない。

見えなくて、だからこそ見たかった。
きっと怖ろしくなんてないのだと確信できた。
それどころか、見てあげなくては可哀想な気すらして……。


魔王「選ばれなかった未来。無くなってしまって、幻想に変わってしまった意味の無いストーリー…」

姫「それは、つまり…?」


あれほど威圧的で怖かった、魔王の細めた瞳は、怯えながら様子を窺うものにみえる。
長く伸びて凶暴さを感じた指先が、細心の注意で私を傷つけないように動かされているのがわかる。
抑揚がなく正体の知れない話し方も、本音を悟らせまいと必死に振舞っているだけに感じて……


見えていたもの、見てきたもの。今見えているもの… 
全てが混ざって、溶けていく。




49: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:07:45.93 ID:AU9AxGBb0

魔王「……姫が家族を選んでいたら、君は今見たような未来を過ごすことになっていた」

姫「じゃあ…… 嘘では、ないの?」

魔王「嘘になってしまった未来ではあるけ……

姫「あなたが… 魔王が、騎士様なの…?」

魔王「っ」


あまりにもまっすぐ見上げてきた姫の瞳に、今度は魔王が小さくたじろいだ。
それから小さく息を吐き、姫から距離を取って話しを始める。


魔王「正確には違う。騎士が、魔王なんだ。騙したことは謝ろう…騎士など、もともと居ない。俺の仮の姿として一定以上の周知はされているがね」


言葉を信じる信じないではなく、感覚で納得できた。
あの人は騎士で、あの人は魔王。だけど私が話をしたそれは、どちらもきっと嘘の姿。
この人が騎士で、この人が魔王だった。だからこの人は、あの人なんだ………

頭の中が、澄み切った空の向こうにいる気がした。
見た目や振る舞いや性格が全て違っても、存在そのものは同じなのだと納得してしまるほどに――


そう。これが正気か狂気かわからないけれど、私はストンと納得してしまったのだ。
騎士と魔王が同一であることを。





50: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:08:44.48 ID:AU9AxGBb0

姫「どうして、言ってくださらなかったの……?」

魔王「言うつもりはあった。だが…言えなくなった」

姫「なぜ…?」


魔王「心を病ませて、薄暗い湖畔を迷走してしまうほどに想いを寄せてくれた姫。君の想いには気づいていた。……姫の事を、あのあともずっと見ていたから」


魔王「姫がまたこの湖畔に来ると知り、今度は正体を明かすつもりであの湖にいった。俺は、ずっと君を待っていたんだ」

姫「そう…だったの…?」


魔王「………嬉しかった。魔王の姿のままで、君が騎士と呼びかけてくれた時。……見た目が変わっていても気づいてくれたような気がして」

姫「え。でも、私……」

魔王「ああ。それが勘違いだとはすぐに気付いたさ。ただ、“もし本当に姫が事実に気付いてくれたら”と願っているうちに……、言い出す機を逃してな」


魔王「………気づいてくれるそぶりは無くて。もどかしくて」

魔王「そこで、気づいた。ようやく、その時になって、気づいてしまったんだ」


魔王「俺はどうしたって騎士ではなく、魔王なのだとね」



そう言って、魔王は自嘲した微笑みを浮かべた。




51: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:09:49.92 ID:AU9AxGBb0

姫は既にわからなかった。
騎士は魔王で、魔王は騎士だ。だけど違うという。
何が違うか、もう今の姫にはわからない。


姫「……違いが…あるのですか?」

魔王「俺も、違わないと思っていた。姿や肩書きなど関係なく、俺は俺だと、そう思い込んでいた」


怪訝に首をかしげた姫を、魔王は愛しそうに見つめてから説明を続けた。


魔王「騎士というのは、一介の臣下に過ぎない。国を離れれば、いかようにも生きていける。
だけど俺は騎士ではなく魔王だ。国を離れることは出来ない」

魔王「……騎士を選ぶのと、魔王を選ぶのとでは その“重さ”がまったく違うのだと気づいてしまった」

姫「重さ…?」

魔王「そう。聖王国の姫が恋仲の相手として選ぶ時、魔王と騎士では、姫が抱えるべき重さが違いすぎるのだと気づいたんだ」

魔王「だから、どうしても“魔王”を選ぶ覚悟をしてほしかった。…そうでなければ、抱えさせられないものだと悟った。そうなれば、国に帰す他はないと知った」

姫「でも!! それでも正体を明かしてさえくれていたなら……」

魔王「もっと楽に、俺を選んでくれた―― と?」


苦笑まじりのその声は、私への叱責だと気が付いた。
正体を明かされ、感情の昂ぶりに任せて盲目に目の前の騎士を選んだら、そのとき私は本当に国を捨てる覚悟までできただろうか。

心が正常で居られなくなるほどの苦しい選択肢
その天秤に載せて、それでも騎士を――魔王を選ばなくてはいけなかった。
どちらかに傾いて、どちらかを楽に選ぶようなことがあってはいけない選択だった。
そのどちらも、簡単に捨てたりしてはいけないものだったのだ。




52: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:10:35.62 ID:AU9AxGBb0

姫「でも。でも、それなら、両方を選ぶことは出来なかったのですか!?」

魔王「両方?」

姫「お父様にワケを話して、私がきちんと手順を踏んでこちらに来ていれば…」

魔王「……騎士として姫と離れた後、俺もそんなことを考えた。……だけど、この国と君の国は戦争中なんだ」

姫「っ」


魔王「……正確に言えば、消えることのない下火がいつまでも燃え続けていて。その火を付けたのは誰かと、お互いを疑いあっている状態だな」

魔王「何年も何十年も、たったそれだけの事が、両国で何十万という国民たちの“心の種火”となっている…。くすぶる火が燃え上がらないよう、どれだけ両国が気を使っているのか知らないのか?」

姫「あ……」

魔王「……聖王国の降雨の儀式で出会った、というのもまずかった。知られたら、魔王国が聖王国の大事な国儀にケチをつけたことになる…。これは事実だから仕方ないが」

姫「そ、それは」

魔王「いっそ真正面から、お姫様を俺にくださいって言えばよかったか? 間違いなく国内外で大波乱が起きるだろうし、戦争の前に俺は国ごと自滅するかもしれない」

姫「あ、あはは・・・」





53: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:11:25.01 ID:AU9AxGBb0

魔王「……どれだけ君に思いを寄せていようと、君が敵国の姫であるのは変えられない。……選択ひとつで戦争は激化して、聖王国王、俺、あるいは君が 死に追い詰められる可能性があるのは間違いないんだ」

姫「――っ」


ゴクリ、と。


魔王「……だけど不可思議な体調不良の最中に、姫が忽然と神隠しにあったらどうだろう。 魔王と会った事なんて、誰にも知られないうちに。姫だけが、まるで神に連れ去られたように消えてしまったら……?」


姫「あ…。信仰心の厚い聖王国で……神に責任を問うような真似事は、許されない…?」

魔王「そう。それに聖王国だって、あの儀式のためには、威信をかけて土地から他者の排斥をしたはず。儀式の期間で魔王にあっていたなんて……とても認められやしないだろう」

姫「あそこには、決して誰も居てはならなかったし… 居させては、ならなかった……」

魔王「国のメンツもある。堂々と“おまえがやったんだろう”と、魔王国を責めるのは難しい。ならば後に残される容疑者は“責めることも出来ない神”だけ。神が全ての罪を、黙って被ってくれる」

魔王「湖の洗い出しや全世界への手配くらいはするだろうが、その程度で済む。――君があのまま国を捨て、俺のところに来てくれさえすれば。…そうすれば被害は最小だと、そう思った」


姫「だから…… あの選択を迫る結果になったのですね……」

魔王「ああ。……だが、どうやっても俺が卑怯だな。自分でそれがわかって…まるで悪魔だと思った」


姫「悪魔…」

魔王「……」




54: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:13:13.77 ID:AU9AxGBb0

姫「――あれ? 魔王って、悪魔みたいなものじゃないんですか?」キョトン

魔王「何世紀も前のイメージでヒトを語ってると、そのうち個人的に名誉毀損で訴える。 容姿による人種差別も甚だしいだろう。 戦争の火種を姫が魔王に放り投げんじゃねえ」

姫「容姿以上に口の悪さが怖かった!?」

魔王「……王族の姫がこの調子じゃ、この戦争は本当に永遠に終わらないかもしれないな」ハァ

姫「ぁぅ」


ぎゅ。
不意に魔王は姫を抱き寄せ、頭をたれるようにして姫の肩に預けた。


姫「きゃっ!?」

魔王「……姫のためにしたいこと。自分がしたくてたまらないこと。真逆で、どうしようもなかった。……わかるだろう。魔王だって、そんな葛藤をする程度の生き物だ。……悪魔じみていても、悪魔じゃない」

姫「………」


……わかる。わかってしまう。だって、私がそうだった。
見た目はこんなに違うのに、中身はそんなに変わらない。初めて知った、魔族の正体。

私は、ただ黙って、魔王の髪をそっと撫ぜた。





55: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:13:50.29 ID:AU9AxGBb0

魔王「……あ」

姫「え?」

魔王「あの時は、悪かった。湖で……君を手に入れたいがあまり、乱暴な事をした」

姫(あ。私を気絶させた衝撃波のことかな…?)


手当てをしてくれた形跡があったのを思いだし、フルフルと首を振る。
それを見て安心したように、魔王は立ち上がって、まじめな顔をしていった。


魔王「たくさんの言い訳をして、みっともない所を見せてしまったな。ところで、先ほど言ったとおり、 君には“選択しなかった未来を見せた”のだ。これは“選択しない”と決定したことだから可能なんだ」

姫「?」

魔王「行く先の未来を見せることは出来ない。見せることが出来るのは、現実にはもう起こらない未来だけ…」

姫「もし……私が家族を選んでいたら、貴方は一人で……」

魔王「それは気にするところではない。それよりも聞いておきたいことがある」

姫「……?」


魔王「あの未来を選ばなかったことを……後悔するか?」


姫「…そんなことを聞いて、どうするのですか。もう選ばないと決めてしまったのに」

魔王「……聞いておきたい。それだけだ」

姫「…」

魔王「…………後悔、するか?」




56: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:14:41.04 ID:AU9AxGBb0

姫「後悔…するかも、しれない。でも、どちらにしたって最初から遅すぎです――」


家族を思えば痛む胸
だけれど、きっとどうしようもなかった

父王の心配をよそに、騎士への思いに身を焦がしていた私は
きっとどんなものを天秤に掛けても、魔王を選ぶしかなかったのだろうから。


魔王「……そうか」

姫「でも……後悔するほうが、ずっとマシです」

魔王「マシ? 何と比べてマシだというのだ」


姫「魔王の魔法で、記憶を消されて幸せに生きる未来と比べて。都合よく改竄された記憶の中で生きる私なんて、きっと偽者と変わらない。――そんな未来は、まっぴらです」


潤んだ瞳に、精一杯の決意を込めて言い切った。
魔王は苦笑して、手のひらを差し出してくれる。


魔王「この運命、おそらく君は家族を選ぶのが最善だった……それだけは、覚えておけ。これは悪魔の選択肢で、君が選んだのは悪魔の望んだ回答だ」

姫「さい、ぜん…? 悪魔の選択肢…?」

魔王「そう。いつだって―――」


何も起こらないのが、「最善」なんだよ。


穏やかに笑う魔王の口元に、悲しいほどの自嘲。

差し伸べられた手をあたりまえのように取った私は、
きっと魔王からしてみれば なんの覚悟もできてないようなものだったのだろう。





57: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:15:21.21 ID:AU9AxGBb0

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魔王「姫、こちらへ……」

姫「待ってください、魔王。私、騎馬なんて初めてで…」


二の足を踏むようにモタモタとして動かない馬の上で、
姫は落馬しないよう必死に手綱にしがみついている。


魔王「大丈夫。もっと手綱を緩めて、腰を据えて、脚でしっかり支えて」

姫「腰と…脚……。こ、こう、ですかね」


トットットッ…
一度ゆるく首を振った馬は、ようやく気持ちよさそうに歩き出した。
先に待つ魔王の馬を追うように近寄っていき、横に並んで軽く首を寄せて止まった。


姫「……えへへ。出来たみたいです」

魔王「上手だ。その調子でついておいで」



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58: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:15:51.46 ID:AU9AxGBb0

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姫「魔王、何をしてるんですか?」

魔王「姫はあまり魔術を見たことが無いのか?」

姫「んー… 城には何人かの魔術師さんもいらっしゃいます。いつも難しい本を読んでるイメージですね」

魔王「姫、手を出してみろ。そうだな、軽く握って、こんな風に」

姫「? こうですか?」

魔王「アブラカタブラ」クルクル

姫「あはは、なんですか ソレ?」

魔王「いかにも呪文らしいフレーズというのが思いつかなかった。さあ、手を上にして開いて」

姫「?」 パッ


パン! パンパンパン!

姫「っきゃぁ!」

開いた手の上で、小さな線香花火のようなものがポンポンと破裂した。


姫「わ、わぁ!! すごい、これどうやってやるんですか?!」

魔王「魔術だな」

姫「すごーい… どこから火が出たんだろう…?」ヒラヒラ、キョロキョロ

魔王「いや、だから魔術だ。手品じゃない」

姫「私もやってみたいですー!タネを教えてください!」

魔王「だから手品じゃないんだ!」



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59: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:16:21.01 ID:AU9AxGBb0

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姫「魔王―。どこに居るんですかー…?」キョロキョロ

姫「おかしいですね…書室に入るところは確かにみたんですが…。それにしても難しそうな本ばかりです」

姫「……そういえば、こんな感じの分厚い本を、お兄様も読んでいらしたなぁ…」ソッ… ムギュ

姫「“むぎゅ”?」

本<グギャギャギャギャギャ(イタイー イタイ―)

姫「 」

本<ギャギャギャッ(イヤー ハナシテ―) バッサバッサバッサ…

姫「 」

魔王「姫? 司書の使い魔を捕まえて何してるんだ?」

姫「 」

魔王「変わった遊びだな。まあいい、飽きたら離してやれ。仕事が溜まるだろうから」

姫「 」

魔王「では、またな」スタスタ

姫「 」


ちなみに私は驚きすぎて、その後3時間ほどその場で固まっていた。


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60: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:16:52.57 ID:AU9AxGBb0

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魔王「姫、外に出かけようか」

姫「はい!」

魔王「ずいぶんと嬉しそうだな? ……やはりこんな、隠れ暮らすような真似は辛いか?」

姫「城に篭って生活するのは、私にとって当たり前のことですよ? ただお出かけが嬉しいだけですし、それに…」

魔王「それに?」

姫「……外出用に騎士様に変身した魔王は、いつもよりキザに格好つけてキメてるのがやっぱりツボです」

魔王「!?」

姫「もちろん本当の姿も見慣れましたけど。どうして普段から格好つけていられないんですか?」ムゥ

魔王「さ、さてどうだろうな。さほど自覚もないのだが、そういう格好をするとそういう気になる…のかも、しれん」

姫「そういうものですかねぇ?」

魔王「~~ええい! 納得できないのであれば、自分でやってみるがいい!!」ポン!!


魔王が姫に魔術を掛けると、姫はいかにも聖職者といった装いに身を包んだ。
まっすぐに流れ落ちる長い髪は艶やかな漆黒色で、濡れているかのように輝いている。


魔王「……ふむ、なかなか似合っているな。今日はその格好で出かけるか?」クス

姫(聖者)「さあ魔王殿、参りましょう。光陰矢の如しと申します。怠惰な行いは恥じて、我々は迅速かつ勤勉に日々を過ごさねばなりませぬ」キリッ

魔王「確かに別人のように変わっている!?」


・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

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61: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/26(金) 02:17:57.06 ID:AU9AxGBb0

―――――――――――――――――――――

そんなこんなで… 月日は、あっという間に過ぎていた。


優しい魔王に、大切にされて。
毎日がどこまでも楽しくて。刺激的で、感動や興奮に満ちていて。


だから、次第に姫はこう思いはじめるようになった。

『私は本当は、ただ薄情なだけなのかもしれない』、と。


最初にそんな風におもったのは、この魔王城にきて1ヶ月も経った頃だったろうか。
家族を思い出す時間が明らかに減っていることに気づいてしまったのだ。


この魔王城にきてからというもの、
魔王にあの選択を出されたときのような“強い家族への罪悪感”は薄れていくばかり。
今、姫の胸中にあるのは、どこか懐郷じみたゆったりとした痛みだけだ。


魔王「姫…?」

姫「~~~~…っ」


そんな自分の薄情が、急に恥ずかしくなって
姫は突然に 魔王の前で泣き出してしまった。

そんな姫を、魔王は何も言わず 覆うように抱きしめた。
そのぬくもりに胸の痛みが癒されてしまう気がして。本当に薄情な娘だと、自分を責めずにはいられない。

だけれど魔王とすごす時間は、
本当にその責めすらもあっという間に癒してしまうほどに、心地よかったのだ。

姫はいつしか、諦観したように自分の薄情を認めるようになってしまった。
それが少しばかり姫の心を荒ませているのを知って、魔王は悲しそうに姫を抱きしめた。





65: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:01:47.16 ID:RwYCVDwW0

―――――――――――――――――――――

朝、少し早く目覚めすぎたらしい。

いつもならば朝食まで部屋で本など眺めて過ごしていたけれど、
あまりに早く起きてしまい、暇に任せて魔王の部屋を訪ねた。

魔王はまだベッドの中に居る。
それでももういい時間だ。私は朝日を取り込もうとカーテンをあけた。


姫「……そっか。魔王と出会って、もう一年がたつんですねぇ。びっくりです」

魔王「え…・?」


何気なく季節の移ろいを窓から眺めていた私。それを見ていたら、そんな言葉が口をついてでた。
私の声で目が覚めたらしい魔王は、唐突に話題を振られて驚いたのか、すぐに身体を起こして私を見た。


姫「きっと、あの湖では お母様が今年も舞うのでしょうね」

魔王「……姫?」

姫「大丈夫です。会いに行きたいなんて、いいませんから」


にこりと微笑んでみせる私に、魔王が悲しげな眼をした。
その時ふと、思い出した疑問を口にしてみる。


姫「そういえば、魔王・・・」

魔王「なんだ?」

姫「私に、舞を見たいと迫ったことがありましたよね」

魔王「っ」




66: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:05:46.46 ID:RwYCVDwW0

姫「……そんなに、あの舞が気に入ってらっしゃるんですか?」

魔王「え、ああ、まあ」


寝起きのせいだろうか。
どこかしどろもどろな魔王を不審におもいながらも、話を続ける。


姫「……舞いましょうか?」

魔王「!?」


視線をもう一度外に戻す。

この窓から、あの湖が見えるわけではない。
だけれど目を閉じてしっかりと思い出してみれば、あの景色は鮮明に浮かび上がる。
穴が開くほど見つめた、母の舞。

騎士と―― 魔王と恋に落ちるきっかけになった舞だ。
あの舞だけは忘れないようにと、いつも寝る前に思い出していた。

……私は妙に醒めた頭で、自然に思いを吐き出していく。


姫「……本当は、神様のための舞だから、いけないのでしょうけれど」

姫「だけれど、あの湖で舞っていらっしゃるだろうお母様に思いを重ねて 魔王と私を引き合わせてくれたあの湖に感謝して、そっとまた、あなたの前でだけ舞うのなら…」

姫「なんだか、許されるような気がするんです」


魔王がなぜか顔を赤くして、片手で口元を隠すようにつったっている。
この提案をとても喜んでいるように見えた。

いつも、魔王にはすごく親切にされていて。
どこまでも深く愛されていて。

私が悲しみ苦しむ思いも、全部引き受けるというように抱きしめてくれる。
そんな彼がこんなに喜んでくれるなら、どうしたって舞いたい。そう、思った。


姫「決めました! 今夜、支度をしてお部屋にお伺いします! 待っていてくださいね!」

魔王「ちょ、待つんだ。姫、そんな急に」


止めながらも、魔王の目はとても嬉しそうだった。
隠しきれないほどの喜びなのだろうか?

私は魔王の部屋を飛び出して、懇意にしている世話係の元へと走った。
朝食の支度をしていた世話係は、あとで必ず時間を作る旨を約束してくれた。





67: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:06:59.50 ID:RwYCVDwW0

―――――――――――――――――――――


舞の為の、白絹の巫女衣装はきっと自力では揃えられない。
魔王に頼んで変身させてもらうことはできるだろうけれど、それでは何か違う気がした。

だから今、こうして約束どおり世話係に付き合ってもらい、
城の一角にある衣装室でごそごそと代わりになりそうな衣装を探しているのだけれど……。


姫「白い服って、こちらの国の方は着ないんでしょうか」

世話係「着ないこともありませんが…姫様の国と違って、服のサイズにもまず問題があるんですよ。ちょうどいいものがあればいいのですが」

姫「S,M,Lとかのレベルじゃないですもんね…」

世話係「そうですねえ。これなんか白いですけど、袖の数が八本で仕立てられてますし」

姫(ど、どんな方が、いつ着る衣装なのかしら…)


衣装をチェックしながら、舞のことを考える。

見よう見まねで覚えた舞。
だけど、さすがは神様のために作られた舞いなのだろう。

そういえば言っていた、男性はあの舞を見るのも禁止なのだと。
お父様は神に妬かないのかと、お兄様が笑っていたのを思い出す。

自分が母の姿に魅了された以上に、男性を魅せるものがあるのかもしれない。





68: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:07:42.00 ID:RwYCVDwW0

世話係「白いお召し物… 白、白…」

世話係「あ。ありましたよ、姫様。なんであるのかわかりませんけど…」


世話係に呼ばれて、意識が戻る。
振り向いて、大きく広げられたソレを見て肝を抜かれた。


姫「え、え…… これ、ですか?」

世話係「だめでしょうか。ですが白い服がある可能性としては、これのほかには…」


お化けの手つきで、ベロを出す女中を見て笑った。
さすがに、いくら白くても死装束には手を出したくない。

仕方なく、先に出てきたほうの衣装を受け取って礼を言う。


姫(それにしても、世話係さんの持ってた8つ袖のお洋服…)

姫(金糸の細工が、すごく綺麗だったなぁ。ああ、目を閉じるだけで柄までちゃんと思い出せる。今度ゆっくり見せてもらおう)






69: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:08:36.26 ID:RwYCVDwW0

―――――――――――――――――――――

そして、夕食も終わり 落ち着いた時間。


姫「 」ドキドキ

魔王「 」ドキドキ


魔王の部屋は広い。
ほんの少しの調度品を動かしただけで 舞うには充分な広さがあった。
ずいぶん居慣れた部屋だったが、改めてそこで魔王と対面すると僅かに緊張する。

私以上に緊張した面持ちの魔王に、私は余計に緊張して。
そんな緊張しきった私が、魔王をさらに緊張させて…… 張り詰めすぎた緊張がプツリと切れて、私は大きく息を吐いた。


姫「その… うまく出来なくても、笑わないでくださいね」

魔王「あ、ああ。もちろん」


緊張を和らげるために、数度の深呼吸。
それから、衣装を隠していたマントをパラリとはずした。

魔王が息を呑んだのに気づいて、僅かに恥ずかしくなる。


姫(シンプルなデザインとはいえ…やっぱりウェディングドレスは恥ずかしい…)

魔王の視線を強く感じるけれど、その顔を見つめ返すことが出来なかった。
このままもたついていては余計に恥ずかしくなりそうで、私は早速と舞い始める。
笛の音はないので、小さく口で歌いながら。


~~~♪ 




70: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:09:07.93 ID:RwYCVDwW0

舞っている最中は、母の姿を思い出した。

清く美しい、あのお母様の舞を記憶の中でなぞるようにして。
それから、魔王と引き合わせてくれた神へ感謝し、そんなことを感謝してしまう本音を懺悔し、舞に想いを込めた。
気が付くと、無意識にもちかいほどに夢中で踊っていた。



~~……♪


舞が終わって、ふぅとため息をつく。

頬が上気して熱い。
夢中になりすぎて息を止めていたのだろうか、肺は酸素を求めており、肩が上下する。
それでもやりとげた感覚があった。よく舞えたはずだ。

どうでしたか、と聞こうとして 魔王に視線を向けると……


がし。


姫「!?」


いきなり抱きつかれた。
がっちりと抱きしめられて、身動きどころか呼吸も危うい。


姫「魔、まお……」


魔王の身体に腕を押し付けるようにして引き離そうとするけれど、どうしても離れてくれない。
どうしたのかと首をもたげて見上げてみると…



魔王がへたれきった情けない顔で、しくしくしくしく涙を流して泣いていた。
こんな魔王は初めて見る上に、泣く理由も意味もまったくわからなかった。

オロオロとしていた私に抱きついたまま、魔王が小さく、だけれどはっきりと呟く。


魔王「これはひどい」

姫「ええええええええええええええ!?!?」





71: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:10:49.48 ID:RwYCVDwW0

―――――――――――――――――――――


姫「で、どうしたんです…?」


私は魔王のためにお茶を入れて、すと差し出した。
魔王はこころなしか姿勢を正してそれを受け取り、一口だけすすった。


魔王「……知ってるだろうが、舞の振りには基本的に意味がある」

姫「そうなんですか?」

魔王「知らなかったのか」

姫「正式に習った舞ではないので…」

魔王「そうか…」


魔王「……俺が以前、君に舞を迫ったのは、あの舞が“捧げるための舞”だからだ」

姫「捧げる…?」

魔王「“私をあげるから願いをきいてください”という種類の舞。だからこそ男性禁止とされているんだろうな」

姫「……なるほど…」




72: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:11:22.26 ID:RwYCVDwW0

魔王「あの時は、必死で……意図せずでもいいから、そういって欲しいと思った。むしろ君が手に入るならば、どんな願いでも聞き入れたいと思っていた」

姫「あ」


魔王「姫のことが欲しくて堪らなかった。何日も人形のように動かない姫をみていて、精神的にも参っていた」

魔王「そんな時にふと、舞う君の姿を思い出した。……嘘でも無理やりにでもいいから、身を捧げるというあの舞を舞ってくれたなら何かをごまかせそうで…。それで、あんなふうに迫ってしまった」

姫「そんな必死でいらっしゃったのに、私はあの時、平手打ちをしてしまって…」

魔王「い、いや、済まなかった。されても当然のことをした。実際、あれで俺の眼が覚めたのも本当だ」

姫「……すごく怖かったです」

魔王「 」


姫「私が手を上げた後…… 魔王は“自分が何したかわかってんのか?”って、すごおおおおおく低い声で唸って……怖くて、底冷えするほどでした」

魔王「は? …あの時俺は、“自分が何をしたかなんて、わかってる”と 謝罪を…」

姫「え。謝ろうとしてくれてたんですか…? なんだ…」

魔王「なんだと思ったんだ……」ハァ

姫「“魔王”を殴ったんだから、きっと殺されるくらいじゃ済まない目にあうんだと思って。すごく怖がっちゃいました…あはは」





73: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:12:31.60 ID:RwYCVDwW0

魔王「……それであんなに怖がってたのか……?」

姫「そっちこそ、なんだと思ったんですか」

魔王「カッとなって無理にキスしようとしたから… てっきり本気で拒絶されたんだと思った。 震えるほど嫌悪して、気持ち悪い、穢らわしいと憎悪されたんじゃないか、と……」

姫「た、確かにキスを拒んだのは確かですけど、その後は思わず殴っちゃったのが怖かったんですよ!」

魔王「……俺とキスする事に…怯えていたわけでもなく…?」

姫「いくら意に沿わぬ口付けだとしても……いくら“魔王”でも、さすがにバリバリと取って食われる想像なんかはしませんよ…」


たぶん、私は相当に怪訝な顔つきをしていたと思う。
いったいどこをどう勘違いすれば、キスを迫られたくらいで奥歯がなるほど震えるというのだろう。


姫(そりゃぁ…唇へのキスなんてしたことないけれど。でも頬へのキスくらいなら、社交辞令で日常的にするものですよねぇ…?)

姫(あ、でもまあ、魔王が獅子やなんかの獣の容姿をしていたならまた違ったかもしれませんけど)


魔王の真意を探ろうとしばらく見つめていると、魔王はそんな私を見て逆に納得したらしかった。
安堵のため息をつくようにして、小さな声で弱音を吐き出す。




74: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:13:22.53 ID:RwYCVDwW0

魔王「……俺の見た目はこんなだから。城に連れてきて、目を覚ました姫が俺を見たときの、恐怖に怯えた顔を覚えている…。忘れられなかった」

魔王「自分は姫からしたら化け物だ。姫は本当は生理的に嫌悪するほど俺を気持ち悪く思うのではと、どこかで卑屈になっていた」ハァ

姫「……魔王」


姫「そんなこと、ないですよ?」


ぎゅ、と抱きしめる。髪に触れる。指先に触れて、それから一度思い直して
その異質な長い指先に、啄ばむだけのキスをした。我ながら、なんだかまるで聖教徒のしぐさみたいだと思った。


姫「最初は、怖かったけど。今はもう、ぜんぜん怖くないです。……可愛いとすら、思えます」

魔王「かっ、可愛い!?」




75: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:14:26.23 ID:RwYCVDwW0

ああ、そうか
今までずっと、魔王は抱きしめるより他には何もしてこなかった。
挨拶代わりの頬のキスでさえ、なかった。

私にまた拒絶されるのを、怖がっていたんだ。


なんて弱い魔王。なんてへたれた魔王。
拒絶されるのが怖すぎて、なんの力も振るえない。

捧げるという舞を踊ってくれると聞いて、それだけで喜びが隠せなくて。
しまいには泣き出してしまった魔王。


姫「はい。可愛いです… すごく、すごく可愛いです。でも、私の思いを信じてくれなかった魔王はちょっとヒドイです」

魔王「ああ…。本当に、悪かった。 舞いも……ひどいなんていったのは、取り消させてくれ」

姫「そういえば何がひどかったんです? そんなに下手でしたか?」

魔王「……捧げるなんて舞いを、それも婚礼衣装で舞うくせに。きっと強く触れれば怯えるんだろうなという、疑心暗鬼のせいだ」ボソ

姫「 」


姫は思わず言葉をなくして、それからおかしそうに笑い出した。


馬鹿ね。そんなわけ、ないじゃない。
こんなに愛しくて幸せなのに。


ウェディングドレスの魔力だろうか。
小さく魔王の耳元にそう囁いてから、魔王の唇に、キスをした。


『大好き。』


私がそう言う度に魔王が泣いて、私は笑う。
頬を寄せ合って、私たちは何度も何度も、子供のように、触れては離すだけのキスを繰り返した。





76: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:15:41.15 ID:RwYCVDwW0

―――――――――――――――――――――


そして、気がつけば数年……


姫「……にぃ、しぃ、ろぉ、やぁ、とつ……。んー」

世話係「姫様、これは…」

姫「か、かなぁ」


暦とにらめ合いながら、世話係にも確認してもらう。
だけどどうやら、“それ”に間違いはなさそうだった。

夕食の終わり、ゆっくりと過ごす頃合を見計らって、魔王に声を掛ける。


姫「あの、魔王…」

魔王「どうした?」

姫「その…私………」ボソボソ

魔王「…………何!? それは本当かっ!? 本当なんだな!?」

姫「~~~~~~~っ魔王、声が、おっきいです!!」


とにもかくにも恥ずかしながら、
こうして私は、子供を授かったのである。


しかし……




77: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:17:01.07 ID:RwYCVDwW0


姫「…………あっ、魔王。あの…!」

魔王「……ああ、姫。……っ、済まない、夜には部屋に行く。その時でいいだろうか」

姫「は、はい…」


魔王の様子は、日に日におかしくなってきた。
決して魔王は冷たくしたり、もちろんながら乱暴や無礼だってすることはない。
だけれどそれだけに、“どうにかして避けよう”としているのがわかってしまった。


姫(どうして…?)


無意識に手を当てたお腹に、視線を落とす。
理由はきっと、この子なのだろう。
言いようのない不安感が、押し寄せた。


世話係「大丈夫ですよ、姫様…」

姫「魔王は… 魔王はきっと、御子なんて望んでなかった。だってそうじゃなくては他に理由が思いつかないもの……」

世話係「そんな… そんなはずはございません。覚えておいででないのですか? 御子が出来たとお聞きになった時の陛下の喜びようを」

姫「だって… だけれど、でも…っ」

世話係「陛下は姫様を、それはそれは寵愛なさっていらっしゃいます。それは誰の目から見ても確かです。そんな陛下が、姫様との御子を望まないだなんて……ありえないことですよ」

姫「ならどうして魔王は私を避けるの? どうして段々と、目を合わせることすらも……?」

世話係「姫様……」


そうして私は久しぶりに、とりとめもなく泣き出してしまった。
あまりに長く泣きすぎて、目はすっかり腫れている。

このまま夕食を食べに出てこの目を見られれば、泣いていたのはすぐにわかるだろう。
それを見た魔王に、あてつけのように思われるのが嫌だった。
そしてなによりも、この腫れた目に気づかないほど、魔王が私を見てくれなかったらと思うと、怖かった。

だからその日は、私は部屋から動くことが出来ずにいた。




78: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:17:32.92 ID:RwYCVDwW0

――――――――――――――


普段ならば夕食の時間も終わったころ。
トントンと遠慮がちなノックの音が響いて、泣き伏せたままウトウトしていた私は目を覚ました。

おそらく、世話係が軽食など運んできたのだろう。


姫「大丈夫、起きています。どうぞ」


促がしながら、私もノソノソと居住まいを整える。


魔王「……姫」

姫「っ」


朦朧としていた頭が、ハっと覚めた。


魔王「……泣いていたのか」

姫「魔王…その、これは。違うんです、私…」

魔王「隠さなくいい。………違う、そうではなくて…」


魔王は眉をしかめ、苦しげにも困惑しきっているようにも見える表情でため息をついた。
その様子に、胸が締め付けられる。やはり、あてつけのように思われたに違いない。


姫「魔王、その……ごめんなさい…」

魔王「……何を、謝るのだ」

姫「私…御子を身ごもって。その、だから……」




79: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:18:36.37 ID:RwYCVDwW0

どう言えばいいのかわからない。だからといって、身篭らなければよかったとは言えない。
そんな自分が、何をどう謝るつもりなのか自分でもわからなかった。
魔王はそんな私を、目を細めて辛そうに見つめている。


魔王「……姫…」



魔王「知りたいか」

姫「え……?」


魔王は低い声で囁いた。
その声色は、妙に冷めているように感じた。


魔王「姫の今の幸せが、君の知らない事実によって作り出されているとしたら…君はその事実を、知りたいか?」

姫「あの……それは、一体……」


魔王「俺は魔王だ。お前を欲し、より都合よく手に入れるために…作為的に隠していたことがあるとしたら?」

姫「魔王…? 何を…」

魔王「お前はどちらを選びたい? このまま何も知らず、教えられないまま、気づかずに安穏とやり過ごす生き方と…」

魔王「何もかもを天秤にかけるハメになって、自分の知らない現実を 全て知って受け止める生き方」


魔王「おまえはどちらを選びたい?」




80: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:20:27.67 ID:RwYCVDwW0

姫「…………」

魔王「…………」


姫「…………っぷ」


私は、その言葉を聴いて笑ってしまった。
それはもう、なんだかおかしくて。
ここしばらく不安が行き過ぎて、おかしくなっていたのかもしれない。

あはは、と小さく声に出してから、目尻に浮かんだ水滴を軽くぬぐった。


魔王「姫…?」

姫「あはは… そんなの、決まってるじゃないですか」


魔王が、ごくりと息を飲むのがわかった。
こんな選択を用意しておいて、私がどう答えるかに緊張しているのは魔王のほうだ。
その様子に妙に安心する。


姫「そんなの、きまってます。私の選択は、もちろん…全てを、知ること」

魔王「っ」

姫「それ以外… 選ぶ余地なんか、ないじゃないですか。ズルイですね、魔王は」


魔王「なぜ…」


戸惑った表情の魔王に、私はなるべく穏やかに微笑んで見せた。


81: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:21:01.01 ID:RwYCVDwW0

姫「魔王が何を考えているのか何も知らなくて、不安で。ちゃんと聞いて、わかりたいと思っていたんです」

姫「それを知ったら、もしかしたら全部賭けなくちゃいけないような大事なことを 魔王は私に隠してるんですね?」

魔王「っ」


姫「私たち、子供が出来たんです…。これから、きっともっともっと大変なこともでてきます」

姫「それなのに、そんな大事なことを魔王が隠したままで、平穏になんか生きていけるわけないじゃないですか。どうやったって、きっとそれは小さな布の綻びのようにするりするりと解けていって、大切なものをすこしづつ零れ落としていくんです」


姫「いつか零れてなくなってしまうのをゆっくりとただ待つしかできないのなら。私は今、全部を知って、“全部を受け止められる未来”に賭けるしか、選べないですよ」ニコ

魔王「あ…」


姫「選択の出し方、間違ってないですか? ふふ。 悪魔の選択、でしたっけ。……悪魔にもなりきれないのに、出そうとしないでください」

魔王「姫…」



姫「――おしえて、魔王。きちんと、貴方の抱えているものを 私にも抱えさせてください」



魔王はしばらく、辛そうに黙り込んだ。
目を閉じて眉をひそめ、しばらく何かを考え込んでいた。

それから、そっと手を差し出して、私の頭にその手のひらをかざした。


魔王「………」

姫「選ばれなかった、未来をみせるの?」

魔王「……俺にも、わからない。どちらが正解だったのかわからない」

姫「魔王は… 未来が見えているわけではないの?」

魔王「見えるわけがない」


魔王は悲しそうに笑って、見えたらよかったのに、と呟いた。


なぜ彼は、こうして選ばれなかった未来を見せるのだろう。

不安げな彼の顔をみていたら、それがなんとなくわかりそうな気がしたが、
それをはっきりと言葉にする前に、意識は混濁していってしまった――




82: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:21:30.29 ID:RwYCVDwW0

===―===―===―===―===―===―===

・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・


姫『ねえ、魔王。ちゃんと教えて! なんで私を避けるの?』

魔王『……それはっ』

姫『教えてください! 逃げないで!』

魔王『姫、それは、だが…』

姫『なんで? どうして何も言ってくれないんです? こんなに不安なのに……っ』

魔王『姫……』

姫『どうして魔王は私を避けるの? 御子が欲しくなかったの?』

魔王『そんなことは…!』

姫『じゃあなんで!? いらないの!? 私のことも、子供のことも、本当はいらないの!?』

魔王『っ!!』

姫『……っ…。 そう、なの……?』


魔王『姫、それは違……』

姫『~~~~っもういいです!!』


タタタタ………


魔王『………っ、あ……』ガク




83: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:22:23.04 ID:RwYCVDwW0

魔王『違う…違うんだ。 済まない… 悪かった。 …姫…っ』

魔王『姫のことを、無理やりに聖王国から奪ってしまった俺は… 怖いだけなんだ…』

魔王『他人から子供を奪ってしまった自分。同じ因果で、俺達の子供を誰かに奪われるかもしれない… そう思ったら、恐怖で…』


カタカタと指先が震えて、どうしようもなくその場に崩れ落ちる。
震えた指先で顔を覆う魔王。


魔王『姫のことも、腹の子のことも愛しくて仕方ない。なのに愛せば愛するほど、奪われたらと考えたら恐ろしくて仕方ない』

魔王『そんな風におびえているのに、自分自身は、王からそんな“子”を奪った張本人なんだ…自分勝手もいいところじゃないか!!』

魔王『ああ、そうだ。俺は所詮は魔王、諸悪の根源とまで謳われた魔族の子孫! ああ、そうだよ! どうせ自分勝手だ!!』

魔王『だから…もしかしたら同じ遺伝子をもつあの子も、ひどく勝手な子になるのかもしれない…』

魔王『そうして誰かを傷付けるのかもしれない。……自分のように。姫の子供なのに、あんなに優しい姫の血を引く子にまで、そんな罪を着せるのかもしれない…』

魔王『もう… もう、何もかも…怖くて… 考えても仕方ないとわかっているのに。アテもキリもないと知っているのに。なのに、恐怖に囚われて…どうしようもなくなってしまった…』


魔王『姫… 姫、ごめん…… 俺は、やっぱり… 何もかもを、きっと間違えてしまっていたんだ……っ』


このままじゃ。
このままじゃ、子供をうまく愛せない。

きっと、素直に愛せない。
魔王は胸の罪悪感が消せないまま、子供と向き合うたびに胸を痛めるだけなのだから…。


・・・・・・・・
・・・・・
・・・

===―===―===―===―===―===―===




84: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:28:04.28 ID:RwYCVDwW0

魔王「……っ!」ハッ


意識が戻ると同時、私以上に困惑した顔の魔王と目が合った。
魔王も、私と一緒に未来を見ていたのだろう。

ああ、そうか。きっと……一人で見るのが怖いから、私に見せるんだ。
選ばなかった未来を見ることで、選択が正しかったのかどうか知りたくて。

だけど、それにしても今見えたものは――


姫「………あ、れ…? 今の、話は…?」

魔王「あ……今のは… どちらの、未来なんだ…?」


今見た“未来”では、私は確かに“全部おしえて”と魔王に迫っていた。
そして私は先ほど、やはり“全部おしえて”を選択したはずだった。


魔王「見えるのは“選ばなかった未来”のはず。それなら、何が見えたのだ… 俺は何を見たというんだ…?」


姫「………」ぎゅ

魔王「!」


私は見ていて可哀想になるほど動揺している魔王を、背後から抱きしめた。


姫「落ち着いてください、魔王。多分、合ってるんだと思います」

魔王「何、が……?」

姫「言ったじゃないですか。私は、その選択肢に選ぶ余地なんてないんだって」

魔王「しかし、見えるのは“選ばなかった未来”のはずなんだ!! 分岐がないのに“外れた”未来なんて…!!」


私は魔王の前に回って、微笑んだまま静かに首を横に振った。




85: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:30:48.88 ID:RwYCVDwW0

姫「さっきの未来を選ばなかったのは―― 選択に答えたのは、魔王だったんじゃないでしょうか」

魔王「俺…が?」

姫「あの選択肢を“出された時点で”、私はどう考えても教えてとしか言わなかった。 だとしたら…」


姫「分岐になったのは、魔王が“私にあの選択肢を迫るかどうか”だったんじゃないでしょうか」ニコ


魔王「あ…」

姫「多分、今見たのは、悩みに悩んで、“あの選択肢を私に迫らなかった“時の未来なんだと思います」

姫「きちんと、魔王が覚悟できないまま…私に避けている理由を問い詰められる未来。覚悟ができなくて、教えられないままになっちゃうのが 今見た未来」ニコ

魔王「俺が…選んだ…? 進む未来を…?」


姫「えへへ。魔王らしい、ヘタりまくってヒト頼みばっかな選択方法ですね」

魔王「 」


姫「ふふ。 “選択を出して、姫がどうしても聞きたいって言ったら、そのときは言おう”っていう、逃げ道だらけの覚悟をしたんですよね?」

魔王「ぐ」


姫「………へたれの、臆病魔王」

魔王「………」




86: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:32:52.37 ID:RwYCVDwW0

姫「…ごめんなさい。魔王がお父様たちのことまで考えて、そんな風に思ってくれてるなんて。そんなことにも気づかないで、魔王のことを恨むところでした」

魔王「姫…」


姫「私は魔王のこと、臆病だなんて責められないです。だって私は、魔王よりもずっとひどい、薄情な娘だから」

魔王「っ」

姫「自分の両親や家族にまで想いを馳せたりしない薄情者だから、だから魔王のほうがずっと――!



魔王「違うんだ!」

姫「!」ビク



魔王「っ、声を荒げて済まない。……でも、それは違うんだ」

姫「魔王…?」

魔王「俺が君に隠していたのは… 君に知りたいかと選択を迫ったのは、“その事”なんだ」

姫「…? 家族の事…です、か?」


魔王「思い出して… 君の家族のことを」

姫「家族… ちゃんと、覚えてますよ? 変な魔王…。それとも私の記憶、どこか弄ったの…?」

魔王「俺は決して、君の家族の記憶を消したりしていない。 ただ、記憶が遠ざかっているのに気付いてて……そのままだとどうなるかも知っていて、それを教えなかった」

姫「記憶が、遠ざかる…?」

魔王「そう。古い記憶になれば、思い出すことも少なくなる…思いも記憶もおぼろげになる。それはわかるだろう?」

姫「…? 何を言ってるんです? たった一年ですよ? 古い記憶なんていうほど…」





87: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:34:43.68 ID:RwYCVDwW0

魔王「この魔王国には、魔力が満ちている。その魔力が体内に入り込み、精神に作用し、活性化させることで……君は無自覚に体内時計と脳の歯車を狂わせているんだ」

姫「体内時計と…脳の、歯車?」

魔王「急速に活性化した精神が、脳の処理能力を上げている。君は人間だから、俺達魔族のそれよりも顕著に症状が現れているのだろう」

姫「……脳の処理能力が上がると…記憶が古くなる…と?」

魔王「違う。記憶や思考の整理が驚異的な速さで進んでいる……というのが正確だろう」


姫「そ、その。私は人間ですが、医学的なことは何も学んでいないのです。脳だの記憶だのと言われても、その関係がよくわからないのです」

魔王「では考えてみてくれ。この魔王国に来てから――」


魔王「理解が早くなったり、決断が早くなったり、物覚えがよくなったり、物事をより鮮明に感じたり、月日の経過を早く感じたり、眠気が少なくなったり――
……感情を落ち着けるのが楽になったり。少し前のことを、妙に懐かしく感じたりすることは、なかったか」

姫「―――…あ…っ」

魔王「………」





88: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:36:08.01 ID:RwYCVDwW0

『理解が早くなった』

魔王は今、沢山のことを早口に言った。
私はそれを、一度で全部聞き取ったしひとつひとつの意味もきちんとわかって聞いていた。

そうだ。
さっきだって、選択肢を選んだのは魔王なんじゃないかって、すぐに理解して説明できた。


『決断が早くなった』

先ほど、魔王に選択を迫られたとき……確かに、沢山のことを考えていたはずなのに、すぐに答えを決めることが出来た。
私は前は、自分のドレスのデザインですら一人で決められなかったのに……。


『物覚え』もよくなった。
馬の乗り方だってすぐにコツを掴んだし、一目見ただけのドレスの柄を覚えたりした。日常ですらどれも『刺激的で鮮明』に感じた。

最初の1年が過ぎた時だって、もう1年になるのかと軽く驚きを覚えた。
そう、ちょうど1年前くらいから、私はずいぶん早起きになっていた。
朝に時間を持て余すほど、目覚めもよくなって。言われてみれば『眠気』を感じていない。


姫「あ……じゃあ。家族への罪悪感が、あっという間に薄れたような気がしたのは…『感情を落ち着ける』のが、容易になったから……?」 

魔王「……」

姫「あんなに心配してくれたはずの家族ですら… 短い期間で、懐かしむように思い出すようになってしまったのも…?」


魔王「……脳が、記憶を処理して整理するのが速まっているせいだ。“今の出来事”は鮮明に知覚できるし、“過ぎた過去”は速やかに記憶の奥にしまわれていく」

姫「……私の頭の中でだけ、時間は早く過ぎ去っている……?」

魔王「そう。そしてそれは、俺にとっては好都合だった…。心の傷を癒し、忘れさせていくには時間の流れが何よりも薬になる」

魔王「――それに、目の前の刺激を強く感じられるのなら、俺と過ごす時間はより濃密に感じられるだろうし」

姫「あ……」




89: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:38:01.56 ID:RwYCVDwW0

魔王「だから人知れず家族の記憶を遠ざけていく君に、その事実を言わずにいた。時の流れの差を認識していれば、君はここまで素直に記憶を遠ざけることはなかった。いや――」

魔王「意識さえしていれば、記憶は何度も引き出され、通常よりも鮮明に覚えていられたはずなんだ」

姫「あ…… そんな。だって」


いつだって鮮明に思い出せる、母の舞姿と湖の光景。
毎夜思い出していたから、あんなに鮮明に、記憶に残しておけたのか――


魔王「……そんな原因があることにはすぐに気付いた。家族への思いが薄れていくことを嘆く君を見ていたのに、教えようとしなかった。むしろ隠したんだ」

魔王「君が家族への痛みなんて忘れて、俺のことだけ見て、幸せにしていてくれたらいいと、思っていたんだ――」

姫「…………魔王…」


両手で顔を隠してしまった魔王。
泣いているのか、嘆いているのか。合わせる顔がないだけなのか――

私は頭の中でさまざまな事を思い出しては、先ほどの魔王の言葉に当てはめていく。
言われてみてようやく気付く程度の、私自身の感覚の変化。

黙り込んでしまった私に、しばらくしてから、魔王は震えた声で話しかけてきた。
それはまるで独り言のようだったし、懺悔のようにも聞こえた。


魔王「ずっと…ずっと、言わなくてはならないと思っていた」

魔王「これではまるで、いつか君の言っていた、『記憶を改竄されて、何も知らずに幸せに生きる“偽物の生”』そのものを歩ませているのと変わらない……」

魔王「だけど、正直に言う勇気もなかったんだ。そんなのはまっぴらごめんだと、出て行かれてしまうような気がして……」

魔王「君が家族や苦痛を思い出して、ここで過ごす日々の楽しさは錯覚だったのだと言って、帰ってしまうのが嫌で……っ」




90: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:39:33.41 ID:RwYCVDwW0

切り裂かれるような声だった。
弱さを晒け出して、その弱さに自分で打ちのめされていくような、ひどく自虐的な声をしていた。


ああ、この人は本当にどうしようもない。
魔王なのに、弱くて、へたれで。愛されている自信がいつまでも持てなくて。

それなのに、自分で自分が制御できないくらいに
私のことを、愛してくれている。


姫「魔王。ありがとうございます」

魔王「っ!! 話を聞いていなかったのか!? 俺は自分勝手な都合で、ずっと君に隠し続けて――」

姫「でも、私が苦しまないようにって考えてくれた。側に居て欲しいって思ってくれた」

姫「ずいぶんと長く時間が掛かってしまっただけで―― ちゃんときちんと、話して・・・教えてくれたじゃないですか」ニコ


魔王「……それは、姫が、姫でいてくれたおかげだ。姫が、残酷な真実など知りたくないと答える人だったなら、俺は最後まで言えないままだった」

魔王「俺はただ、最後まで卑怯なだけだ――」


また、顔を伏せてしまった魔王。
絶望しきって、生気を失ったような顔で、断罪を待つ囚人の姿さながらに沈黙してしまった。




91: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 01:41:42.28 ID:RwYCVDwW0

私はそんな魔王に寄り添い、その顔を覗き込んだ。
魔王は私と目を合わせるのですら、怯えているようだった。

そう、きっと本当に 彼が囚人で、私が処刑人なのだ。


悪魔の選択肢。
出すべき選択肢を間違えて、悪魔自身が選択してしまったら
その時はきっと今の彼のように、選択させようとした相手に、魂を刈り取られるのだろう。

だけど――


姫「ふふ。そうですね、本当に魔王はずるいですね」

魔王「――っ」

姫「自分で苦しむほどの卑怯な真似をしてまで、私を求めてくれるなんて―― どうしたら私は貴方を、責められるのでしょうね?」


私の魂は、とっくに彼の物になっている。
そう、私は最初に、悪魔の望んだ選択肢に答えたのだから。


私は貴方のもので、貴方は私のもの。
だから、貴方の罪も、私の罪も、一緒に被って生きましょう。


私は魔王を覆い抱くようにして。
魔王はそんな私にしがみつくようにして。

悲しみも、嬉しさも、辛さも、幸福も、二人の全てを全部混ぜて
ずっとずっと止まらない大粒の涙の中で、私たちはお互いを強く抱き、微笑み続けた。





93: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:37:40.73 ID:RwYCVDwW0

―――――――――――――――

私たちは結局、一晩中抱き合ったまま泣き明かした。
そうして泣きつかれて、目蓋も重くなったころ、魔王は私をそっとベッドに運んでくれた。

柔らかな布の感触に、私はすぐに眠りへと吸い込まれていく。
もう目も開かない程だったけれど、私の髪を撫ぜる手の感触に、ほんの少しだけ意識が戻った。

穏やかな声が、降り注いでくる。


魔王「知るということは、恐怖を伴う。――俺はいつも、何かを新しく知ることが怖い。何かを新しく得ることも怖いし、大きな変化も怖い」


魔王「だから、何もないのが最善だと思っていた。何も起こらないに越したことはない、と」


魔王「だけど君と出会って、大きな変化の中でも逃げ出さす、向き合う君の強さを見て…。そんな君に救われて、ようやくわかった」

魔王「逃げ出さずに向き合った、その先でしか見つけられない本当の“最善”が、きっとあるのだと」

魔王「ありがとう。……いつもいつも… ごめん、姫…」


また、涙声が聞こえてきた。
ようやく泣き止んだばかりだというのに、どれだけの涙が溜まっているのだろう。


それに、どうして謝っているのだろう。
そんな疑問を抱いたけれど、朦朧とした頭は答えを導き出せないまま、眠りに落ちてしまった。


翌朝
目を覚ますと、魔王は姿見の前に立っていた。
それだけではなく、とても立派な衣装も纏っている。

ゴソゴソと布団を抜け出して、私は魔王のそばに近寄る。
私に気付いた魔王はにっこりと微笑み、額にキスをして朝の挨拶をした。
その顔は、今まで見たこともないほどに晴れ晴れとしていた。

首をかしげて見上げる私に、魔王は苦笑する。
それから私のことを抱きしめて…… そのまま、私の身体が反るほどに強く抱きしめなおしてきた。


姫「魔王… どうしたのです? どこかに行くのですか?」

魔王「ああ。……全てを、賭けにいくんだ」

姫「賭け……?」


魔王は、私を何度も抱きしめなおす。
黙ったまま、何度も何度も 腕を緩めてはまた強く抱きなおす。
それはまるで、私という存在を確かめているようだった。




94: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:38:17.65 ID:RwYCVDwW0

――――――――――――――――――――



ガタガタと馬車が揺れる。
早馬6頭に引かれた馬車と、周囲を囲む数人の騎士。

舌を噛むといけないからと、先ほどから馬車の中は沈黙しかない。
ぎゅっと膝の上で握り締めた私の掌を、魔王はしっかりと包んでくれている。


ひときわ高い馬のいななきが聞こえた後、続けて数頭がいななき、馬車は急速に速度を落とした。
馬を落ち着かせるための掛け声は、私をかえって緊張させる。


魔王「……姫は、緊張することはない。どうか安心して」

姫「う、うん」


魔王が早馬を用意してまで私を連れてきたのは… 聖王国の、王城だった。


私は目深にフード付きのマントをかぶせられ、魔王の背後に隠れるようにして馬車を降りた。
あまり早くに姿を見られ、余計な混乱を招いてはよくないだろうという、魔王の提案。

魔王は追随の騎士に指示を出し、
一人の小柄な従者だけを残して 門の外に控えさせた。

聖王国には、魔王が登城すると知らせが飛んでいたのだろう。

厳しい顔をした騎士団長が、剣を支えに門の前に立ちふさがっていた。
周囲には緊張しきった面持ちの門兵が、魔王の姿を確認して構えを取り、こちらを牽制している。




95: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:38:58.51 ID:RwYCVDwW0

魔王「書簡にて、お伝えしたとおり。聖王国王陛下に直接申し上げるべき用件がある。ここを通していただきたい」

騎士団長「まさか…本当に魔王殿が自らくるとは。我らは敵国であります。ここを簡単にお通しするわけには参りません」

魔王「見てのとおり、ろくな従者も連れていません。争う気もありません。ただ、とても重要な用件があるだけなのです。陛下への接見、どうか願い申し上げる」スッ……


一国の王…それも魔王が、敵国のたかだか騎士団長などに、頭を下げて願い出るだなどと誰が思うだろう。
あたりの兵は騒然とし、騎士団長も困惑の色が隠せていない。
魔王は頭を下げたまま動かず、そこらの門兵でも槍の一突きで刺し殺せてしまえそうな状態だ。

そして実際、騎士団長は少しの間をおいて
チャキリと大きな剣を 無防備な魔王の首筋に添えた。

私はあまりのことにヒッ、と息をのむ。
それでも魔王が頭を下げたまま静止しているのを見て、どうにか駆け寄るのを堪えた。


魔王「…………」

騎士団長「…………」





96: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:39:27.50 ID:RwYCVDwW0

騎士団長はしばらく魔王の様子をじっと見ていたが、斬ることはせず、ゆっくりと剣を下げる。

チャキンと鞘に収まった音を聞き、私はようやく息をついた。
それは大勢の兵達もおなじだったのだろう。一瞬で緊張が解け、場の空気が変わった。


騎士団長「魔王殿のご覚悟と誠意、確かに見せていただきました。自分ごときの無礼、どうぞお許しください」

魔王「いえ。国を守るための行動とわかっています」

騎士団長「感謝します。………ですが、万が一にでも不穏な動きをなさった場合には、この剣がもう一度鞘から抜け出ることも承知おきください」

魔王「陛下に目通りできるのであれば、こちらは万が一にも不穏な動きはしないと約束をしましょう」

騎士団長「どうぞ、こちらへ」

姫「………」


久しぶりに戻った城は、とても懐かしい。
きょろきょろとあたりを見回しそうになったけれど、“突然に消えた自分の身”を思い返し、思いとどまる。

おそらくは多大な心配や迷惑をかけたであろう城の人々。
こんな私が、どんな顔をして彼らの前に立てばいいというのだろう。
私は彼らに気付かれるのが急に不安になり、身を小さくし、黙って魔王の傍らについて歩いた。





97: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:40:11.18 ID:RwYCVDwW0

――――――――――――――――――


魔王「………」


こちらでお待ちください、と案内された部屋。

そこで魔王は薦められた椅子を断った。
正確には『従者の体調がよくないので、代わりに座らせてやっておいて欲しい』と断り、私をその椅子に座らせてくれたのだ。
体調が良くないといっても、実際は妊婦であるというだけなのだが、私は素直に椅子を譲られ、魔王は小さく微笑んでくれた。


それにしても何もかもが違和感のある光景だった。

来賓として迎え入れられた魔王は立っており、従者が椅子に座っている。
数人の侍女や騎士が室内にいるものの、誰しもが緊張しきって気を張り詰めている。
もちろん、魔王に別の椅子を差し出す勇気のあるものなど居ない。

それに何より… この場所。
おそらく、戦になった場合の魔王の立ち回りの難しさや、対外的な社交の場作りなど
いろいろと考えられた結果なのだろう。

敵国とはいえ、王同士の接見だ。
かといって、下手に上下関係を誇示する環境で対面しては後々の不都合があるかもしれない。
その苦肉の策が、きっとこれ。


まるでこれから晩餐会でも行うかのような大きなテーブルと、その両側に置かれた椅子が2脚。
テーブルの上にはナイフ一本どころか、蜀台の一台ですらも置かれていない。

聖王国側の警戒心は顕わな上、先ほどからずいぶんと待たされている。
気を悪くしては居ないかとマントの縁から魔王をそっと覗き見た。


声には出さず、僅かに動いた口元。
『大丈夫、気にしないでいい』と言っているのがわかって安心した。
そして小さく笑いかけてくれた魔王は、そのまま静かに目を閉じ、顔を伏せて動かなくなった。




98: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:40:38.77 ID:RwYCVDwW0

「……お待たせいたしました」


騎士を左右に従えて入ってきたその声に、私は驚いて顔を上げる。
てっきり来るのは父王だと思っていたので……懐かしく親しいその声を聞き、反射的に声を出してしまった。


姫「お兄様!」

兄王「!?!?」


私が叫ぶと、その勢いでフードがめくれあがった。
私以上に驚いた顔の兄が、こちらを見て目を丸く見開いている。


兄王「な… 姫!? 姫なのか!?」

姫「お兄様!! はい、姫です!! ああ、お兄様だわ、どんなにお久しいことでしょう!!!」


すぐに自分に気付いてくれた兄。
自分の身の上も忘れ駆け寄ろうとすると、困惑した表情の兵士2名によって、阻まれた。


姫「きゃぁっ」


私は腹をかばうようにして身体をちぢこませ止まった。
そんな私を見て、兄は信じられないといった表情をしている。
魔王は先ほどから一切動かず、ただじっと立ったままで――


兄王「~~~っ これ、は… 一体どういうことだ……」

魔王「……全てをご説明いたします。ですがどうかその前に、前国王様にもこちらに出席していただきたい」

兄王「父上も……? し、しかし王位は既に自分が継承しています。お話であれば自分が……」

魔王「……それは失礼しました。ですが自分は聖王国の姫君をお連れするまでの経緯。それから我が謝罪を申し上げたく参上いたしました」

魔王「姫君のお父上殿にこそ、申し上げるべき用件と考えています。改めて、前国王陛下への御目通りを願わせて頂きたく」

姫「魔王…?」





99: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:41:10.90 ID:RwYCVDwW0

兄王「…………」

魔王「………」


兄王「……っ。その。正直、自分は魔族である貴方に恐怖があり……容易に信用することができません。老いて力衰えた大切な家族を、貴方に引きあわせるのに抵抗があります……」

魔王「………」

姫「お兄様! いいえ、それは違います! 見目で怖れていては何もわからないまま。魔王は…魔族は、私達の思っていたような怖しい生き物ではありません!!」

魔王「………姫」


姫「お兄様、大丈夫です。魔王はお父様に乱暴など致しません! ですからそんな言葉で魔王を傷付けるのは――」

魔王「姫、いいんだ。大丈夫だから」

姫「ですが、これではまるで――」


これではまるで、私が初めて魔王に会った時のようで。


よく知りもされないまま拒絶される。
それで魔王がどれだけひどく傷付くのか私はもう知っている。

大事な家族が、最愛の魔王を傷付けるのを黙って見てなんかいられない。



姫「~~っお兄様! 大丈夫です、どうかお父様をよんで下さい!」

兄王「……魔族は信用出来ない。こう言いたくはないですが……こちらを油断させるために、姫の姿の別人を連れてきている可能性だってあるんです」

姫「……ッ!」





100: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:42:11.73 ID:RwYCVDwW0

目を逸らしたまま そう告げた兄に、私はショックを受けた。
見て確かめることもせず、ただ疑われて否定される。
それが、こんなにも苦しいことだなんて――


言葉を無くした私。
目を逸らしたまま気まずそうに立っている兄。
魔王は一人姿勢を正し、怜悧な瞳で兄王を見つめ……はっきりと口にした。


魔王「聖王国王陛下。――いえ、姫君の兄上様。ひとつだけ申し上げたい」

兄王「……なんでしょうか」

魔王「魔族である自分を見定めろとはいいません。自分も、怖しいものは見つめる事ができません」

兄王「な」

魔王「ですが、彼女の事も怖しいですか。妹姫の姿を見て正体を確かめることは、本当に出来ませんか?」

兄王「っ」


魔王「……見てあげて下さい。恐怖に立ち向かってあげてください。貴方の、妹姫のために」

姫「魔王……」


兄王は最初、とても辛そうに私のことを横目で見た。
私も、そんな兄に視線を向けた。きちんと見て欲しい。怖がらずに、気付いて欲しい。


兄王「……本当に、姫なのか?」

姫「はい、お兄様、姫です。お兄様はいつの間にか、あの日仰っていたように、お父様のような立派な王となられたのですね…」ニコ

兄王「――……」


兄王はしばらく私を見つめた後、小声でなにやら騎士に指示を出した。
そのあとで、バタバタと人が出入りを繰り返す。
私は相変わらず軽い牽制をむけられたままだったし、魔王も礼儀正しく頭を下げたままだったけれど、何も言わずに静かに待ち続けた。

そして……




101: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:42:48.96 ID:RwYCVDwW0

后「姫!! ああ……っ ああ、ああ!」

姫「お母様…っ!? それに、お父様も!! みんな…」


兄王「……さあ、魔王殿。説明していただこう」

魔王「……ありがたい。ですがよろしいのですか」

兄王「貴方への警戒は変わりません。ですが、この子は…本当に姫なのだろうと思いました。幼かったあの子からすると、随分と容姿もかわりましたが…」

兄王「この子があの子なのだ、と 思えたのです。父も母も姫にもう一目会うことをどれだけ望んでいたか。だから呼んだ。それだけです」

魔王「……」


魔王は黙ったまま一礼した。
その表情は、嬉しそうで愛しそうで、満足そうに微笑んでいる。
もしかしたらその表情を見られたくなくて、頭を下げたのかもしれない。

ともあれ私達は再会を喜び、抱き合った。
いくらかの言葉と抱擁をしていたところで、魔王の言葉が響いた。


魔王「……これからお話することを、どうか最後まで心落ち着かせてお聞き下さいますよう、先にお願いいたします」


魔王はそう言ってから、静かにゆっくりと語り始めた。
私と魔王の、出会いからこれまでの話を。

私は両親に抱きとめられ、魔王に近づくことも出来ないまま、それを聞いた。




102: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:43:17.93 ID:RwYCVDwW0

兄王「………馬鹿な」


魔王が話し終えた後、沈黙を破ったのは兄王だった。

魔王「とても許されないことをしました。全て覚悟の上で、この場に謝罪に参った次第です」

姫「魔王… 魔王…っ」


謝罪を伝え終えた後。あまりにも朗然とした魔王の顔を見て、ようやく全てを察した。
魔王は、全ての罪を負って、正しく断罪されるつもりなのだ。
きっと、もうとっくに、殺される覚悟ですら出来ている。

泣き声で呼びかけた私に、魔王はちらと視線をくれて。
それから申し訳なさそうに笑って、また恭しく頭を下げなおした。

魔王「姫のお腹の中には…自分の子供がいます。どうか、その子だけはお救いいただきたい」

姫「魔王!」

魔王「姫との子供ができて、幸せを実感して、罪悪感にたえられなくなった……」

魔王「責任を取りたいのに、どこから取ればいいのかもわからないほどの罪を犯しました」

魔王「だから、全てを明かして、全て必要なだけの責任を取らせて頂きたくこちらへ参りました。…本当に、言葉だけではどうにもならない事をしたのです」

姫「魔王…だめです。そんなのはだめ。それに貴方が罪を被るなら、私も同罪じゃないですか…」

魔王「姫は、俺を救ってくれた。俺の心を救ってくれた。だから、今度は俺が君を救わなくてはならないだろう?」

魔王「君を隠し、君と子を罪の中で生かす…。そんな悪魔のような真似はできない。君のために正しくありたい。君を罪から救い出したい…――たとえ、死ぬことになってでも」ニコ


あきらめた笑顔だった。
確信しきって、譲らない笑顔だった。

私はその場に泣き崩れてしまって… しばらくその場には、私の嗚咽だけが響いていた。




103: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:44:09.99 ID:RwYCVDwW0

父王「……魔王殿」


ス、と 父王が一歩前に歩み出て、騎士に指示を出して、私を解放してくれた。

それでも動揺しきって動けないでいる私の肩に父王は手を乗せ
私の顔を見つめて、懐かしがるようにして。

それから魔王を見つめて、呟いた。


父王「魔王殿。貴方は確かに、子供を授かって父の気持ちを知ったのかもしれない」

魔王「……」

父王「だけれど、まだまだわかっていないことだらけのようだ」

魔王「わかって…いないことですか」

父王「ああ。貴方はまだ何もわかってはいない」

魔王「……それ、は」


父王「だがきっといつかわかるだろう。いや、貴方のような方ならば、それを知り、わからなければならない」

父王「だからそれまで、この件の責任を問うのは待とうと思う」

魔王「!!」





104: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:45:29.71 ID:RwYCVDwW0

父王「――貴方も知るべきです。いえ、知ってください」

父は、やさしく微笑んで私の手を引いて立たせてくれた。


父王「もう、すっかり消えてしまったと思っていた姫が、こうして生きていてくれた」

私の涙を、そっとぬぐってくれた。


父王「幸せそうに、元気に姫が戻ってきてくれた……」

笑いかけてくれた。


父王「手元にいない間も、ずっと姫が大切に愛されていた……」

抱きしめて、頭を撫でてくれて。


父王「そして何よりも……」

姫「お父様……っ」


父王「きちんと人を愛することの出来る、立派な姫君に育ってくれた」



そっと背中を、押してくれた。
振り返り見た父上は、微笑んでいた。


姫「………っ」

父王「知るべきですよ。それがどんなに、嬉しいことなのか。―――今の私の喜びを、いつか貴方にも知って欲しい」

父王「知ったならば、その時に考えてみてください。今、私が貴方にどんな賞罰を与えたいと思っているかを、ね」

魔王「………っ」


私は大きく頭を下げて……魔王の元へ、駆け寄った。
父に頭を下げ続けていた魔王に、飛びついた。


魔王「姫…!」

姫「魔王! 魔王、魔王、魔王…ッ」


私達は
ようやく繋ぎなおせた手を離してしまわないように
お互いの震えた身体を支えあった。


父王「おかえり、姫。改めて、姫の門出を皆で祝おうじゃないか」ニコ…





105: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:45:57.29 ID:RwYCVDwW0

―――――――――――――――――――――

そして、しばしの時がたち――


魔王「何もないのが、きっと「最善」ではあったんだ。少なくとも君個人や、俺個人の話でいえばね」


ここは、聖王国王城。……の、敷地にどうにか入っている離宮。

私はここで臨月を迎えていた。
すっかり大きくなったお腹をなでながら、横でそんな風に呟いた魔王を見上げる。


姫「魔王は本当にそう想うの?」

魔王「……ああ。それはけして最高ではなかったとは思うけれど、それが最善だったのは確かなのではと、今でも思うよ」

姫「……何も無いのが、一番だった と?」

魔王「駆け落ちじみた真似をするほどに盲目になって。愛せば愛するほど周りが見えなくて。ただ幸せで、ただ満足で」

姫「魔王……」


魔王「だけど命を宿して、その重さを知って、自分の犯していた間違いや周りのことに目を向けてようやく気付いて反省する」

姫「……」

魔王「それを繰り返すときは、毎回あまりの愚かさに身もだえて、翻弄される」

魔王「そんなの、決してスマートではないし。こんなのを誰が良い選択だなんていえる?」

姫「ふふ」




106: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:46:30.97 ID:RwYCVDwW0

魔王「自分では、最善の選択がどれかわかってる。だけれど選べない」

魔王「好きなものが欲しくてすてられなくて、選ぶことに苦痛を強いてでも…それでも選んでくれるのなら、幸せにしてあげたいと本気で思う」

魔王「それなのに愛せば愛するほど、最善ではない選択肢を選んだことも、選ばせた事も辛くなってくる」


姫「……」

魔王「…段階が進めば進むだけ、戻るのは困難になる。迷子と同じ。幸せになるための最短距離を進めなくなり、遠回りして回り道を繰り返し… へとへとになって求めなければならなくなる」

魔王「最善が打てるのは、常に一歩目。俺は君の幸せを願いながら、未だたどり着かせてあげられていない……本来なら、君は幸せの中だけで暮らしていたのに」


またこれだ。
私は小さくため息をついて、魔王の頭とお腹を 両手を使ってなでた。


姫「もう。気にしなくて、いいんですよ」


あの日以来、私は隠れ忍ぶようにして魔王と会わねばならなくなってしまった。
身重の身体ではすこし不自由のある生活。
魔王はそれをずっと気にして、相変わらず愚痴ぐちとした弱音を吐いている。





107: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:48:09.17 ID:RwYCVDwW0

家族にはすっかり公認されていても、国として私が魔王に嫁ぐのは、難しい問題だった。
ゆっくりと国民に受け入れて貰いながら、
反発を起こさないように手順を踏まねばならない。

そうしたところで、大丈夫とも言い切れないのが、今の私と魔王の現状だった。
長く続いた戦争は、停戦の申し込みをお互いにした程度ではなかなか収束しなかったのだ。

どのような反逆因子があるかわからない…という意見により、
私は聖王国での出産を余儀なくされたし、魔王と会うのもそうそう自由が利かない。

今も、軽いお腹の張りを心配した魔王は
私のお腹をさすりながら申し訳なさそうにしている。

きっと魔王は今も毎日
そんな状況を私に強いているのだと、自己責任を感じているのだと思う。



姫「魔王… 幸せは、ゴールなの?」

魔王「ん?」

姫「私は、違うと思うの。きっと幸せになるって言うのは、幸せって言う通過点を通ること」

魔王「幸せが…通過点?」


姫「間違いすぎて、遠回りして。でもそのおかげで、たくさんのことを知ることができたから…

姫「最短じゃなくても。とても実りのある豊かな森で、たくさんの幸せの中を あなたと歩けているんです」

魔王「姫…」




108: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:48:43.85 ID:RwYCVDwW0

姫「ねえ、魔王… 私もひとつ… “選択肢”を出してもいいですかね?」

魔王「えっ」

姫「ぷっ… あはは、そんなびっくりした顔しないでください! ちょっとしたまねっこですよ」

魔王「あ、ああ… そうか」

姫「お腹の子にね… まだ答えられないだろうから、今のうちに聞いておいてあげたいの」

魔王「お腹の子に…?」

姫「うん。いまからゆっくり、ちゃーんと考えて選んでほしいから…」


お腹をなでて。私はそっと目を閉じて想う。
私の手に、暖かな魔王の手が添えられたのがわかる。


私たちは、出会わなければ何事もなく生きていた。
何もなければ、御国の事なんて難しいことも兄上にまかせっきりで、
ドレスを選んで舞を習って、どこか満たされないながらも静かに暮らしていた。

だけど――





109: ◆OkIOr5cb.o 2016/02/27(土) 21:51:05.93 ID:RwYCVDwW0

ああ。私は、やっぱり魔王と出会えて幸せなんです。
たとえこの先どんなことがあろうと、これだけは確かだっていえるほどに、幸せなんです。
だからきちんと自分達で選んだ未来を、たくさん苦労しながらがんばっていきたい。


暖かなお腹を、撫でて問う。


『あなたは、どうしたい?
あなたはどんな人生を 選びたいですか――?』



数年後。
生まれてきた小さな姫は、平和の象徴として世界をつなぐことになった。
誰からも愛される女の子は、魔族の父と人間の母に抱かれ、にこにこと笑って生きている。

彼女もきっと、いつか自分の人生を選ぶ日が来るのだろう


―――――――――――――――――――
おわり



元スレ
魔王「最善の選択肢と、悪魔の望む回答」 
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1456125267/
[2016/02/28 22:04] SS置場(一覧よりどうぞ!) | コメント(0) | @
僕「彼女が┌(┌^o^)┐←コレになって這い寄ってくる」
SS速報VIPにて。
※本編転載の下に、おまけで 「彼女ちゃん台詞の翻訳ver.」 のせてみました。



1 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/16(水) 16:30:16.39 ID:VdLWU+Pt0

:::::::::::::::::::::::::::::


僕「彼女ちゃんを部屋で待たせて買い物に行って、帰ってきたら…… 何、コレ?」

┌(┌^o^)┐<ホモォ」


僕(何だろう? 何で彼女ちゃんは潰れたヒキガエルのように四つんばいになって笑っているんだろう?)

┌(┌^o^)┐<ホモォ♪」


僕「彼女ちゃん! 彼女ちゃん、どうしたの! しっかりして!」ユサユサ

┌(┌^o^)┐<ホモォ?」


僕「わかんない、全然わかんない! 彼女ちゃんは、大人しくて遠慮がちで清楚で上品で、おどおどしてて、でも優しい良い子で、すごく照れ屋さんだったはずだよね!?」

┌(┌^o^)┐<……」


僕「付き合ってから今日で丸1年。ようやく意を決して、勉強会を口実に彼女ちゃんを僕の家にお誘いできたと思ったのに……」


僕「彼女が┌(┌^o^)┐になって這い寄ってくる!?」

┌(┌^o^)┐<ホモォ!!!」



2 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/16(水) 16:31:17.34 ID:VdLWU+Pt0

:::::::::::::::


僕「…えっと…」カチッ、カタカタカタ


PC<ページ読みこみちゅうやでー


僕「あ、出た… 何々?」カタ、カタ


PC<“┌(┌^o^)┐とは、腐女子を概念化したキャラクターであり…うんぬん”


僕「腐女子ってひどい誤変換だな。…って、誤変換じゃないんだ、へぇ? このBL…ってのは…?」カチカチ


PC<“BL。ボーイズラブ。男同士の恋愛でうんたらかんたら”


僕「わ、わぁ」

3 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/16(水) 16:31:47.05 ID:VdLWU+Pt0

僕「そっか…そういうのが好きな女の子もいるんだ。なんかちょっと想像しにくいなぁ、周りにはそういう子いなかったから…」

┌(┌^o^)┐<ホモォ!!」


僕「ん? どうしたの、彼女ちゃん。ちょっと待ってて……って、あーあ。彼女ちゃんのカバンひっくり返ってるじゃん。何してるの、もう」

┌(┌^o^)┐<ンゴンゴ」

僕「? 何咥えてるの? あ、本か。口に咥えたら汚れちゃうよ――って」


薄い本<【成人指定:“ふぇぇ…ボク、男のコだよ?~バラ色桃源郷の甘い蜜~”再販特別ver.】


僕「……え? コレは…」

┌(┌^o^)┐<ホモォ!!」薄い本ドッサリ

僕「え? え? 彼女ちゃん… もしかして…」

┌(┌^o^)┐<……」


僕「腐女子ってやつだったの!?!?」


┌(┌^o^)┐


4 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/16(水) 16:32:47.56 ID:VdLWU+Pt0

::::::::::::::::


僕「はぁ…なんだろう、ちょっと思考が追いつかないや」フゥ

┌(┌^o^)┐

僕「彼女ちゃんは、あのまんまの格好でずっと身を潜めているし…」


僕(でも… 本当にちょっと、信じられない。だって、あの彼女ちゃんだよ?)

僕(……手をつなぐのに3ヶ月。キスするのに半年。ちゃんと抱きしめるのに9ヶ月もかかった…)

僕(その彼女ちゃんが、まさか――)チラ


薄い本<セックルセックル!!


僕「もう全然わかんないよ……」ハァ

┌(┌^o^)┐<……」


5 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/16(水) 16:33:35.81 ID:VdLWU+Pt0

:::::::::::::::::::


PC<こんなんばっかいつまで調べてんのや


僕「何々…? “ホモに飢えてハイエナと化した女子が、┌(┌^o^)┐であり”……か」 

僕「…ハイエナ? え? つまり彼女ちゃんはハイエナになったってこと?」

┌(┌^o^)┐<……」

僕「えっと…? え、どうしよう。違うよね? ニンゲンはニンゲンだよね?」

┌(┌^o^)┐<…ホモォ」


僕(何回見ても、ものすごい体勢なんだよね、彼女ちゃん! 本気でちょっと人間離れしちゃったのかなって思えてくる!)

6 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/16(水) 16:34:05.36 ID:VdLWU+Pt0

僕「なんなんだろう、本当に。呪い…とかなのかなあ?」

僕「あ、もしかして病気なのかな…? っていうかそうだ、飢えてるって書いてある! もしかしたらお腹いっぱいになれば……!」

┌(┌^o^)┐<…ホモォ」

僕「って、ごはんとかは普通でいいのかな…? ああもう、いちいち調べるの大変…!」カタカタ!


PC<ほんとよ


僕「ん? なんだこれ」カチカチッ

僕「“彼女たちはホモ成分を求め”…?」


僕(ホモ成分ってなんだろう。どうしよう、意味がわからないよ。あ、ホモ牛乳とかでいいのかな)

┌(┌^o^)┐<ホモォ?」


僕「……ねえ彼女ちゃん。ホモ牛乳、飲む? さっき買ってきたんだ。瓶のやつ、美味しいよね」

┌(┌^o^)┐<ホモォ♪」

僕「とりあえず…僕の頭冷やすためにも、一緒に飲もっか…」

┌(┌^o^)┐<……」


7 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/16(水) 16:34:34.65 ID:VdLWU+Pt0

::::::::::::::::::::


僕「四つんばいの彼女に、牛乳を飲ませるのが困難でした」ハァ

僕「仕方ないので、冗談で猫の仔にするように床に皿をおいた所……」


┌(┌^o^)┐<♪」ペロペロ、ゴクゴク


僕「……ほんとに飲むんだね…?」

┌(┌^o^)┐<♪」ペロペロ


僕(ど、どうしよ。猫のように床で皿なめてる彼女ちゃん…! なんかちょっと、アレな気が…)ドキドキ

僕(って、そんな事考えてちゃダメだダメだ! 非常事態なんだぞ!!)ブンブン!!


僕「えっと… なんだっけ… 『ホモ』?」ボソッ

┌(┌^o^)┐<!」ピクッ

僕(う。四つんばいの姿勢で、そんな期待に満ちた目で見上げないで!?)ドキドキ


8 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/16(水) 16:35:17.93 ID:VdLWU+Pt0

:::::::::::::::::::::::


僕「…ああもう、ダメだ。このままじゃ僕のほうがおかしくなりそうだよ」ハァ

┌(┌^o^)┐<……」

僕「……どうかした? 僕の顔に何かついてる?」

┌(┌^o^)┐<ホモォ…」


僕「…会話が成立しないのが本当に困るな。あ、そうだ。もしかして筆談なら出来るかも?」

僕「とりあえずスマホで…」シュ、トントン


~~~~~~

僕:読めたら返事かいてください(^^)つ。.。:** 

~~~~~~

9 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/16(水) 16:35:46.59 ID:VdLWU+Pt0

僕「これでどうかな… はい、彼女ちゃん」スッ

┌(┌^o^)┐<……」シュッ、トトト


~~~~~~

彼女:(゚∀゚(⊃*⊂)

~~~~~~


僕「あ、打てた! で、なんだろうこのAA? 梅干食べて泣いてるヒトと、横で笑ってるヒト…かな?」

┌(┌^o^)┐<!!!」 スマホ シュッ、タタタタタタタタ


僕「え、彼女ちゃん? 何をそんな急に打ち込んで……ん?」


~~~~~~

彼女: *←尻穴!! *←尻穴!! *←尻穴!! 

~~~~~~


僕「!? 僕が書いたのは尻穴じゃないよ?! *は、贈り物のキラキラのしるしだよ!?」

┌(┌^o^)┐<ホモォ!!!!」


10 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/16(水) 16:36:18.53 ID:VdLWU+Pt0

::::::::::::::::::


僕「筆談も失敗だったわけで…。あ、いやでも言葉が通じてるのはわかったもんね!」

僕「でも、もう打つ手が思いつかない。というわけで、誰か友達でも呼んで相談しようと思います」

┌(┌^o^)┐<ホモォ?」


僕「えっと… 彼女ちゃんの女友達がいいかな? でも彼女ちゃん、こんな姿を友達には見られたくないかなぁ、うーん…」

┌(┌^o^)┐<……」


僕「やっぱり友男かな。妙に変な事に詳しいし、あれで意外に頼りになるんだよね」

┌(┌^o^)┐<!!! 友男くんフラグ、ktkr!!!」

僕「彼女ちゃんが喋った!」

┌(┌^o^)┐<友男くんが攻め!! 僕くんが受け!!!!」

僕「………?? 何言ってるの?」キョトン

┌(┌^o^)┐<……」


僕(…わかんないけど、なんか目が潤んでる。可愛い)



30 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 16:33:40.86 ID:tItArGel0

::::::::::::::::::::::::::::


僕「――ええと、ともかく友男を呼ぶのに反対なわけじゃ無さそうだし、まず友男にラインで連絡を取りたいと思いま…」

┌(┌^o^)┐<ホモォ!」バシュッ!!

僕「あっ、僕のスマホ。返し…  ―――っ!?」


~~~~~~~~~~~

【僕は総受けになります、僕を攻めたり突いてくれる男性募集中です】シュシュシュシュシュ!!!

~~~~~~~~


僕「ふぁっ!? スマホを奪うと同時に高速入力!?」

┌(┌^o^)┐<ホモォ!」ッターン!

僕「しかもそのまま送信した?!」


僕「ちょ、まって、送信取り消し…!! ああっ間に合わない!! ライン速い!!!」

僕「ど、どうしよう… 友男にアレ、送っちゃった…」ガーン

┌(┌^o^)┐<ホモォ!」

31 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 16:34:38.67 ID:tItArGel0

僕「………こら!!!!」

┌(┌^o^)┐<!!」ビクッ

僕「こんなことしちゃダメ、だよ!! 僕だって怒ることくらいあるんだからね!」

┌(┌^o^)┐<ホモォ………」


僕「まったく、こんなの絶対に乗っ取りかなんかされたと思われる。きっと変な心配を掛けちゃうよ……」

┌(┌^o^)┐<………」

僕「……っと、はやく訂正のラインなげなくちゃ――」


スマホ<タラリン♪


僕「ぁっ!? 間に合わなかったかな、返事来ちゃ――」シュッ



~~~~~~~~~~

友男:お前……男色なんて、そんな気があったのか。待ってろ、今すぐいってやるよ。

~~~~~~~~~~


僕「えええええええ!?!? 無い! ないよ、そんな気!!!!」

32 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 16:35:18.01 ID:tItArGel0

::::::::::::::::::::::::::


♪ぴんぽーん

ドア<ガチャッ


友男「お待たせ、ハニー」キラン


僕「~~~何で本当に来るんだよ!? 言っとくけど、さっきのは誤解だよ!!」

友男「いいのか? 俺はノンケでも食っちまう男だぜ」フフフ

僕「!?!? 友男ってそういう趣味だったの!?」


友男「……プッ」

僕「?」

33 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 16:35:48.12 ID:tItArGel0

友男「ばーか、冗談だよ! あははは!! さっきのセリフは、ネットでも有名なマンガのセリフだぜ? ほんと、そういうのに疎いんだな、お前」ヒャヒャヒャ

僕「え、そうだったの…?」ポカン

友男「お前が珍しく変な冗談とばしてくるからさ。どうせ、誰かとバカな呑み会でも昼からやってんじゃねーかと思って。悪乗りしただけだっつの」

僕「友男… ごめん。なんかその、僕ひとりで取り乱して…」

友男「バーカ 気にすんなよ、ンな事。んで? 誰来て――…


┌(┌^o^)┐<ホモォ」

友男「 」


僕「あ、紹介するね? えっと、この子は僕の彼女で――」ニコ

友男「ちょ!? おまえふざけんなよ!? 女と自宅デート中にあの冗談はねえだろ!!!」

僕「えっ、待って! その彼女が、さっきのを送信したんだよ!」

友男「はぁ?! なにがどうして、どういうことだってばよ――…!?」


34 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 16:41:03.98 ID:tItArGel0

::::::::::::::::::::::


で。


友男「なるほど… 彼女がいきなり┌(┌^o^)┐←コレになった、と」

僕「理解が早くて助かるよ。本当に、普段はとっても大人しい感じの女の子なんだけどさ…」チラ

┌(┌^o^)┐


友男「……プレイなら二人きりでやってくれ。見られると興奮するんですーってやつか?! 滅びろリア充、クソ!!!」

僕「なんかひどいこと言われてる!?」

友男「そんなに見られたいなら、いっそ他に女でも連れ込んで3人でヨロシクやりゃいいだろうが!! コンチクショウめ泣いてねぇぞ!!!」クルッ!スタスタスタ!!

僕「待って!? 帰らないで友男――」


┌(┌^o^)┐<……だめなんです」ボソ


僕「……人語を……喋った…」唖然

友男「確かにちょっと覚醒初号機っぽいけど、『…使途を…喰ってる…』みたいな語調でいうな。あと自分のセリフの違和感に気付け」


35 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 16:41:36.31 ID:tItArGel0

僕「ようやくマトモな事を喋ったって意味だよ! でも、よかった……もしかして他に人がいるからかな?」


┌(┌^o^)┐<僕くん×女は私の地雷なんです。僕くんには、男以外を禁止したいんです! 他の女を連れ込むなんて、言語道断です!!」キリッ


僕「ぜんぜんマトモじゃなかった!?」

友男「いや、聞きようにっては、やきもち焼きの彼女のセリフみたいで可愛いかもしれないぞ」

僕「友男… それはちょっとポジティブすぎない…?」


┌(┌^o^)┐<…友男くん…。 友男くんは、僕くんのこと…嫌いですか…?」ジッ

友男「え、あ…」



┌(┌^o^)┐<嫌い…ですか?」


友男「―――好きです」キリッ


僕「ふぁっ!?」ビクッ

┌(┌^o^)┐<ホモォ!!!」

36 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 16:43:15.03 ID:tItArGel0

友男「はっ!? しまった、ついこの子が俺に告白してくるワンシーンに見えて、反射的に“好きです”とかの選択肢を!!」ガーン!?

僕「僕の事じゃなくて、彼女ちゃんに対して好きって言ったの!? 目の前でヒトの彼女に告らないでよ!!」

┌(┌^o^)┐<ホモォ!!僕君が受け! 友男君が攻めで!!」

僕「彼女ちゃんも何言ってるの!?」


友男「……てゆ-か。まあ腐女子ってのはわかったけどさ。彼女さん的に、俺が攻めでいいんだ? 彼氏が受けでいいん?」

僕「? どういうこと?」キョトン

友男「…あー、まあわかる気はするけどなー。コイツが受けってのはさ」

┌(┌^o^)┐<ホモォ!」コクコク


友男「――確かに俺、ゲームとかなら両性具有とかの僕っ子も好きだし……」グイ

僕「え? ……え? 友男?」タジッ


友男「そういう意味ではあんまジェンダーは気にしないかも? ソイツが好みなら……性別はどっちでもいいような気が、しないでもない」ジー


┌(┌^o^)┐<ホモォ…!」

37 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 16:44:26.97 ID:tItArGel0

僕「ちょ、ちょっとまって!? 彼女ちゃんがものすごい熱いまなざしでこっち見てるから!!」ビクビク

友男「俺は、お前のことを見てる――」

僕「!?!?」



友男「けど、やっぱダメだわ。悪いな、彼女さん」パッ


┌(┌^o^)┐



友男「これでも一応、それなり長い間“トモダチ”やってるもんでね」ハハ

僕「友男…。もう、ちょっと本当にびっくりしたよ…」ハァ


┌(┌^o^)┐<ホモォ………」ハフ

38 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 16:45:21.88 ID:tItArGel0

僕「…ん? 彼女ちゃん、どうしたの?」

┌(┌^o^)┐<………」コロン

僕「あ、転がった… あれ、お腹をなでてる?」

友男「なんか、眠そうだな。あ、もしかして飯でも食ってたのか?」

僕「え?」

友男「腹膨れて眠くなって、変な寝ぼけ方でもしてたんかなーって思ってさ? 違う?」

僕「ご飯なんか…牛乳のんだくらいで忘れてたよ…」

友男「そうなん? なんかいかにも満腹って顔してんよーに見えるんだけどな」

僕「……あ」


僕「…もしかしてこれが、“ホモ成分”ってやつ…?」

友男「は?」

僕(ホモ牛乳、関係なかった……。まぁいっか、嬉しそうに飲んでたし)



「クー… クー…」zz

39 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 16:47:09.35 ID:tItArGel0

::::::::::::::::::::::


僕(で。友男は帰り、僕は彼女ちゃんがお昼寝から起きるのを待っていた)

僕(そして、どうやらホモ話ならば人語を喋れるのでは?という仮定を確かめるべく、起きた彼女ちゃんに“ホモとは”と、聞いてみたんだけど…)


┌(┌^o^)┐<僕君は総受けだよ!」

僕「…あ、あとはなんかある?」

 
┌(┌^o^)┐<僕君が女と絡むのは地雷だよ! 女は僕君に近づくんじゃねぇ!!」

僕「地雷…? あ、でもさ。彼女ちゃんは女だけど近づいてるじゃないか。自分はいいの?」

┌(┌^o^)┐<……」

僕「?」キョトン


┌(┌^o^)┐<私は僕君と男たちの桃源郷を邪魔しないよ! 眺めて愛でてるだけ!!」

僕(どうしよう。2時間くらい聞いてるのに、やっぱり全然意味が分からない……)ハァ


40 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 16:47:44.88 ID:tItArGel0

┌(┌^o^)┐<たとえば、僕君が男達にあんなことやこんなことをされている姿を想像するだけで…」

僕「想像するだけで?」

┌(┌^o^)┐<想像するだけで悶える」キッパリ

僕「えっ」

┌(┌^o^)┐<ヨダレが出る。勃起する」

僕「ちょ、ちょっとまって!! いろいろツッコミたいけど、女の子は妄想でタタせるようなモノないよね!?」

┌(┌^o^)┐<ツッこむより突っ込まれて!!!」


僕(………あ、なんか…聞いてて気付いた。……コレ、ちょっとアレだな)イラ


┌(┌^o^)┐<僕君は男から愛されるべきだよ! こう、まるでお姫様のように!!」

僕「男から…お姫様のように?? 僕が?」

┌(┌^o^)┐<たくさんの男たちの愛を浴びて、僕くんは満たされていくんだよ!」

┌(┌^o^)┐<尊い! 僕君の総受け、マジ尊い!!」


僕(…………ふむ)

41 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 16:49:28.53 ID:tItArGel0

~~さらに30分後~~


┌(┌^o^)┐<それでね! 僕くんにはね!! “僕は男が大好きです! ガチムチなお兄さんも、可愛らしい男の子も、僕をガンガン攻めてぇっ!”て、泣きながら陵辱さr……」


僕「―――そこまで」

┌(┌^o^)┐ビクッ


僕「…………」

┌(┌^o^)┐<………」


僕「あのさ。話きいてて、思ってたんだ。そろそろ我慢できないし、少しくらい怒らせて貰うよ」

┌(┌^o^)┐<…………!」


僕「……………」ジッ

┌(┌^o^)┐<……」

42 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 16:51:11.23 ID:tItArGel0

コツン。


┌(┌^o^)┐<……? ホモォ?」


僕「……あんまりにも下品な事いうのは、やめて。何を考えても良いけど、それを言葉で顕わにしていいって訳じゃない」

┌(┌^o^)┐<……」

僕「聞いてて、そんなに気持ちのいい言葉じゃないよ。彼女ちゃんが、そういうのが好きなんだなって言うのはわかった。だけどせめてオブラートに包んだ表現をするとか、さ」

┌(┌^o^)┐

僕「……あんまりハッキリ聞きたくないヒトには伝わらないようにする配慮って、きっと大事だよ…」

┌(┌^o^)┐


43 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 16:51:58.71 ID:tItArGel0

僕「……でも…そっか」

┌(┌^o^)┐<……?


僕「これまではそういう趣味も、ずっと隠してくれてたのかな…。僕がそういうの、あんま得意じゃないから…?」

┌(┌^o^)┐<ホモォ……」


僕「……」ナデナデ

┌(┌^o^)┐<!!」


僕「きっとこれまで、いっぱい気を遣って隠したりしてくれてたんだろうね。それに気付きもしなかった僕が、えらそうに説教なんかもできないや」アハハ…

┌(┌^o^)┐<……」


僕「でも、なんていうかな。いっぱい喋ってくれてるけど、内容すらもよくわからない事だらけなんだ。どうしていいか、僕もわかんないんだよ?」ナデナデ

┌(┌^o^)┐<ホモォ…?


僕「……せめて、理解できるように努力して聞いてみるからさ。だから――彼女ちゃんも、僕が聞きやすいように、教えてほしいな」

┌(┌^o^)┐


┌(┌^o^)┐<………」コクン

44 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 17:01:29.21 ID:tItArGel0

::::::::::::::::::::::::

┌(┌^o^)┐<……♪」ホモ牛乳 ペロペロ

僕(牛乳は関係ないと知った今でも、床に皿で飲ませてしまった……趣味だと思われたらどうしよう)


僕「ま、まあいいや。飲みようがないんじゃ仕方ないもんね。えっと、それで。……受けだとか、攻めだとか言ってたっけ?」茶、ズズ…

┌(┌^o^)┐<僕くんは総受け」

僕「そっか、わかった。彼女ちゃんがそれがいいなら、総受け?でも、いいや」ニコ

┌(┌^o^)┐<……!? 総受け! 総受け!!!」

僕「はいはい。それで、その総受けっていうのは、どういう風にしてたらいいの?」 

┌(┌^o^)┐<自ら尻を出せ」

僕「……え?」


┌(┌^o^)┐<…………」

┌(┌^o^)┐<自分からお尻を出して?」


僕「あ、うん。いや、丁寧に言い換えてくれたのは、ありがとうね?」ナデナデ

僕「……でもちょっと待ってね。なんかやっぱ、本当、こればっかりは調べたほうが早そうだから」カタカタ


PC<またかよ


┌(┌^o^)┐<ホモォ…」

46 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 17:02:47.77 ID:tItArGel0

::::::::::::::::::::::::


僕「………あれ?」カタカタ…

僕「受け… “カップリングで女役の事。BLの場合、挿入される側を示す”…?」

┌(┌^o^)┐<ホモォ♪」

僕「え、ちょっとまって」


僕「受けって… “物事に受け身なキャラクター”って意味じゃないの?」

┌(┌^o^)┐<ホモォ?」


僕「…てっきり、性格的に“女房役”みたいな穏かなキャラって意味なのかと思い込んでた」


47 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 17:04:14.39 ID:tItArGel0

┌(┌^o^)┐<……」

僕「……」



┌(┌^o^)┐<受け入れて」キッパリ



僕「無理!!! 精神的に包容することはできても、物理体に内包することはできないよ!!!!!」

┌(┌^o^)┐<ホモォ!?」

僕「前言撤回! やっぱり“受け”にはなれない!! ごめん!!!!」

┌(┌^o^)┐<ホモォ!! ホモォ!!!!!」バンバン

僕「!? 激しい抗議!? 這ったまま、よくその速度でついてくるね!? ある意味でエクソシスト並に恐怖だよ!」

┌(┌^o^)┐<ホモォ!! ホモォ!!!!!」ダダダダ


僕「ちょっ、待って! ごめん、ごめんって!! でも無理なものは無理なんだよお……って、うわ! 足元は危な――!?!?」グラッ

┌(┌^o^)┐<ホモッ!?」


48 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/17(木) 17:05:31.36 ID:tItArGel0

べしょ。


僕「っギリ、セーフ…! 危うく彼女ちゃんを潰しちゃうところで――」

┌(┌^o^)┐<………っ」ジタバタ


僕「―――――ごめっ/// 充分にアウトな至近距離だね! すぐに退――」ドキ


僕(あ…。こんな近くに、彼女ちゃんの顔が……)

┌(┌^o^)┐<?」


僕(………彼女ちゃん…)スッ…


チュ。


┌(┌^o^)┐< 」



彼女の唇は、飲んでいたホモ牛乳の味がした。


63 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 18:47:26.11 ID:Is+5+5US0

:::::::::::::::::::::

その後


┌(┌^o^)┐<………」


僕「……なんか、ごめん。つい…///」セイザ

┌(┌^o^)┐<………」


僕「…でも、さっきのドタバタとかも含めて…ちょっと気が落ち着いたような」

┌(┌^o^)┐<?」


僕「そりゃ彼女ちゃんの言うのはおかしなことばっかりだけど、それはそれで可愛いかもなって思っちゃったんだ…」

┌(┌^o^)┐<ホモォ!?」


僕「僕の知ってる彼女ちゃんは、控えめで大人しくてさ」

僕「あんなふうに、僕の事を追い掛け回したりなんかしなかったけど…でも、やってみたらちょっと楽しかった」

僕「だからなんか、もういいかなって」ナデナデ

┌(┌^o^)┐<……」

64 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 18:49:15.15 ID:Is+5+5US0
┌(┌^o^)┐<ホモォ!!!」ドドド、カタタタタタ

僕「急にパソコンに向かったりしてどうしたの?」


PC<もうやめたってーな…


僕「…グーグル検索? “無料BLコミック”…?」

┌(┌^o^)┐<ホモォ!!」ドヤッ


僕「ああ、コレが読みたいの? いいよ、じゃあ…そうだな。こっちおいで」

┌(┌^o^)┐<ホモッ!?」

僕「よいしょっと。はい、膝だっこ。よつんばいのままじゃ読みにくいもんね」ニコ

┌(┌^o^)┐<ホモ… ホ、ホモ!!」

僕「ん? 読んで欲しいの? あはは。僕、昔からあんまり音読とか得意じゃないんだけどなぁ」

┌(┌^o^)┐<……」

65 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 18:49:43.98 ID:Is+5+5US0

僕「えっと、なになに…?」


僕「『男が少年の尻を撫でる。その手は焦らすようにゆっくりで、その手つきはじわじわ少年に快感を与え――』?」


┌(┌^o^)┐<ホモモ!!!」

僕「あ、ページ飛ばし…。うわ、なんか既にちょっとアレなシーンまで飛ばしたね」

┌(┌^o^)┐<……読んで、読んで!」

僕「はいはい… えっと、『“あ...っ”。わずかに漏れる声は淫靡で、少年は信じられなかった。“どうした、感じるのか”。 “だ、誰が!”。 強がりだった――』………って」


┌(┌^o^)┐<ホモォ」ニコニコ

僕「………ねえ? こんなの俺が読んでるの聞いてて、楽しい? やっぱ一人で読む?」


┌(┌^o^)┐<むしろこの主人公のセリフのとこだけ読んで」

僕「へ?」

┌(┌^o^)┐<あとは脳内保管!! CV.はコチラで適当に!」


僕「……?」ナデナデ

┌(┌^o^)┐<……」


僕「あ。じゃあ、一緒に読もうか。一人で飛ばし飛ばし読んでると、ペース、絶対わかんなくなるもんね」

┌(┌^o^)┐<ホモォ……」


66 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 18:50:29.58 ID:Is+5+5US0

::::::::::::::::::::::::


┌(┌^o^)┐<……『それを見抜いてか、男は挑発的に笑った。“なら、感じるまで撫でてやるよ!”』」

僕「…『ひぃ』」


┌(┌^o^)┐<『“ほら靴裏に塗ったハチミツでも舐めてな、このクズ野郎!”』」

僕「…『アッ』」


┌(┌^o^)┐<『“イけよ、イッちまえよ!!”』」

僕「…『らめぇ』」


僕「――って!! ちょいストップ!! ストップ!!」

┌(┌^o^)┐<ホモ?」


僕「これ、本当に僕が読む意味ってある?」マガオ

┌(┌^o^)┐<ホモ」


67 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 18:51:10.44 ID:Is+5+5US0

:::::::::::::::::::::


僕「で……。どうにかお話ひとつ、読み終わった…」グッタリ

┌(┌^o^)┐<とても良かった」

僕「そうかな… オチがスーパーキノコって、どう考えてもギャグなんじゃ……」

┌(┌^o^)┐<僕くんの音読が、よかった」

僕「そう?」ニコ 

┌(┌^o^)┐<萌える。シコれる」

僕「シ… こら。どんなこと思っても良いけど、下品なのとかはやっぱヤダ。そういう事いうなら、もう読まない」

┌(┌^o^)┐<ホモォ!?!?」

僕「読んで欲しかったら、ちゃんとそこらへんはわきまえて?」

┌(┌^o^)┐<…」コクコク

僕「あはは。よし、じゃあもう一個だけ読んで、お茶にしようか」

┌(┌^o^)┐<ホモォ!」ニコニコ


68 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 18:52:12.79 ID:Is+5+5US0

:::::::::::::::::::::::

---…音読継続中。


僕(…読んでるのはヒドい内容だけど、なんか…雰囲気だけなら絵本の読み聞かせっぽく思えなくも無い)

┌(┌^o^)┐<ホモォ!」ニコニコ

僕(そう思うと、膝の上でニコニコして抱っこされてる彼女が、ちょっと愛しく思えたりして)ギュー

┌(┌^o^)┐<……」



僕(そういえば… オカズ、なんていってたけど…)

┌(┌^o^)┐<?」


僕(やっぱ…その、男のソレと同じように、反応を…したり、するもんなのかな…? 僕の声で…??)ドキドキ

┌(┌^o^)┐<……?」キョトン


僕(――はっ、不埒なこと考えそうになった! 駄目だだめだ、彼女ちゃんがこんな状態のときにそんなこと--!!)

┌(┌^o^)┐<ホモォ?」

僕「よし、もっとホモを読もう!(萎えさせるために)」グッ

┌(┌^o^)┐<ホモォ!!!」


69 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 18:53:33.73 ID:Is+5+5US0

::::::::::::::::::::::::::


僕「で。一晩、僕たちは健全なお泊りをして……明けて、今日」


┌(┌^o^)┐<ホモヨー!」

僕「うん、おはよ。いつのまにか、彼女ちゃんのそんな姿にすっかり慣れたよ」

┌(┌^o^)┐

僕「? 彼女ちゃん?」オーイ?

┌(┌^o^)┐


僕「……朝から真剣な目で、いきなり深夜録画のホモアニメを再視聴している彼女ですらも可愛く見えます。僕は洗脳されてしまったんでしょうか…」アーメン


僕「でも、まあ録画は録画だし。こっちおいでー、彼女ちゃん」

┌(┌^o^)┐

僕(反応しない…。あ、そうだ。確か昨日読んだお話の中に――)


僕(でもコレ、僕、しばらく牛乳飲めなくなりそうだけど…)

70 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 18:54:26.18 ID:Is+5+5US0

僕「おっと、“ホモミルク”がこんな所に」ボウヨミ

┌(┌^o^)┐<ホモォ┌(┌^o^)┐<ホモォ┌(┌^o^)┐<ホモォ┌(┌^o^)┐<ホモォ
┌(┌^o^)┐<ホモォ┌(┌^o^)┐<ホモォ┌(┌^o^)┐<ホモォ┌(┌^o^)┐<ホモォ

僕「!?」ビクッ

┌(┌^o^)┐<ホモォ?」

僕「効果絶大!? っていうかむしろ今、一瞬増殖しなかった?! どうやったの!?」

┌(┌^o^)┐<?」


僕「げ、幻覚かな…? しかし幻覚にしたって…」ゴシゴシ



僕「彼女ちゃんがいっぱいとかは、可愛くて幸せかも」ボソ



┌(┌^o^)┐<ホ、ホモォ……」タジタジ

僕「ちょっと自分でもオカしなこと言ったかなって自覚してるから、ヒかないで!!」


71 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 18:55:13.03 ID:Is+5+5US0

::::::::::::::::::::::::::::

その後。

僕「っと。あ、そうだ…なんかいろいろありすぎて忘れてたよ」

┌(┌^o^)┐<?」

僕「試験勉強、しなきゃだ。今日のお泊りは“お勉強会”の名目だし、一応はね?」ハハ…

┌(┌^o^)┐<ホモォ…」

僕「そりゃ僕だって、お付き合い1年目の記念日くらい勉強なんか忘れてデートしたい気もするけどさ」

僕「彼女ちゃんもこの状態だし…それにやっぱ大事な試験だから」

僕「……っていっても、彼女ちゃんは試験は余裕そうだもんね…。僕が彼女ちゃんから教わるつもりで今日の勉強会も予定してたわけだし」ハハ

┌(┌^o^)┐<ホモォ…」


僕「…よし、でもがんばる。今の状態で勉強教えてってのはちょっと難しいだろうけど…とりあえずレポートとか、自力でがんばれそうなのからやるよ!!」


僕「応援、しててくれる?」ニコ

┌(┌^o^)┐<……」コクン

僕(………やっぱ可愛い)キュン


72 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 18:56:48.54 ID:Is+5+5US0

:::::::::::::::::::::::

レポート作成中。


僕「 」カリカリカリ

┌(┌^o^)┐<……」ジー


僕「 」カリカリカリ

┌(┌^o^)┐<……」ジー


僕「 」カリカ…

┌(┌^o^)┐<……?」


僕「ああああああああ 大人しく待ってる彼女ちゃん可愛い!!!」ナデナデナデナデ!!

┌(┌^o^)┐<ホモォ!?」

僕「びっくりしてる彼女ちゃんも可愛い!!」ギュー!!!!

┌(┌^o^)┐<ホ、ホモォ!!!!」ジタバタ


スマホ <ピロリン

僕「……ん? 誰だろ」シュッ

~~~~~~~~~~~

友男:よう、試験勉強はかどってる?

~~~~~~~~~~~

73 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 18:57:54.72 ID:Is+5+5US0

僕「………」シュシュシュ、タンタンタンッ

┌(┌^o^)┐<?」


~~~~~~~

僕:レポート書けない。忙しい、手が空かないんだ。どうしよう

友男:忙しい? あれ、お前ってバイトかなんかしてたっけ?

僕:彼女ちゃんを撫でるのに猫の手も借りたいくらいなんだよ!!

友男:は?

僕:でも猫なんかに撫でられてる彼女ちゃんを見たらもっと可愛くて、目も離せなくなるよ!! 
手だけじゃなくて目も忙しくなったら本気でライン返せないから!! ああ、忙しい!!

友男:クソが死ね 

~~~~~~~~


僕「~~~~~ああもう返信はいいや!!」ポイッ


スマホ<まだ空は飛べないのにッ 


僕「彼女ちゃん可愛い……!!」ギュー

┌(┌^o^)┐<ホ、ホモッ!?!?

74 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 19:00:08.48 ID:Is+5+5US0

僕「僕ね。どんなになっても彼女ちゃんが好きだよ。前の大人しい彼女ちゃんも、今のめちゃくちゃな彼女ちゃんも……顔とかの容姿もだけど、仕草も、声も、何もかもが好き…」

┌(┌^o^)┐< 」


僕「もう…ほんと、いいや。今のハイエナ状態でも、なんでも」ヨロ…


僕「彼女ちゃんが…僕の側にいてくれるだけで、なんかもう… やっぱり…しあわせで…」フラフラ…

┌(┌^o^)┐<……?」


僕「ああ、でも、やっぱり… ちゃんと彼女として… 他のいろんなことも、一緒に楽しみ…た……」グラッ

┌(┌^o^)┐<!!!!!」


バターーーーン!!!!



┌(┌^o^)┐<―――――!!!!!!!」


ああ、やっぱり昨夜 彼女ちゃんと一緒で緊張して
全然寝れなかったせいかな。

ぐるぐる目が回って… なんだか妙に、浮かれた気分だ――…、


75 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 19:05:18.06 ID:Is+5+5US0

:::::::::::::::::::::::

夜。

僕「…ん… あれ、僕…?」パチ…


僕「う。なんか身体だるい… って、氷嚢…?」ガシャ

「クー… クー…」


僕「あ、彼女ちゃんも横で寝てる。僕…そっか、なんか変な気分になると思ったら、熱があったのかぁ…」


僕「彼女ちゃん… こんななのに、僕の事を看病してくれてたんだ」ナデ…


……やっぱり、どんなになっても彼女ちゃんは彼女ちゃんだ。
変なことばっかり言ってても、優しくて、俺の事を大好きでいてくれるのには代わらない。


「クー…」

僕「……」チュ



僕(……)


-・《回想》-・-・-・-・-・-・-

┌(┌^o^)┐《僕君は男から愛されるべきだよ。こう、まるでお姫様のように――』

―・-・-・・-・-・-・-・-・-・




76 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 19:06:37.33 ID:Is+5+5US0

僕(………)ナデ

「ク―…」モゾ


僕「………お姫様は、やっぱり彼女ちゃんのほうだよ」

僕「僕のお姫様だ。大好きだよ」ナデナデ…


僕「だから--男から愛されるべきだなんていわずにさ」

僕「彼女ちゃんが、僕の事を愛してくれたらいいのにな……」


風邪薬のせいか、まだ眠気が強い。


僕「今みたいなおかしな事にもなってるのってさ…… もしかしたら…」

僕「一年も彼女ちゃんと一緒にいたのに…すごい遠慮ばっかさせたりしてたみたいだから……」


僕「ちゃんと、向かい合いなさいって… 神様に……」

僕「………なら、今度こそ…ちゃんと、彼女ちゃんを見ていたい…よ……」


僕「……」zzz




「………」ギュ

77 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 19:13:57.38 ID:Is+5+5US0

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

チュンチュン… チュン…


┌(┌^o^)┐<おはよう、僕くん。もう朝だよ、おきて」

僕「彼女ちゃん!?」パチ

┌(┌^o^)┐<ねえ、聞いて。すごくいいお知らせだよ」

僕「何? もしかして、彼女ちゃんが元に戻る方法が――」

┌(┌^o^)┐<……やっぱり、私に元に戻って欲しい?」

僕「え……あ、でも…」


僕「……どんなになっても、僕は彼女ちゃんのことが大好きだよ? それは、本当だからね」ニコ

┌(┌^o^)┐<良かった…! じゃあ…いいお知らせを言うね」



┌(┌^o^)┐<生えたの。立派なダンコンが」


僕「え…?」

┌(┌^o^)┐<どんなになっても、私が好きなんだよね…? なら、今日からは………」


《ここが、桃源郷だよ――》

僕「アっ――……!!」

78 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 19:21:46.99 ID:Is+5+5US0

::::::::::::::::::::::::::::

チュンチュン… チュン…


僕「ハッ!」パチ!

僕「あれ? え、夢? 良かった……!!」ホッ


僕(あの夢の中で彼女ちゃんに言われた、『そんなに私が好きなら、もう私が男になるしかないよね…?』って台詞、リアルで怖かったなぁ…)

僕(それにしても…もし彼女ちゃんが男の子になっても、本当に僕は好きでいられるのかな?? 彼女ちゃんがどうなっても好きって、思ってはいるけど……)ウーン?


僕「って、そうだ! 彼女ちゃん!」キョロキョロ


「………」クー… クー…


僕「しまった、彼女ちゃんを2泊もさせて…! っていうか彼女ちゃん、あのまま寝続けたのかな……?」


モゾモゾとおきて、空腹を満たすための準備をする。


僕「彼女ちゃん、起きて。朝ごはんだよー?」

僕「それと…。看病、ありがとうね」ナデナデ

79 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 19:23:59.72 ID:Is+5+5US0

「……うー」ゴシゴシ

僕「あ、起きた。ほら、彼女ちゃん。ホモミルクあるよ…って、あれ?」


僕「……彼女ちゃんが…立っ…た?」

「…………」


僕「治……った…?」


僕「~~~治ったんだね!? 彼女ちゃん―――!!!」ダッ…!

「~~~……っ」



(」・ω・)」<うー!」  (/・ω・)/<にゃー!!!」

僕「!?!?」ビクッ


(/・ω・)/<にゃーーーーーー!!!」タタッ!

僕「え、何!? ちょっ、ま! そんな急に、病み上がりの身体に飛び掛ってこられたら…!!」


ドーーーン!!

80 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 19:24:57.29 ID:Is+5+5US0

僕「いてて…。な、何が起きたの…」

「……うーにゃーーっ!」

僕「へ? …彼女ちゃん?」


(」・ω・)」<うー!!」

僕「…?」

(/・ω・)/<にゃー」

僕「………」



(」・ω・)」<……うー!」

僕「…… (/・ω・)/にゃー?」

「LET’Sにゃーー♪♪♪」



僕「………はい? 何が起きてるの?」

「~~~~~にゃーー!!」ダキッ

僕「うわっp!?」


「……///」ギューー

僕「これは……」


僕「彼女ちゃんが、今度は(」・ω・)」(/・ω・)/←になった!?!?」ガーン!

81 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 19:26:18.40 ID:Is+5+5US0

ベシッ。

僕「いてっ」

「違う… ならないもん。僕くんの、ばか」ベシッ。ベシベシ。



僕「…・え、あの…? えっと、その?」


「でも……  ――――……///」ボソ

僕「え」

「――――……///」

「――――……///」


僕「あの、えっ そのっ//」

「――――……///」

僕「きょ… 恐縮、です…//」


「………///」

僕「………///」



「~~~~~~~っ」


「(」・ω・)」(/・ω・)/うー!!! にゃーああああ!!!!///」

僕「!?!?!?!?」


82 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2015/12/18(金) 19:30:21.66 ID:Is+5+5US0

::::::::::::::::::::


僕の彼女は
大人しくて遠慮がちで――、自分のことですらなかなか言えない子で。
僕のためなら、どんなに清楚にも上品にも振舞ってくれるような子でした。

本当はちょっと過激で大胆な(?)趣味もあって。
だけどいつもおどおどしてて、本当のコトを素直に言って嫌われるのは怖かったから
それはずっと言えなくて。言わなくちゃって、1年も悩み続けてて。

でも優しい良い子だから、やっぱり誤魔化し続けることもできないような、そんな子でした。


今の彼女は、まだすごく照れ屋さんだけど、
とんでもない思い切り方をしては、甘えてきます。

そういう時は、すっかり騙してくれちゃうような悪戯心も持ってて。
しょっちゅう、変なイキモノに変身します。


そうして、その後には必ず 騙してごめんなさいって謝りながら
これまでの何倍も惚れ直したって、事細かに説明しながら言ってくれちゃうような…

そんな可愛い、彼女です。



今となっては……


僕「彼女が┌(┌^o^)┐←コレになって這い寄ってくるのが、楽しみで仕方ない」


:::::::::::::::::::::

おわり。





彼女ちゃん翻訳ver.(激甘かもです)
[2015/12/18 22:10] SS置場(一覧よりどうぞ!) | コメント(0) | @
魔王「覚悟はいいか」 暗黒騎士「例え魔王であろうと、構わぬ!」
SS深夜VIPにて掲載。

いろいろ不問でおねがいします(小声


生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:12:20 ID:Ncmbc8/o

魔王が書きたいだけの人です
読んでくれる人いたらありがとうございます
妄想・爆走・命掛けです。投下スピード遅いのは勘弁してください



※)当SSは 暗黒騎士萌えSS作者の作成したプロットを、魔王推しSS作者が書きあげるという挑戦作です
※)◆WnJdwN8j0.の暗黒騎士SSを期待してスレを開かれた方がいたら申し訳ありません
合作… というか、応援SSだと思って下さい


だいぶ魔王色も強くなるかと思いますが、ご了承の上 お楽しみいただければ幸いです

↓から始めます

生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:13:37 ID:Ncmbc8/o

――――――――――――――――――――――――――

公国領地のとある町外れ


喪女「はふ…。遠いなぁ、生命の樹…」


丘を登っているのは、ふもとの町に住む娘―― 喪女
16年前、町の外れの草原で拾われた赤子だった


喪女「でも頑張らなくちゃ! それが拾ってくれた義父さんへの恩義ってものだもの!」ムンッ

自分に渇を入れ、重たい足を引きずって歩く

喪女(昨日は朝から井戸で水汲みをして、馬にブラシをかけ、洗濯と繕い物を済ませた後で朝食を作り、
   片づけをした後に家の掃除と庭の手入れを終わらせて、昼食の用意と片づけを済ませてから買い物に行って、
   そのあとようやく生命の樹の木の実を取りに行って、家に帰ってから殻を剥いてたらすっかり遅くなってしまい、あまり眠れなかったし…)


ぶっちゃけ、喪女は拾われた家でコキ使われていたのだった
それでも死に絶えるだけだった赤子を拾い、育ててくれている一家への恩義は忘れない


喪女(むしろそれだけがモチベーションとも言えるのよね)

生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:15:20 ID:Ncmbc8/o

生命の樹は、この丘のてっぺんにある
その樹になる実は回復アイテムとして非常に珍重されており、一家の生計の一端を担っていた

そしてその木の実を取り、回復アイテムとして使用可能な状態にするのが喪女のほぼ毎日の仕事になっている


喪女(あの実… イガだらけで剥くの痛いんだよね…。 ちゃんと皮手袋持ってきたっけ…?)


もちろん木の実は、それだけでも取引される貴重な代物だ
だがそれを即時使用可能な状態にしておくことにより、より高価で買い取ってもらえるようになる

なにしろそのイガというのは、皮手袋をはめても指まで貫通してくるほどの強固な実だからだ
そうして“上乗せされる金額”こそが、喪女の生活水準を支えているとも言えた

生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:15:54 ID:Ncmbc8/o

喪女「よぉしっ! 今日も元気に、木の実をあつめましょう!」


そしてもちろん、木の実集めと言うのは… 木に登って行うものである
その姿は、まるで柿の木に登る猿のようだった


喪女(くすん。毎回思うけど、我ながらヒドイ格好。いいもんいいもん、こんな仕事をしてたら、色気なんて…)

グイ

喪女「っと。あれ? この木の実はまだ熟れてないのかな… ずいぶん、固…」


ズル。

喪女「!」

バキンッ!


喪女「や、っと、っと、と… あわわわわわ!? お、落ち…」

生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:16:27 ID:Ncmbc8/o

こんな時、絵物語だったら 素敵な王子様が現れてそっと支えてくれるのだろう
そんな素敵なシーンを、私は大木から落下する最中、ひっくりかえった空をみながら妄想していた


ドサッ! ガチャン!

冷たく固い感触が、背中と太もものあたりにぶつかった

喪女「痛い……。 うぅ、生きてる。よかったぁ…」


「そうか。間に合ってよかった」

喪女「っ!?」


目を開けると、超至近距離に男の顔があった

仏頂面の、いかめしい顔立ちの男だ
……どうやら、木から落下したところを見事にお姫様抱っこで受け止めてもらったらしい


喪女「あwせdrfty」

生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:17:01 ID:Ncmbc8/o

言葉を失っていると、その男はゆっくりと私を降ろした


「驚かせたか。まあ、休憩を取ろうとした瞬間、空から女性が降ってきて俺も驚いた。おあいこだ」


男はそういうと、樹の根元に放り出された兜を拾い上げ、付いた土を払った

よく見ると、兜こそ外しているものの その全身は真っ黒な甲冑につつまれている
腰に携えた長剣からして騎士なのだろうとは思うが、それにしても異様ないでたちだった


暗黒騎士「……暗黒騎士という。この全身鎧姿が、そんなに物珍しいか」

喪女「あっ ご、ごめんなさい!!」


いつの間にか凝視していたらしい
慌てて手を振り、悪気があった訳ではないと伝える


暗黒騎士「――怪我をしたのか?」

喪女「え?」

生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:17:32 ID:Ncmbc8/o

暗黒騎士は兜を脇に抱えると
私が振っていた腕をおもむろに掴み、掌を検分した


暗黒騎士「傷だらけではないか。樹からおちる時にどこかに擦ったのか? 手当てをせねば…」

喪女「ち、ちがうんです!! これはその、元々で!」

暗黒騎士「元々?」


丁度近くに落ちていた木の実を指差す
イガだらけの木の実を見れば悟ってくれるだろう


暗黒騎士「なるほど、あの木の実のせいで木登りの最中に既に怪我をしていたのか」


悟ってくれなかった



仕方なく私は木の実を剥くのを実演してみせる
そうして掌の傷は決して今回の怪我ではないことを説明した

生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:18:26 ID:Ncmbc8/o

暗黒騎士「つまり、今すぐに治療するべきような怪我はしていないと?」

喪女「はい…。あの、ご心配おかけしてすみません…。これは慢性的な古傷みたいなもので…」

暗黒騎士「……」ハァ


喪女「ぅ… (呆れたかな。心配させちゃって…悪いことしたなぁ)」

暗黒騎士「この掌が痛々しいことに代わりはないが、今回の怪我でないなら仕方ない」

喪女「……え?」


暗黒騎士は私の掌を取り
労うようにそっと反対の手を重ねて包んだ


暗黒騎士「目の前で女性に怪我をされては後味が悪い。怪我が無くてよかった。だが…」

喪女「?」

暗黒騎士「女であれば、身体は大事に扱え。その細指にその傷跡は 痛々しすぎて似合わん」

喪女「……っ//」

暗黒騎士「ではな」

生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:19:14 ID:Ncmbc8/o

暗黒騎士は 慣れた手つきで兜を嵌め、あっという間に立ち去ってしまった
その後姿が見えなくなったときになって、ようやく礼を言っていなかったことに気がついた


喪女(助けてもらっておいて、いの一番にお礼の言葉も出てこないなんて…)


思わず膝をついてうなだれるほどに後悔する


喪女(でも……こんな私でも…)



喪女(あの人は、女の子として扱ってくれたんだな…)


力強く受け止められた腕の感触を思い出し、一人赤面した
思い出しながら顔がニヤけてしまう私は、きっと相当にキモちわるかったと思う


……ちょこっと、反省。でもやっぱり嬉しくて、ニヤけるのは止まりそうにない



・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・

10 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:19:54 ID:Ncmbc8/o

――――――――――――――――――――――


別の日、生命の樹の根元


喪女「さぁって…! 木の実、今日もがんばって取りますか!!」


ガシッ!


喪女「はっ!?」 

喪女「い、いつも手をかける枝が無い!? そっか、このあいだの時に折っちゃったのか…」

喪女「って!! ど、どうしようっ!?」アワワ


暗黒騎士「危なっかしくて見てられないな…。君にこそ全身甲冑を着させるべきだ」ハァ


喪女「うひゃっ!?」

11 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:20:26 ID:Ncmbc8/o

突然掛けられた声に、おどろいて変な悲鳴をあげてしまった
ガッシリと片足を木にかけた状態で首だけでふりむくと、そこには……


喪女「って…… 暗黒騎士さん!?」

暗黒騎士「また、会ったな」


あまりの醜態。
登るのは諦めて木を降りる

ズルリズルリとずり下がる私に、暗黒騎士は手を貸してくれた
無事に着地した私は、服についた細かな木屑を払い衣服を整える

……整えたところで、たいして代わり映えはしなかった
ともあれまずは、そんな私を見ている暗黒騎士に疑問を投げることにしよう


喪女「あ、あの なんで…」

暗黒騎士「数日の間、このあたりを視察に回っている。この丘は見晴らしがいい」

喪女「そ、そうでしたか」

12 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:20:57 ID:Ncmbc8/o

質問を言い切る前に、回答される
聞かれる事はあらかじめ予測がついていたようだ


喪女(……きっと、頭もいいんだろうなぁ)


そんな思いで一人関心していると、
暗黒騎士は苦笑しながら予想外なことを言った


暗黒騎士「ついでだ、手伝おう。……君よりはまだ、俺のほうが木登りが似合うだろう?」クス

喪女「あ、あwせdrft」


ごめんなさい、あなたより私のほうが、きっと木登りは似合うと思います……
でもそんな言葉すら、スラスラいえたりしない

正直、男性と話してるってだけで緊張する。
止める事もできないでいるうちに、暗黒騎士はスルスルと気の上に登っていってしまった

13 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:22:55 ID:Ncmbc8/o

暗黒騎士「これでいいか?」


私ではなかなか登れない、樹の高い場所にある大きくよく熟れた木の実を示される

ブンブンと首だけを縦に動かして充分だと伝えると、
暗黒騎士はさっと実を捥いで、投げる仕草をした


暗黒騎士「放るから、受け取ってくれ。カゴを持って登るのを忘れた」

喪女「あ」


カゴは私の腰に巻きつけてあるまま。すっかり渡すのを忘れていた

その直後に、見事なコントロールで私の手の中に木の実が飛んできた
私もそれを見事に取り落とし、暗黒騎士に『一度手の中に飛んできたものを落とすなんて。才能があるな』と笑われた


私も、笑うしかなかった

自嘲じみた乾いた笑いに溜息を吐き出しているとき
樹上では暗黒騎士が、楽しそうに次の実を選び始めていた


・・・・・・・・・
・・・・・
・・・

14 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:26:12 ID:Ncmbc8/o

――――――――――――――――――――――――


その日から、私たちはよく会うようになった

慌しい毎日で、浮いた話のひとつも無い私にとって
私を女性として扱ってくれる暗黒騎士と過ごす時間は、とろけそうなほど幸せだった

もっともっと、女の子として見て欲しい―― そう願ってしまうほどに




暗黒騎士「また木登りをしているのか? ……っと」


丘を登ってくる声に、振り向くと
暗黒騎士が、いつもよりもゆったりとした歩調で近づいてきた


喪女「あ! 暗黒騎士さん! 視察、おつかれさまです!」ニコッ

15 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:26:44 ID:Ncmbc8/o

昨日は雨だったから 私も仕事も少なくて、ゆっくり眠れた
肌の調子もいいし、元気だって有り余っている

『ちょっとでも可愛いところを見て欲しい!』なんて欲目が出ていた私は
鏡の前で猛練習したとびきりの笑顔をつくってみせた


喪女(こ、これなら少しは『見られるレベル』になってるはず……!!)


意気込みすぎて、もしかしたら少し顔が引きつってしまったかもしれない


暗黒騎士「おつか…… ああ。確かに少し疲れていたかもしれない。だが、疲れも吹き飛んだな」

喪女「?」


暗黒騎士の反応がおかしい

16 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:27:20 ID:Ncmbc8/o

暗黒騎士「目の保養にはよさそうだが… スカートで木登りとは。随分とワイルドな色仕掛けをしてくれる」

喪女「うぎゃ!?」


浮かれすぎて、本末転倒な失敗をしてしまった

喪女(さ、さすがに勝負パンツなんて履いてきてないのに! 見られた!?) 

喪女(っていうか、そうだ! ベージュのカボチャパンツだったはず! 私、最悪!)


喪女「~~~~~~っ//」


樹にしがみつきながらも、必死にスカートを脚の間に挟みこんでパンツを隠す
暗黒騎士は兜をかぶって、バイザーを降ろした


喪女(……お、降ろしたって、それ、見えてるよね? 絶対)アワワワ!

喪女(隠したのは、兜の中で笑いを堪えている暗黒騎士の表情だけなんじゃないですかああ!?!?)パニック!!

17 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:28:05 ID:Ncmbc8/o

そう思っていると、暗黒騎士は私に向かって両腕を伸ばしてきた


暗黒騎士「今日の分の仕事は代わろう。降りてこい、ほら」

喪女「……//」


差し伸ばされた腕に向かって飛び込む
暗黒騎士は 力強く、それでもやわらかく、膝や腕のクッションを使って受け止めてくれた


暗黒騎士「あまり無茶をするなと言っているだろう」コツン

喪女「み゛ゃゥ」


こういう時、とっさに可愛い声で「きゃんっ」とか、なかなか出ない

ちょっとこういうシチュエーションは憧れてたのに……自己嫌悪
なんだろう、今の轢かれた猫みたいな声。

18 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:28:45 ID:Ncmbc8/o

暗黒騎士「ほら。かごを外して、渡せ」

喪女「……うん!」


それでも暗黒騎士は、私のことをいつも暖かく見守ってくれる


しんどいとさえ思っていた木の実集めも、
たくさんの仕事を早くこなせるように頑張ることも、全てが楽しいものに代わっていった

全部が全部、暗黒騎士に会う為なら がんばれるような気がした


・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・

19 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:29:23 ID:Ncmbc8/o

――――――――――――――――――――

さらに別の日 生命の樹の根元



喪女「…それで、こうやって皮手袋を二重にしてイガが刺さらないようにしてたら…」

暗黒騎士「想像に難くない。思うように指先が動かせなくなったな?」


今日は、暗黒騎士とゆっくりおしゃべりをしている
必要なだけの木の実あつめも、仕事も、すっかり済ませておいたから

私、やれば出来る子。



喪女「なんでわかっちゃったんですか! そうなんです、だから結局、刺さらないように慎重にやるしか…」

暗黒騎士「そんなもの、刃で引き裂いてしまえばいい」

喪女「ふふ。中の実が傷ついたら、使い物にならなくなっちゃいます。だからみんな手で剥くんですよ!」

暗黒騎士「俺であれば、イガだけを剣で剥いて見せることも可能だな」

喪女「自信過剰っていうんですよぉ、ソレー」アハハ

暗黒騎士「言ってくれる。なら試しにひとつ……  っ!」

20 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:30:05 ID:Ncmbc8/o

暗黒騎士の表情が変わり、視線を丘の向こうへと流す

ザッザッ…
私もつられて耳を澄ますと、行進のような足音が聞こえた
ついで、8つほどの兜が見えてくる


喪女「あれ? あれは…もしかして公国の騎士団ですかね? こんな田舎町に一体何を…」

暗黒騎士「ちっ…。悪いが今日はこのまま帰る」


暗黒騎士は兜を手に立ち上がり、そのまま私に背をむけて――


喪女「え!? ちょ、暗黒騎士さん!?」

暗黒騎士「! 声が大き――…


思わず引き止めてしまった私の声に反応したのは
暗黒騎士だけではなかった


「見つけたぞ! あそこだ!!」

21 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:31:08 ID:Ncmbc8/o

喪女「え? え…? こっちに来る?」

暗黒騎士「見つかったか…… 厄介な」


公国の騎士団といえば、自警のための組織
特別悪いことをしたわけでもなければ、気にすることは無いはず

こんにちは!と声をかければ、にこやかに挨拶を返してくれる
喪女の知る限り、公国騎士団というのはそういった存在だった

だが



公国騎士C「誰かいます… 娘です! 人間の娘と一緒にいます!」

公国騎士A「娘も共に捕らえろ! 人間に扮している可能性もある!」


喪女「え、ええ? どういうこと…??」


私の頭は、すっかりパニックをおこしてしまった
おろおろして、思わず暗黒騎士の腕に掴まってしまうほどに

22 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:31:45 ID:Ncmbc8/o

暗黒騎士「……」


暗黒騎士(このまま俺が逃げてはこの娘が尋問される。だが連れて逃げたところで…後日、調査が入るだけだ)


暗黒騎士は、私と話す為に外していた兜を被りなおした

悠々とした動作のその間に、あっさり公国騎士団によって囲まれてしまう
だけれど、私を軽く抱いた暗黒騎士さんは、怖気た様子も無く堂々と立っったままで…


騎士団長「目撃情報は確かだったか。…貴様、暗黒騎士だな」

暗黒騎士「……なんだ。素知らぬふりでもしてやろうかと思ったのにな。既に情報を持っていたならつまらん」


世間話をするくらいの気軽さで、話を始めた

23 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:32:26 ID:Ncmbc8/o

騎士団長「その漆黒の全身甲冑、すぐにお前だとわかる。身を守る為のものの筈が… 逆に仇になったな」ニヤリ

暗黒騎士「コレは、いざとなればこの身が盾となり主君を守れるよう、硬度を必要として着込んでいるだけ」

暗黒騎士「はなから我が身を守るつもりでは着てないさ」


そういうと暗黒騎士さんは私を後ろへと押しやった
その更に後ろにあるのは生命の樹。ここなら背後を狙われることも無い


騎士団長「ふ。さすがは魔王軍幹部。腕にも自信はあるようだな」

暗黒騎士「……」

喪女(! ……魔王軍… 幹部!?)

24 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:33:18 ID:Ncmbc8/o

騎士団長「公国軍騎士団の誇りにかけて貴様を捕らえさせてもらう。覚悟はいいか」


スラッ… ジャキン!

騎士たちは一斉に抜剣し、構えをとった
戦闘知識なんてない私にもわかるほど、ピリリと空気が張り詰める


暗黒騎士「お前は戦いの度に、いちいち覚悟を決めているのか?」


軽口をたたきながらも、暗黒騎士は剣を引き抜き、片手で構えを取る
見えないけれど、きっとその口元も兜の中で微笑しているんだろうと思う

これだけの刃に睨まれているのに、恐怖なんてしていないようだった


騎士団長「ちっ。気取るな、外道騎士が」


騎士団長が剣を振りかざすした次の瞬間、暗黒騎士は意外にも前に躍り出た

暗黒騎士の剣と騎士団長の剣。激しい剣戟の響きが続く
そこに次々と、他の騎士たちも加勢していった

25 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:34:06 ID:Ncmbc8/o

暗黒騎士は公国騎士達の剣を全てかわしているけれど
少しづつふもとの方へ追いやられているようにも見える


喪女(暗黒騎士さん一人に、こんな大勢で…… わ、私も加勢しなきゃ!)


もっていた剥きかけの木の実を思い切り投げてみる

木の実は公国騎士の鎧に当たり、転がり落ちただけ
それでも、公国騎士はピクリと反応し 手が、止まった


喪女(やった!)


だが


騎士団長「邪魔をするな娘。邪魔をするならば、貴様も魔王軍の手のものと判断し、お前から捕縛させてもらうぞ…」ギロ

喪女「っ」

26 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:34:56 ID:Ncmbc8/o

ほんの一睨み
でもその眼は、私を震え上がるのには充分すぎる威圧感を放っていた

怖さのあまりへたりこみそうになったけれど
生命の樹にだきつくようにして なんとか私は身体を支えた

そんなやりとりを聞いた暗黒騎士は
他の騎士たちの剣を一蹴してから、一言だけ呟く


暗黒騎士「……勘違いしないでもらいたいな」



公国騎士「何……?」

喪女(……暗黒騎士さん…?)


暗黒騎士「このように艶やかさも色気も足りぬ小娘、情報収集の手段として利用していたに過ぎぬ」

喪女「!!」

27 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:35:55 ID:Ncmbc8/o

暗黒騎士「この娘、どうやら男に不慣れらしい。すこし撫でてやれば操るのも簡単なものだ」クク


公国騎士「……騎士の風上にも置けぬ輩めが。やはり、外道騎士であったか」

暗黒騎士「……なんとでも?」


喪女「暗黒…騎士、さん…。そんな」


考えてみれば、当たり前のこと
やっぱり、あんなに格好いい暗黒騎士さんが、私のことなんて女として見てくれるはずはなかったんだ


喪女「暗黒騎士さん……!」


呼びかけたが、暗黒騎士は僅かに覗くその目すらあわせてくれない
兜に覆われたその顔は、ただ無機質なまま冷え切ってそこにあるだけ


喪女「う……」


あまりのショックに涙がこぼれた

28 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:36:32 ID:Ncmbc8/o

本当なら、思い切った平手打ちでもしたい
でも―― 実際には私は あの騎士達が剣を構えて争うその場にすら、恐ろしくて向かっていけない

明らかに異質。ここに私の居場所は無い


喪女(ううん。私には 暗黒騎士さんの隣なんて…… 最初から、場違いだったんだ)


悔しさのあまり、走ってその場から逃げ出した


そのすぐ後に、激情した騎士団長が剣撃を繰り出す
激しい戦闘音を横目にすりぬけ、私は一目散に丘を降りた



丘の中腹ほどまで走った頃に、ふと気がついた


喪女(……視線…?)

29 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:37:16 ID:Ncmbc8/o

立ち止まり、振り向く

騎士団長の攻撃を避けながら、あるいは受けながらも
暗黒騎士のその目は 時折、私を追っている


私の逃げ道が安全であるかどうか、確認してくれているのだ


喪女(あ…… もしかして)


全ては、私を安全に逃がすためだった?


喪女(追いつめられるふりで私から離れて距離をとろうとしてた…?)

喪女(私が、暗黒騎士さんの仲間と思われないために、わざとあんなことを言った…?)


そう考えるほうが、自然。


暗黒騎士は、他の騎士たちの剣を軽々と一蹴したんだ
なら、追い詰められて丘を後退するなんておかしい

あのタイミングで
わざと騎士団長を怒らせて事態をこじらせるなんて、おかしい……!!

30 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:41:05 ID:Ncmbc8/o

喪女(私…… 卑屈に、なりすぎて。自分のコンプレックスに負けて…)

喪女(守ろうとしてくれた暗黒騎士を、見捨てようとしてる…?)


少し遠くなった金属音。
恐怖を飲み込み、私は丘を引き返そうとした


でも暗黒騎士はそれに気付いて
公国騎士に悟られぬよう、私へ合図を出してきた


『行け』


喪女「--っ」


暗黒騎士さんが合図を送るために生んでしまった一瞬の隙
ほんの少し、空降らせてしまったかのようなカモフラージュ

そこに、騎士団長の一撃が入る。剣ではなく、足蹴の一撃

31 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:42:06 ID:Ncmbc8/o

これは暗黒騎士も予想外だったのか、みぞおちに容赦ないダメージをくらった


暗黒騎士「ぐ・・・っ」

喪女「!!」


悔しいけれど、このままでは私はただの足手まとい
私は丘を登ろうとしていた足をとめ、再度 踵をかえした。


そしてそのまま―― 逃げ出す、フリをした



そうでないと、暗黒騎士はうまく戦えない
でも…見捨てるだけなんて、やっぱり出来ない


丘を迂回し、生命の樹の陰にはいるようにしてそっと近づいていく


騎士団員は皆、暗黒騎士に注目している
もしかしたら気付いている人もいるのかもしれないけど、私なんかには注視していない

32 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:43:11 ID:Ncmbc8/o

迂回している間に、暗黒騎士はさらに一手くらわされていたようだった
みぞおちのあたりを片手で押さえつつ、その手甲からも血が滴るのが見える

『喪女を逃がすための時間稼ぎ』――
その為に負ってしまった怪我とダメージに、本当に思うように戦えなくなってしまったようだった


喪女(私が・・・ 私の、せいだ)


見上げた先にあるのは、生命の樹
その奇跡の果実


喪女(これがあれば・・・。せめてこれを渡すことが出来れば、暗黒騎士さんは・・・!)


思うよりも早く、身体が動いていた
樹に手をかけて一心不乱に登った

33 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:44:15 ID:Ncmbc8/o

綺麗なハイヒールなんて履いてなくてよかった
豪奢なドレスも、重たい装飾品もつけてなくてよかった


喪女で、よかった。


だって、そんな風に着飾っていたら
こうして・・・


貴方の為に、全力になることなんて出来なかったから




樹の上で、慌しくイガにつつまれた木の実を剥く
慎重になどしてられない。手に突き刺さるイガも気にせず、手早く剥き終えた

34 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:44:48 ID:Ncmbc8/o

深手を負った暗黒騎士は
今度こそ“身を守るために”、生命の樹に背を預けようと近づいてきていた


丁度いい
ここからなら、私でも おもいっきり投げればきっと届く
暗黒騎士なら、きっとうまく受け取ってくれる


喪女「暗黒騎士さん!!!」


私は精一杯、声を張り上げた

見つかって、魔王軍の仲間と思われて捕らわれてもいい
あなたに居なくなられたら・・・ ようやく出来た私の居場所も、なくなってしまう


私の声に、暗黒騎士はすぐに気づいてくれた


喪女「受け取って―――!!」

35 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:48:23 ID:Ncmbc8/o

木の実を投げ渡そうとした

だけれど、暗黒騎士は何を思ったか、受け取るための動作をとらず…
私のいる樹の根元へ、一直線に駆け寄ってきた


喪女「――何を・・・!」

暗黒騎士「何をしている!? こうなったらもう、君を抱えて逃げるくらいしか――


騎士団長「暗黒騎士ィィ!!!」

暗黒騎士「っ!」


騎士団長「窮地にあるからといって、背を見せて逃げ出すとは! その腐った根性ごと斬ってやろう!!!」


暗黒騎士を見ていた騎士団長は、樹上の私が見えていないらしい


暗黒騎士に隙が生まれた理由には気づかず
背後からここぞとばかりに 大振りの一手を―――……

36 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:50:16 ID:Ncmbc8/o

喪女「だめえええええええええええええええ!!!!!!!!」



騎士団長「なっ!? くっ……!」


私はその瞬間、手を広げて樹から飛び降り… 
暗黒騎士の上に、覆い被さった


ザシュッ!!!


喪女「っ… あ…」

暗黒騎士「喪女!!」

騎士団長「なっ!?!」


騎士団長「これは・・・ 先ほどの娘!? 馬鹿な、斬り合いの最中に飛び込むなど!」

喪女「ぐ、ぅぅっ!」

暗黒騎士「喪女!! 喪女!!?」

37 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:50:47 ID:Ncmbc8/o

騎士団長「やむを得ぬ…! 暗黒騎士、一時休戦を申し込む!!」

騎士団長「救護兵、手当てを! 一般人が負傷した!」

救護兵「はっ!」


騎士団長が呼びかけると、どこにいたのか 救護兵と呼ばれた白服の男が駆け寄ってくる
だけれどその人が近づくよりもずっと早く、暗黒騎士は私を抱きしめてくれた


暗黒騎士「喪女! 大丈夫か、今・・・!」

喪女「あ… あんこく…きし… さ」


ズルリ。

甲冑を叩き斬る勢いの一撃は、
私の肩口から背にかけて 大きく斬り裂いていた

腕も上がらない
僅かに残された力で、肘を曲げ… 手に持っていたものを、差し出す

38 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:51:20 ID:Ncmbc8/o

喪女「これ・・・ 回復、アイテ…」

暗黒騎士「まさか…… それを俺に届ける為に、戻ってきたのか!?」

喪女「えへへ…」ニコ

暗黒騎士「なんて無茶を……!」


喪女「あり・・・ が、と」

暗黒騎士「何を! 感謝をするのはむしろ・・・ 



私は 暗黒騎士の言葉を最後まで聞き取ることも出来ないまま……

そのまま、死んでしまった


・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・

39 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:54:15 ID:Ncmbc8/o

――――――――――――――――――――――

ふわふわと、心地よい

うっすらと記憶に残るのは 暗黒騎士の冷たく硬い鎧の感触
それと、兜の下にある 強面だけれど、感情豊かな漆黒の瞳

あまり抑揚もないけれど、意地悪で自信過剰な 優しい声音


最期が 好きな男の人の腕の中だなんて
私にはきっとそれだけで充分に生きた価値があるんだとおもう


私を守るために、見事な嘘をついてくれた暗黒騎士は
最後まで私を守ろうとしてくれて。

私は、そんな彼の役に立つために動いて、守るために死んだ


こんな死に方、最高だと思う
こんな人生、本当に…… 私には 出来過ぎてるよ


・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
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40 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:56:50 ID:Ncmbc8/o

――――――――――――――――――――――

目が覚めると豪華な部屋の一室だった


「ここは…? あれ? 天国・・・?」


身を起こしてあたりを眺め見ると、大きくて立派な扉があった

あの先には閻魔大王でもいるのかな?
私は審判でも受けるんだろうか?


「……ダイジョブ。生前に悪いことなんて、なにも……」

「……」

「そ、そんなには、してないはず!」

ガチャ、と
勢い込んでドアを開けた

その先に居たのは、小柄なメイド服の女の子だった


メイド「ひ・・・!?」

「わぁ、すごいなぁ……。イマドキ、天国でも天使がメイド服を着たりするんだ…」ウンウン

41 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:58:23 ID:Ncmbc8/o

メイド「姫様!?!?」

「え?」


――姫様?




その後は、怒涛のように時間が過ぎた

何よりも混乱している私は、冷静さを失って歓喜している周囲にもみくちゃにされた
情報を得れば得るほどに余計に混乱してしまい 理解するのに時間がかかった


てっきり私は死んだと思っていたのだけれど、どうやら…


16年間眠り続けたままだという『魔王の“娘”の身体』に、
どういうわけか、憑依してしまっていた……らしい


・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
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42 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 01:59:23 ID:Ncmbc8/o

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魔王城 姫の部屋


姫(元・喪女)「…………これが、私…」


思わずお決まりの台詞を口にしてしまう
鏡を見る度に、そこに映るのは美しい少女の姿

自分で言うのは気恥ずかしいけれど
ほんのすこし 目元は喪女であった自分に似ている気がする

とはいえ、美しく細長い指先や 痛みのない長い髪などは比べようもない
喪女であった自分には持ち得なかったものばかりだ


それになにより・・・

コンコン


姫「は、はい! 開いています、どうぞ!」

43 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 02:00:18 ID:Ncmbc8/o

魔王「姫―! おっはよーーー!」バターン!!


姫「ま゛ッ!!!」 


目が覚めてから何度も…というか、四六時中そばにいたけれど
やっぱりその姿を見ると心臓が飛び出しそうになる


そう。私は『魔王の娘』の身体になっているのだから…
ここは魔王城で。当然、魔王がいるわけで。


魔王「…あ、あれ。身支度の途中だった? 出直したほうがいいかな」ショボン

姫「え、えっとっ…! だだ、大丈夫です!」


父親である魔王は、娘の身体である私を 何も知らずに溺愛してくれた
16年間眠り続けた娘の目覚めを何よりも喜んだのは間違いなくこのヒトだ


魔王「そう? よかったー」ニコニコ

44 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 02:02:31 ID:Ncmbc8/o

魔王というくらいなんだから、もっとこう
『ゴゴゴ』みたいなのを想像してたんだけど。見た目は普通の人だった


姫(あ、訂正。やっぱり普通の人…ではないかな。よく見るとマントの下に尻尾生えてるし)

姫(角も生えて…… っていうか、角なのかなぁ、あれ)

姫(二箇所だけ、髪型がモコっとしてるところあるんだよね… 髪に埋もれてよく見えないけど……)


姫「……やっぱり、あれは耳なのかな…」ボソ

魔王「!? 耳じゃないよ! ちゃんと角だよ!?」


魔王が髪を掻き分けると、中から角が見えた
くるくる丸まった、ヒツジみたいな角だった


姫(……っていうか、口に出てた!? あの『魔王』に対して、私って命知らずすぎる!!)

姫(娘さんの身体じゃなかったら、きっと余裕で死んでたとこだよ!!)

45 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 02:03:25 ID:Ncmbc8/o

姫「お、おはようございます! 魔・・・じゃなくって。 と、父様!!」

魔王「うんっ おはよー! よく眠れた、姫?」ニッコリ


挨拶すると、魔王は嬉しそうに微笑んで近寄ってきた
横に立って、私の頭を愛しそうに撫で回す

こんなに暖かい掌、喪女だった時には知らなかった


メイド「失礼します」ペコリ

メイド「魔王様? 女性の部屋の扉は、開けたならば閉めていただかなくては」ニッコリ


魔王「えっ、開いてた!? ごめん!」

姫「あ、いえ。…私は別に構いません」

メイド「姫様なのですから、構っていただかなければ困ります」クスクス

46 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 02:05:08 ID:Ncmbc8/o

メイド「姫様、おはようございます。よくお眠りになられましたか?」

姫「うん。 じゃなくて、えっと… はい」


メイド「ふふ。お身体こそ立派に成長なされましたが、まだまだ幼さの残る振る舞いですね」

メイド「さすがに16年も眠り続けられたのですから、仕方のないことですが」クスクス

姫「ご、ごめんなさい(本当はこれが地のまま、この年になりました…)」ショボン

メイド「…ふふ。そのように肩を落とさずとも、大丈夫ですよ」


メイド「ゆっくり、ゆっくり。みんなついていますから・・・ 一緒に ひとつづつ時間を埋めていきましょうね」

魔王「俺もついてるよ」

魔王「姫は起きたばかりなんだ… 今はゆっくりと生活に馴染むことだけ考えていていいからね」ニコ

姫「……」


これまで、ないがしろにされつづけてきた自分は 
こうして皆に愛されることなど初めてで・・・ それこそ、“持ち得なかったもの”だった

47 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 02:08:01 ID:Ncmbc8/o

何もかもが夢の中なのではないかと錯覚しそうになる

メイドに、実は自分は町に住む喪女なのだと話してみたりもしたが
彼女は愉快そうに『それはそれは、随分と忙しい夢をご覧になっていたのですね』と笑っただけ


姫(喪女としてすごした16年こそが… 昏睡の中で見ていた、夢だったりして…?)


暗黒騎士との出会いだって、思い返してみると夢物語のように思える

貧しい生活の中でがんばって暮らしていて。
ある日偶然であった素敵な騎士に助けられるなんて、夢みたいな話で。
お互いに守りあって、最後には命をおとしてしまうなんて出来すぎた悲恋で。


姫(……本当に… 夢、だったのかも…)


そんな風にしか思えない『喪女としての自分』
それでも16年間のその記憶は確かに自分の中に残っている

私は夢とも現実ともわからないまま、それでも少しづつ
姫として… 魔王城に馴染んでいった


・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・

48 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 02:09:19 ID:Ncmbc8/o

――――――――――――――――――――――――

しばらくたったある日
魔王城 庭園
 

魔王「姫ー! お茶にしようよ! はやくこっちにおいでー!」ブンブン!

姫「はーい!!」


案内されたのは、花々の咲き乱れる庭園だった

若干、というか 全体的に黒い花が多いけれど
それでもあちらこちらに色々な花が咲いて賑やかな庭園


姫「うわぁ・・・! 綺麗・・・!」

魔王「姫は花が好き? そうだ! 似合いそうな花を選んで、摘んであげるよ!」

姫「えっ そんな! い、いいですよ!」

魔王「ん~~ これなんてどうかなぁ?」


姫(聞いてないし!!)

49 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 02:10:51 ID:Ncmbc8/o

魔王が選んで指をさした花は
大きな葉の茂る、黄色い巨大な花だった


姫「わ、わぁ」


それはヒマワリとかの、そういう元気な花ではなくて。
なんというか、いかにも『毒花の鮮やかさと妖艶さ』を併せ持っている花だった


姫「……さすが魔王城って感じです!」

魔王「えっと…。 これじゃだめかな。 気に入らない・・・かな?」


姫(……あ。すっごい不安そうにしちゃってる…)


魔王「ご、ごめん。あんまりこういうセンスはなくて・・・ 一番おっきくて、色もハッキリしてて、綺麗だとは思うんだけど・・・」


姫(ふふ。こんな魔王だなんて。花を選ぶのに必死になるなんて……)


姫「いいえ。すごく、すごく気に入りました! ありがとうございます、父様!」ニコッ

魔王「!」パァッ

50 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 02:12:07 ID:Ncmbc8/o

私の言葉は嘘なんかじゃなかった。
こんな風にして選んでくれた花を、気に入らないなんてありえない


姫「でもそれ、随分と大きな葉が茂っていて・・・ 切花にするのは難しそうですね?」

魔王「んー…… なら、一回抜いちゃえばいいんじゃないかなぁ」

姫「抜け……ますかね? 結構大きいし、根も深いんじゃないですか?」


魔王「うんこらしょーって、一緒にやってみよっか! あはは!」

姫「あはは。それならなんとかなるかもです! やってみましょう!!」


魔王は葉を掻き分けて、その茎の一番太い部分を両手でつかむ
私はその魔王の肩の当たりにつかまって、ひっぱった


魔王「よっこらしょー♪」グイー

姫「ど、ど… ど…っこい、しょぉー…ッ!」ググググ

51 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 02:12:55 ID:Ncmbc8/o

魔王は力を入れてるのか入れてないのか、花は抜けない
私ばかり、本気を出しているような気もする


魔王「もっともっと力いれてー♪ せーの、うんこらしょー、どっこいしょー♪」

姫「す、すっとこどっこいしょーぉぉッ!!!」フンヌー!!

魔王「ちょっ、なんか違うよ!?」

姫「ふぬぅぅぅう!!」ムギギ


つい、こういうのって熱くなってしまう
私は魔王のツッコミも無視して、引っ張り続けた


姫(ハイヒール! 超、邪魔!!!)


魔王「あはは。姫、そんなに引っ張らなくて大丈夫だよ。ちょっとした冗談だから」

姫「えっ」

魔王「多分、俺一人でも片手で抜けるよ、これ。あはは」

姫「 」

52 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 02:15:04 ID:Ncmbc8/o

あっけに取られて、魔王の肩から手を離す

本気をだしてしまったのが少し恥ずかしいけれど
考えてみればこのヒトは魔王なのだし、花が抜けないなんてこと、あるわけもなかった


がっくりとしていた私の背後を
通り過ぎようとした人影が、足を止めた


暗黒騎士(あれは… 魔王様? それに…)ジー


魔王「んじゃ抜くよー。見ててね、姫! できれば応援もね!」

姫「あ、はい…。 がんばれー父様―…」ハァ


暗黒騎士「!?!?」ギョッ


暗黒騎士「魔王様! 姫様! いけません、それは・・・!!!」ダダダッ


魔王・姫「「え?」」


暗黒騎士「くっ…… 御前、失礼!!」

53 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 02:16:23 ID:Ncmbc8/o

いきなり剣を抜いて振りかざし、こちらに駆け寄る暗黒騎士
離れた場所から高々と飛び上がり、花の上から一直線に・・・

ザクッ!!!!


『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ』


姫「ひゃぁぁぁぁっ!?」ビクッ!!

魔王「これは・・・!」



暗黒騎士「姫様! ご無事ですか!?」

姫「あ、頭が・・・ぐらぐらします・・・っ!?」


魔王「ちょ、暗黒騎士! 俺の心配は!?」

暗黒騎士「魔王様がアルラウネごときの叫びにやられるわけはないでしょう!」

魔王「いやまぁ、確かに ちょっとうるさかった程度だったけど…」

暗黒騎士「ですが、攻撃に対する耐性の弱い姫様が もし本当にアルラウネの叫びを聞いていたらどうなっていたか…」

魔王「アルラウネって、何??」

54 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 02:18:16 ID:Ncmbc8/o

暗黒騎士「……魔王様。いくら自分には影響しない魔物だからと言って、勉強不足すぎます。危険生物の把握くらいは、しておいてください」

魔王「なんでそんなもんが俺の庭に生えてるの?」

暗黒騎士「不審者用の警備の一環にきまっているじゃないですか! それをわざわざ姫様の前でお抜きになるなんて!!」

魔王「え゛」


その後、魔王は土下座の勢いで謝ってくれた

でも私は、一度こぼれだしたら止まらなくなってしまった涙を抑えられず
両手で顔を覆って、その場にへたりこんでしまっっていた


姫(暗黒騎士・・・ 夢じゃない・・・ 本当に、本当に 暗黒騎士は居たんだ・・・!)


魔王も暗黒騎士も、恐怖ゆえだと勘違いして 優しく慰め続けてくれた
だから私は余計に、その嬉し涙を堪える事が出来なくなっていた

また、暗黒騎士に会えたのが…… たまらなく、嬉しかった


・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・

55 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 02:19:29 ID:Ncmbc8/o

―――――――――――――――――

その夜、姫の自室


姫(………暗黒騎士さん…)

私は部屋でひとり、ぼんやりと鏡台に向かって座り、髪を整えていた
1日中くくっていたはずの長い髪は、髪飾りを外すと するりと解ける

鏡の中にいる、美しい姫君の姿

わずかにうねった髪も、その艶は失わないままで
かえって艶めかしさを増した雰囲気をかもし出している


姫(・・・・・・今の、私なら)


喪女ではない、『本当の姫』の事を思うと 心が痛んだ

暗黒騎士は本当に実在した
なら、喪女だった私はも実在したのだろう

今の私は、『偽者の姫』
なら、この身体の持ち主である『本当の姫』もいるはずなんだ

56 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/04(水) 02:20:57 ID:Ncmbc8/o

なのに


鏡の中の、この 姫君なら
きっと、あの凛々しい暗黒騎士ともよく釣り合うとおもった


姫(……どうして、私がこんな身体になっちゃったのか わからないけど……)


姫(…ごめん、なさい。あなたの身体を……もう少し、貸していて…)


もうすこし
もうすこしだけ。


私に あの日の夢の続きを、見させてください――……


・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・

63 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:13:42 ID:B/Q99lRI

―――――――――――――――――――

3日後、魔王城 拝殿の間
褒賞授与式


魔王「暗黒騎士。前へ」

暗黒騎士「……はっ」


姫「……」


名前を呼ばれると、暗黒騎士が隊列の中から歩み出てきた
真紅の絨毯に、その黒い鎧がよく映える

あの後、魔王は高く暗黒騎士の功績を評価し
今日の式典が急遽 開催されることになったのだった

64 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:14:21 ID:B/Q99lRI

魔王と私の座る2つの玉座まで歩み寄った暗黒騎士は
その手前にある段差の前で膝をつき、儀礼的に凛々しく頭を下げる


魔王「暗黒騎士。先日は手間をかけた。姫を守ってくれたことに礼を言おう」

暗黒騎士「恐れ入ります」

魔王「……あやうく、姫を倒してしまうところだったからね。本当に助かった」


魔王は苦笑して、畏まる暗黒騎士や皆の雰囲気を和ませる
魔王自身、こうして改まって褒章授与などするのは気恥ずかしいのだろう


アルラウネを引き抜くときの彼女の雄たけび
それは相手を死に至らせる、呪われた断末魔

引き抜くと同時に暗黒騎士が天辺から一刺しにしたがゆえ
本来の、『渾身の一声』が発揮されることはなかった
それでも、姫の頭をぐらつかせるには十分な威力があったのだ

あとほんの少し、アルラウネの喉と肺を突き破るのが遅ければ
私は死んでいたかもしれないという

65 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:15:27 ID:B/Q99lRI

ともあれ、魔王は自分自身で姫をそのような窮地においやってしまったのだ
褒美を与えるなどといっても、尻拭いをさせた相手に あまり偉そうにも振舞っていられない


魔王「姫の危機を救う。その為に、主君である俺の手元に躊躇なく剣を打ち込んだ」

魔王「並大抵の勇気ではないよ。自己保身を考えてしまえば、そんな行為はできやしない」

魔王「それに剣先を狂わすこと無く、的確な一刺し。それもまた日々の修練の賜物だろう」


魔王「真に守るべきものを違えず、真に守れるだけの技能を併せ持つ」

魔王「そんなお前が、我が騎士として仕えてくれるのは誇らしい。感謝と褒章を授けよう」

暗黒騎士「………その名誉。傷つけぬよう精進いたします」

魔王「ああ」ニッコリ


魔王「でも あんまり真面目にされると、俺の間抜けさばっかり際立っちゃうから。普段はテキトーでいいんだよ?」


魔王のつけたした言葉に、周囲は朗らかな笑い声をこぼす
アルラウネの一件の事情を知る者たちだろう
暗黒騎士も、僅かに苦笑して返答に窮している

66 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:16:05 ID:B/Q99lRI

姫(………あ)


暗黒騎士の細めた目に、見覚えがあった

青空の下で、二人きりで過ごした時間の中で
何度も、私に向かってそんな顔をしていた

『女の子らしくできない、不器用でしかたない』
そんな喪女だった私に、何度も 優しい言葉を添えて向けてくれた

嬉しくて、でも気恥ずかしくなるような
私のことを『おんなのこ』にしてくれるような、暗黒騎士のその表情

そんな時間が、大好きだった
そんな暗黒騎士が、大好きで。


今 その笑顔が私に向いていないのは、切なくて。

67 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:16:50 ID:B/Q99lRI

魔王「ああ、姫。姫からも 暗黒騎士に礼の言葉を述べてあげてよ」

姫「あ……」

暗黒騎士「……」


私が喋りだそうとすると、暗黒騎士はまた頭を下げ
儀礼的な態度で 控え改まる

ズキン。

せっかく、彼に釣り合うだけの容姿を 借りられているのに
その私は、『主君の娘』という立場になってしまっていて

あの笑顔はもう、私には 向けてもらえないのだろうか

こんなに近くにいるのに
私と彼の距離が、遠い。


魔王「姫? どうしたの?」

68 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:18:35 ID:B/Q99lRI

言葉なんて、紡ぎきれない
溢れそうなほどの想いが心の中を満たしている


姫「……暗黒騎士…」

暗黒騎士「……はっ」


私だけのためにくれた言葉と笑顔が、恋しい
今ならきっと、貴方の横で 可愛く笑っていられるとおもう

今度こそ、負い目を感じず 貴方の横で
貴方がいつも望んでくれたように 女の子らしくしていられるから

だから あの日々みたいに、また―― 


姫「私の側に…… 居て、ください」


貴方の隣に、私の居場所を作らせて。


暗黒騎士はその日から、私専属の近衛騎士になった

・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・

69 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:19:06 ID:B/Q99lRI

―――――――――――――――――――――

あれから数ヶ月

暗黒騎士はいつも私の側に控え、些細なことからも守ってくれた
どこに行くのも二人で一緒

だけど 


姫(私の知っている暗黒騎士さんとは…… あの日の暗黒騎士さんとは、違うのね)


暗黒騎士は、姫に対してどこまでも儀礼的だった
プライベートな時間だからと、私事で声をかけても そっけない返事しか返ってこない

いつだって、どこか暗鬱としたような表情で
あの漆黒の瞳は、いつだってどこか遠くをみつめているままで

話をする間、目を合わせていたとしても


姫(私のことを見ていないみたい……)

70 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:19:45 ID:B/Q99lRI

喪女であったときは、気安すぎるほどの気安さがあった
何もかも上手くできなくても、暗黒騎士は 仕方ないと笑ってくれる気がしていた


姫(そっか…。喪女だったから、許せたのかな。喪女だったから、見てもらえてたのかな)


今の私は姫なのに
姫としての知性も教養もまるで足りていない

淑女として振舞えない私は、せっかくの姿をもてあまして
ただ、余計に見苦しいだけになっているのかもしれない


でも、喪女だった私は
喪女だから仕方ないって いろんなことを諦めながら受け入れてたんだ


視察が終われば、居なくなってしまうことも
それをひきとめることもできない自分の立場も
格好いい貴方の横にいる、みすぼらしい自分の姿への恥ずかしさも

どうしようもないことだと、諦めるしかなかった

71 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:20:29 ID:B/Q99lRI

姫(……今なら…そういうの、無くして)

姫(私も、きちんと暗黒騎士さんに向き合える気がしたのにな……)


ようやくまっすぐに貴方をみつめることができるようになったのに
今度は、貴方が私をみつめてくれない


やはり、偽者だからなのだろうか

私は 偽者の姫だから、ただ見苦しいだけで
私なんかの傍に居ることは、彼にとって面白く無いものなのだろうか


姫(……喪女は、どこまでいっても 喪女なのかな……)

姫(どうやったって…… 暗黒騎士の隣には 本当の私の居場所は作れないのかな)


隣を歩く暗黒騎士
目的地につくまでの間、その横顔をじっとみつめていたけれど

彼は最後まで振り向いてくれなかった

・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・

72 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:21:07 ID:B/Q99lRI

――――――――――――――――――

魔王城 某日
魔王の誕生日パーティ


大広間は花々が飾られ、多くの明かりが灯され
豪勢な馳走が並び、美しい音色が響いている

その広間の中心では数組の男女が舞踏曲を踊って
たくさんの人々が集まって、それぞれ思い思いに心地よい時間を過ごしていた

それにしても……


姫(魔王が誕生日パーティって……)ガックリ

姫(なんだろ、なんか平和すぎる。イメージが…… 魔王城のイメージが…!!)


特設された、まるで高砂のようなテーブル席
私は今 そこに魔王と二人で座って宴席の様子を見ている

73 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:21:51 ID:B/Q99lRI

魔王「うちの四天王は、先々代の時代くらいに創られたんだけど。その祖の時代から、楽器が得意なんだよ」

姫(あれ、四天王だったんだ)


部屋の一角で、弦楽器を見事に鳴らしている4人の男女を見る

楽器の名前はよくわからないけれど、
それぞれ大きな楽器を巧みに操って、音色だけでなくその仕草までも麗しい


魔王「それからうちの騎士団は、踊りがお家芸みたいなものでね」

姫「え゛」

魔王「みんな、とても上手だよね。やっぱりこういう場だと本当に華やぐ」ニコニコ


言われてみると、中心で踊る男女の中で
特に際立って優雅に踊っている男性は、皆 腰に剣を携えている


姫(あの人たち…… 魔王城の騎士さんだったんだ…)

74 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:22:24 ID:B/Q99lRI

なんともいいがたい。
騎士と言うのは、こう 無骨で硬派なイメージがあったのに…


魔王「これもね、やっぱり先々代の頃に、ある踊りの得意な騎士がウチに直伝していったんだ」

魔王「うちの騎士団はみんな上手だし、踊れないヤツは騎士になれないんだよ。今じゃ選考基準のひとつだからね」ニコニコ

姫(魔王城としてどうなのよそれ。っていうか先々代の代、どうなってるのよ!?)

魔王「というわけだから姫も、踊っておいで? エスコートしてくれるはずだよ」


魔王の下を離れることになりった私は、まず一番に暗黒騎士の姿を探した
少なくとも踊っている数組の中にはみつけられない

今日の私は魔王の横に座することになったから
一緒に魔王の側近達に警護されることになった

だから近衛である暗黒騎士はその任をはずされている
昼くらいからずっと、暗黒騎士の姿を見ていない

75 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:22:57 ID:B/Q99lRI

姫(暗黒騎士さん…… どこにいるのかな)


大広間のテラスを抜け、バルコニーにでると
そこで庭先にたたずむ暗黒騎士の姿を見つけた


姫(居た!)


バルコニーから伸びる半螺旋階段を、急いで駆け降りる
かなり幅も広く、段数も多いその階段は 傾斜が緩やかな分、長かった
もどかしくなった私は、その途中の踊り場から暗黒騎士に声をかける


姫「あ、暗黒騎士さん!」

暗黒騎士「! ……これは、姫様。宴席の最中でしょう、どうなさいましたか」


暗黒騎士は私に気がついて声をかけてくれた
正直、ありえないことだろうけれど 気付かないふりをして無視されるような気もしていた
私は暗黒騎士の態度にほっとして、残りの階段も一気に駆け下りる

76 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:23:30 ID:B/Q99lRI

姫「暗黒騎士さん! 探したんですよ……っと、っとっと……!?」


煌びやかなドレスが足にまとわりついて、階段を踏み外す
踏ん張ろうにも、高さのあるハイヒールでは かえって足首をねじってしまい・・・


暗黒騎士「っ! 姫様!!」

姫「きゃああっ!?」


ドサ。

駆け寄ってくれた暗黒騎士の胸に、落下の勢いのままに飛び込んでいた


姫「ごごご、ごめんなさい!?」アワワ


そう謝りながら、私は思い出していた

私の、最期の瞬間を

抱きとめられたその腕の中は あの時と同じ
暗黒騎士の冷たく硬い鎧の感触があったから

77 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:24:07 ID:B/Q99lRI

でも


暗黒騎士「…………っ」グイ


その感触を堪能する間もないほどの速さで、引き離されてしまった


姫「あ……」

暗黒騎士「ご無事で何よりです。立ち上がれますか」

姫「……はい」


支えに差し出された手は、やはり儀礼的で
立ち上がってドレスの乱れを直すと、暗黒騎士は一歩下がって控える

78 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:24:44 ID:B/Q99lRI

暗黒騎士「…自分に、何か御用でしたか」

姫「あ、それは……」

暗黒騎士「お一人で警護の目から離れるのは あまり関心できません」

姫「……ご、ごめんなさい」

暗黒騎士「いえ」

姫「その……。踊りを踊ってはどうかと、父様に言われて。それで、暗黒騎士にその相手をお願いしようとおもって……」


しどろもどろになりながらも、思い切って誘ってみた
魔王は、魔王城の騎士は皆が踊れるといっていたし、暗黒騎士も踊れるに違いない

一緒に踊れば、すこしはきっと 暗黒騎士との距離感だって――
そんな風に、期待してしまったのだ


暗黒騎士「……光栄ですが、申し訳ありません。辞退させていただきたく」

姫「暗黒騎士…… じゃぁせめて、食事だけでも一緒に」

79 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:25:16 ID:B/Q99lRI

暗黒騎士「すみません、姫様。……しばらく自分の事など捨て置いて、パーティをお楽しみください」

姫「でも」

暗黒騎士「…申し訳ない。ですがどうかしばらく、放っておいて欲しいのです」

姫「っ」


沈黙が、統べる
澄み切った冷気だけが流れている


姫「私は……」

暗黒騎士「……?」


暗黒騎士の態度に、私はついに 耐え切れなくなった



姫「私は…… 暗黒騎士さんの事が、好きです」

80 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:27:26 ID:B/Q99lRI

月明かりはスポットライトのように私を照らしてくれる
緊張しきった瞳は きっと潤んでいる

完璧なまでのシチュエーション

あとは、目の前の…… 
漆黒の鎧を 月明かりの元で黒銀に輝かせた、この暗黒騎士が抱きしめてさえくれたら。


暗黒騎士「応える事は、出来ません」


でも現実は、物語ほどには上手くいかないものだった

打ちのめされる気がした
本当のお姫様だったならば、物語のようにうまくいったのかもしれない

そうだ、私は『偽者のお姫様』
どういうわけかはじまった いきなりの夢のようなものだったんだ

ならこれは罰なのじゃないかとも、思えてくる

お姫様気分で浮かれていた私への罰
『本当のお姫様』のことをないがしろにして、身分を弁えない私への罰

もしかしたら、この姫の姿に憑依してしまったこと自体
『身の程を思い知り、現実を知れ』という、美しい夢のような『悪夢』なのかもしれない

81 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:29:09 ID:B/Q99lRI

暗黒騎士「……こうなったのは… ただの、間違いなのです」


暗黒騎士が 小さく呟いた

ああ、やっぱり。
きっともうすぐこの夢は終わる

これはきっと 物語の最後にある種明かし
彼の口から、身の程を思い知れと聞かされるにちがいない


でも、私はとても立ち直りきれそうになくて… 真っ暗な視界の中から出て行けない



暗黒騎士「ほんの数ヶ月ほど前……。自分は敵情視察に、人間の国に行きました」

暗黒騎士「そこで出会ったのは、身なりからして貧しい一人の娘」

暗黒騎士「傷ついた指先で、一生懸命に自分の仕事をこなそうとしていた」

暗黒騎士「それが自分の役目だからと。理不尽な環境においても前向きに・・・」



暗黒騎士の口から聞かされる二人だけの回想録

82 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:29:42 ID:B/Q99lRI

それはまるで走馬灯のようだと思った
きっとこのまま聞いていて、話が終われば この悪夢は覚める

あの日、最後まで暗黒騎士の声を聞けなかった事を 唯一悔やんだ私だから
神様が哀れんで、彼の声で 生前の過ちを諭してくれるのだろう

この穏やかな声を最後まで聞き届けたら
この夢は終わって、今度こそ逝く事になるのだろう


暗黒騎士「本当は… 俺は、騎士など失格なのです」

暗黒騎士「申し訳ありません、姫様。俺は騎士を騙って自分を繕う若輩者」


暗黒騎士「『真に守るべきものを違えず、真に守れるだけの技能を併せ持つ』だなんて……人がよすぎる魔王様だからこその解釈です」

暗黒騎士「アルラウネを刺した時…。あれは本当は、魔王様と姫様を守るための判断というよりは……ただ、怖かっただけなのです」


暗黒騎士「……また、目の前で… 死なれてしまう。それが怖くて、飛び出してしまっただけ」

83 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:30:14 ID:B/Q99lRI

暗黒騎士「町で出会った彼女は―― 喪女は……。戦闘の最中、俺を癒すために飛び出してきて… 俺を守り、逝ってしまった」

暗黒騎士「きっと… きっと、誤解だってさせたままだ。弁解する間も無く逝かれてしまった」


暗黒騎士「俺は、騎士なのに……」

暗黒騎士「それなのに、喪女を守れなかったどころか… 傷つけて、守らせて、逝かせてしまった」

暗黒騎士「本当の想いも、伝えられぬままに」

暗黒騎士「全て、俺のせいだ…」



違うよ。それは、違うよ
暗黒騎士は何も悪くないよ

だって私は、とっても幸せに逝けたのだもの

84 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:30:47 ID:B/Q99lRI

暗黒騎士「まだ… その償いの方法もわからない。尽きる事ない反省と後悔が、いまだ胸中に渦巻いている……」

暗黒騎士「それなのに、貴方を守る役割を頂いてしまった… 期待されて…自分を騙ってしまった」

暗黒騎士「……喪女を守れなかった俺が、姫様を守るだなんて。出来るとは思えない」


暗黒騎士「魔王様に… 近衛の任を、解いてもらいます」


暗黒騎士「……もう、終わりにさせてください。もう、俺は…」


涙が溢れて止まらなかった
もしもこのままこの夢が終わってしまったら 暗黒騎士は傷ついたまま。


ごめんなさい、ごめんなさい。
私なんかが、貴方の道に影を射してしまった

貴方を好きになったばっかりに、無茶をして。
勝手に、幸せで最高の終わりを迎えて、その後の夢の中でまで 心を躍らせていた

その一方では 貴方を苦しませていたなんて。
知らなかった

85 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:31:45 ID:B/Q99lRI

神様、閻魔様。もう、充分です
私がいけなかったことは、よくわかったから…

だから、お願い
これ以上、暗黒騎士さんを巻き込まないで…苦しませないで。

もう、やめて
私なんかの… 喪女なんかの為に、貴方の強さを見失わないで。


それくらいならば、いっそ もう――


姫「もう――…… 喪女の事なんて、忘れてください…」


体中の血の気を引き上げて、言葉と共に吐き出したような感覚
言い切ると同時に、血の気が引いて 凍えるような思いだった


暗黒騎士「……姫…」


暑いのか寒いのかもわからない
私が回っているのか、世界が回っているのか


暗黒騎士「………俺は…」

86 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:32:23 ID:B/Q99lRI

それでも吐き出した言葉は、本心からの願い
だけどそれが、あまりに苦しくて…… 私は、そのまま 気が遠くなっていくのを感じた


姫(……これで… きっと。この夢物語は、終わる――……)


暗黒騎士「俺は… それでも、騎士として誇りを持って生きてきたんです……」

暗黒騎士「忘れるなんて…、できない。せめて、これだけは永遠に守っていきたい」

暗黒騎士「喪女への感謝と、償いを。そして何より――」


暗黒騎士「彼女を愛する想いだけは、永遠に守れる騎士でありたいのです…!」


今度こそ、最後まで
暗黒騎士の言葉を聞届けてから 意識が途絶えた


罪悪感が、切なさが、苦しさが、愛しさが、私を押しつぶす
倒れた先の地面は 夜露にぬれていた

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87 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:32:53 ID:B/Q99lRI

―――――――――――――――――――――――――――


涙も枯れてぼんやりと意識が戻ったのは
どれほどの時間がたってからだろうか

空はすっかり白んでいる

私は独り、庭先のベンチに座らされていた
全身にすっぽりと漆黒のマントが被せられている


姫(え…… これは、暗黒騎士の)


魔王の誕生パーティでは正装をしていた暗黒騎士
その背には、普段はしていないマントをしていた
そしてそのマントが、いまここにある


姫(夢じゃ…ない?)


姫(目が覚めても、まだ、私はココに居る・・・?)

88 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/06(金) 04:34:15 ID:B/Q99lRI

魔王の娘の身体に憑依する、なんていう夢は
てっきりこれで終わるのだと思っていた

混乱が、止まらない

何が夢なのか、何が現実なのか
でも、少なくとも 今はまだ姫の身体のまま……


姫(なら。そうだとしたら、暗黒騎士のあの呟きは…?)

姫(……あの呟きが… もしも、現実だったなら…?)


暗黒騎士に、あんな想いを抱えさせたままでは いられない
あの人に、暗黒騎士に、きちんと伝えなくちゃいけない

いつまで、姫の身体にいられるかわからないから
私はちゃんと伝えて…… 暗黒騎士の心を、きちんと守らなくちゃ。


姫(それまでは、死んでも死ねない!!)


落ち着かない心を必死になだめながら、私は城内へ駆け出した

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96 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:08:10 ID:XOSVzexw

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城内に戻ると、まず私の姿をみつけたメイドが大騒ぎをした

パーティの最中どころか、夜になっても戻らなかったせいで
朝になって一人現れた私を 皆が心配してくれた

私は急いで暗黒騎士を探したかったけれど
赤い目をして安堵する魔王の前では何もいえなかった

あたたかな湯船に浸された後、食堂に連れて行かれ、優しい味のスープを提供される
でも、そうされていながらも 私の心はここにあらずで……


姫(こんなことをしている場合じゃないのに。暗黒騎士は、あの後どうしてるのか…)


ザワザワ


姫「…? 何?」

メイド「様子がおかしゅうございますね?」

姫「うん。なんだか急に騒がしくなったのね」

メイド「姫様は、そのまま召し上がっていてください。見てまいります」

97 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:08:43 ID:XOSVzexw

メイドは一礼して、食堂を出て行く
後に残された私は、一気にスープを飲み干して メイドの戻りを待った
だけど、なかなか戻ってこない。


姫(……どうしたんだろう?)


外のざわめきはだんだんと大きくなっていく
不安に駆られて、自分でも様子をみてみようかと立ち上がった時だった

バタバタ…バタン!!


メイド「て、敵襲でございます!」

姫「!!」

98 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:09:29 ID:XOSVzexw

慌てふためいて食堂に駆け戻ってきたメイドは
蒼白な顔で私の手をとった


メイド「姫様、すぐに安全な奥のお部屋までお送りいたします、さあ!」

姫「…!」


気丈にそう言ったメイドの手もかすかに震えていた
そんなメイドの手を、私も強く握る

私たちはお互いに手を取り合って、食堂を出た


食堂を抜け廊下に出るとすぐ、激しく金属を打ち鳴らす音が聞こえてくる


メイド「! かなり近い… 姫様、急いでください!」

姫「うん!」

99 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:10:01 ID:XOSVzexw

廊下を、城の奥側に向かって駆ける

途中、窓から外の景色を見ると 魔王城の騎士団と公国軍の騎士団が既に交戦しているのが目に入る

その中には…


姫(っ! あれは!)


白銀の剣を掲げ、陣頭指揮を取る公国軍・騎士団長の姿


姫(あ…)


ギラリ、と光るその白銀の剣を見た瞬間 背中にありもしない傷の痛みが走った
その痛みを感じたと同時 足が震え、腰が抜ける。そして、私は声を失った

自らを死に追いやったその剣と姿、そのダメージ
その経験は、いまだ強く記憶と精神に残っていたようだった


メイド「姫様…… 姫様!? ここはまだ大丈夫でございます! どうか立ち上がってくださいませ!!」

100 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:11:22 ID:XOSVzexw

メイドが私の手を強く引く

立ち上がらなくてはならないと思ってはいるのに、思うように身体が動かなかった
体中から血の気が引いている
その感覚すらも、あの死の瞬間に似ていると思ってしまったから、なおさらに……


メイド「姫様ぁっ!!」


公国軍騎士「!!! 誰かいるぞ!!」

姫「!」

メイド「姫様!」


公国軍騎士「お前達は……! 魔王の手の者だな!?」


メイド「…っ ここは私がひきつけます! 姫様、どうか今のうちにお逃げください!!」

姫「…っ で でも……」

101 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:11:54 ID:XOSVzexw

動きたくても、動けない

目の前で私をかばって立つメイドに、すがるような視線を投げてしまった
メイドも、同じような視線を私に投げ返してきて……


公国軍騎士「捕らえろ!!」


公国の騎士たちは一斉に駆け寄ってきて、私達はあっという間に囲まれてしまった
メイドは既に後ろ手に拘束され 床に組み伏されている


メイド「姫様っ…!」

姫「メイドさんっっ!」

102 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:12:24 ID:XOSVzexw

公国軍騎士「……そちらの女性」

姫「!」

公国軍騎士「ご衣裳から、魔王城上位の方であるとお見受けする」

公国軍騎士「さらに女性であることを考慮し、抵抗しなければ乱暴には扱わないと約束しよう……」

姫「い、いや…… メイドさんを、放して!!」

公国軍騎士「抵抗されるようであれば、貴方も……」


マントを着けた騎士の一人が、近寄ってくる
そいつは私の目の前まで来ると、私の腕を掴もうと手を伸ばしてきて…


暗黒騎士「触れさせは、しない」


姫「!」


公国の騎士に腕を掴まれる寸前で、公国騎士と私の間に 黒剣が差し込まれた

103 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:12:55 ID:XOSVzexw

公国軍騎士「っ! 貴様!!」


暗黒騎士「無礼にも程がある。貴様、我らが魔王様のご令嬢に何をしようとした」

公国軍騎士「魔王の…令嬢だと!?」


暗黒騎士は、私を背後に隠すと その黒剣の先を公国騎士に突きつけたままで
抑揚のない口調で その非を詫びる


暗黒騎士「姫様、申し訳ありませんでした。今はまだ近衛の立場であるというのにも関わらず、姫様を危険な目にあわせました」

姫「そ、そんなことは 今は・・・」



公国軍騎士「ふ…… はは、ははは」

公国軍騎士「その漆黒の鎧姿…… 見覚えがあるぞ。貴様、暗黒騎士だな!」

暗黒騎士「見覚えがある、だと?」

公国軍騎士「以前は騎士団長の采配によりみすみす逃がしてしまったが・・・今度はそうはいかぬ!!」

104 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:13:28 ID:XOSVzexw

暗黒騎士「……そうか。あの時に、あの場に居た騎士の一人か」


公国軍騎士「くくく。そういえばお前、あの時も 我らが騎士団に、手も足も出なかったなぁ…」

暗黒騎士「……」

公国軍騎士「お前の力量は分かっている… 今度こそ、捕らえてやろう! それともまた、逃げ出すか!?」

暗黒騎士「……」

公国軍騎士「はははっ!! 喰らえ!!」チャキ!!


公国軍の騎士たちは、一斉に剣を抜き、暗黒騎士に向かって斬りかかる
暗黒騎士の背後で、私はただ目をぎゅっと瞑るくらいしかできなかった


シュ… ギャギャギャン、ガキーーーン!!


公国軍騎士「!!」

105 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/03/10(火) 05:14:01 ID:XOSVzexw

私がその金属音に驚いて目を開いたとき、
暗黒騎士は、軽く腰を落とし、あいかわらず剣を突き出した姿勢のままだった

離れた場所で、くるくると回転した白剣が床に刺さったのが見える
床の上でカラカラと音を立てて散らばされた白い剣達

メイドを床に押さえ込んでいた騎士も、跳んできた剣を避けようとしてメイドから離れる
その隙に立ち上がり逃げ出したメイドが叫んだ


メイド「姫様!」

暗黒騎士「この場は引き受けた。おまえは、先に逃げるがいい」

メイド「暗黒騎士様……!」

暗黒騎士「奥座へ」

メイド「……わかりました! ですがどうかっ、必ず姫様はお守りくださいませ!!」

暗黒騎士「………」

106 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:14:58 ID:XOSVzexw

メイドは、騎士達の動きを警戒しながらも そのまま後ずさって奥座へと走っていった
自分がいても戦力にはならない以上、余計な荷物になってしまうと判断したのだろう

単身、走り去っていくメイド
こんな時に、独りになるだなんてきっと心細いはずなのに… 


姫(メイドさん……! お願い、あなたも気をつけて……!)


公国軍騎士「……っ…!」


あっさりと剣を弾き飛ばされてしまった公国軍騎士は、明らかに動揺している
暗黒騎士に睨まれたままでは、剣を拾い上げることも出来ない


暗黒騎士「お遊びの剣に付き合うつもりはない。邪魔をせず道を開けろ」

公国軍騎士「貴様ぁ…!」

暗黒騎士「手抜きの剣も見破れぬような者には、まだ遅れを取るつもりはない」

公国軍騎士「~~~~~~っ」

107 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:15:29 ID:XOSVzexw

顔を真っ赤にした公国騎士は、無謀にも暗黒騎士に向かって飛び込んで行った
その蹴りをかわした暗黒騎士に向かって 背中のマントを広げて投げつけた


暗黒騎士「!」


咄嗟に剣でマントを斬り破ろうとした暗黒騎士だったか
どうやら特別製だったようで、破れる事はなく、剣にまとわりつく

暗黒騎士は一瞬だけ意外そうな反応をみせたが
器用に剣を引き抜いて マントから距離をとる


暗黒騎士「……なるほど。剣を拾うための時間稼ぎだったか」

公国軍騎士「くくく。ひっかかったな、間抜けな外道騎士め」

暗黒騎士「……さて、外道はどちらだろうな」


公国軍騎士「全員、かかれ!! こいつは魔王軍幹部だ、今度は決して油断をするな!」

108 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:15:59 ID:XOSVzexw

号令一声、勢いを取り戻した騎士達によって 次々と暗黒騎士に剣が振るわれる
その全てを鋭い剣筋で薙ぎかわし捌いていく暗黒騎士


暗黒騎士「力量差も見抜けぬとは。あまり無駄な時間をつかわせるな」

公国軍騎士「くそ・・・!! くそっ!? 何故だ!? 何故、一撃も当たらん!?」

暗黒騎士「簡単な話。……お前が、弱いからだ」

公国軍騎士「ふざけるなぁぁぁぁっ!!!」

暗黒騎士「激情に流されるな。 ……隙だらけだ」


暗黒騎士「その生の在り方から、見直せ」

公国軍騎士「!!!」


ザシュッ・・・


暗黒騎士は、敵の全てをあっという間に斬り払ってしまった
圧倒的な力量差だった

109 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:16:35 ID:XOSVzexw

暗黒騎士「姫様、まずは安全な場所へ」


暗黒騎士は私の手をとり、力強く引きあげた

が、ふるえきった私の足は 役にも立たない。
立ち上がったその瞬間に、逆に暗黒騎士の手を引きずり落とすかのようにして、そのままへたりこんでしまった


姫「っ! だ、だめ・・・です。 腰が、抜けているみたいで…」

暗黒騎士「・・・ならば、失礼」


暗黒騎士は、かがみこんで、私の身体を抱きかかえようとする

だが


公国軍騎士「行かせ、ない…」

暗黒騎士「っ」


死傷者の中、一人だけしぶとい者が紛れていたようだ

110 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:17:29 ID:XOSVzexw

生気を失った表情に、血まみれの身体でよろめいた公国騎士は
かがみこんだ暗黒騎士に向かって剣を構えている

あまりの死に体に、殺気すら感じられない
暗黒騎士もそのあまりに薄すぎる気配には、気付くのが遅れたようだった


暗黒騎士「そのような身でもまだ剣を握るとは…!」

公国騎士「………ま…だ…」フラッ


構えた剣を振り下ろすだけの踏ん張りもないのだろうか
その騎士は身体ごと暗黒騎士へと倒れこむ

その鋭い切っ先は暗黒騎士の兜の横を素通りし 私の眼前へと振り下ろされ…


暗黒騎士「くっ!!」


暗黒騎士は両手で私の身体を突き飛ばし、避けさせてくれた
それと同時に自らは大きく頭部を振り、兜を騎士の剣にぶつけ・・・軌道を逸らさせた

そして次の瞬間には、逆手に構えた剣で背後の公国騎士を一刺しして止めを刺す


暗黒騎士「……どうやら、多少の見込みはあったようだな」

111 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:18:28 ID:XOSVzexw

公国軍騎士「公、国 に…… 栄光、あ… れ……」


死の瞬間、その騎士は突き出したままだった剣を…… 勢いよく、振り切った


暗黒騎士「!!!」


首元を掠めて交されていたその白剣は
暗黒騎士の兜と甲冑の間を滑り抜けるようにして… 暗黒騎士の首を、掻き切った


姫「っ!!!! 暗黒騎士さん――――ッ!!!!!」


二人の騎士が、崩れ落ちる
完全に絶命した白い騎士と、よろめいてその上に倒れる黒い騎士


姫「暗黒騎士さんっ! 暗黒騎士さん、しっかりして!?」

暗黒騎士「……っ、やはり 俺も… 騎士、失格です ね。油断…しました」

姫「暗黒騎士さん・・・!!」

112 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:19:01 ID:XOSVzexw

暗黒騎士「…ですが… 今度は… 姫様を守れて、よかったです…」

姫「暗黒騎士さん……… 何を!」


暗黒騎士「これならば… 騎士として、死ねる・・・」

暗黒騎士「これなら…… あの世で、騎士として… 喪女に顔向けが出来る……」


姫「そ、そんな… 暗黒騎士さん、しっかりして!? 死んじゃだめぇっ!!」

暗黒騎士「……姫、様… 急いで、魔王様の元へ…」

姫「駄目です!! 暗黒騎士さんも、一緒に…!!」

暗黒騎士「い、え… 俺は… あの娘の元に……」

姫「そんな…!!」


暗黒騎士「姫、様… 早く… ここ、か…ら………」

姫「~~~~っ聞いて、暗黒騎士さん! あなたの思っているその喪女っていうのは……!」

暗黒騎士「………」

113 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:19:34 ID:XOSVzexw

言いかけている途中で、暗黒騎士の目は閉じてしまう
このままでは、もう――― その時に、ふと視界にあるものが目に付いた


姫(あれは!!)


先ほど倒した騎士たちの中に、衛生兵もいたのだろう
救急の印が描かれた白い雑多な道具袋が床におちているのが目にはいった


姫「~~~まって!! 死んじゃ、駄目だからね……!!」

暗黒騎士「……」


いまだに足も腰も役に立たない私だけど、そんなことはいっていられない
無理に立ち上がって歩こうとした瞬間、派手に転んだ

それでも止まる時間が惜しい
暗黒騎士は、既に意識があるのかどうかもわからない

這ったり転んだりして、無我夢中に道具袋に飛びついた

114 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:20:06 ID:XOSVzexw

姫(何か、何か、手当てや救命のための道具があれば…!!)


袋をひっくり返すが、詰め込まれすぎて中身がなかなか出てこない
中に手を突っ込みまさぐっていると、ザクリと指先を突き刺す何かがあった


姫「っ痛!!」


思わず手を引きそうになってから、すぐにその感触におもいあたるものがあった


姫(これは…!)


躊躇せずに、それを掴んで取り出す
道具袋から取り出されたのは、案の定 イガだらけの実だった
回復アイテムの木の実――。以前は毎日のように集めていた、それ


姫(これなら…!!)

115 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:20:40 ID:XOSVzexw

手袋などはない。あったとしても、つける時間が惜しい

素手で実から種子を取り出そうとすると
イガは容赦なく手につきささり、すぐに私の指を傷だらけにした
でも、そんなことに構っていられない


この木の実の剥き方は知っている
コツだって、とっくに掴んでいる

私はすばやく種子を取り出すことができた
暗黒騎士の口を無理矢理に開かせ、食べさせる


ゆっくりと、暗黒騎士の回復能力が高まっていく
勢いよく噴出していた血が止まっていくのが、それを表している

ぐずつく傷口までは癒えていないけれど
それでも暗黒騎士は確実に回復していく


暗黒騎士「……う…っ」

姫「暗黒騎士さん! 大丈夫ですか!?」

暗黒騎士「これは… 俺、は…?」

116 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:22:11 ID:XOSVzexw

姫「えへへ…。生命の樹の、実の効能です。よく、効くでしょう?」

暗黒騎士「生命の…木の実……」

姫「身体、もう 起こせますか?」

暗黒騎士「……はい」


暗黒騎士は、片手で自分の首元を押さえながら立ち上がった
だけど立ち上がった瞬間、わずかに暗黒騎士がよろめいた

私はその身体を支えて、眩暈が治まるまで無理はしないほうがいいと伝えて
暗黒騎士を一度すわらせた

大量出血後の、急激回復
脳や筋肉、血流量など 様々な場所にその影響は出ている
身体のバランスを取り切れないのも無理はない。でも、それもすぐに回復するだろう

117 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:23:45 ID:XOSVzexw

暗黒騎士「……ありがとうございます。もう、大丈夫です」

姫「よかった…… あ」


暗黒騎士を支えていた手を離すと
そこに赤くうっすらつぃた手形が残ってしまった


暗黒騎士「………これは、血…?」

姫「ご、ごめんなさい」


暗黒騎士「っ!! 姫様!? お手が!!」

姫「あ、あはは… 大丈夫ですよ! ちょっとイガが刺さっただけですから!!」

暗黒騎士「イガ・・・。まさか、生命の実を素手で!?」

姫「時間が惜しくて。でも、あれですね。実際につかう事なんて今までなかったけれど、イガを剥いただけで高く売れる理由がわかりました」

暗黒騎士「え……」

118 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:24:17 ID:XOSVzexw

姫「いざって言うとき、中身がすぐに使えないと 結構焦りますね…あは」

暗黒騎士「姫…様……?」


姫「あの頃は、イヤイヤ剥いていたけど…。誰かの為になれてたのかなって思うと、なんだか嬉しいです」

姫「それに、毎日努力してたコトは無駄にならないものですね。おかげで、今 手早く実を取り出して… 貴方を救えたんですから」

姫「嫌で仕方なかったトコもあったけど。やっていて、よかったって思えました」ニコ


暗黒騎士「姫、様………? あなたは…… 一体……」

姫「暗黒騎士さん…。 今度こそ、聞いてください。私は―――…」


…シャン、ガシャンガシャン……!


姫「!」

119 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:25:25 ID:XOSVzexw

暗黒騎士「……甲冑の足音。増援のようです。まだ距離はありそうですが、近づいてきます」

姫「そんな…。 なんで、こうも次々に…」

暗黒騎士「ともかく、今は一刻も早く魔王様の元へ」

姫「で、でも まって! 暗黒騎士さんに聞いてほしい事が――」


暗黒騎士「ここに増援があるということは、他の場所がやられたということです」

姫「!」

暗黒騎士「奇襲で、指揮がとれていないのでしょう。いつまでも分散していては、この城を守りきれなくなります」

姫「あ……」


暗黒騎士「………本当は… 今すぐにでも、詳しく話を聞きたい所ですが…」

姫「暗黒…騎士、さん……」

120 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:27:05 ID:XOSVzexw

暗黒騎士「……姫様は、必ず俺が守ります」


暗黒騎士「ですので 話は、後でお聞きします。 ――必ずです、姫様」

姫「―――はい!!」


私は 今度こそ、自分の足でしっかりと立ち上がった

面倒なヒールは脱ぎ捨てた
走るたびに顔にぶつかりそうになる大きなイヤリングも取り外す

ドレスの裾に仕込まれた、重たいペチコートもその場で脱いだ

これにはさすがに暗黒騎士も目を丸くしたけれど
そのすぐ後で、苦笑しているのも見えた

121 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:28:33 ID:XOSVzexw

暗黒騎士「どうしてこう、随分とワイルドな色仕掛けばかりなのか…」

姫「?」

暗黒騎士「いえ、なんでもありません」クス


私に向かって差し伸ばされた腕

私は 傷を負っている暗黒騎士の負担にならないよう
その腕の中に入り込み、身体を支えた

暗黒騎士も、そんな私の腰に腕を回し、背に掌をそっと添える

まるでダンスのエスコート
自然に身についているようなその仕草に、少しほほえましくなる


暗黒騎士「さぁ。いきましょう」



私達は眼を見合わせる
そしてお互いの呼吸があった瞬間、同時に走り出した
駆け踊るように、進んでいく

122 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/10(火) 05:33:29 ID:XOSVzexw

途中、公国の騎士の一群に遭遇した
怯みそうになった私の背を、暗黒騎士は軽く押す

暗黒騎士にリードされて、自然に身体がターンをしていた
そして振り向いたときにはもう公国騎士は地に倒れていて、暗黒騎士はいつの間にか抜いていた剣を納めた


そこでようやく、それがダンスを装った護衛術なのだと気が付いた

魔王城に仕える騎士の全てが、この護衛術をマスターしているのだろうか
守られる側の負担と、精神的ストレスを考慮したその護衛法

この城では、この国では 誰もが優しく思いあっている

それは 『魔』という恐ろしい名を背負う彼らが
心穏かに生きていく為に取り入れた方法なのかもしれない


そんな優しさに守られながら、私は両の足でしっかりと床を踏みしめて走っていく
一歩踏みしめるたびに、実感できた


偽者でもなんでも、今 『私』は ここにいるんだと
私は今、確かに 暗黒騎士の隣に立って… 前に進んでいく

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・

127 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:34:22 ID:sW1e0YSw

―――――――――――――――――――――――

魔王城・最奥 玉座


暗黒騎士は、その扉を躊躇なく押し開けた
勢いよく開かれる扉の中央から、部屋に駆け入る


魔王「!!」


部屋中に展開する数十の騎士の組
彼らはおもいおもいに魔王に向けて剣を振るっている
魔王も自ら剣を構え、それらを振り払っていたところだった


暗黒騎士「魔王様! ご無事でしたか!」

魔王「暗黒騎士… それに、姫!」


敵の殆どは満身創痍だったが、未だ倒れている者は僅かだ
『魔王』の戦いとしては 窮地にあるように見える

128 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:34:54 ID:sW1e0YSw

暗黒騎士「魔王様、微力ながら助太刀いたします!!!」

魔王「いや・・・」


魔王「いいよ」クス


魔王が、嗤った
その不吉な余裕の表情に、騎士達はそれぞれに警戒を高める


魔王「姫を、暗黒騎士が守っていてくれたのならば、いいんだ」

姫「え?」


そう呟く魔王の周りに、黒い靄が集まっていく
最初はゆっくりと霞んでいた靄は、集まるにつれて次第に流れを速め 急速にうねりはじめる


魔王「徹夜だったせいで、うたたねなんかしていたよ」

魔王「おかげで、うっかり城中に下賎な輩の侵入を許しちゃってね」

姫「う、うたたね・・・?」

129 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:35:30 ID:sW1e0YSw

魔王「ちょっと、迷ってたんだ。攻撃に転じようにも、姫がどこにいるかわからなかったし…下手に激情されて人質なんかにされても困るからね」

魔王「とりあえずなるべく人数をここに集中させて、他の場所の守備をあげておいただけだよ」


姫「えっと… 苦戦していたわけでは…?」

魔王「あはは、ああ コレ?」

魔王「姫がもし掴まってたら嫌だからね。追い詰められるふりをして油断させて、情報を吐かせようかと思ってただけ」ニッコリ

暗黒騎士「魔王様」

魔王「よかったよ、杞憂で済んで。姫は無事?」

姫「っ」コクコク

130 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:36:03 ID:sW1e0YSw

魔王「そっか。…でも、ちょっと落ち込むなぁ」

暗黒騎士「え……」

魔王「だってさ、これはまた俺の落ち度で姫を危険に晒したことになるんでしょう?」

姫「あ、あの…」

暗黒騎士「いえ。自分がきちんと姫様をお守りしてさえいれば、本来 危険に晒される可能性など…」

魔王「フォローしなくていよ、大丈夫。今度こそ、ちゃんと自分で責任を取るよ」

魔王「あんまり暗黒騎士にばかり世話をやかすと・・・褒章の準備をするのが大変だし?」クス

姫(そういう問題なの?)


魔王は苦笑しながら、渦巻き集まるもやの動きを静止させた
その後で、ゆっくりと暗黒騎士に視線を投げかける

その瞳は、魔王の名に相応しい強制力を持っている


魔王「お前は姫のことを守っていろ。……それが、役目だろう?」

暗黒騎士「……御意に」

131 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:36:34 ID:sW1e0YSw

暗黒騎士は、私を包むように抱え込むと、そのまま飛び上がった 
今まさに駆け寄ったばかりの魔王から 遠く離れた場所へ着地し、魔王に背を向けて私を隠す


姫「何を・・・?」

暗黒騎士「口も目も、全て塞いで身を丸めていてください」

姫「?」


公国の騎士達は警戒しつつ
お互いに目線をあわせてタイミングを測っている

何か仕掛けてくるのは分かっているはずで
思い思いの防御姿勢をとりながらも連携攻撃の為の準備は怠らないようだ

魔王はそれを見て、再度可笑しそうに嗤う


魔王「何かするつもりなら、早いほうがいいよ」クスクス


そういいながら、魔王はまっすぐに手を伸ばす
その手に扇のひとつでもあったのならば、舞にしか見えなかっただろう


可笑しそうに口元を綻ばせた後、ゆっくりとその手を振り払い……
立ち上る靄を扇いだ、その瞬間

132 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:37:04 ID:sW1e0YSw

ゴォオオォォォオッ!!!!


静止していた靄は、突如として重力を持ったかのように波となり、割れる
それはそのまま濁流のようなに黒い流れとなって部屋中を洗い流した


公国騎士達「「!!? ぐっ、うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」


ダン!! ダン、ドガッ!
部屋にいた騎士達は、一人残らずその靄の濁流に呑み込まれ壁へと叩きつけられる

ドガッ! ドガガガ!
叩きつけた後も、靄はその勢いを衰えさせることはなく
部屋中にあるものも次々と壁に押し付け、潰さんばかりに圧を加える

濁流のようなその黒い靄は、大気や水分の全てまで 押しつぶしていく


公国騎士A「・・・・ガハッ…」

公国騎士B「……」グッタリ


バタリバタリと床に落ちる騎士達
その場にいた全ての公国騎士は、急激な呼吸困難と圧によって昏睡していた

133 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:37:35 ID:sW1e0YSw

暗黒騎士「さ…… 流石です、魔王様」

魔王「暗黒騎士が、きちんと姫の安全を確保してくれるおかげだよ」ニッコリ

姫(ふざけきってても、魔王は魔王だったのね…)


目の前でふるわれた一方的過ぎる暴力に現実味を失う
呆然としていると、はっとした様子で魔王が駆け寄ってきた


魔王「姫、大丈夫? 怖かったの!? ごめんね!?」

暗黒騎士「…これは。申し訳ありません、まず退室しておくという配慮が足りませんでした」

魔王「そうだよ! 弱いものいじめしてると思われて、俺が嫌われたらどうしてくれるの!!」

暗黒騎士「……え、いや。嫌われ…」

魔王「俺が嫌われたら、それは暗黒騎士のせいだからね!!」

暗黒騎士「いえ、その。嫌われるかどうか以前に… あまり女性に残虐なところを見せるべきではなかったかと」

魔王「え?」

暗黒騎士「……」

姫「……」

134 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:38:10 ID:sW1e0YSw

魔王「え、そういうもの? 俺、残虐だった?」

暗黒騎士「はい。見慣れぬ者であれば、ちょっとしたトラウマになる程度には」

魔王「で、でもでもだって、俺 魔王だよ?」

暗黒騎士「存じ上げております」

魔王「姫!! 攻撃方法がちょっと過激なのは俺のせいじゃないからね!?」

暗黒騎士「俺のせいでもありませんので、嫌われた際の責任はご自分でお願いします」

魔王「 」


コロコロ表情を変える魔王と、無骨な表情できっぱりと物言いをする暗黒騎士
終わってみれば、そこにあるのは”いつも通り”の日常風景だった


姫「……ぷっ」

魔王「姫?」

暗黒騎士「姫様?」

135 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:39:09 ID:sW1e0YSw

姫「あはは・・・ 大丈夫です、父様。嫌ってなどいません。それに怖くもありませんでした」

魔王「だよね! ほらぁ、姫がこれくらいのことで…」


姫「暗黒騎士さんに、しっかりと抱いていただいていましたから」

魔王「うん?」

姫「前も……そうでした。やはり暗黒騎士さんの腕の中は、何処にいるよりも安心できると、再確認しました」

暗黒騎士「 」

魔王「え゛。ちょっとまって何それどういうことか詳しく」

姫「え?」


姫「……はっ!? ち、違いますよ!? 以前にも助けていただいた事があって…!!」

魔王「いつの話だよ! わかりやすく嘘だよね!? 今の絶対、実は抱かれてました的なパターンの言葉だったよね!?」

姫「ほ、本当です!!」

136 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:39:42 ID:sW1e0YSw

暗黒騎士「自分は少なくとも姫様に無礼を働くような真似は……!」


その時、ふと暗黒騎士の脳裏に、魔王の誕生日パーティの夜の事がよぎる
あの日は倒れた姫をベンチに寝かせ、マントを掛けたとはいえ放置してしまった


暗黒騎士「………いえ、申し訳ありません。無礼はありました」

魔王「自白!?」

姫「なななな、なんのことですか!? はっ、もしかして!? かぼちゃパンツのことは忘れてくださいね!?」

暗黒騎士「は? かぼちゃパンツ…?」

魔王「ふざけんなよ暗黒騎士!! 姫のパンツとか見てるんじゃねえ!」

暗黒騎士「ちょっとまってください、それは濡れ衣のような気もします!!」


姫「~~~~っ と、ともかく!!!」


そうだった、暗黒騎士さんにはまだきちんと説明していない
かぼちゃパンツだなどと、余計な自爆をしてしまう前に…きちんと伝えなきゃいけない言葉がある

137 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:40:14 ID:sW1e0YSw

姫「暗黒騎士さん… ありがとうございました」ペコリ

向かい合ってみたその漆黒の瞳には、急に改まった私への苦笑が浮かんで見えた
この穏かで感情豊かな魔王とのやりとりの中で、緊張が解けたのだろうか


暗黒騎士「…自分は近衛騎士ですので、姫様をお守りするのが本来の責務です」


それでも、表情の見えないきっぱりとした口調は崩さない
格好良くて、凛々しくて
頼りがいがあるけど、本当はきさくな所もある 優しい暗黒騎士


姫(変わらない…。 やっぱり、暗黒騎士さんは暗黒騎士さんだ)


生命の樹の下で、二人で過ごした時間を思い出す
喪女として過ごした、最期のあの日を思い出す


姫「……あの時も、私を守ってくれた…」

暗黒騎士「……あの時…と、いうのは…」


一歩、ゆっくりと暗黒騎士に近づく
暗黒騎士は、その言葉をしっかりと聞いてくれる

138 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:40:47 ID:sW1e0YSw

姫「私を逃がすために、守るために口にした言葉はひどかったけれど…」


そっと、暗黒騎士の腕に触れてみる
今度は、もう離れていったりせず… 私の言葉を、待ってくれている

真実を、知りたいと 思ってくれているのだろう


姫「でも それで一番傷ついたのは、あなた自身だったというのに。私の最期まで、あなたは私を守ってくださいました」


動かない暗黒騎士の胸に、頭を預けた
あの時と同じ、冷たい鎧の感触が 心地いい


暗黒騎士「姫様……。やはり、貴方が…… 喪女だとでも……?」

姫「……はい」コクン


感謝しても、しきれない
貴方にであえて、貴方と言葉を交わして
私がどれだけ幸せだったか

139 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:41:20 ID:sW1e0YSw

暗黒騎士「……で、ですが… 喪女は 確かに死んで…」

姫「……はい。私は死んでしまいました」

暗黒騎士「一体、これはどういうことで…」

姫「……それは、私にもわかりません」フルフル


姫「でも…」

姫「貴方を守るために死ねた事が、私にとって、とても誇らしいことだったのは…わかります」


暗黒騎士「あ……」

姫「だから… 暗黒騎士さんが、騎士失格だなんて。そんなこと言わないでください」

姫「私が、守りたくて…助けたくてしたことです。いけないことでしたか? ……守りたいっていう想いは、『騎士』のものだけではないんですよ?」ニコ

暗黒騎士「そんな、ことは。ですが俺なんかの為に、どうして…」


姫「きまってるじゃないですか。……貴方の事が、好きだからです」

暗黒騎士「っ」

140 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:41:51 ID:sW1e0YSw

姫「初めてあなたに出会った日、あなたに助けてもらった日。暗黒騎士さんは、樹から落ちた私をたすけてくれた…」

姫「私の居場所を作ってくれた。私にやりがいと、生きがいを持たせてくれた…それに」

暗黒騎士「……?」


姫「女として喪に服していたような私を救って、生き返らせてくれました。こんなに素晴らしい騎士様、他にいますか?」

暗黒騎士「姫様… いや、喪女…? ああ、くそ。訳が… こんな事態、一体どうしたら…」


額に手を添えて、混乱し 戸惑う暗黒騎士
無理もない…なにひとつ事態の説明なんかできていないのに 理解だけしろというのはわがままだろう

でも


姫「暗黒騎士さん… 好きです」


止められない気持ちが、口からこぼれる
伝えておきたい思いが、涙と共に溢れ出る

141 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:42:22 ID:sW1e0YSw

姫「こんな気持ちになるなんて…こんな思いを味わえるなんて、思ってなかった…!」

暗黒騎士「……喪女…?」

姫「知らなかった。知ってしまったら、愛しくて 恋しくて、たまらないのです。だからどうか、もう少し…」

姫「いつまでこうしていられるかわからないから。だから、もう少しだけ。どうか貴方の隣にいさせてください…!」


求めて、手を伸ばす
指先が、騎士甲冑の籠手に触れた


暗黒騎士「………いつまでか…わからなくても…」

姫「あん、こく……」


触れただけの指先を、絡み取られる
ひざまずいたかと思うと同時、掬い上げられ 暗黒騎士の手の上に沿わされる


暗黒騎士「……少しではなく… 最後まで」

142 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:43:06 ID:sW1e0YSw

暗黒騎士「今度こそ、最期まで… 貴方のこの手を、護らせてください」

暗黒騎士「決してもう、傷つけさせたりはしませんから――」

姫「暗黒… 騎士さん…っ」


暗黒騎士を助けるために 生命の樹のイガによって傷ついた私の掌を思ってのことなのか
それとも、私を守るためにと投げかけてしまった言葉に思いを馳せたのか

暗黒騎士は、眉根を寄せながら苦しそうな表情で指先に口付けをした
痛々しいほどの思いと誓いを込めた、騎士の忠誠の儀

とてもそんな事まで、堂々としてもらえるほど『姫』にはなりきれていない
私は思わず、暗黒騎士と同じようにその場にひざまずいて目線を合わせた

戸惑うようにゆっくりと開かれた漆黒の瞳は それでも穏かで優しくて…
見つめていると、段々と吸い寄せられていく気がして…


姫「……あ…」


私は 瞳を閉じた。
そのまま、身を委ねてもよいとさえ思った――


のに。

143 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:43:38 ID:sW1e0YSw

魔王「させるかぁぁぁぁぁぁっ!!!」

姫「うぇっ!?」


ものすごく派手に引き離された上
目を開いた時、私は魔王の腕の中に抱きとめられていた


魔王「何してんの!? 何してんの、父親の目の前で! いい根性だね暗黒騎士!?」

暗黒騎士「こ、これは魔王様!! 大変なご無礼をいたしました!!」

魔王「ほんとだよ!! やらせねぇよ!?」


暗黒騎士に向けて手をシッシと振る魔王と
真ん丸く目を見開いて慌てふためく暗黒騎士

慌ててフォローを試みる


姫「と、父様。あ あのね! 聞いていたかもしれないけど、実は私 本当の娘じゃないの!!」

暗黒騎士「なっ、喪女! いきなりそんな――…」

144 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:45:11 ID:sW1e0YSw

魔王「ちょっと待って! ちょっと待って、わけわからない!! 普通それ逆だからね!?『お前は俺の娘じゃないんだ』ならわかるよ!?」

魔王「いやいややっぱりわかんねえよ! 俺の子だよ! こちとら出産の瞬間から週1以上の割合でずっと成長過程を映像保存してるよ!?」

暗黒騎士「それはちょっと…… じゃなくて! 魔王様も、落ち着いてください!」

魔王「おまえがゆーなよ、諸悪の根源!?」

暗黒騎士「諸悪の根源という立ち位置は『魔王様』の物です!!」


またしても、混乱。


姫(ああ、せっかくの雰囲気が…!! 魔王がムードの破壊王すぎてどうしたらいいのか!!)


説明を後回しにしたコトを後悔する
というよりも、『魔王』の事を忘れて目の前でいちゃつこうとしてたとかありえない…

ともかく、今は事態を落ち着かせなくては。
私はなるべく大きな声で混乱に割って入った


姫「あ、あのね! 実は私 本当は…!!」

145 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:45:46 ID:sW1e0YSw

・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・


魔王「……16年間、人間の国で 『喪女』として生きていた…?」


手早くではあったけれど、自分に分かる限りの説明を試みた
魔王はソレを真剣な表情で聞いてくれた


姫「そう、なんです…。でもどういうわけか、死んだ後で気がついたら、この姫様の身体に憑依していて…」

魔王「……」


魔王は真面目な顔をしたまま、私の頭に手を載せた
そうして目をつぶり、じっと黙りこんで…


姫「……父様…?」

魔王「……」

146 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:46:39 ID:sW1e0YSw

触れられている場所が、とても暖かくなっていく
その感覚は、ふわふわと心地よくなるほどだった
何かされているのだとは分かるけれど、それが何かはわからない。ただ…


姫(ふぁー… きもち、いい)


暗黒騎士「魔王様… 如何ですか」

魔王「…うん、見えた」


暗黒騎士「では、彼女… いえ、姫様の身には一体何が…」

魔王「信じがたい話ではあるけれど・・・ 姫は姫だよ」

姫「え?」

魔王「……その喪女とやらも、姫自身で間違いないようだ。少なくとも憑依とかではないね」

姫「え? それって一体・・・? というより、今のは一体何を?」


暗黒騎士と魔王は何か訳有り顔で納得しはじめる
ひとりで置いてけぼりの私は、きっと間抜けな顔をしている

147 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:47:10 ID:sW1e0YSw

暗黒騎士「魔王様は、生物の魂を”視る”ことが出来るのです。この世で唯一、”魂”を使って魔物を創生できる方。その御業の成す偉業のひとつです」

魔王「すごいでしょー」ニコニコ

姫「魂・・・?」

魔王「そう、魂。その人物のコレまでの経験はもちろん、前世の様子も多少は分かる」


疑問を投げかけると
魔王はにこりと微笑んで説明してくれる


魔王「……姫は、さ。自分が眠りについた日のことを・・・ 16年前のことを、覚えている?」

姫「……」フルフル

魔王「そっか、覚えていないのか。 ……暗黒騎士は、なにか知ってる?」

暗黒騎士「自分は、その頃はまだ仕えておりませんでした」

魔王「はは。そうだったね」


魔王「……じゃあ 昔話をしてあげるね」


そう言って、魔王はぽつりぽつりと話し始めた。

148 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:47:41 ID:sW1e0YSw

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・


まだ幼かった姫
当時の彼女は、戦争の理由を理解することもできない年齢だった

先代王の時代は大きな争いもなく、人も魔族も平和に生きてきた
だから姫の生まれた『現魔王の時代』では、身近にある絵物語なども平和の素晴らしさを歌うものばかりが揃えられていて……

魔王の娘であっても、
魔王と勇者の和平までの道のりを描いたその絵物語に魅せられていた



姫(幼少)「ねーねー! このお話って ひいおばーしゃまと おじーしゃまたちのお話なんだよねぇー?」

若魔王「ああ、そうだよ」

姫(幼少)「いいな、いいなー! いつか、わたちも――…」

149 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:48:30 ID:sW1e0YSw

物語の中の、壮大で 悲しくも美しい、恋物語
姫は幼心ながらに、それらに憧れていた

そして事あるごとに口にするのは いつもひとつ


姫(幼少)「ね、おとーしゃま! 戦争なんか、だめなんだよね! おじいしゃまみたいに、人間たちと仲良くしなくちゃ、駄目だよねぇ?」

若魔王「……うん。そうだね」ニコリ


そんな穏かな日々の中で、幼き姫は暮らしていた
そして、ついに問題のその日が来て・・・


若魔王「“公国”が・・・ 布告を?」

臣下「はい」


若魔王「そうか・・・。これまで、“王国”との間で 人間と魔族の関係はバランスを保ち続けてきたが・・・」

臣下「“王国”は、今回の事態をふまえ そのほかの周辺諸国への牽制を行い、静観を呼びかけています」

若魔王「ありがたい話だね」

150 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:49:02 ID:sW1e0YSw

臣下「ですが…」

若魔王「ああ。“公国”は、独裁国家で他国の仲介の一切を嫌う。力をつけさせすぎたな…あそこは、厄介だぞ」

臣下「では、やはり?」

若魔王「ああ…。魔国は、戦争に巻き込まれたといえる。不本意だが……厳戒態勢にはいる」

臣下「はっ!!」


戦争の幕開け
それを告げる緊張しきった空気

隣室で眠っていたはずの幼き姫はその空気を敏感に感じ取ったのか
寝ぼけ眼をこすりながら父親の様子を伺いに部屋を抜け出していた

そして、そんな会話を聞いてしまったのだ


姫(そんな…)ガタ


魔王「誰だ! …・・・姫!?」

姫「……っ」タタタタ

魔王「姫、待って……!」

151 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:49:39 ID:sW1e0YSw

臣下「追いかけましょうか」

魔王「……いや。戦争を嫌っていたんだ、きっとショックなのだろう」

臣下「では…?」

魔王「……幼くても、魔王の娘。納得させなくてはならない事もあるだろう…。辛くても向き合う必要がある」


魔王「少し、一人にさせておこう……」

臣下「……は」


魔王「姫……。不甲斐ない魔王で、ごめんね」


その後、姫は地下書庫に飛び込んだ
石造りの小さな小部屋で、城内にある立派な図書室とは異なる

そこにあるのは禁忌の書ばかり
歴代魔王の過去と歴史を遡るような、秘められた本の並ぶ部屋だった

そこで姫は難しい魔道書を何冊も開いて… 
未だ魔力統制も充分でない幼い身でありながら、公国と和解するための方法や手段を必死に探していた

152 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:50:12 ID:sW1e0YSw

そして


姫「これだ・・・!」


見つけ出したのは、絵物語でも語られていた禁忌の手法
『生きている者から、その魂を抜き出す術法』だった


姫(これを使って、公国の一番偉い人のところまで、私が直接乗り込んでいくの!)

姫(それで、きちんと戦争はやめてってお願いすれば… きちんとお話できれば、きっと・・・!)


本来ならば”在任中の魔王にしか使えぬ業”だった
幼い姫がこの危ない技術の詰まる部屋に出入りすることができるのも、それが前提だった


だが、姫には 曾祖母譲りの稀有な魔術の才能があったらしい
それとも思いの丈の強さが叶えたとでも言うのか…


ともあれ、どうしてか禁忌の術法は成り立ってしまった


魔王がその小部屋を訪れたとき
既に 姫の体からはその魂が抜け・・・ 肉体は仮死状態で眠りについていた

153 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:50:45 ID:sW1e0YSw

・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・


魔王「はは… あの時は、本当に生きた心地がしなかったな」

姫「そ、それで? その後、姫様はどうなさったんですか?」

魔王「もちろん俺は魂を探したけれど、見つからなかったんだ」

姫「え…」


魔王「おそらく、実際に抜け出してしまった魂は、どうにか公国にまで辿り着き…… そこで弱り、魂は器を求めたんだろう」

姫「器…?」

魔王「肉体のことだよ。もともとが生体の魂だから、生体を欲するのは当然で。それがないならば幼い魂は死ぬことになるだろうね」



魔王「・・・でも、既に魂の入っている『生きた人間の肉体』には入れない」

姫「え……」

154 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:51:16 ID:sW1e0YSw

魔王「……喪女っていうのは、どういう生い立ちの子なのかな」

姫「…………町外れの草原に捨てられていた、まだ生まれて間もないみなしごだったと聞いています」

魔王「そうか。では、きっと…その子は本当に”棄てられていた”んだろうね」

姫「……っ!」


暗黒騎士「姫様…」

姫「あ・・・大、丈夫です・・・」

魔王「……死んで間もない、生まれたての小さな赤ん坊の身体。姫は…… 君は」


魔王「喪女が姫に憑依したのではなく、姫が 喪女に憑依していたんだ」

姫「喪女…に…」


魔王「ともかく、まさかそんな器に入ってるなんて思わなかったし――」

魔王「結局、俺たちは 魂が戻るのを待つしかなかった。生身の身体があれば、いつかは必ず戻ると信じて、ね」

155 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:52:33 ID:sW1e0YSw

姫「……」

魔王「姫は・・・ 喪女という仮の生を生きたけれど。その生を終えることで魂が肉体から離れて、本来の肉体に戻って来たのが今の姫」

魔王「今の姫も、喪女であった君も もともとの優しい幼い姫も・・・ 全て、君だよ」


姫「私が・・・ 暗黒騎士と出会った喪女も私で… 本当のお姫様でもある・・・?」

魔王「そうだよ。君は 俺の大切な姫だ」


優しい掌が、頭を撫ぜる

どうしていいかわからず、思わず暗黒騎士を仰ぎ見たが
暗黒騎士も、その事実に驚いている様子だった


暗黒騎士「魔王様が、ああして仰る事なのだから。それが事実なのだろう…」 


私に向けられたものなのか
それとも自分自身を納得させるための言葉だったのか

ともあれ暗黒騎士は、改めて私に深く辞儀をした


暗黒騎士「数々のご無礼、お許しください」

156 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:53:08 ID:sW1e0YSw

姫「そんなこと…… ……あ…」


ひざまづいた暗黒騎士
困惑した私は視線を泳がせてしまい、その時ふいに暗黒騎士の後ろで昏倒する兵たちの姿が眼についた


姫「……戦争を仕掛けて…どうしたいんでしょうね」

魔王「……いろいろだよ。いろいろな感情があるし、思惑もある… 戦いの理由なんて、どちらにとっても“それらしいもの”ばかりだ」


戦いを挑む無謀な者達
彼らのせいで、きっと多くの者達の人生が狂わされたのだろう

それを思うと、疎ましく思わない気持ちもないわけじゃない
倒れている彼らを、やつあたりに叩いたとしても 責められることもないだろう

でも 幼かった私は、そうして争う事を厭い…
止めさせようと 絵物語に憧れて飛び出したらしい。ならば――


魔王「……? 姫、どうしたの?」

姫「……できること。やらなきゃいけないこと。やることだけは、やっておきたいと思いました」

157 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:53:39 ID:sW1e0YSw

周囲を見渡し、あるものを探す


姫(あった。公国騎士軍の、救命袋……)


中に手を入れて探り、生命の樹の実をみつけだす
私は暗黒騎士にした時と同じように、素手でそのイガを掴み…


暗黒騎士「姫様。何を・・・」

魔王「姫、手が傷だらけになっちゃう!!」

姫「いいんです」

魔王「よくないよ!!」

姫「でも、これが必要なんです」


そう言いきった時、勢い余って樹の実を取り落とす
拾おうとしたけれど、暗黒騎士が先に手を出して拾い上げてしまう

158 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:54:09 ID:sW1e0YSw

暗黒騎士「喪女には…自分の身体を大切にしろといいました」

姫「あ」

暗黒騎士「それに…目の前で、これ以上傷など負わせられません。先ほど、守るとお約束したばかりです」

姫「暗黒騎士さん…でも…ごめんなさい。やっぱり、返してください。その実を、つかいたいんです…!」


暗黒騎士「……いつだったか、『俺であればイガだけを剣で剥いて見せることも可能』と言ったのを覚えてますか」

姫「え…? あ、はい」

暗黒騎士「自信過剰なんかじゃないと、証明するにはいい機会です」

姫「…?」

暗黒騎士「……その。ですから」

159 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:54:50 ID:sW1e0YSw

魔王「いや、素直に『俺が剥くから手を出すな』って言えよこの気障騎士め!」

姫「あ」

暗黒騎士「~~魔王様の撃退なさった敵に味方するような真似、堂々とできるわけないでしょう!!」

魔王「真面目か!!!」



姫「・・・暗黒騎士さん、ありがとう」

暗黒騎士「……いえ。回りくどい言い方をして申し訳ありません」

魔王「まったくだよ」


姫「父様も…。あのね、私 あの人たちのこと、助けてあげたい。ちゃんと話して、ちゃんとやめさせてあげたい」

姫「帰る場所がきっとあるはずだから。ちゃんと、帰してあげたい! お願いします、手伝ってください!」ペコリ!



魔王「……やれやれ。16年たっても、人間びいきとは。困った姫だ」

160 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:55:23 ID:sW1e0YSw

そういって苦笑した魔王だったけれど
そのまま手を広げて 足りぬ分の木の実を、魔王がその術によって創り出していく

それを暗黒騎士が受け取っては、丁寧に剣で裂いていく
私は暗黒騎士が取り出した中身を受け取り、昏倒する兵達に食べさせていく

みんなで協力して、『敵』を助けようとするのは滑稽だろうか
意識が戻った公国騎士たちが見たものは、そうして必死に動き回る3人の『敵』の姿だったのだから・・・


公国騎士A「ああ、妻よ。俺は未練のあまりおかしな夢を見ているようだ…今度こそ君の元へ飛んで逝くよ」ガク


魔王「ちょっとまて! 起きたそばから妄言吐いて気絶するってどういう了見だ!!」

姫「は、ははは・・・」

暗黒騎士「もうひとつくらい余計に食べさせておきましょうか」ザックザック


ちょっと キリがなかった


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・・・・・・・・
・・・・・

161 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:56:16 ID:sW1e0YSw

目覚めて冷静さを取り戻し始めた騎士達は
お互いの顔を見回しながらも 魔王に降伏を申し出た

圧倒的な魔王の力に敵うわけもない
そしてそれ以上に、争う気の無い命の恩人に刃を向けられるわけもない・・・と。



暗黒騎士「ふん。騎士としては、まだその誇りを持つものであったか」

姫「父様・・・ あの」

魔王「うん?」

姫「……もう、戦争なんて、やめられないでしょうか…」

魔王「はは。『人間たちと仲良くしなきゃ、駄目だよ』って?」

162 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:57:06 ID:sW1e0YSw

姫「……私は…16年、人間として生きてきたから。だからその、贔屓にしてるっておもうかもしれないけど…」


ポン、と頭に手が載せられる


姫「ひゃ」

魔王「…わかってるよ。16年間、姫の言葉を真摯に聞かず、仕方ないと戦争を始めてしまった自分を後悔してきたんだ」

魔王「ちゃんと、俺が。一番偉い人と話をしなくちゃね」

姫「………父様」

魔王「今度こそ、姫にそんな役目をやらせたりしないよ」ニコリ


・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・

163 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:57:36 ID:sW1e0YSw

―――――――――――――――――――――

後日 魔王城・庭園 バルコニー


こうして魔国と公国の間には、とりあえずの休戦が決定した
私たちは訪れた平穏の中で、まったりと過ごしている

私は喪女として過ごしていた事を明かしたことで、
姫らしい振る舞いをうまくとれないことも多めに見てもらえることになった

暗黒騎士も、近衛騎士という直近の立場と
『友人』であった過去を考慮されて……喪女であったときに近い振る舞いを許された

暗黒騎士自身は、まだその立場に慣れないようでどこかぎこちないけれど
それでもその心は喪女であった頃に向けていたものと近い

今の私は、暗黒騎士の隣に負い目無く立っていられるようになった
こうして、共に歩きながら 世間話をするほどに。

当たり前に傍にいられるようになって――

164 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:58:08 ID:sW1e0YSw

姫「なんだか、すごく平和です。…でもまだ、本当の和平はこれからなんですよね」

暗黒騎士「ああ」

姫「でも きっと。ちゃんと話せばわかってくれますよね。ちゃんと誠意込めれば!」

暗黒騎士「・・・…」

姫「あ。今、『夢見がちで現実味がない根拠だなー』て思いましたね?」

暗黒騎士「そんなことは一言も言った記憶は無い」

姫「目がそう言ってるんです。暗黒騎士さんは、顔のほうがよくお話をしてくれます」


私がそういうと、暗黒騎士は複雑な表情で兜を被ってしまった


姫「ふふ。でもしょーがないじゃないですか?」

暗黒騎士「何がですか」

姫「喪女だったんですから」

暗黒騎士「は?」

165 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:58:38 ID:sW1e0YSw

姫「夢見がちな空想話くらいしか楽しみもなかったし。どうやら元々、大昔の絵物語の中の恋に憧れてたみたいだし」

暗黒騎士「ああ・・・」

姫「そんな私がお姫さまなんかになれたんだから・・・ そんな理想論だって信じちゃいます」

暗黒騎士「なれたんじゃなくて。貴方は、最初から姫だったんだと何度言ったら…」

姫「………ねぇ、暗黒騎士さん?」

暗黒騎士「ん? どうした」


姫「空想話とか、夢物語とかだと…最後に、お姫様がどうなるか、知ってますか?」

暗黒騎士「……どうなるんだ?」


姫(こんな時 私の憧れた絵物語だったら お姫様は、最後には オウジサマと・・・!)


思ってはいるけれど、それを言い出せずにもじついてしまう私
そんな私の様子をみて、言いたい事を察したのだろうか

暗黒騎士は苦笑して、立ち止まる

166 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:59:09 ID:sW1e0YSw

暗黒騎士「……どうした?」


優しい瞳に、言葉を促される
いつまでも言い出せずにいる私に焦れたような様子で、手を伸ばしてくれる


立場を考えれば、決して暗黒騎士からは言い出すことはできない
だから、私が言わなければ…叶うことはない『想い』なのだ


暗黒騎士はきっとちゃんと、わかっている
分かっているから、そんな風にして私を促してくれる

返答なんて分かっているのだから
安心して、私がそれを言えるようにしてくれる


本当は、自分で言いたいのかもしれない
言えなくて、もどかしい思いをしているのは暗黒騎士も同じなのかもしれない

だから、こんな風に… 

私がお願いをしようとしているのに
そう望んでいる暗黒騎士の願いを叶えてあげている気すらしてしまう


それほどに待ち望んでいると、バイザーの奥の瞳が教えてくれる
だから、魅せられるままに身を委ねて、言葉を紡いでしまいたくなる

167 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 06:59:39 ID:sW1e0YSw

姫「暗黒騎士さん…私と、結婚してください」

暗黒騎士「光栄です。生涯、あなたの剣となり 鎧となることを誓いましょう」


姫「……平和を作っていってくれますか? 私の居場所を守ってくれますか?」

暗黒騎士「それがあなたの願いとあらば…必ず、そうありましょう」


姫「暗黒、騎士さん・・・…」

暗黒騎士「……姫様………」


見つめあう二人の距離が、狭まる
指先を絡めて引き寄せあい、お互いの身体を抱きしめ合――


魔王「させないよったらさせないよーーーーーーーー!!!!!」ドーーン!



姫「またしてもムード破壊王!!」

暗黒騎士「ま、魔王様・・・」

168 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 07:00:09 ID:sW1e0YSw

姫「父様!! なんでそう邪魔をするのです!?」

魔王「むしろなんで邪魔をしちゃいけないのかな!」

姫「邪魔しちゃいけないオヤクソクってあるんです!! 今、物語のEDでお姫様はオウジサマと結ばれ、末永く幸せにって言うお決まりの--」

魔王「チチチ。俺だって、王子様とお姫様のEDなんか邪魔しないよ?」

姫「何を言ってるんですか! いまだっておもいっきり」

魔王「だってさあ」


魔王「オウジサマじゃなくて、暗黒騎士じゃん」

姫「」


暗黒騎士「はあ・・・ 確かに、自分は王子ではありません」

姫「そ、そういう屁理屈を・・」

169 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 07:00:39 ID:sW1e0YSw

魔王「それにさぁ、暗黒騎士・・・ 本当にわかっているのかなぁ」クス

姫「え?」


挑発的な瞳で、魔王は私の身体を引き寄せ 腕に抱いた
腰元から剣が引き抜かれ、切っ先を暗黒騎士の顔面に突きつける


姫「と、父様!?」


魔王「暗黒騎士。我が娘に手に出すという意味を、理解しているのかと聞いている」

暗黒騎士「何を・・・仰る」


娘姫を、溺愛している魔王

いくら信頼を買っているとはいえ、一介の近衛兵である暗黒騎士が
婚約者として歓迎される保証はない――そういうことだろうか


魔王の目に、ふざけた色はない
あるのはただ 断罪者の、冷徹さのみだ

170 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 07:01:09 ID:sW1e0YSw

魔王「……我が娘に結婚の誓いだと…? 覚悟はいいか、暗黒騎士」

暗黒騎士「く…っ!」


暗黒騎士に突きつけられた魔王の剣が、鈍く輝く
黒い靄が刀身を覆い、その圧力を増していく


姫「暗黒騎士さん…! 父様、やめて!」

魔王「こればかりはやめられない。守るために挑むこともある…戦争がなくならない理由のひとつでもあるね」

姫「そんな! ですがこんな、身内で争う合うようなこと…!!」

魔王「姫は黙って」

姫「っ」


魔王「暗黒騎士。答えよ。覚悟はいいか」

暗黒騎士「……ああ!! 覚悟はできている!」

姫「暗黒騎士!!」

魔王「では…」スッ

171 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 07:01:40 ID:sW1e0YSw

暗黒騎士「だが、誤解をしないで頂きたい! 我が覚悟、この身を散らせるための覚悟ではない!!」

魔王「ほう?」


暗黒騎士「俺は姫様を一生かけてお守りすると誓った! 二言はない! この意思を曲げようというのであれば…」



暗黒騎士「例え『魔王』であろうと、構わぬ!! この剣の折れるまで、挑む覚悟が済んだだけだ!!」


チャキン!

暗黒騎士は、自らの剣を抜き
合わせ鏡のように魔王にその切っ先を突きつけた


魔王「ふ。言ったな」ニヤリ

姫「父様…!?」

172 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 07:02:12 ID:sW1e0YSw

暗黒騎士「王子ではない、この身に至らぬ所が多いのも承知! 唯一誇れるのはこの剣技のみ!!」

暗黒騎士「相応しいと認めてもらうまで挑もせてもらう! 相応しき身になれるまで磨きあげるだけだ!」


魔王「………ふふ、面白い。本当にお前に、姫が守れるのか…見てやろう」


魔王は剣を引き、腰の鞘に剣を収めた


姫「父…様…?」

魔王「……」


そして空になった手を天高く掲げ… 指を、打ち鳴らした

パチン!!


ザザザッ!
その合図で、茂みから黒い影が4つ、飛び出してくる


姫「!!」

173 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 07:02:44 ID:sW1e0YSw

パンパカパーン♪


姫「え゛?」

暗黒騎士「な」


登場と同時、それぞれの楽器を手に
華々しいメロディを奏ではじめたのは四天王だった


魔王「おめでとー! 次期魔王婿が正式に決定いたしましたー! はいっ、ファンファーレ!」

四天王「おめでとー♪」プップカプー♪



姫「次期…」

暗黒騎士「魔王、婿…?」


魔王「そだよ? 姫は俺の一人娘、魔王は次代継承。つまり姫は次期魔王だって分かってる?」

姫「うえぇ!? 私『が』、魔王・・・?」

174 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 07:03:16 ID:sW1e0YSw

魔王「もう姫だって十分な年齢なんだし、そろそろ継承してもらわないとね」

姫「継承!?」

魔王「いやー、『魔王の業』を継ぐわけだから、強くなるよ! 本人の意思とは関係なしに残虐な業の数々が自動で身につくからね!」

魔王「暗黒騎士に『守る』なんてできるのかなー? 逆に守られちゃったりしてー? あはは」

暗黒騎士「 」


魔王「と、いうわけでさ。姫は魔王継承の儀を目前にしてるわけだし」

魔王「その未婚の魔王に、正式婚約もしてない一介の騎士が手をだしてちゃ マズいんだよねぇ」ウンウン

暗黒騎士「そ、それは確かに・・・。 俺は、なんと言うことを」

魔王「ま、でもほら 今ちゃんと俺の前で宣言したし? “婿候補”が 婿に正式決定したなら…まぁチューくらいだったら許してあげよっかなっ」

姫「宣言?」

魔王「言ったでしょ? 『この娘に手を出す意味をわかって、覚悟は済んでいるか』って聞いたらぁ、『魔王でも構わぬ』、っていったじゃーん♪」

姫「う、うぇ!?」

175 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 07:04:03 ID:sW1e0YSw

暗黒騎士「・・・姫様には一生おつかえしようと思っていたが…。 まさか、“魔王”婿として、とは」

魔王「ふふん。そーんな覚悟、できてませんでしたーって言っちゃう? 騎士の二言とか聞いてみちゃってもいいよー?」

暗黒騎士「・・・」


姫「暗黒騎士…」ハラハラ

暗黒騎士「ああ。確かにその覚悟まではできていなかった」

姫「っ」


暗黒騎士「だが、問題はない。どのような道であれ、その手を離さぬと誓ったことに変わりはない」

暗黒騎士「それが、魔王とその婿の道だと決まったに過ぎないのだからな」

姫「暗黒騎士…っ」ギュッ

暗黒騎士「っと」

176 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 07:04:35 ID:sW1e0YSw

魔王「っ、くぅぅぅう・・・」プルプルプル

暗黒騎士「魔王様・・・?」


魔王「うわぁぁぁん!! かっこつけやがってコンチクショウ!!」

姫「と、父様」


魔王「ちょっとくらいオロオロしてかっこ悪いとこ見せて姫にプークスされろとか思ってたのに!!」

暗黒騎士「プークス…?」

魔王「俺一人でなんかすっかりバカみたいじゃないかぁぁあああああ!!!」

姫(いつだって一人だけテンション違うと思うけど…)



魔王「うわぁぁん! 暗黒騎士なんか嫌いだあああああ!!!!」

暗黒騎士「っ! 魔王さm」

姫「あ…。 走って… いっちゃいました…」

177 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 07:05:06 ID:sW1e0YSw

暗黒騎士「……」

姫「……」

姫「あの。いくらなんでもアレが『魔王』の前提じゃないと思いますし・・・」

姫「私はもうちょっとちゃんとした魔王になりますので、ご安心ください・・・?」

暗黒騎士「……頼んだ」



先代の魔王…つまり私にとってのおばあさまなのだけれど
そのおばあさまの婿になったおじいさまにそっくりだと言われる父様

女魔王に嫁ぐためには、結構独特なメンタルが必要なのかもしれないと
おじいさまに想いを馳せる


姫(もしかして私、守られるお姫様とは程遠いのかしら…?)ウーン

暗黒騎士(嫁の尻にしかれるとか、そういうレベルの話じゃなくて組み敷かれる可能性があるのか…)ウーン


とんでもないけど、憎めないほど楽しい生活が待っている気がした

178 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 07:05:52 ID:sW1e0YSw

暗黒騎士「とりあえず…行きましょう、姫。 そろそろ予定が…」

姫「あ、は はい。行きましょ… っきゃ!?」

暗黒騎士「! 危ない!」


振り返ったとたんに、ヒールがスカートを巻き込んでしまいバランスを崩す
転びそうになった私を、暗黒騎士は支えてくれる


姫「あ、ありがとう…」

暗黒騎士「……やはり、守られるよりは 守っていたいですね」

姫「あはは…」

暗黒騎士「『魔王』よりも強くなって、お守りします」

姫「……うんっ!」

179 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 07:06:24 ID:sW1e0YSw

素直じゃないけど 誰よりも心優しい暗黒騎士に見つめられて

私はまだ これが夢なんじゃないかと思ってしまいそうだった
こんなに幸せだなんて、なにかとんでもないことの前触れなんじゃないかって思えてくる



暗黒騎士「…迂回するより、このままバルコニーを飛び越えよう。俺が支えますのでご心配なく」


でも 暗黒騎士が隣にいてくれるなら きっとどんなことでも頑張れる
戦争とか和平とか、魔王とかいろんなことがまってても、やっていける気がする


姫「……」

暗黒騎士「? どうした。跳ぶ覚悟が決まらないか?」

姫「覚悟…」

暗黒騎士「ああ、いや。無理にそんな覚悟なんてしなくとも――」

姫「いいえ! 覚悟していたところです!」

暗黒騎士「姫?」

180 生キャラメル ◆XksB4AwhxU 2015/03/18(水) 07:07:15 ID:sW1e0YSw

あなたの隣っていう居場所を守るためになら
私はなんだってできそうだから


あなたの隣なら、安心していられる。強くいられる。
こんなに嬉しくて、こんなに楽しい気分にさせてくれるから、なんだってできる

だからそれだけ一生懸命に守っていきたい
「いつまでも幸せに暮らしました」って言えるように、がんばるしかない


喪女でも、お姫様でも、魔王でもなんにだってなれるけど
こうやって言えるようになったのは 貴方がいるっていうそれだけの理由なんだから

だからもう、自分が喪女だとか姫だとか
そんな役割なんかに惑わされない! 関係ない! なんにだって、なればいい!


私が誰だって、なんだって
出来る事をして一生懸命に生きていくだけなんだから!

だから


姫「魔王になって、みーんなで幸せになる覚悟が 出来ましたっ!」


----------------
おわり
[2015/05/01 09:41] SS置場(一覧よりどうぞ!) | コメント(0) | @
【長編】魔王「ならば、我が后となれ」 少女「私が…?」
SS速報VIPにて掲載。


1: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/14(水) 13:58:00.84 ID:oIuSJycL0

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魔王城 謁見の間


朝から玉座に座らされ、やたらと幅の広い肘掛に頬杖をついて ただ時間を費やしている
3段低い場所でかしずいている者を眺め見ると、慌てたそぶりで視線を地に落とした

魔王(俺は今、どんな顔をしているのだろうか)

数人ずつ、次々と謁見希望者が前に並べられ それぞれ口早に好きなことを好きなように述べあげていく


「魔王様、わが国で今年16を迎えたばかりの器量のよい娘が・・・」
「竜王の眼とよばれる奇跡の能力をもった我が姪こそ・・・」
「隣王国より親書をもって参りました、貴族の娘たちを集めた舞踏会への是非とも御招待を…」

魔王「……」





2: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/14(水) 13:58:50.97 ID:oIuSJycL0

新王として、魔王の玉座に座するようになって2年
ほぼ毎日のように、謁見を求めるものはこのようなものばかり

成人の儀を終えたばかりの魔王に対し、政治的な交渉手段として捧げられる多くの娘たち
そのどれかを選べば、政治の流れも同時に選ばれる


臣下A「魔王様、そろそろどれか選んでみてはいかがです。よき伴侶、美しき娘を側に置いて子を作るのも この国の安泰のためには必要な……」

臣下B「いえいえ、なにもすぐに后を選べとはいいません。魔王様はまだ若いのですから。ですが国交易が捗らない事には、この国の行く末も……」

顔色を伺うように、どうにか俺の首を縦にふらせようとする臣下たちのやり取りも聞き飽きた

この世界にも、この国の行く末にも 興味などない
先の先王は賢く、強大な力を持ってこの国を支配してきた
その先王の急死により残された莫大な遺産はどう扱おうと手に余るものだった
鍛え上げ、練りこまれたその“力”ですらも 成人の儀…“継承の儀”によって引き継いでしまった



3: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/14(水) 13:59:27.45 ID:oIuSJycL0

そう
俺は最初から 全てを与えられて王になった

望めば、望むものが手にはいる
できないことなどない
従わないものがいるとしても、それを屈服させることすら容易だった

だから 興味などない
いまさらとりたてて 欲しいと手を伸ばす必要もなかった
全てを手に入れてしまったあとは 何を欲しがればいいのかすらわからない

だから決まって 返事はひとつ


魔王「要らぬ」


誰もが隠した溜息は、折り重なって 謁見室に重く沈んだ空気をつくりだした



4: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/14(水) 14:00:23.14 ID:oIuSJycL0

亜寒帯地方に絶対的な支配力を持つ 強大な独裁政治王国、『魔国』
その王位正当継承者…… 『魔王』

そいつは世界にも 権力にも 金にも女にも 何に対しても興味を持てなかった


「やはり、『無欲の魔王』には何を差し出しても無駄なのか…」

誰かの小さな呟きに顔を上げる
数人、慌てて顔を逸らしていた
きっとあの呟きに同意をした者が、悟られまいとしているのだろう

だが無意味だ。そう呼ばれてもなんの感慨すら浮かばないのだから


そう。俺は『無欲の魔王』と呼ばれるほどに
この世界の何もかも「関心の持てない面倒事にすぎない」と、思っていた


・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・



13: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/15(木) 13:45:45.95 ID:4V70RNmz0

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謁見の間で、例の呟きが聞こえた後
重苦しい雰囲気が張り詰めていた

興味など何ひとつ持たなかったが きっと俺はひどい顔をしていたのだろう
その翌日である今朝 ひきつったような笑顔で臣下から助言があった

臣下B「魔王様。連日の謁見で少々お疲れでしょう…。 今日は謁見希望者も少ない見込みですので、どうぞ休息などお取りください」

「要らぬ」という言葉を掛けられるとでも思ったのか、臣下はそういうやいなや礼をして部屋を出ていった

休息。何をしていいものやらわからないまま、俺は身支度が終わると城を出て敷地内のとある森に足を伸ばした

そこを選んだのに、特別な理由などない
あるとすれば、自然に人気の少なそうな場所を選んでいたというだけ



14: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/15(木) 13:46:24.89 ID:4V70RNmz0

森を歩いていると、少女の姿をみつけた

魔王(この森に、人間… それも少女が?)

少女は手付かずで自然のままに咲き誇る花々を摘み集めているようだった
俺がいることにも気づかず、油断しきった背を向けてせわしなく花を探しては摘んでいる


魔王「……何者だ。誰の許可を得てこの森に立ち入っている」

少女「!」ビクッ

魔王「話せ」

少女「えっと…あの。花を、あつめていました」

魔王「集めて、どうする」

少女「その… 売るんです」

魔王「……」



15: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/15(木) 13:47:18.60 ID:4V70RNmz0

花売りか。身なりからして貧しい子供…
確かにこの森の中でならば多くの花を摘むことも出来るし、他の花売りと場所を競い合うこともないだろう

だが

魔王「この森は俺の森だ。花とはいえ、勝手に持ち出すのを見逃すことも出来ぬ」

少女「……あ… ごめん、なさい」

魔王「……」

少女「……」

少女は目を閉じて、手を両脇に垂らしたままぎゅっと握って棒立ちになった

魔王「どうした」

少女「……え。 あの… 叩かないの…?」

魔王「なんと?」

少女「あの、その。花を盗ったから…」



16: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/15(木) 13:53:16.27 ID:4V70RNmz0

少女は緊張した様子で、身体を強張らせていた
口調が時々崩れそうになるのを なるべく丁寧に言い換えようとしている様子も見て取れる

こういった様子は見慣れているのでよくわかる
つまりこの少女は 怯えながらも、俺の機嫌を損ねぬように気を張っているのだろう
誰も彼も、よくもまあそんなつまらぬことを気にするものだ


魔王「…持ち帰ったわけではないし、知らなかったのだろう。知っていて、なお持ち帰りたいならば それなりの事を覚悟する必要はあるかも知れぬが」

少女「……持ち帰りたい、です」

魔王「そうか。ならばその覚悟も頷ける」

少女「でも私は、まだ15で…」

魔王「……?」

少女「あと1年たたねば、身体も売れぬ年齢なのだと聞いています」

魔王「………」



17: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/15(木) 13:53:45.15 ID:4V70RNmz0

少女「叩くだけでは足りないなら あと1年まって欲しいです」

魔王「1年待つと、どうなる」

少女「身体で代価をお支払いできるようになります」

魔王「馬鹿な」

少女「え?」

魔王「支払う金がないのはわかる。だが幼いうちは叩かれて許しを乞い、育てば身体で支払うと? 親にそう言われているのか」

少女「私に親はいないの。えっと… 孤児、っていうんです」

魔王「そうであったか。では、誰にそのような生き方を習った」

少女「……町にいる、駐在軍の人に 教えてもらいました」

魔王「なんだと?」

少女「そうして日銭を稼ぐのです」



18: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/15(木) 13:54:51.95 ID:4V70RNmz0

魔王「……その金、たいした額にはならないだろう。何を買う」

少女「はい。駐在軍の方からパンをいただくかわりに、その日に稼いだ銭を渡すのです」

魔王「な。 ……お前は、配給品を買っているのか?」

少女「ハイキューヒン…? パンのこと…ですか?」

魔王「………」


首をかしげて魔王の言葉を待つ少女

魔王は国のことに興味はないとは言え 仮にも王の座にある
ともすれば周辺諸国の話も 嫌でも聞かされている
あいまいな記憶をたどり 町の情報を思いだす

人間の町は確かにすぐそばにひとつある
魔国の領地に一番近く、常に警戒の張られている… 貧しく物々しい町だったはずだ
おそらくこの少女、そこの町から来ているのだろう



19: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/15(木) 13:58:26.93 ID:4V70RNmz0

魔王(軍の配給品は、王国が農耕をろくに行えない辺境の地に無償で届けていたはず。物は届くが、目は届いていないということか)

自分自身、自国の内情になど目を向けていないのだからそれを責める気にはならない
荒れ果てた土地で、どうにか私腹を肥やしストレスを吐きたい軍の人間の心理も理解できる

だから魔王は、そんな“悲惨な状況を危惧する”ことはしなかった
ただ、目の前の少女にはどこか気をとられる気がした


魔王(生きたくとも、賢く生きる方法をしらない少女…か)


生きることの価値を見出せない魔王にとって
それは同類するものなのか、相反するものなのか

そんな疑問がうっすらと浮かび上がるころには
魔王は既に『自分の役割として自分の敷地内を守る意義』など、どうでもよくなっていた

もとより最初から興味があったわけではない
そうするべきだと言われて、していたことにすぎない… この少女と、同じように



20: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/15(木) 13:59:09.21 ID:4V70RNmz0

少女「あ、あの…?」

魔王「ああ、よい。花にも、お前を罰することにも、特に興味はないからな」

少女「え?」

魔王「見逃しておこう」

少女「あ」


俺はそういって、そのまま少女の横を素通りして歩き出した
背後に視線を感じたが、気にもとめずにそのまま立ち去る

その日は、ただなんとなく森を歩き続けてから城に帰った
1日かけて うすぼんやりと心に浮かんだままの自分の疑問を洗い出そうとしてみたが、結局なんの収穫もないまま夜になり、寝所へはいった

魔王(……ふむ。何にも興味はないと思っていたが、まだ自分自身の感情くらいは気になっているものなのかもな)

そんな結論が出たことで、魔王は久しぶりにほんの少しの満足感を得て眠りについた
夢は、見なかった


・・・・・・・
・・・・・
・・・



27: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 09:08:15.90 ID:2MQxt6/70

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翌日

朝、少し早く目が覚めた
昨夜味わったほんのすこしの満足感。その余韻が残っていたのだろうか
何気なく、朝食をとる前に軽く敷地内を歩いてみる気になった

魔王(とはいえ、やはり人のいる場所は億劫だ)

何気なく城の裏手へ回る
すると小さな石造りの倉庫前で、2人の警備兵が話しこんでいるのが見えた。早朝訓練の後片付けだろう

魔王(…見つかると大仰な挨拶の後、下手すると食堂まで警護されるな。戻るか)

クルリ、と踵を返したときだった


新人警備兵「魔王様って、やっぱ怖いっすね」


ガタガタと槍を束ねながら、警備兵の一人がそう話すのが聞こえた
だれにどう思われようと興味はない。そのまま2歩ほど足を進めてから、ふと立ち止まった



28: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 09:09:23.50 ID:2MQxt6/70

魔王(……そうだ。自分自身には興味があるのかもしれないと、昨日気づいたばかりではないか)

興味があるのかもしれない
それならば、それを確かめてみるのは悪くない。うまくいけば昨夜のように満足感を得られるかもしれない

そのまま気づかれぬように耳を澄ませてみた


新人警備兵「謁見室で魔王様が焦点を合わせて人を見る所、初めて見たんすよ」

警備兵「俺だって、あの魔王様が誰かを探して睨むようなのは初めてだけどな」

新人警備兵「あの態度で、無言・無表情のまま ゆっくりと視線をあげて…うぅ、思い出しただけでブルっとするっす」



29: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 09:10:20.47 ID:2MQxt6/70

警備兵「まぁ、何を考えてるかわからない御方だしな。それだけに威圧感があるよな」

新人警備兵「それっすよ! なんかあの魔王様は、視線をあげるのも 客を殺すのも 同じ態度でいきなりヤりそうな末恐ろしさがあるっす!」

警備兵「はは、んなことはいくら魔王様でも……………っ」

新人警備兵「………先輩、今 あっさり想像できちゃったでしょ」

警備兵「し、仕方ねぇだろ! 先王様と同じ能力を持っていて、しかも本当に何考えてるかわかんねぇんだ。怒ってても行動されるまでわかんねぇよ、絶対…」

新人警備兵「そうっすよねー。まあ、自分のところの王様なんで頼もしいっすけどね」アハハ

警備兵「まぁ、来客に対して親しみやすい『魔王様』なんてハクもつかねぇしな」ハハ


魔王(…………で?)


興味を持てるかもしれないと思ったが、勘違いだったようだ
結局、謁見室で過ごした後と同じように溜息をひとつ残し、そのまま立ち去る



30: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 09:11:45.09 ID:2MQxt6/70

朝食を終え、謁見室の玉座につくと 周囲には普段以上に緊張した空気が漂っていた
あの警備兵と同じく、周囲は一昨日の空気をまだ引きずっているようだった


魔王(なかば無理やりに俺に1日の休息を取らせておいて、自分たちが気分転換できていないとは)

魔王(…仕方ないか。あの警備兵達が言っていた通りなのだとしたら、気づかぬ内に威圧的なことをしたようだしな)


これまでは謁見の間、魔王は大抵 頬杖をついて何もない空間をぼんやりと見つめていた
飽きると足を組み、意味もなく靴先を眺めたりする程度しか反応しない

横柄な態度であることは自覚していたが
自分がどう見られるかにすら興味が持てない魔王にとってはどうでもよかったのだ
普段は、謁見者が通され挨拶の口上を述べあげても その格好のまま無言で小さく頷く程度だったのだが…


魔王(何もしないがゆえ、些細なことをするだけで注目されてしまう、か。……困るほどのこともないが、愉快でもないな)

魔王(なにより、いちいち このように過剰反応されるようだと後々が面倒そうな…)



31: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 09:12:34.35 ID:2MQxt6/70

自分は今、関心や興味を払っているのだろうか。それともその“振り”をしているのだろうか
その疑問が脳裏をよぎった時、昨日と同じ感覚を思い出した


魔王(つまり、俺自身が自分をどう思うのかには興味があるようだ)


せっかく立ち止まってまで聞いた話だ。少しは役立ててみるのもいいかもしれない
これから少し反応を返してみよう。それで余計な面倒事が減れば僥倖、変わらぬなら止めればいいだけの話…

そんな結論を出すためだけに、随分と時間を消費していたらしい


「……というのも、身内ながら聡明な娘でして。今日は是非とも魔王様のお知恵に触れさせていただきたいとつれてまいりました…。どうぞ娘にも、謁見のご許可を」

気がつけば既に、臣下は今日の1組目の謁見希望者を入室させていた
その男は挨拶の口上を終え、謁見理由を既に述べていたようだ。今は要望を出し、控えて魔王の反応を待っている



32: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 09:13:34.38 ID:2MQxt6/70

臣下たちはいつも通り、僅かな魔王の反応を見逃すまいと 沈黙して両隣に立つのみ
魔王はさっそく自分の出した結論に従って見ることにした

といっても、突然に言葉など出てくる訳もなく…


魔王「ああ」


なるべく穏やかな表情で視線を投げかけ、そう一言呟くだけで終わった
だが謁見室にいる全員の心をざわめかせるには充分だったようだ


臣下B(魔王様が、返答なさるとは。これはもしや ついに興味を持たれたか…)

臣下A(初めての好反応! ええいこの者、期待に沿うだけの娘とやらを連れてこいよ…!!)

男「は…ははっ!! え、謁見の許可を頂き……畏れ多くも、魔王様のお目に触れることができ、娘も光栄と存じまする…!!」


男が立ち上がり、興奮してうわずった声で 従者に娘を連れてはいるよう指示をする
それと同時に他の謁見希望者などからざわめきが立ち上り、一瞬で室内は期待と動揺に包まれた



33: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 09:16:09.71 ID:2MQxt6/70

臣下B「鎮まれ! 魔王様の御前なるぞ!」

声を荒げて鎮静を図る臣下Bこそ、興奮の色を隠せていない

「お待たせしました!」という誇らしげな男の一声
そのすぐ後に連れられてきた娘に誰もが注視したその瞬間、ようやく場の雰囲気が収まり、皆が一斉に息を飲んだ


魔王(なるほど、美しい)


魔王の前まで優雅に歩み寄り、ゆったりと辞儀をする令嬢
長くしなやかに、腰まで伸びた金糸のような頭髪がスルリと落ちる

次いで、控えめだが充分に練られたと思われる感謝の言葉を述べあげる
落ち着いた、清涼な川の流れをおもわせるような声

実際、ある者は水をかぶったかのように興奮を収めていたし、また別のある者はすっかり心溺れて魅了されていたようだった



34: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 09:17:37.96 ID:2MQxt6/70

謁見室内の雰囲気に気をよくしたのか、娘を連れてきた男は上機嫌で語りだす


男「この娘、記憶力にとても優れておりまして…」

魔王(ほう)

男「一度読んだ話などを、ずっと覚えていられるのです。それも大量に」

魔王「それは見事だ。では何か話してみるがよい」


控えて頭を下げたままの令嬢に声をかけたつもりだったが
横にいた男に口を挟まれるほうが早かった


男「いえいえ、魔王さま」

魔王「?」

男「せっかくならば、この娘の記憶力をしっかりとご覧頂きたいと存じます」

魔王「……ほう。つまりどうしたいのだ」

男「どうぞ、夜 お眠りになる際などにお呼びいただければ。眠る前に子守唄のように話をさせていただきましょう。この娘、朝まででも続けていられまするゆえ…」

魔王「…………」



35: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 09:18:49.28 ID:2MQxt6/70

しまりの悪い笑顔と、わざとらしく歯切れを悪くした言い回し
要するに、この聡明な才能を建前に 彼女を女として俺にあてがうつもりなのだろう


魔王「この娘、どこのものだ」

男「はい、私の4番目の娘でございます。身分ははっきりとしております。たとえ御寝所にいれたとしても不審な思いをなさることもございませぬ」

男「いかがでしょう、魔王様。是非一度、お試しください。もちろん気に入らなければそれまででよいのです」

キッパリとした、自信に満ちた口ぶりが気に入らなかった。実の娘を、政治工作に使うために女として取り扱うこの狸親父
その横で、凛とした美しさを保ちつつも どこか物憂げな視線で床の一点を見つめているだけの令嬢


魔王(娘も、哀れなものだな)



36: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 09:19:42.92 ID:2MQxt6/70

いかに美しく、どれほど聡明であろうと 令嬢そのものに興味はもてなかった
だが、この父親の元では宝の持ち腐れ。その有り余る稀有な才能は埋もれるだけであろうと考えると、同情をしてやってもいい気もする

だからといって興味の持てない俺の元に来ても、捨て置いてしまうのは明白
哀れんでこの令嬢を迎え入れたところで、結局はお飾り。喜ぶのはこの狸だけだ

令嬢には悪いが、結果 どうなろうとこの娘は報われぬのだ 
それならば、やはり……


魔王「要らぬ」


令嬢はそれまでとはうってかわって、青ざめ強張った表情をした
そんな娘を、今にも舌打ちをしそうな表情で睨みつけ 瞬時に顔を取り繕う男


男「そ、そうですか。これは大変差し出がましいことを致しまして……」

令嬢「………」



37: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 09:22:40.87 ID:2MQxt6/70

俺が反応したことで もしかしたら、という期待をさせてしまったらしい
その期待度が大きかった分 落胆も一層のようで、男は足をよろつかせながら退室していった

おそらくあの娘 帰ったら帰ったで『役に立たぬ、恥をかかせた』などとムチのひとつも打たれ不満をぶつけられるのであろう
そんな恐怖の見える、青ざめ方だった


魔王(俺の試みにつきあわせ、余計な負担を負わせてしまったか)


生まれた先を間違った、己を恨め
そしてその才能、埋もすことなく賢い生き道を探してほしい

せめてもの償いにと、立ち去る令嬢の後姿に そう心中で声をかけた
口に出してしまえば、また期待をさせてしまうだけ…欲しがるフリはできても、実際に欲しいとは思えないのだから



38: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 09:25:31.56 ID:2MQxt6/70

多くのものが与えられる
だが、そのどれをも選ぶ事が出来ない
下手に選ぶ真似をすれば、こうして無為に傷つけてしまうから

やはり、今の俺にできることはただひとつ。ただ一言呟くのが最善なのだ

『要らぬ』、と

断り続けることでしか 今、俺がこの王国を守ることは出来ない
様々なものを手に入れるのは 様々なものを管理することになる

全てを持つ事など、こんな俺に出来る訳がない… 『大事に守る』など出来ない
全てを譲り受けてなお、俺は先王とは違うのだ

それとも

俺にはまだ、何か足りない大切なものがあるのだろうか



47: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 20:48:35.50 ID:2MQxt6/70

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魔王は今 一人で森の中を歩いている

その後の謁見室の空気はひどいものだった
申請書を出してから随分長い期間を待ったであろう希望者が その謁見を取りやめて帰りたがるなど混乱もあり
その日はまた休息を取らされることになる程だったのだ


魔王(誰が泣こうと騒ごうと構わぬが…… 騒々しいのが落ち着かないのは確かだ)


一度は部屋に戻ったが、次々とご機嫌伺いに現れる臣下や侍従に いちいち要らぬといっているのは気が滅入ってきそうだった

だからしかたなく、魔王はまた森を歩いていたのだ



48: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 20:50:05.14 ID:2MQxt6/70

しばらく歩くうちに、森の中にある豊かな泉のほとりに行き着く
休息を取ろうと思った矢先、先日会った少女が対岸にいるのを見つけた


魔王(あの少女… また森の中に来ているのか)


何気なく足がそちらに向かう
向かいながら、何故 少女のほうに歩いているのか違和感を覚えた。確か、休息を取ろうとしていたはずなのに


魔王(とはいえ、ここは俺の敷地内。侵入者を確認し、追い払うのはもっともな行為だな)


当然過ぎる理由があったので、それ以上気にしなかった
湖畔に沿って歩くにつれ、はっきりと少女の姿を確認する事が出来た
少女は泉の傍で、水をくんでいた

魔王「……おい」

少女「!」ビクッ



49: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 20:50:52.34 ID:2MQxt6/70

少女「え、あ…。 えっと、このあいだの…」

魔王「やはり先日、花摘みをしていた子供か」

少女「はい」

魔王「今日は、何をしている」

少女「えっと… その。水を汲ませてもらってます」

魔王「言ったであろう。この森は魔王の森。水とはいえ、勝手に持ち出すのを見逃すことも出来ぬ」

少女「……では」

魔王「なんだ。また叩かれるとか1年待てとか言うつもりか」

少女「そうじゃなくて… 持ち出さないので、今ここで 少しだけ貰うことは出来ませんか」

魔王「……ならぬ」

少女「どうしてですか?」

魔王「この森にあるものは、全て魔王のものだからだ」



50: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 20:52:22.68 ID:2MQxt6/70

少女「……じゃあ」

頭を垂れて、無防備な姿をさらす少女
また瞳を閉じ、手を硬く握り締めている


魔王「なんのつもりだ。前にも言ったとおり、実行したわけではない以上 処罰に興味など…」

少女「でも、私はもうこの森にある空気を吸って生きているから」

魔王「何?」

少女「この森にあるものが全て、あなたのものなら 私はもうそれを勝手に使っています」

少女「なので、他に支払えるものもないので叩いてください。それで、空気をください」

魔王「……」


魔王「それは、とんちのつもりか」

少女「と… とんち??」



51: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 20:57:18.50 ID:2MQxt6/70

魔王「……水は、もういいのか」

少女「水は…欲しいです。でも、空気を吸う方が大事だし。空気の分を叩かれたら、痛いので…」

少女「その上、水を貰う分まで叩かれてしまったら、痛くて帰れなくなるかもしれないので。諦めます」

魔王「諦める……? 空気の分を叩け、というのは 水を譲らせるための口上ではないのか?」

少女「え? えっと… ごめんなさい。言葉が難しくて…どういう意味ですか?」

魔王「おまえは、賢いのか愚かなのか……」


少女「あの… 本当にお金はないんです。なので、代わりに…

魔王「叩きはせぬ」

言葉を遮ってまで返答をしたのは、あまりにくだらない問答の繰り返しを嫌ったからなのか
それとも『許しを得るために叩かれて当然』という少女の行動を嫌ったからなのか
そんな疑問が浮かび 言葉を閉ざした魔王と、支払い方法に悩む少女の間で しばしの沈黙が生まれた



52: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 20:57:56.50 ID:2MQxt6/70

少女「……わかりました。では、1年後に お支払いに来ます」

魔王「身体で、というつもりか」

少女「はい…。 それしか、私にはないので、それで許してもらうしか…」

今にも泣き出しそうなほどに困った様子で、懇願する視線で見上げてくる少女
どうやら本当に、空気を吸うだけでも支払いを済ませねばならぬと思っているらしかった


魔王「……ならば」

ペシ。

少女「ひゃ!?」

魔王「叩いてやった。そうしてやる義理はないが、これで空気を売り渡したことにしてやろう」

少女「…こんなに軽くでいいなんて。ありがとうございます」

魔王「感謝されるのはおかしい気がするな」

少女「いつもはもっと強く叩かれます。痛くないのは、嬉しいです」



53: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 20:59:14.82 ID:2MQxt6/70

あまりに愚かで、騙されていることに気がつかない少女
皮肉を言ったつもりが、心から深々とした礼を返されては居心地の悪いものだと思い知った

なので、皮肉を言った事を誤魔化すように少女の勘違いに付き合って見ることにした
ちょっとした気まぐれだ


魔王「おまえは強く叩かれるのか。 どのくらいだ」

少女「え、えっと… どのくらい…。あ、それは 4度ほどです」

魔王「回数ではなく、力加減を聞いている」


困ったように、少女は手をあごに当てて思案する
きっと強さを表現する事が出来ないのだろう


少女「こう…… 『びしっ!』っと…」


少女は悩み、彼女を打ち付ける者の真似をして見せた
その手首の動きに見覚えがあった。……馬をけしかける時の、ソレだ



54: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 21:00:28.85 ID:2MQxt6/70

魔王「おまえ、身体を見せてみろ」

少女「えっ! あ、あの、その!! まだ、身体でお支払いできる年ではないので、1年まってもらわないとっ…!!」アワワ

魔王「……そういった意図ではない」ハァ

少女「ふぇ!?」


強引に服をめくり上げる
案の定だった

青、赤、紫のおおきな腫れ物と 鞭によるミミズ腫れの線
その中には、そのミミズの中心が裂けて ひどく膿んでいる傷もあった


魔王「……これは。消毒もしていないのか」

少女「その。えっと… 綺麗な水はほとんどないし、町には水自体が少ないので、うまく洗い流せなくて…」

魔王「それでこの泉の水を使わせて欲しかった、と?」

少女「……」コクン


申し訳なさそうな表情のまま 黙ってうつむく少女
叱りつけられる子供の姿、そのままだった



55: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 21:01:33.15 ID:2MQxt6/70

少女「で、でも もう諦めます! 本当にごめんなs

魔王「水を使うことを許そう」

少女「え?」


少女「……えっと、でも。お支払いできるものは…。 あ、でもそっか。さっきの痛くなかったし、それなら今度は水の分をちゃんと…」


慌てたように、でも嬉しそうに頭を働かせる少女
叩かれて許しを乞い、金の代わりに身体で支払うなどと聞いたときはとんでもない育ちの娘だとあきれたが…
律儀に支払いを済まそうとしたり、勝手に盗る真似はしないという点でしっかりとした躾をされているとも言える

この少女からは、打算や野心どころか 一切の悪気も感じられなかった
そういう人間に会うことは 魔王にとって非常に新鮮に感じた


魔王「…今、俺はお前の身体を強引に見た。その代価として、金ではなく水を与えよう」

少女「……!! ありがとうっ!!」ニコ



56: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 21:02:24.87 ID:2MQxt6/70

少女は満面の笑顔でそう言うと、嬉しそうに水辺に駆け寄っていった
衣服をぬぎ、置いてあった粗末な木の器で水を汲み、小さく傷だらけの身体にかけた

傷口に染みるのか、ときどき 顔をしかめつつも 楽しげに水浴びをする少女
その姿を見ているうちに、今度はしっかりと自分の中に満足感があるのを感じた

その満足感を確かめる事に気をとられ、少女に何も言わぬまま立ち去る
立ち去る魔王を見つけた少女が声をかけたことにも、気づかなかった


魔王(……『与えよう』、か。与えられてばかりだったが、悪くないかもしれない)

魔王(こんな気分は心地いい。今度からは、望むものを与えてみるとしよう)


一人で歩く魔王は、自分自身では気づかない
他に誰もいない以上、誰もそれを魔王に教えることはできないが

魔王はその時
確かに、微笑を浮かべていた



57: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 21:03:56.24 ID:2MQxt6/70

::::::::::::::::::::::::::




自室のバルコニーに設置されたテーブルセットで昼の満足感の余韻に浸っていると、コンコン、というノック音が響いた
視線だけそちらに向けたものの、立ち上がり招き入れる気にはならない。今はこのまま、この空気に浸っていたい

しばらくすると、ゆっくりと扉が開いた
訪れたのは、愛らしい顔をした年頃の女だった


魔王(明らかに様子伺いの侍女ではないな…)


どこかの王侯が、機嫌取りにと寄越したか。
いまだ窓辺で空を見ていた魔王は 椅子に座ったままぼんやりとそんなことを思うだけだ



58: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 21:05:53.87 ID:2MQxt6/70

女はしとやかにバルコニーへと歩み寄りながら
その着衣をゆるりゆるりとはだけさせていく

月明かりに照らされた、白い肌
腕にも腹にも余計なひっかかりのない、なめらかな曲線だけで描いたような肌だった


女「どうぞ、触れてくださいまし。お情けを頂戴くださいまし」

魔王「ほう。欲しいというのか」

女「はい…」


女は艶やかな紅の塗られた唇を一舐めし、控えたように顎を引いた
そうして僅かに首を傾げたまま、甘えて乞う視線を投げかけてくる


魔王(丁度いい。与えてみたいと、思っていたところだ)



59: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 21:07:49.27 ID:2MQxt6/70

手を伸ばすと、女はその手を受け取った
支えるようにして手を引かれ、室内に招き入れられる

女はもう片方の手でバルコニーの扉を閉めると そのまま自分の胸に俺の手を当て……
満足そうな微笑を浮かべた


触れた女の体は ほんのりとした甘い香と、しっとりとあたたかな感触があった
直前まで温かな花湯にでも浸かっていたのだろうか

触れているその腕を伝うようにして女は自身の腕を絡ませ、身を寄せる
密着してなおまだ足りぬというかのように、腕が伸ばされ吸い付くようにして首元に絡みつく
両腕で俺の頭を捕らえ、熱っぽい視線を注いで…
そのまま、ゆっくりと唇を寄せ…


女「――どうぞ、私を…… 貰ってくださいまし」



なんだ
欲しいんじゃなかったのか。それならば……


魔王「要らぬ」


掛ける言葉は、決まってひとつだ



60: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 21:11:21.93 ID:2MQxt6/70

女はビクリと身を引いたあと 頬を紅潮させてわなないていた
そうして慌しく床におちていた絹をひろいあげると、泣きながら、部屋を飛び出していく


魔王「……別にお前など要らないが、欲しがるならば与えてもいいとは思えたのだがな」


女が怒った理由は明白だ
もちろんそれに気づかないわけではない… 

憎悪、嫉妬、憤怒、恥辱。そういった感情は幼いころより見慣れてきた
頂点に属し生活していれば いろいろなものがよく見える


魔王(頂点、か。一国の王とはいえ、思い上がりかも知れぬ)


バルコニーの窓から見上げれば、手が届かない高さに空がある
亜寒帯の国である魔国においても、その日は格別で 凍るように透き通った星空が広がっていた


魔王(今日は、寒かった。 ゆっくりと湯浴みをするのはいいかもしれない)


先ほどの、あたたかな湯にはいっていた為と思われる女のぬくもり
それ自体は 決して悪くはなかったと思う



61: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 21:12:57.03 ID:2MQxt6/70

その美しい白い肌を思いだした直後、泉にいた傷だらけの少女を対比的に連想した

魔王(暖かい花湯につかる美しい肌の女。それに対し、森の泉で器に掬った水をかける傷だらけの少女……)

魔王(ああ、そうか)


あの少女が水をかぶり、顔をしかめていたのは
傷口に染みるだけではなく きっと、水の冷たさに凍えていたのだろう

水の冷たさに触れる事などない俺は そんなことには気づかなかった


恵まれ、与えられすぎたこの俺は
何もかもをすっかりわかった上で 興味も関心も持てないのだと思っていた
知っていることと一致すれば、それだけでわかった気になっていたんだ

それでは興味など沸くわけもない
関心など持てる訳もない

俺はただ 気づかない事に気づけないほどに 愚鈍だっただけなのだ


この日の夢見は、最悪だった



62: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/16(金) 21:13:35.97 ID:2MQxt6/70

:::::::::::::::::::::::::::


翌日、森にいってみると
少女はいなかった


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73: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:41:09.24 ID:7GZzCymT0

数日の間、俺は足しげく森に通った
時間を置いたり半日中待ったりしてみたが、それでも少女は現れなかった

謁見が終わるとすぐに部屋を出て そのままどこかに居なくなる魔王を臣下たちは訝しんだ
だが、機嫌を損ねないことに必死で問いただされなかったのは幸いだった
実際、少女が現れないことに少々気が立っていたのだ

下手なことを問われれば、その者を『要らぬ』と斬っていたかもしれない
その理由の大半は、なぜこれほどまでに少女を探しているのかわからない苛立ちからくるものだろう

だが2週間ほど経ってから、ようやく森の中で少女が花を摘んでいるところを見つけた


少女はまた一段と痩せこけ、青白い顔をしながら 緩慢な動作で花を集めていた



74: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:41:36.97 ID:7GZzCymT0

魔王「……配給のパンを買う銭のために 結局ここを選んだのか」

少女「……っ」

魔王「この森で花を摘んではならない。それを承知で、よくここに来たな」

少女「……ごめん、なさい…」

魔王「……」


少女が来るのを待っていたはずなのに、何故このような物言いになってしまったのか
責めたいわけではない。だが、俺の口から出る言葉は全て威圧的だ

『魔王として 相応しいように』
そう育てられた。 隙を与えてはならない、と…


魔王(……違う。与えようと、決めたではないか)


自分の本心を、ゆっくりと洗い出す



75: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:42:07.96 ID:7GZzCymT0

魔王「……責めた訳では、ない」

少女「え……?」

魔王「追い払い、ここには立ち入りにくかっただろうに よく来てくれたと… そう、言いたかった」

少女「……怒らない…の?」

魔王「少なくとも今日は、歓迎しよう。待っていた」

少女「えっと…? あ、丁度いい叩き相手を探していたとか?」

魔王「その思考回路は、叩き直してやりたいものだな」


魔王「……しばらくの間、見なかった。何故 またここに来ようと思った」

少女「あ…しばらく熱がでて、動けなくて… パンも、買えなくて」

魔王「熱?」

少女「今日は少し体調もよかったから…急いでお金にするために、その…」

魔王「泉の冷たい水を浴びて、風邪をひいたんだな」



76: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:42:38.29 ID:7GZzCymT0

あの時にすぐ気づいていれば
全身に水をかぶるような無茶を諌めることもできたのかもしれないと思う


少女「ち、ちがうよ! 大丈夫、そりゃ冷たかったし熱は上がっちゃったけど…でもそれは泉の水を浴びたせいじゃないよ!」

魔王「違う?」

少女「…熱は、前から続いてたの」

魔王「それなのに、水浴びを?」

少女「近くに住んでるおじいちゃんが言うには…体調が悪いのは、背中の傷が膿んでいるせいだろうって」

少女「綺麗に洗って、冷やして…そうやってしておかないと もっともっとひどくなるって教えてくれたよ」

魔王「なるほど」

少女「それに、熱があって 喉が渇いていたから… 冷たい水も飲みたくて、我慢できなかったし」

少女「本当に助かったの。もっかいお礼を言おうと思ったら、帰っちゃう所だったから…今日は、会えて嬉しい!」

少女「あの時は、本当にありがとうございました!!」ペコリッ



77: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:43:36.86 ID:7GZzCymT0

隙を与えれば、つけこまれると思っていた
それでもいいと思った。つけこまれて、花を持ち帰るくらいなら構わぬと

だがこの少女は あたたかな謝辞で、与えた隙を満たして返してくる
比喩でしか表現できない心地よさがあった


魔王(少女との会話は気分がいい。ならば続けよう)


魔王「普段はどこの水をのんでいる」

少女「地面だよ」

魔王「………どういう意味だ?」

少女「地面に穴を掘っておくとね、雨が降って、そこに水がたまるんだよ!」

魔王「なんと」


貧しいということ
力がないということ
それだけで、そこまでの生活を強いられるのか



78: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:44:38.04 ID:7GZzCymT0

少女「綺麗に洗ったおかげでね、膿みが引いたの。おじいちゃんが言うには、次は食べて精をつけて直す番なんだって」

少女「でも、後で払うって言ってもパンを貰うことはできなくて…。それで、つい…ごめんなさい……」

魔王「……」


『配給品のパンを、買わされる』…彼女は それを当然だと思い込まされている
親切な老人もそれを教えてはいないのだろう。教えれば その老人が鞭を打たれるのは明白だ

不条理を抱かされ、疑問は奪われている この少女
聡明な頭を持っていても 判断に至るだけの知識は持たぬこの少女

野に咲く雑草を譲ってくれと
そのために、身を差し出すからと

それを当然のように 『生きる知恵』として身につけた少女……



79: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:45:07.17 ID:7GZzCymT0

魔王「……今日は、花を取りにきたのだったな」

少女「っ! その…ごめんなさい。でも、もしも譲ってくれるのなら…

魔王「また、叩かれるからと言うのだな」

少女「…それしか、払えるものがないから…」


少女は、申し訳なさそうに顔をうつむけた


魔王「……では、話し相手になってもらおう」

少女「はなし・・・あいて・・・?」

魔王「ああ。聞きたい事がある、答えてくれるのならば代わりに花を与えよう」

少女「聞きたいこと?」キョトン



80: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:45:36.59 ID:7GZzCymT0

魔王「………初めて会った時から、引っかかっていた疑問がようやくわかったのでな」

少女「?」


魔王「そこまでして、何故 お前は生きようとする?」


少女はまっすぐに俺の目を見つめた。だが、顔色を伺っているわけではない
『そんなあたりまえのことを聞くわけがないから』と、続きを話すのを待っているだけのようだった


魔王「……俺が聞きたいのは、それだけだが?」

少女「え」

魔王「答えがあるならば、答えよ。何故、生きようとする」

少女「え? えっと、それは… 生きたいから、かなぁ?」

魔王「生きたいのか」

少女「そりゃ、死にたくないです。生きたいです!」



81: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:46:36.66 ID:7GZzCymT0

魔王「何故だ。聞いた所、お前の現状にいいことなんて無いだろう。辛いことばかりだろう」

少女「……?」キョトン

魔王「違うのか」

少女「んっと… よくわかんないけど… 生きていれば、夢を見ることが出来るよ」

魔王「夢……? 夜に見る、あれか」

少女「ううん。起きてても夢を見るの。うーん… お金が無くても、辛くっても…楽しい事を考えていられるって事かなぁ。それは、生きているからだよ」

魔王「楽しい事……?」


少女「楽しい事とか、ないの?」

魔王「思いつかないな」

少女「あ、じゃあ 幸せなことは?」

魔王「ふむ。何を持って幸せと呼ぶかによるが…幸福の定義があるとすれば要件は満たすのではないだろうか」

少女「な、なにそれ??」

魔王「幸せとはなんだ」



82: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:47:42.08 ID:7GZzCymT0

少女「あ、知ってる。テツガクっていうんでしょ?」

魔王「つまり、お前も知らないのではないか…」

少女「むぅ。幸せなことも、楽しいこともいっぱい知ってるよ!!」

魔王「いっぱい…? 幸福とは質量の増えるものではなく、個体数として増加する物だったのか」

少女「さ、さっきから 何をいってるかわかんないけど…私はいっぱい思いつくよ?」

魔王「……では、そのいくつかを教えてみろ」

少女「んーっとねぇ…」

少女は思案する
目を閉じ、考え込むその側から微笑みを浮かべ…
想像のなかの幸福を、指折り数え始める


少女「おなかいっぱいなこと。自分のお部屋があること… あ、あと可愛いぬいぐるみ!」

少女「ぴかぴかのカガミに、あったかいお風呂でしょ。ふかふかのお布団に、キレーなお洋服も…」



83: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:48:12.28 ID:7GZzCymT0

それから、と 少女は自分の胸に手を当てて、愛おしむ様に言葉を並べ置いた


少女「やさしい、ぬくもり」

少女「あたたかな会話。愛しい想い」

少女「手を伸ばした先にある、人の気配…」


魔王「…………」

少女「えへへ…。溢れそうなほど、いっぱいあるよ! いくらでも、思いつくよ!」

魔王「そう、か」


照れくさそうに、でも誇らしげに笑う少女


魔王「そういうものを 楽しいとか幸せというのか。だが、それならばその殆どは俺も持っている。ぬいぐるみなどはないがな」

少女「あはは。あなたがぬいぐるみもってても、嬉しくなさそうだもんね!」

魔王「? ぬいぐるみは『楽しいもの』ではないのか」

少女「ヒトによって違うよ! 大事なのは、気持ちだもん!」

魔王「気持ち?」



84: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:48:45.06 ID:7GZzCymT0

少女「うん! 今私が言ったのは、私の好きなものだよ。持ってないものだらけ。憧れてるものや、欲しいものだよ!」

魔王「は? ……ではお前は、鏡が欲しかったりするのか?」

少女「私が憧れてるのは、ピッカピカのカガミだよ!」

魔王「どう違うのだ」

少女「えっとね。…えへへ。ひび割れて、顔が8つに見えたりしないやつ」

魔王「……ああ」


貧しい境遇では、鏡も贅沢品なのだろう
ピカピカの、という部分に重点を置く理由に 合点がいった


魔王「では、ふかふかの布団、というのも?」

少女「うん。麻布じゃなくて、ちゃんと中に 綿が入っているやつっていいなぁって思うよ!」

魔王「……では、あたたかい風呂というのは?」

少女「入ったコト無いから。きっと気持ちいいんだろうなーって、憧れてるの!」

魔王「…………」



85: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:49:39.64 ID:7GZzCymT0

かたや 君主
望んで手に入らぬ物などはない
面倒だからと、手に負えないからと すべてを『要らぬ』と断る『魔王』


かたや 貧民
与えられるべき物ですら奪われ、それを得るために また毟り取られる
憧れだから、幸せだからと 瑣末な物をも欲しがる『少女』


はじめから、理解などできるわけがなかったのだ



魔王「俺には、やはりわからぬものか」

少女「なんでわからないのか、わからないよぉ」

魔王「ではわかるまで、もうすこし話をしてくれないか」

少女「あ…。教えてあげたいけど… でも、お金を稼ぐのにお花を集めに行かなくちゃ…」

魔王「……そうか。そうだったな」



86: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:50:18.94 ID:7GZzCymT0

少女「お花…本当に貰っていってもいい? お話が足りないなら、パンを買った後に戻ってきても…」

魔王「まだ本調子ではないのだろう」

少女「え? あ、そう…だけど。でも」

魔王「良い」


少女「……ごめんね。やっぱり、話し相手なんかじゃ…」

魔王「……」

少女「私のこと、叩いていいんだよ。それでだめなら、1年後に身体でだけど…払いにくるよ」

魔王「…………」


どうしても、最後にはこうして後味が悪くなる
俺に何かを与えようとなど、これ以上 持たせようなどとしなくていいのに

どうすれば この少女は
ただ素直に与えさせてくれるのだろう



87: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:51:10.76 ID:7GZzCymT0

魔王(そうだ、ならばいっそのこと…)


魔力を練り、掌の上に靄の球体を生み出す
指を鳴らすと、靄はギュルリと凝縮し、その姿を変えた


少女「魔法!」

魔王「…魔術だ。これは胡蝶蘭の花だな。創り出した物だが本物と変わらない生花だ」

少女「綺麗…! すごいよ、こんなのみたことない!」

魔王「生花…というか、生物を創りだすのは俺の専売特許だ。見た事が無いのは当然で…

少女「ううん…魔法もすごいけど、こんなに白くて可愛いたくさんの花がついた枝、見たコト無い…! それに、すごくいい匂い!」

魔王「……」



88: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:51:51.70 ID:7GZzCymT0

誰もが俺の術を見れば 褒め称え、感嘆する。時には畏怖の対象にされることもある
成しあげた物を評価するよりも、成し遂げる様ばかり評価されてきた


魔王(それらしいポーズさえ取れれば、結果などどうでもよかった)


だが、この少女はその結果に魅了されている
そこかしこに咲くありふれた花を出さなくて良かったと思った


魔王(そうだ、ならばこんな花はどうだろうか…)


次いで、亜寒帯の国ではまず見ることの無いヒマワリの花を数本創りだす
少女は目をまん丸に見開いて、その大きな花に顔をつき合わせていた


少女「な、なにこのおおきな黄色い花!? 綺麗だけどおっきすぎる! 面白いー!!」

魔王「ヒマワリという。このあたりでは非常に珍しい、あたたかい場所で咲く花だ」

少女「すごい、すごいすごい! こんなにスゴイ事ができるのに、どうして楽しくないの?!」

魔王「さあ… なぜだろうな」

少女「本当に、どっちもすごく綺麗…!」



89: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:53:32.92 ID:7GZzCymT0

自分だけしか使えない術は、確かに『すごいもの』なのだろう
だが魔王にしてみれば、職務の一部にすぎない能力。日常の中にある、ありふれたつまらないものだった

目の前で喜ぶ少女を見て、魔王はそこで初めて
その術を使ったことに確かな達成感を覚えることができたのだ


魔王(やはり、純粋に“ただ与える”ということは気持ちのいいものなのだろうか)


魔王「その花を、持っていけ」

少女「え…」

魔王「どうした」

少女「こ、こんなに綺麗で立派な花…、とてもじゃないけど、支払いきれないよ」

魔王「ああ。これに価値をつけるとすれば、お前ではとても支払いきれないだろうな」

少女「う…」



90: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:54:11.52 ID:7GZzCymT0

魔王「だが、これは森の花ではない。俺がお前に与えるために創った花だ」

少女「…じゃあ、貰っていいの…? 代価は…?」

魔王「………」


魔王「『要らぬ』」 


少女「!」ガバッ!

魔王「っ」


突然、少女は抱きついてきた
抱きついたまま、ぴょんぴょんとその場で跳ねている


魔王「おい」

少女「~~~~~っ嬉しい!!! ありがとう!!!」ニコッ

魔王「――っ」


喜ばれる 感謝される
心臓が 一瞬、おおきく揺れたのを感じた



91: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:54:38.71 ID:7GZzCymT0

要らぬ、といったはずなのに
いつものように、ただ断っただけのはずなのに

強張るでもなく
怒りと辱めに紅潮するでもなく
少女は 大きくひたすらな感謝をしてくれた


大きく手を振り続けながら、花を両手に抱えて森を去る少女を見送った
見送った後で、自分の胸に手を当てて考える


魔王(……これは どういう感情なのか…)

魔王(これが… 『楽しい』。 いや、『幸せ』? ……『嬉しい』? 嬉しいとはなんだ?)


魔王(???)


『要らぬ』と言ったのに、妙なものを貰った気がした
その日の夜は 自分の中にある初めての感情を整理しきれず、眠ることも出来なかった



92: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:56:32.19 ID:7GZzCymT0

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翌日、魔王はおとなしく城内に留まっていた
その後も何度か、少しを与えてはその後で『要らぬ』と言うのを繰り返してみた

だがその誰もが 魔王には結局他の何も差し出さぬまま
それぞれが出していた欲望をひっこめるだけ…… 魔王は興ざめしていた

要らぬ、と断る魔王に差し出されるのは
いつだって 相手が無理矢理にでも押し付けたいものばかりだったのだ


魔王(そうだ。どうでもいいものばかりなんだ…)


政治や 権力や 金や 名声
美酒も美女も いまさら欲しいだなどと思わない

そんなものは全て もう、持っている
持っているものばかり渡されても それは要らぬのも道理


魔王(なるほど。つまり、持っていないのか)


おまえらは持っていないのだ 俺の持っていないものを
だからきっと 俺はお前らから なにも欲しがろうと思えないのだろう



93: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:57:24.43 ID:7GZzCymT0

その結論が出たとき、俺はどんな顔をしたのだろうか
それまで饒舌に 大振りな仕草で話をしていた謁見希望者が、動きを止めた


「魔王…様……」


嘲笑。おそらくそんな所だろう
俺は周囲の人間と、そして自分自身に対して 嘲笑を浮かべていた


確かに、持っていない


割れて顔が8つに映るような『不思議な鏡』も
“布団”の役割をおしつけられた『道化のような麻布』も
あたたかい湯船を『知らぬ自分』も


魔王の持っていないものを あの少女は持っている
彼女の住む世界で、彼女から見る景色を 魔王は知らない

魔王は 彼女を知らない


魔王(それならば まず俺が望むのは……)



94: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:58:17.72 ID:7GZzCymT0

::::::::::::::::::::::::::


夜明けの薄闇にまぎれ、町の近くにまで足を伸ばした
花摘みをするのならば、朝露のある時間に近くの街道にいるはず
そう思い、危険を省みずに少女を探した

朝日がすっかり昇りきり、誰かに見つかる前に帰ろうと思ったその時
少女が困った様子で歩いてくるのを見つけた

その手には、割れたワインの瓶が握られている


魔王「少女」

少女「!」

人差し指を口元に寄せ、人気の少なそうな茂みに誘う
林にしては少し深い場所まで来ると、少女は小さく口を開いた


少女「び、びっくりしたぁ。こんなところで何をしているの?」



95: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:58:48.18 ID:7GZzCymT0

魔王「お前こそ、それをどうするつもりなのだ」

少女「あ うん。これに一杯の、綺麗な水をどこかで汲めないかと思って…」

魔王「瓶の先端が割れているな。呑むつもりならば、危ない」

少女「あはは。これは呑むんじゃないよ。お花を活けるのに使おうと思ってるの」

魔王「花を?」

少女「えへへ… こないだ貰ったお花。すごく高く売れたよ。だから一本づつ、売らずにとってあるの」

魔王「そうであったか」

少女「でも、泥水じゃあんなに綺麗なお花が かわいそうだから…綺麗なお水を汲んであげたいなぁって」

魔王「……妙な話だな」

少女「みょう?」



96: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 01:59:14.27 ID:7GZzCymT0

魔王「お前自身は…その泥水の方を飲むのだろう」

少女「うん。飲むよー」

魔王「それなのに、花には綺麗な水を汲むのか」

少女「うん」

魔王「なぜだ。むしろお前こそ、綺麗な水を飲むべきだろう」

少女「え? だ、だって…あのお花はすごく綺麗だから、泥水じゃ可哀相じゃない」

魔王「では、その泥水を飲むおまえも可哀相なのだな」


純粋で無垢なこの少女は、取り上げて硬くなったパンを売り渡され、泥水で喉を潤す
その少女を、可哀相と言わずしてなんと言うのか。それくらいはすぐに分かった
だから少女について知ったことを、確認するように反芻したのに…


少女「んー…。私は 可哀相じゃないよ?」


即座に、否定されてしまった



97: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 02:00:02.26 ID:7GZzCymT0

魔王「……何故?」

少女「えへへ。だって私は、眼を閉じるだけで 尽きることなくたくさん幸せなことが思いつくから!」

魔王「………」

少女「帰ったら、この瓶に花を挿して飾るんだ。頭の傍に置いたら、きっといい匂いがすると思うの!」

魔王「……花の香りがして、どうなるというんだ」

少女「そうしたらきっと いい夢がみられるでしょ? やっぱり、楽しみ!」ニコッ

割れたワインの瓶を抱えて
言い換えれば、あまりにも不憫なその状況におかれても、なお……



この少女は
幸福を、失わずに生きている



98: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 02:00:31.17 ID:7GZzCymT0

魔王「おい、お前」

少女「?」


魔王「『尽きることなく、幸せや楽しいことがある』、といったな」

少女「う、うん」

魔王「ならばその幸せとやら、俺に売ってくれないか」

少女「は、はぁ!?」


魔王は本気だった


少女「え、幸せを売るって……」

魔王「空気を買うために身体を売ろうとしたお前なのだ。おまえの幸せを 他の何かで買うことはできないのか」

少女「う、うんー?」クビカシゲー



99: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 02:01:02.02 ID:7GZzCymT0

魔王「では、花ではどうだ。お前は花が好きなのだろう」

少女「花で? 幸せを、買う?」


言うやいなや、魔王は指を打ち鳴らす
パチン!という音と共に、大気中の魔素が花びらとなって周囲に降りそそいだ


少女「うわぁ…!!」 

魔王「これで、どうだろうか」

少女「~~~~~~っくぅぅっ!」


少女は大喜びで 降り注ぐ花を浴び、積もるそれを散らし、辺りを駆け回った
それだけでは興奮が冷めないらしく、はしゃいで、魔王の手を取って廻りはじめた


魔王「な、おい…」

少女「すごいすごい! まるで、春の妖精になった気分!! 見て、動くたびに花びらが舞うよ!」

魔王「あ、ああ」


しまいには歌などをうたい、魔王の腕をさんざんに振り回しながら踊り始めた
少女はひとしきり花びらの雨を堪能し、降り止むまで止まる事が無かった



100: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 02:03:06.51 ID:7GZzCymT0

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少女「はふぅ…」

魔王「興奮しすぎたようだな」


疲れて、積もった花びらでつくりだしたベッドに座る少女
その横で、ぐったりと疲弊した魔王も身体を横にした
すると少女は身体をずらし、自らの膝を枕として提供してくれる

晴天、木立の間をまぶしい光が縫う 心地よい時間
しばらくの間、魔王と少女はそのままで休憩を取っていた


預けた頭の下にはぬくもりがあり
耳には幼く、優しい歌声が届く
そして目を開けると、疲れた魔王を気遣う穏かな笑顔があった


魔王(……これは)



101: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 02:03:42.67 ID:7GZzCymT0

ぼんやりとしていると、鈴を転がしたような可愛いらしい声が聞こえた


少女「でも、これじゃあ 花も幸せも 私が貰ったコトにならないかなー?」


少女が、真剣なまなざしでつぶやくのが見える


少女「うーん…。やっぱり、私ばっかり貰ったことになる気がするー…」

少女「ねえ、私は代わりに 何をあげたらいいかなぁ。ね、聞いてる?」

少女「こんなにたくさんの幸せを貰っちゃったら、命でもあげないとだめかもしれない~…・・・って、ねぇ? あれ?」


やわらかな眠りに誘われながら、魔王は 幸せというものが何か・・・
楽しさ、可笑しさというのが何か わかったような気がした



102: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 02:04:47.47 ID:7GZzCymT0

:::::::::::::::::::::::::


魔王(……む。眠っていたか…)


魔王がうたたねから眼を覚ました時
少女はなんと まだ悩んでいた


少女「うー…。ほんとに、何を返せばいいかなぁ…」

魔王「……」

少女「なにか、返したいんだけどな…。できること、あげられるもの なにがあるかなぁ…?」

魔王「……」

少女「叩いたり、身体でーとかは 嫌みたいだし…」



103: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 02:05:33.27 ID:7GZzCymT0

少女「うぅ、他になにがあるかなぁ…充分に価値のあるもの…? そんなのあったら、とっくに売っちゃってるよお!」

魔王「……」

少女「何かないかなあ… なんか、なんでも… うーん、うーん…!?」



惜しみなく。ただ、幸せだったから それに見合うものを返したいと言う
ただそれだけで 惜しみなく捧げたいという 無邪気でまっすぐな願い



少女「何か、欲しいものないのかなぁ… 私の持ってるものであれば、なんでもあげるのにな…」


そう呟いてうつむいた時、魔王と目が合った



104: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/19(月) 02:06:47.41 ID:7GZzCymT0

少女「な゛っ。お、起きてたの?」

魔王「……今の言葉は、真実か」

少女「え? あ、うん! なんかあるなら…なんでも言って!」パァッ


魔王「ならば、俺の后となれ」

少女「」


少女を見て、おもわず口から飛び出したのはそんな言葉だった
口をあけたまま固まっている少女が、ようやく「私が…?」と呟いたのを見て可笑しいと思った


でも一番可笑しいのは
自分が何故そんなことをいったのか 自分ではわからないという事だった



114: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/20(火) 12:41:35.55 ID:INjK0txM0

::::::::::::::::::::::::::::


その日のうちに、魔王は少女を城に連れて帰った
城中がざわめきたったが、魔王は素通りして自室へと少女を招き入れる


少女「……あ、あの。私」

魔王「ああ…注目を浴びて不快だったか」

少女「そ、そうじゃなくて。あの、ここって…」

魔王「俺の城だ」

少女「……本当に、ホンモノの魔王様なんだぁ」

魔王「疑っていたのか?」



115: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/20(火) 12:42:03.09 ID:INjK0txM0

少女「エライヒトは、エライヒトだから。魔王とか、あんまり気にしてなかった」

魔王「お前にとって…軍属の駐在軍であろうと魔王であろうと、同じくへりくだる相手に過ぎないと?」

少女「むぅ。だって、エライヒトはいっぱいいるから…ヤクショクとか言われても、あんまりわかんないんだもん…」

魔王(……最下層、か。そんなものなのかもしれないな)


例えその“エライヒト”の頂点に立とうとも、この少女には意味がない
有象無象と同じ対応。有象無象の一人に過ぎないと言う訳だ
それを思うと、少し苛ただしい気分になる

少女「あ゛」

魔王「どうした」

少女「あの… ご、ごめんなさい!!」


自分の非礼に気がついたか、と 視線だけで話の先を促す


少女「お花の事とか…あんまり嬉しくて。エライヒトなのに、そんな風にぜんっぜん思えなくなっちゃって…魔王様とかすっかり忘れてお話をしてました!!」

魔王「」



116: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/20(火) 12:42:50.55 ID:INjK0txM0

非礼どころか、もはや侮辱のレベル
ここに臣下が居なくて本当によかったと思った

だが『魔王』という立場に強い誇りがあるわけでもない
魔王自身は、魔王として扱われないなんて事はどうでもよかった

むしろ


魔王(こいつは、俺を『魔王』として見ていなかった…。ならば『何』と話をしていたつもりなんだ?)


話せば話すほど、疑問が募る
あちらこちらへと興味がわく


少女「今度からはちゃんと、魔王様って呼ぶからねー!」ニコー

魔王(心がけは立派だが、肝心なのは呼称より態度にあるのではないだろうか)


言葉にはしない
あれほど話をしたいと思っていたのに、言葉にする気になれない

諌めようとは思えなかった
諌めてしまえば、きっと従うだろう。魔王が服従できない相手などいないのだから



117: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/20(火) 12:43:33.50 ID:INjK0txM0

少女「魔王様! ねぇねぇ、コレは何? すごいね! こんなにいっぱいの立派なもの、見たコト無い!」

少女「う、うわぁぁぁぁぁぁ!! すごいーーー! お布団がふかふか! 屋根がある!? 布団のお部屋なの? お部屋の中にお部屋なの!? なんで!?」

少女「! コレ、壁じゃなくて鏡だ!! ピッカピカで、しかもすっごいおっきい鏡だ!? か、顔だけじゃなくて 身体も全部写るよ!?」

魔王「……気に入ったか?」

少女「……こんなおっきい鏡がもしも割れちゃったら、私が8人になっちゃうと思うと…ちょっと怖い」ブルブル

魔王「」


服従するのは簡単だろう
だけれど、放っておいた方がこんなに可笑しい
手に入れたいと思ったはずなのに、手にしてしまうのは勿体無い



118: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/20(火) 12:44:22.63 ID:INjK0txM0

欲しいのか、欲しくないのか わからなくなってしまった
もしかしたら 自分の物になどしなくていいのかもしれない


結局、そんなことはどうでもいいんだ

ただ


魔王「8人に増えるのならば、割ってみよう」

少女「えええ!? やだよ! 割っちゃだめぇ!!」


こうして居てくれることが『嬉しい』と知っただけで、満足だった



119: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/20(火) 12:45:21.17 ID:INjK0txM0

:::::::::::::::::::::::::


厄介ごとを避けるために、臣下や従者たちへは何も説明をしなかった

后にしようと思った、などと言っては 今度はどんな混乱になるかわからない
ましてや、本当に『手に入れたい』のか 疑問すら持ってしまった身だ

少女を連れ帰りそばに置いたまま沈黙をする魔王を見て
城内には様々な憶測が飛び交った


「ペットのおつもりじゃないかしら」


いつの間にかそんな意見に憶測が集中し、そこで収まった
夕方には数人の侍女が魔王の部屋を訪ねて来て……


メイドA「魔王様のお部屋を汚されては困りますので、身体を洗いましょう」

メイドB「まぁ、ひどい傷。魔王様の側にこのような穢れがあるなんて」

メイドC「麻服? 魔王様の品位と沽券に関わります。いくつか違うものを用意しなければ」


少女「あ、あのっ あの!?」

魔王「……」


少女が困惑しているのに気がついたが
衣服を脱がされ始めたのを見て、魔王は何も言わずに部屋を出た



120: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/20(火) 12:45:51.63 ID:INjK0txM0

魔王が時間を置いて部屋に戻った時、既にメイドたちは退室していた
一人部屋に残されていた少女は、真っ赤な顔をしてモジモジと立ち尽くしている
鏡と魔王を交互に見ては、うつむいて口ごもって、最後には座り込んで動かない


魔王(どうしたのだろうか)


少女が着ていたのは 夢にまで見て憧れた、美しい絹の一級品のワンピース
夢見心地でお姫様気分を味わいつつも、あまりの照れくささに披露するのもはばかられる代物


少女(な、なんで 何もいってくれないの~~~! どうしようっっ//)


少女が着ていたのは メイドの一存で即時に数着の用意ができるようなワンピース
落ち着いたならば、『后』として充分に相応しいものを贈るべき魔王にとっては一時的な着替えに過ぎない代物


魔王(ふむ。衣装か…気付かず放置していたが必要なものだな。早いうちにきちんと整えねばならぬ)ハァ

少女(うぅ。こんなに立派なお洋服、やっぱり似合わないのかなぁ)ハァ



121: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/20(火) 12:46:20.99 ID:INjK0txM0

こうして始まった魔王城での生活だったが
なんだかんだとうまく物事が進んでくれた

翌日以降
恥ずかしそうに魔王の後ろに隠れてどこまでも付いて回る少女を見た者によって
『少女=魔王様のペット』という図式が 広く城内に認識されていったからだ


魔王の機嫌を損ねないよう、そのペットである少女は誰からも虐げられることはない
魔王の招待客として扱われていたら、過度の接待を受けて気後れすることになっただろう
后として紹介されていたならば… 妬みの的として、どこかの謁見希望者に暗殺されていたかもしれない

ペット、という周囲の待遇
それが今の少女にとっては、快適で居心地がよく素晴らしい生活だったのだ

それが丁度よかったと気がついたのは、もうしばらく後のことだが……


ともかく、こうして少女は
ゆっくりと魔王城に溶け込んでいくことができたのである



137: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:24:10.02 ID:WWLfwMQc0

::::::::::::::::::::::::::::::

謁見の間に少女も同席するようになってから数日
事情を知らない謁見希望者の間には 城内とはまた少し違った噂が流れ始めた


「あれは、どこかの国が秘密裏に魔王様に捧げた娘なのではないか」


少女自身は、いつも魔王の後ろに隠れている
見え隠れする場所で姿を現さない少女に対して、日に日に詮索の視線は強まっていった
好奇、羨望、嫉妬、侮蔑。そういった種で、あからさまに少女に向けられた物もあった


魔王(不愉快だ)


ある日、魔王は謁見を中断し 少女を離席させることに決めた
少女を視線から守るためにマントに隠し、無言のまま退室する

部屋に少女を残し、謁見の間に戻ると… 扉の向こうでは また混乱が起きていた



138: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:24:50.04 ID:WWLfwMQc0

「魔王様はどうなさったんだ。謁見はどうなる!?」

「あの娘に何かあったのでは? あの様子、寵愛しているようにも見えるではないか」

「俺がこの謁見の機をもらうのに、何ヶ月待ったと思ってる! あんな貧相な小娘…」


臣下B「皆、落ち着いて欲しい。ともかく魔王様のご様子を伺いに行かせる。申し訳ないがしばし待機いただきたい」

「大体、噂に聞いていたがあの小娘はなんなんだ」

「どこの国だ、おまえの所から出してきたのか!?」

「何!? うちならばもっと立派な美女を―― そういうお前の所なんじゃないのか!?」

「あんな金魚の糞のようなガキを、どうして我が国が――」


来訪者同士の、小汚い罵り合い
突然に魔王が居なくなり、緊張のタガが外れたせいもあるのだろう
互いの言い合いがエスカレートしていく内に、その言葉は全て少女をなじる物に代わっていく



139: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:25:23.81 ID:WWLfwMQc0

臣下A「貴様ら、いい加減にしろ! あの娘はどこの国かより捧げられたものではなく 魔王様のペットで――


魔王「后だ」


「「「!!!?!?」」」


扉を開けると同時、そう一言だけ宣言する
部屋中の者達を見渡すと 一様に皆、凍りついた

冷え切った空気の中を、まっすぐ玉座へ歩く
ドサリと乱暴に椅子に腰かけ、肘掛に頬杖をつく
謁見途中だった組の3人は 蒼白の表情で膝をつき、微動だにしない


魔王「お前たちか。貧相な小娘、金魚の糞…そのように言っていたな」

謁見希望者「「「!!!」」」

魔王「臣下。お前もあいつをペットだなどと言っていたが… 誰がそう言った?」

臣下A「そ、それは……」



140: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:25:49.73 ID:WWLfwMQc0

魔王は、魔王だ
誰もが彼の才能に畏怖し、視線に硬直し、その言葉に希望を見失う
それは決して 先入観や第六感的なあやふやなものに起因するわけではない

生まれながらに、彼は次代の魔王としての教育を受けてきた
代々その血に受け継がれてきたものは 威圧感あるその風貌だけではない

怒らせれば一人で国を破壊することも可能な魔力――武力
気に障れば、一声で経済貿易を停止させてしまえるほどの、権力

それだけではない
誰かに先手を打たれてしまえば…あっという間に有利に事業を成立されてしまう

人も、土地も、金も 全ては彼の手の内だ
魔物を生み、操るかのごとく統制に置くその支配力は、何よりも恐ろしい
王族も貴族も富豪も商人も、些細な魔王の言動にすら人生を左右されかねない

知れば知るほどに、震え上がる
夢物語ではなく…現実に、王としてそこに存在する“絵に描いたような恐怖”


それが、魔王という存在であった



141: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:26:39.08 ID:WWLfwMQc0

魔王「あれは、俺の后にと考えている娘だ。俺自身で連れてきた」

謁見希望者A「なっ」

魔王「それを、そのように貶めてくれるとは。俺の目が節穴だと言いたいのか」

謁見希望者B「とんでもございません! 自分はそのような発言をしておりませぬ!」

魔王「では残りの二人…」

謁見希望者A/C「「!!!」」


魔王「………だけでは、ないな。この場にいる全員が等しく似たような思いを持っているのだろう」

「……………」


凍りついた空気は、次第に黒々とした粘性を持って皆を捕らえていくようだった
ドロリと粘りつくその音が聞こえそうなほど、重く沈殿した雰囲気…
箱入りの娘などがいれば、それだけで失神しそうなほどの緊張感が部屋中に纏わりついている



142: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:27:16.72 ID:WWLfwMQc0

魔王「否定しないか。ならば、この場にいる全員――  要らぬ」



阿鼻叫喚と共に、威圧に押し出されるかのように皆一斉に逃げ出した

ある者は、殺されると思った
ある者は、顔を覚えられては堪らないと思った
ある者は、真っ白な頭でよろめきながら――ただ、ここに居てはならないという危機感だけで逃げ出した

部屋には、頬杖をついたままの魔王と…
その役割から逃げることすら出来なかった忠義者の臣下2人だけが、残されていた


夕刻には、少女の耳にもその話は届いていた



143: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:28:15.92 ID:WWLfwMQc0

:::::::::::::::::::::::::::


その晩、魔王の自室――
そこだけは魔王城で唯一 可愛らしい笑い声が響き、穏かな空気が流れていた


魔王「……まったく、あれならば蜘蛛の子の方がマシだ。静かに散る」


少女「きっと本当に怖かったんだろうねー。見てみたかったなぁ」

魔王「見たい? お前は魔王が怖くないのか」

少女「? 魔王っていうのは…怖いものなんでしょ?」

魔王「では、やはり怖いのだな」

少女「ううん、今は怖くない。でも、本当は怖いもので、それが魔王様なら、見てみたかったなぁ」

魔王「……怖いもの見たさと言うことか。 怖いほうが良いか?」

少女「怖いの嫌い」

魔王「」



144: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:29:20.10 ID:WWLfwMQc0

少女「でも…… 怖いのも魔王様なんでしょ? やっぱり見たかったなー」

魔王(…・・・??)


少女は頭を悩ませる魔王を見て、また笑う
その後で「あれ…もしかしてわかんないのって、私の説明が下手なせい??」と 少女のほうが頭を悩ませはじめた


少女「魔王様は、つよいんだね。それに、やっぱりえらいんだ」


しばらく後で、少女はにっこりと笑い そんな言葉を説明に代えた
魔王はこれ以上の理解は難しそうだと、溜息をひとつ吐いて思考を中断する


魔王「まあよい。…しかし、后だと宣言してしまったからな。以降は城内での対応も変わるだろうな」

少女「そうなの?」

魔王「それから……様付けでも構わぬが、もう少し気安く呼ぶとよいだろう。むしろ后として、そう振舞うべきだ」



145: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:29:48.89 ID:WWLfwMQc0

少女「気安く? どういう風にしたらいいの?」

魔王「呼びたいように、過ごしたいように。王の伴侶として堂々と自由に振舞え」

少女「呼びたいように…?」

魔王「ああ」

少女「じゃぁ……っ!」


少女「 『おにいちゃん』って、呼んでもいい!?」


魔王「ブハッ!」 ゲホッ… ゴホッ、ゴホゴホ!!


少女「……ま、魔王様…? 大丈夫…?」ソー…

魔王「おい……『后』だと、言っただろう?」

少女「なんでもいいって言ったから… 呼びやすい、呼びたい呼び方。駄目だったの?」



146: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:30:34.87 ID:WWLfwMQc0

魔王「お前は… 俺を“兄”のように思っているのか」

少女「わかんない。魔王様は魔王様… でも」


少女「……なんとなく。友達とかより身近で、頼れる。エライヒトでも、緊張しない。そばにいると、落ち着く気がする。だから…おにいちゃんかなって」

魔王「……」

少女「だめ?」クビカシゲー

魔王「……ああ、まあ。…そうだな」


魔王「さすがにそのような趣味を疑われては困る」

少女「駄目ってこと? 『おにいちゃん』…だめ?」

魔王「……そう、呼びたいのか」

少女「うん」



147: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:31:11.38 ID:WWLfwMQc0

后―― 妻として迎える存在に、兄として慕われる
理屈と感情のどちらによるものかは分からぬが、モヤモヤとした気分になる
だが、それを望んでいるのならば、それを与えてみたい
そうするためにこそ、彼女を迎えたのだから

魔王は、深い溜息をついてから ひとつの提案をした


魔王「では、公私で使い分けるとよい」

少女「コウシ?」

魔王「ああ。人前に出る時と、俺と二人でいるとき。そこで呼び方や態度を変えるのだ」

少女「む、むずかしそうだね? ……魔王様も、コウシを使うの?」

魔王「言葉が妙だな。 公私とは公事と私事の二つを合わせた意だ。公私は“使い分ける”ものだ」

少女「えっと…じゃあ。魔王様も、公私を使い分けるの?」

魔王「俺は、公私共に魔王だからな。使い分ける必要などない」



148: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:34:47.85 ID:WWLfwMQc0

少女「ぁぅ。魔王様もしないなら、私もしなくていいよ?」


確かにそのままで構わないとも思う
少し考えてから…そのまま、言葉を続けた


魔王「だがおまえは、公の態度を学ぶことで魔王の后らしい素養を身につける事ができよう。多くの知識、常識と共に お前の為になるはずだ」

少女「后らしい素養?」

魔王「立ち居振る舞いや、言葉遣い。そういったものもあるな。上品さ…一流の姫らしさ。王族らしさ、とでも言おうか」

少女「……え… 私でも、なれるの…?」

魔王「后とした時点でその地位は王族だ。今はその身分に相応しい素養の話を…


少女「私が…お姫さまみたいに、なれるの!?」


目を輝かせて、興奮の色を隠せない少女
魔王は言葉を止め、そんな彼女の様子を見つめた



149: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:35:46.81 ID:WWLfwMQc0

少女は后というものが何か、よくわかっていなかったのだ

正確に言えばイメージしにくかった
童話などで見聞きする后は、“厳しく意地悪な母”の役割が多い
少女は、自分がそれになるということが理解できずにいた

だが、魔王が口にした『姫』という単語は、その立場のイメージが容易だったらしい
想像の中では、きっと童話などで語り聞いた 洗練された淑女の姿に自分を重ね合わせているのだろう

まさしく憧れた―― 永遠の、夢の姿だ

頬を紅潮させるほどに、うっとりと空想にふける少女
魔王は複雑な思いと同時に、可笑しさも感じた


魔王「ああ。望むのならば、必ずなれるだろう」

少女「えへへ…… じゃあ、がんばる! わぁいっ!!」



150: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:36:17.92 ID:WWLfwMQc0

無邪気にはしゃぐ少女をみて 魔王は心温まるのを感じる
少女に何かを与えると、幸せを返してくれるのだと、再認識した


魔王(共存関係にあるとでもいうのだろうか。そうか、后とはこういうものか)


知識や、知恵
多くのものを与えよう。望むように、望むものを…
そうして、幸せを売ってもらうのだ

少女は尽きることのない幸せを分ける代わりに 知識や知恵を得る事が出来る
生きるのも容易くなろう。お互いに両得な関係だ


魔王はそんな事を思いながら
目の前で飛び跳ねる少女をいつまでも眺めていた



151: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:36:53.75 ID:WWLfwMQc0

:::::::::::::::::::::::::::

それから、一月

少女は賢く、教えられた事はすぐに吸収していく
理解も早く、その様子は一月前とは見違えるほどのものになった。だが――


少女「魔王様。本日はまだご公務をお続けになりますか?」

魔王「いや、今日はもうやめだ」

少女「では、ご入浴の準備など確認して参ります、どうぞごゆるりと」

魔王「ああ」

少女「その間、お酒などをお持ちしますか?」

魔王「要らぬ。お前の分は、好きなものを侍女に頼んでおくとよいだろう」

少女「はい、魔王様」


知識、礼儀、マナー、言葉遣いは、問題なく習得できた
だが、侍女や謁見希望者の連れてくる娘達の振る舞いを模倣する少女は決して后らしくはなかった



152: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:38:33.07 ID:WWLfwMQc0

母である后が、后らしく振舞っていた決め手が何であったかなど覚えていない
興味を持たなかった。だから魔王もアドバイスも出来ぬまま、違和感だけを抱えていた

内心で少女を后に迎えることを快く思わない臣下達もまた
魔王の機嫌を取るために表面上だけは相応に扱ったが…… 本当に必要な忠言はしなかった

そして謁見に来る者や来客たちは――


「ほぅ… これは面白いな」

「あれはあの時の、小娘?」

「しっ。声が大きいぞ…聞かれたらばまた二の舞だ」

「しかし、変われば変わるものだな。コソコソと、金魚の…… っ。いけない、いけない」

「だが、あれではいくら出来がよくとも せいぜい一流の“侍女”だ」

「ははははは! たしかにな。后とは呼べまい。あのような娘、いずれ飽きて放り出されるさ」

「ではそれまでに、次こそは我が領地から 選ばれるべき上等の娘を…」

「いやいや、魔王様にもご興味があることはわかったのだ。こちらも負けてはいられない」

「ははは…!」


少女を値踏みしては嘲笑と侮蔑の的にし、その存在を無視して……
ただ、それぞれの欲望と思惑を魔王に与え続ける



153: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:39:32.47 ID:WWLfwMQc0

少女にとってかつて経験のない、勉強漬けの日々

言葉の選び方、食事を取る仕草、歩き方… 
生活のほぼ全てを、慎重に努力して 憧れた姫らしくあるように務めあげていた

だが、そんな彼女の周りにあるのは
表面的で心のこもらない臣下たちの態度
ふと見上げた先にある、嘲笑の視線
時折、耳に入ってしまう来客たちの侮蔑の言葉……

それらは、少女の心を 確実に蝕んでいった


魔王の部屋にこもりがちになり、魔王にくっついたまま
言葉少なに、すぐにうつむいてしまう。笑顔も、あまり見なくなった


そしてある晩、少女は魔王の胸に頭を預けて… ただ、泣き続けた
魔王はその涙を止める術を持たず、立ち尽くすしか出来なかった


初めて知った、無力感だった



154: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:40:53.54 ID:WWLfwMQc0

::::::::::::::::::::::::


魔王「…………」

少女「…………っく。ひっ………う…っ」


少女の涙が枯れるまで、魔王はただその胸を貸し続けた
何も与えることが出来ず、苦しい思いをした

泣き止んだ少女はゆっくりと涙をぬぐうと…ぽつりぽつりと言葉を漏らした


少女「……ね、おにいちゃん…」

魔王「なんだ?」

少女「……私、まだ頑張りが足りないのかな」

魔王「そんなことは…

少女「でも。いっぱい頑張ったけど……やっぱりお姫様なんかになれないよ。もう、これ以上どうしたらいいのかわかんないよ」

魔王「……」

少女「少し、疲れちゃった。やっぱり私には無理だったんじゃないかなぁ…」

魔王「…………」グッ



155: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:42:44.72 ID:WWLfwMQc0

この少女は 知識や知恵、物―― そういったものを充分に身につけてきた

もう そういった“持っているもの”では幸せを売ってもらえないのだろうか
それとも、彼女は俺にたくさんの幸せを与えすぎて… 無くしてしまったのだろうか
魔王はうつむいたままの少女をみながら、そんな考えにしか至れない


本当にわからなかったのだ

魔王は生まれながらに 今の少女のいる環境に置かれていた
人々から向けられる視線の違いなど知らなかったし、そういうものだと思っていた
少女が生まれた環境も、育った環境も知らない魔王にとって…

何が、彼女をそこまで参らせているのか 知る由もなかったのだ



魔王(他に何か、こいつが持っていないものはないだろうか。彼女に必要なもの…)


与える者、与えられる者
魔王にとってこの世界は そういったものに過ぎなかった



156: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:43:31.52 ID:WWLfwMQc0

魔王「……そうだ」

少女「おにーちゃん…?」


魔王「お前が“公”の態度を身につけるように、俺も“私”の態度を身につけるように努力をしてやろう」

少女「おにいちゃんが…? そうすると、どうなるの?」

魔王「俺がお前にとって、より気安い態度となるかもしれぬ」


魔王「それに……忘れていたが。お前が俺の后ならば、俺はお前の伴侶なのだ」

少女「ハンリョ?」

魔王「仲間のことだ。共に努力をする者、婚姻相手… そういった者を示す」

少女「おにいちゃんが…仲間? 一緒に、頑張ってくれるの?」

魔王「ああ」



157: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:44:22.97 ID:WWLfwMQc0

少女のもたないもの、それは“仲間”だ
だからそれを与えようと思った

そうしてできることならば、また幸せを譲って欲しい
元のように……今までのように。


魔王(“仲間”を引き換えに、幸せと換えてくれるだろうか)

魔王(魔王に値段をつけるとしたら 相当なものだろう。まあ売れるようなものでもないし、買うようなヤツもいないだろうが)

魔王(これで買えない幸せならば、もはや諦めるしかないのかもしれない)


そう思いながら少女の反応を待つ
口数も減り、表情もうつむいていてわからない少女の様子を見るうちに、魔王は『不安』を感じるようになった


魔王(…ああ、そうか。“魔王”なんていう仲間は、いらないという可能性もあるな)

魔王(持っていなくとも、“欲しくないもの”もあるだろう…。 魔王だなどと、言われてみれば 俺自身でも願い下げのシロモノではないか)



158: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:44:50.40 ID:WWLfwMQc0

だとしたら、魔王には安い価値しかないのだろうか

魔王の価値とはなんだろう
少女は俺にどれほどの価値をつけるのだろうか
俺は、不要ではないだろうか。 入り用だとしても高価だろうか安価だろうか……


疑問は、湧き出す側から不安へと変わっていく


魔王(……そんなことはどうでもいい。俺は俺、魔王なのだから…)


そう自分に言い聞かせて、馴染みの無い“不安感”を払拭する
それなのに 少女の答えを促すのがためらわれるのは、何故なのだろう



159: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:46:37.82 ID:WWLfwMQc0

いつの間にか、少女は魔王の顔をじっと見つめていた

随分長く、思案にふけってしまっていたらしい
焦点が合うと、少女はいつか見た真剣なまなざしと同じ目をしているのに気付く


少女「おにいちゃんが… 一緒に がんばってくれる……」

魔王「………まあ、そういうことだが… …それでは駄目だろうか……」


生まれ持った筈の“威圧感”はどこへ消えてしまったのだろう
自分でも、その自信なさげに漏れ出た声に驚くほどだった


少女「私と一緒に、同じように? おにいちゃんは、公私を使い分ける必要はないんでしょ?」

魔王「…ああ。“私”など使う機会もない。だが…そうだな、おまえの前でだけ違う態度を取るというのでは納得できないだろうか…?」

少女「わ、私だけ…? ど、どんな態度になるの?」

魔王「……済まない。具体的になど想像はまだできぬ」

少女「えええ……それじゃわからないよぉ…」



160: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:47:39.01 ID:WWLfwMQc0

ガックリと肩を落としかけた少女を見て、慌てて言葉をつむぎだす


魔王「が、お前が俺を兄のように慕うのならば。俺をお前を妹のように慕おうと思う」

少女「!!」パァァ


眼を大きく見開いて、期待の表情を浮かべる少女
それを見て、また少し ほころぶ様な温かさを手に入れた

どうやら、“仲間”でも幸せを譲ってもらえるらしい
やはりこの少女は、幸福を失ってなどいなかったのだ。魔王は人知れず安堵した


少女「ね、じゃあ…! お前、じゃなくて。少女って呼んでみて! おにいちゃんみたいに!」

魔王「それくらいならば。……『少女』」


喜ぶならばと、たっぷりと情感をこめて 少女の名を呼んだ


少女「怖い」

魔王「」



161: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:48:05.22 ID:WWLfwMQc0

含むべき情感を間違えたらしい
言われてみると、“威圧感”以外に言葉に乗せる物など知らなかった

溜息をつき、弁解を試みる


魔王「…これから努力する、と言ったのだ。そう簡単には身につくものではない」

少女「そっか… うん! そうだね! だから一緒に頑張るんだもんね!」

魔王「うむ」ポン

少女「ひゃ!?」

魔王「……」グッ…

少女「お、おにいちゃん? ……何してるの?」

魔王「…………」ナ、ナデ…

少女「おじいちゃんがよくやってる、乾布摩擦…?」

魔王「断じて違う」



162: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:49:10.75 ID:WWLfwMQc0

少女「……?」

魔王「……ハァ。人の子がするように、撫でようとしている」ナッデー

少女「撫でてくれてたの?  …………ぎこちないね?」

魔王「力加減と速さのバランスを思案していた」

少女「ぷっ」

魔王「何故笑う」

少女「あははは! 撫でるやりかたを知らないなんて、魔王は私よりも公私を覚えるのが大変そうだね!」

魔王「俺にできぬ事など無い」

少女「じゃぁ、ちゃんと撫でてー!」

魔王「…………」グニグニグニ

少女(く、首がもげる…っ)



163: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:52:43.14 ID:WWLfwMQc0

魔王「………どうだろうか…?」

少女「……えへへ。ありがとう、おにいちゃん」ニコ


優しく微笑んでくれる少女に、達成感を覚えた
その達成感が確かなものであるか確認したくて、口が勝手に動き出す


魔王「満足したか?」

少女「これから一緒に、がんばろうね!!」

魔王「」

少女「?」


遠まわしに物事を伝えられる事はよくあったが
そうして伝えられる事象の中で、一番ショックだったような気がした


魔王(余計なことを聞かなければよかった)ハァ


少女はそんな気も知らず、頭に載せられた俺の掌に 自ら頭を撫で付けた

うっかり潰してしまわぬように、そのままにしてやらせておくと
おもしろがって俺の腕の下をくぐったり、指を折り曲げたりしはじめる

少しためらったが、腕を曲げて軽く少女の首元に絡むようにしてやった
くすぐったそうに首を縮め、今度こそ少女は満足そうに笑った



164: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:53:14.64 ID:WWLfwMQc0

間違って首を絞めてしまわぬように気をつけていると
少女がその体重を預けてよりかかってくる

そうしたいのならば、と、されるがままに体重を受け止めた
暖かい。そして心地よい、重みだった


少女「えへへ……あったかい」ニコ

魔王「………ああ」


何かが、心を満たした
衝動的な何かも同時に生まれたが、それが何かはわからない


俺が今手に入れたこの思いはなんだろうか
何を差し出して、これを得ることが出来たのだろうか


魔王(できることならば この感情を いつまでも――)



この日、ようやく二人は足並みを揃える事が出来た
『これから共に頑張っていく』

少女の心にも、魔王の心にも そんな希望の光が灯った夜だった



165: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/21(水) 17:53:56.02 ID:WWLfwMQc0

『魔王』――古来は災厄の根源
諸悪の起源として、忌み嫌われ打倒された存在


そんな彼が、希望を持つ事など 許されないのだろうか


何を間違ったというのだろう
何の罪があるというのだろう


幸福を願ってはならない者が 居るとでもいうのだろうか



186: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/23(金) 22:12:50.71 ID:te8QySvI0

::::::::::::::::::::::::::::


それ以降、少女は魔王の横に物怖じせず立つようになった

辛いと感じた時でも、すぐ隣にいれば こっそりと魔王だけに接する事が出来る
そうすれば『私事』の魔王がこっそりと少女の名を呼んで、甘えさせてくれる
その安心感が、少女を余裕のある振る舞いに変えていたのだ

そして少女の落ち着いた振る舞いは、魔王の『后』であるという事を皆に印象付けた

目に見えたり耳に聞こえたりする嘲笑や侮蔑を押し黙らせる事が出来たのが
二人が重ねた努力のもたらした、一番の結果だろう

もちろん、皆の心の底にある物までは計り知れないが

::::::::::::::::::::::::::::::



187: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/23(金) 22:22:15.75 ID:te8QySvI0

少女の振る舞いが変わり、数日――
謁見は相変わらず連日行われているが、次第にその様相は変わっていった


その日の謁見の最中
少女はすっかりお決まりになった姿勢で同席していた

玉座の横に立ち、魔王が頬杖をつく肘掛に軽く両手を沿え、心持ち身を寄せている
そして時折 魔王の様子をみては、微笑みながらそっと耳元で言葉をかけた

そんな少女に対して、同じように魔王も耳打ちで答えた
魔王は少女の言葉を聞きながら、謁見者に視線を飛ばすようになっていた


魔王の顔は、相変わらず無表情
だがそれでも、今までのような 何を考えているかわからない空虚さは消えていた

代わりに宿ったのは 『明確な意思を持った眼差し』

魔王の発言に人生を左右されかねない者達は
その“意思”がどこに向いているのか探ろうと 彼らの様子を必死に盗み見るようになっていた



188: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/23(金) 22:39:58.03 ID:te8QySvI0

だが、彼らが何を話しているのか 他の者には決して聞こえない――
いままで侮蔑の言葉や視線をわざとらしく少女に浴びせていた者にとって、それは恐怖だった


(愉快そうに微笑を漏らす少女は、魔王に何を言っているのだろう)

(聞いた魔王が、今 自分をちらりと見やったのはどういう意図なのだろうか――)


横柄な、悠々とした態度で高い場所から見下してくる『意思のある視線』
心に疚しい所がある者にとって、その視線は 断罪の宣告と同じ恐怖をもたらした


少女「(ねぇ、おにいちゃん… すごい事に気がついちゃった)」ヒソ…

魔王「(なんだ?)」コソ



189: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/23(金) 22:40:42.66 ID:te8QySvI0

少女「(あの、なんか一生懸命な顔でお話してるオジさん…)」

魔王「(……?)」チラ


謁見希望者「――っ!」ビクッ! ……ガクガク


少女「(……チャック、開いてて お花のパンツが見えてるの。ちょっと可愛いの)」ニコ

魔王(……顔面蒼白のあの中年が、お花のパンツ……だと……)


少女「(でもやっぱり、教えてあげた方がいいよね?)」

魔王「……」チラ


謁見希望者「ヒッ…!」


魔王「(……やめてやれ)」

少女「(そう?)」


魔王(……これほどの『哀れみ』の感情を、俺は一体何と引き換えたのだろうか…)

少女(あとで侍女さんか誰かに伝言して、教えてあげよーっと)



190:急用につき一時中断します  ◆OkIOr5cb.o:2015/01/23(金) 22:45:36.57 ID:te8QySvI0

またその一方
二人のその様子に見蕩れる者も居た

一人は旅の敬虔な宗教家で、一人はある王侯が供にした幼い姫
もう一人は田舎の貧しい町長だった

彼らは多少の差異こそあれど、魔王と少女を見て似たような事を思った


『地に堕ち救いを求める者の小さな囁きを、暖かな眼差しで聞き届ける天使』――その絵画のようだ、と 

少女はそれを知ってか知らずか、目が合った時に にこりと微笑んだだけ
そして、魔王は相変わらず「要らぬ」というだけ


魔王が新王に座して以来、謁見を終え退城する者は
暗い顔で溜息をつくか、顔を赤くして苛立つ者ばかりだった

初めてその三人だけが
満足気な表情でゆったりと帰路につく事が出来たのである


少女「(えへへ…今のちっちゃいお姫様、かわいかったね!)」

魔王(少女も、『ちっちゃいお姫様』ではないだろうか…?)


残念ながら、彼らを正しく見つめる事ができた者は皆無だったが
穏かで平和な日々が しばらくの間 ふたりを包んでいたのは確かだった



196:再開します  ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:33:11.05 ID:QdF34VfG0

::::::::::::::::::::::::::::


ある謁見のない休息の日――


少女「ねえねえおにいちゃん! 今日は、お外に行こうよ!」

魔王「……外…?」

少女「うん! 森に行こう!」


少女は朝起きると同時に、そんな提案で眠る魔王を起こした
少し上手くなった撫で方で興奮気味の少女を宥め、身を起こす魔王


魔王「森などへ、何をしにいくのだ?」

少女「森が落ち着くかなって。誰もいないし… えへへ。初めて会った場所だし!」

魔王「落ち着く人気のない場所ならば、自室でもいいだろう」

少女「あのね。お城にいると、やっぱり お兄ちゃんは『魔王ー』って感じがするでしょ?」

魔王「……ふむ。兄らしく振舞えていたのではと、少々自惚れていたようだ」

少女「? おにーちゃんっぽいよ?」

魔王「少女が否定したのではないか…」ハァ



197: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:34:54.71 ID:QdF34VfG0

少女「え? あ、違うよぉ。私から見てって話じゃなくて… おにいちゃんから見てってコト!」

魔王「俺が俺を魔王だと感じるのは当然だ。魔王なのだから」

少女「でも、外にいれば 『魔王』だって魔王じゃなく居られるんじゃない??」


魔王(…………わからない。魔王が、魔王じゃなく居られる感覚…?)


わからないが、この少女は俺の持たないものをたくさん持っている
もしかしたら、少女の言ったその感覚は 俺の持たないものなのかもしれない

それならば――


魔王「行ってみよう」

少女「わぁいっ♪ 厨房の人に、お昼のお弁当つくってもらってくるー!!」


二人にとって初めての 『休日らしい休日』

長い1日が、はじまる



・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・



198: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:35:21.22 ID:QdF34VfG0

森の中を少女と歩いていく
まだ太陽の登りきらない時間、森の中にはまだ冷たい空気が残っている


少女「んー……」

魔王「? 少女、どうし――」

ギュ

魔王「……」


小さな手が魔王の指を掴む
『手を繋いでいる』とは言いがたい。『手に掴まっている』状態だ


少女「えへへ… こうすると、ちょびっとあったかい」

魔王「……ああ。そうだな」


手を握るという行為を知らなかったわけではない
ただ、その幼く小さな手を握ったならば、潰してしまいそうだと思っただけだ

だから魔王は、4本の指を握り締めるその小さな指に 自分の親指を沿わせるだけにした
それでも二人は充分に温まる気がしていた



199: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:35:58.10 ID:QdF34VfG0

他愛もない会話を続けながら森の中を行くと
どこからか突然 『チィチィ、キィキィ』と、動物の鳴き声が聞こえてきた


少女「……? この声、なんだろう」

声のするほうに少女が歩いていく
すぐ近くの枝を掻き分けた先には少し開けた場所があり、一本の木があった
そしてその根元から動物の鳴き声が聞こえている


少女「こ、これ なに?」


魔王より先に木に近づき、正体を確認したはずの少女はそう呟いた
それを後ろから覗きこみ 魔王が答える


魔王「うむ。リスだな」

少女「リスはわかるけど… リスってネズミを食べるの?」

魔王「? リスはネズミの一種だ。まあ仲間を食することもあるかもしれぬが…何故そんなことを聞く」

少女「だ、だって リスがネズミを捕ってるところなんて、初めて見たから…」

魔王「………?」

少女「…うぅ、なんかなぁ…」ハァ



200: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:36:30.49 ID:QdF34VfG0

魔王「…少女。もしやこの小さい方のヤツのことを、ネズミと言っているのか」

少女「うん、そうだけど…?」

魔王「これは、リスの赤子だ」

少女「えええ!?」

魔王「生まれて間もないのだろう」


そこにいたのは2匹のリスだった
その内の一匹は、まだ地肌がほとんど見えるほどに幼い


少女「ふさふさで可愛いリスさんも、赤ちゃんって毛がないんだぁ…」

魔王「ふむ。おそらく、何かの間違いで巣からおちたのだろう。この大きいほうは、母リスかもしれぬな」

少女「ええ!? 大変じゃない!」

魔王「何がだ?」

少女「そうだとしたら、このお母さんリスは きっとこの子を助けようとしてるんだよ!」

魔王「ああ、そうだろうな。だが――」

少女「早く助けてあげよう!」



201: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:37:48.85 ID:QdF34VfG0

慌てるように決心を決めた少女に対し
魔王は冷静に言葉を返した


魔王「必要ない。それが自然の摂理だろう」

少女「セツリ…?」

魔王「ふむ。摂理とは…」


言葉の意味を説明しようとして、止める。意味などは後で辞書を引けばいい
少女が理解できずに居る事は、あくまで『助ける必要が無い理由』――


魔王(やらずともよい事があると知れば、生きる上で面倒事も減る。その為の知識を、ひとつ与える事が出来るな)


魔王は言葉を改めて、話を続けた


魔王「……この子リスがここで死ねば、それを食べて生き永らえる動物がいる。この子リスが死んだとしても、それは無駄にはならないという事だ」


そう説明した後、魔王はどこか誇らしさを感じていた
自分には、まだこの少女に与える物があるのだと。与える事が出来るのだと

だが



202: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:39:05.68 ID:QdF34VfG0

少女「…それは、そうかも、しれないけど……」

母リス「チィチィ… チチチッ」


少女は子リスをそっと掌に乗せ、木の高い場所を見上げると
それきり黙り込んでしまっただけだった


魔王「……どうした?」

少女「あの穴が、おうちなのかな。……高い所にあるんだね」


魔王が少女の視線を追ってみると、樹上に小さな穴が開いている
子リスが落ちたとするならば、今 生きているのが不思議な高さだった

魔王「イタチや鳥のようなものに連れ出されたのだろうな。その後、取り落としたか何かして、ここに残されたと考えるべきだろう」

少女「……そっか」

魔王「こうして未だ食われずに生きているあたり、つい先程の事かもしれぬ」

少女「ついさっき…。それで、急にお母さんリスさんが鳴きだしたんだね」

魔王「ふむ、ありえるな。ヒトの気配に驚き、捕獲途中で逃げ出したか」



203: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:40:12.44 ID:QdF34VfG0

少女はそんな話をしている間中、忙しなくあたりを見回していた
掌の上の子リスを気遣っては、小さく困り果てた溜息をつく


少女「うー。 木に、登るようなひっかかりもないし…どうしようかなぁ」



魔王「……何があったかは知らぬが、この子リスはどうやら相当に運がわるいな」

少女「急に、どうしたの?」

魔王「少女はそれが摂理であると説明したのに関わらず、この子リスを助けようとしているのだと気付いた」

少女「う、だって。 …っていうか、どういう意味??」

魔王「摂理に逆らってまで救う必要はない。それがこの子リスの運命だったのだ。むしろ逆らうことでその運すらも悪くしているのでは――と、言いたかった」

少女「え?」


魔王は樹上の穴を指差し、続けて言葉にあわせ 順に指差しながら数え上げていく


魔王「巣からおちるような何かがあった時点で、一回。実際におちて母リスですら助けられない時点で、二回」

魔王「さらに、人に拾われても助けられずに困っている現在……この時点で三回だ」



204: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:41:09.41 ID:QdF34VfG0

少女「それ… 何の数?」

魔王「この子リス、三回も死の淵にたたされている」

少女「……………」


黙り込んでしまった少女をみて、魔王は呵責を感じた

『助ける必要は無い』と教えたいだけだったのに
助けようとする少女を責めていると、思われたかもしれない


魔王「……だが死の淵を味わうだなどと、2回でも充分だ。コイツは元々、よほど運が悪いのだろう。だから救おうとなどせずとも――」


弁解交じりに説明を続けようとすると、少女は魔王をじっと見つめた後でにっこりと笑った
そうして掌の小さな命を愛しげに見つめ、口を開く


少女「そんなこと、ないよ」

魔王「………俺が間違っていると?」

少女「うん。だって、3回も死に掛けたのに、今 まだ生きて…私の掌にのっている」



205: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:42:29.66 ID:QdF34VfG0

少女「それに、このままやっぱり見捨てるなんてしないもん。おにいちゃんが止めても、ちゃんと助けてあげるつもりだよ」

魔王「……する必要が無いと知っていても、そうすると言うのか。何故だ」

少女「必要が無くても、この子がそうすれば生きていけるから…かな??」


屈託無く笑う少女
与えたつもりで誇らしく思っていたものの、それを否定された気分だった
魔王は知らず知らずの内に、子リスを疎ましく思ってしまった


魔王「ふん、これだけ運の悪い子リスだ。生き永らえたところで近いうちに…」

少女「でも、ちゃんと助けてあげられたなら…それって、3回も生き永らえたって事になるんじゃないかな」

魔王「生き永らえた……?」

少女「うん… うん、そう! だから、この子リスは運が悪いんじゃなくて。“生”に恵まれてるの!」

魔王「“生”に?」

少女「それってきっと、すっごーーく運のいい子リスちゃんだよ! 生に恵まれるなんて、すごく素敵なことだもん!」



206: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:44:06.60 ID:QdF34VfG0

確かに、3度も死に掛けたのは確かだ
この少女が俺の言うことを聞き、このリスに手を出さずにいれば
このリスは3度目の死の淵を味わい、その次こそは死ぬ

だがこの少女が『する必要が無くても』『止められても』助けるのならば… 
確かに、この子リスは3度も生き永らえてみせた事になる


それまで強固に意志を貫いた事の無い魔王にとって
貫くことで真逆に変わってしまうものがあるという事実は衝撃的だった


魔王(……そうか。この子リスは少女によって 『“生”に恵まれるという素敵な事』を手に入れるのだな…)


魔王はこれまで、生というものに価値など無いと思っていた
それどころか、自分が生きる意味などない… 生きる必要が無いとすら思っていた


魔王(生きたいという意思を持ち、貫くつもりであれば… 俺の“生”の価値も真逆になるのであろうか)

魔王(生きることに、価値が生まれるのであろうか)



207: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:44:41.63 ID:QdF34VfG0

少女「おにいちゃん? 難しい顔をして、どうしたの?」キョトン


生きることの価値など知らない。わからない
そこまでして得るべきものなのかどうかさえ疑わしい


少女「おにいちゃん?」

魔王「………」ジッ

少女「?? 私、顔になんかついてる…?」


そうだ、この少女は生きたいといっていた
それは生きる価値を知っているからこそなのではないだろうか

俺が彼女を気に留めた理由は まさにそれだったのだ。ならば――


魔王(俺が真に欲しいのは… 『生きる価値』なのではないだろうか)



208: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:45:42.00 ID:QdF34VfG0

少女「うぅー。おにいちゃんも返事してくれないし… どうしよう、お城に連れ帰って飼うとか…は、あんま良くないのかなぁ」

少女「普段の生活とか、リスちゃんの他の家族とか 知らないもんね」

少女「お母さんリスさんと離れるのは寂しいだろうし…。だからってお母さんリスさんを連れてって もし他の兄弟が居たら大変!」

少女「やっぱり、自分のおうちに戻してあげる方法が一番だよねぇ」


魔王が自らの望みに結論を出した頃
少女はリスにそんな風に話しかけていた

どうやっても助けるつもりらしい。それも、最善の方法で


このリスは少女によって、その『運の価値』を逆転させた
少女は何かを与えると他のものに引き換えるだけではなく、そんな事も出来てしまう

彼女に変えられるというならば 俺も変えてもらおう



棄ててもよいと思える程度の生きる価値を
尽きるほど無く幸福が湧き出るという、そんな価値あるものへ――



209: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:47:03.28 ID:QdF34VfG0

魔王はどうしたら変えてもらえるのかわからなかった
だから聞いてみることにした


魔王「おい、そこの子リス」

少女「え? えーと… お兄ちゃん、もしかしてこの仔に話しかけているの?」

魔王「名がわからぬので子リスとしか呼びようがないが、そうだ」

少女「………」

魔王「お前は今、生きるための手段が尽きようとしている」

魔王「俺が、生きるための手を貸してやろう。そのかわりに、教えて欲しい事がある」

少女「それは無理だよ、喋れないもん」

魔王「」


至極当然のことだったが、魔王は必死になりすぎてそれすら気付けなかった



210: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:48:08.21 ID:QdF34VfG0

少女「あはは! よかったね、子リス」

魔王「何がよかったというのだ…」ハァ

少女「おにいちゃん、手をかしてくれるんでしょ? この子リスに」

魔王「それは、どうやってお前が少女をその気にさせたのかという教えと引き換えに――」


子リス「チ……」


少女「あ、鳴いた!」

魔王「……しまった」

少女「…おにーちゃん? どうしたの?」

魔王「……リスの言葉は、わからないのだと言ったであろう」

少女「うん、それは私だってわからないけど、それが――


魔王「こいつは条件通り、回答していた可能性がある… それを俺が理解できないだけなのだとしたら、条件を出してしまった以上 助けるべきであろうか」

少女「」



211: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:48:54.85 ID:QdF34VfG0

魔王「どうした」

少女「え? あ、だって リスの言葉なんてわかるわけないよ! 真面目な顔でおにーちゃんが冗談言うのなんて、初めてだったからびっくりしちゃった」

魔王「冗談?」

少女「……え? 本気だったの?」

魔王「狼人であれば狼の言葉を理解する。狼たちにも意思がありそれぞれ独自の言語を持っているのを知っている」

魔王「俺自身、力の強い狼であれば多少の言語を汲み取ることも可能だ。まぁそれほどに力を持ったものは元々狼人の血を――

少女「狼さん… 喋るんだぁ」


少女はどうやら既に興味が逸れたようで、話が耳に入っていないようだった


魔王「……まあ、リスもそうであったとして不思議ではないと思ってな」

少女「ふぁぁ… すごいんだなぁ…『魔王』って…」



212: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:51:04.55 ID:QdF34VfG0

少女は感心していたが リスはリスだ
魔王の創りだした狼人の血が混じった狼のような特別なリスではないし、リス人など創った覚えもない

だからリスはただ鳴いただけだ
もちろんリス同士であれば意図のある鳴き声だとしても、魔王に答えた訳ではない――考えればわかることだ

魔王は、目に見えないあやふやなものについて難しく考えすぎて
正常な判断力を失っていただけだった。普段ならば、やはり捨て置いただろう


魔王「どうしたものか…」

少女「……もしも答えてくれてたのかもしれないって思うなら、助けてあげればいいとおもうの」

魔王「しかし」

少女「あのね? おにいちゃん。んー……情けは人のためならず!、だよ!」

魔王「……?」



213: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:51:59.70 ID:QdF34VfG0

少女「コトワザ、知らない?」

魔王「いや、その諺は聞いた事がある……うろ覚えだが」

少女「じゃあ、そういうことだよ!!」

魔王「なんと。俺は助けないほうがいいのか」

少女「えええ? どうしてそうなるの!?」

魔王「? 情けは人のためならず、なのだろう?」

少女「う、うん だから……

魔王「『情けをかけても、その人の為にならない。時には厳しくする事が必要だ』……という意味では…なかったろうか…?」


あまり自信がない
目にした事はあるが、有用な諺だとは思えなかった、という記憶があるのみだ


少女「え……そうなの? むぅ。せっかく、難しいコトバをめずらしく使えたと思ったのに 間違えちゃったかな」



214: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:53:17.28 ID:QdF34VfG0

魔王「どう間違えたのだ?」

少女「情けをかけるのは、相手のためじゃなくって。いつか、めぐりめぐって、自分のためになるものだから かけてあげるといいよっていう意味だった気がして」

魔王「なんと。それでは俺の思っていたものと、意味が真逆ではないか」

少女「あはは! ほんとだね?」

魔王「だが結局それでは、どうするべきかわからないがな」


少女「むぅ… いい。間違ってても合っててもいい! 情けは人のためならず、だよ!!」

魔王「どちらの意味なのだ…」

少女「えへへ。かけてあげるといいよって方! だって、そのほうが素敵だもん!!」ニコ

魔王「素敵……」

少女「うん!! そのほうが、ずーーっと、素敵!! えへへ!」

魔王「素敵といわれても、何がどう素敵なのか分からない…」

少女「えー?」



215: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:54:10.21 ID:QdF34VfG0

魔王「そういえば少女は、先ほども『“生”に恵まれるのは素敵な事』だと言っていたな」

少女「え? あ、うん。言ったね。それがどうしたの?」

魔王「目に見えない物ばかり、よくそれほどに価値を見出しては次々取り扱うものだと思った。いつかその技術も手に入れたいものだ」ウム

少女「ほぇ?」


『生に恵まれるのは素敵なこと』
改めて考えてみれば、そうなのかもしれない

生きることの価値を知っている者にとっては、
きっと生というのはとても重要なものなのだろうから

だから、そういう者にとっては『生に恵まれているのは素敵』なのだろう
今の俺に、それがわからないのも無理はない


魔王「よし、まずは その素敵とやらを確保しておこう」

少女「へ?」

魔王「するべき事が、今日だけで増えすぎて収拾がつかない。情けをかけることが良いか悪いかなど、もはやどうでもいい気分だ」

少女「え」

魔王「少女。協力して欲しい」

少女「へ? へ?」



216: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:55:22.46 ID:QdF34VfG0

少女の身体を抱え上げ、持ち上げる
そのまま掌に少女の足裏を乗せ、さらに頭上へ――


少女「う、うわわわ!?!?」グラグラッ

魔王「すまない。俺自身でそのような小さな生き物を掴んでは、潰して殺しかねない」

少女「な、なに!? ひゃっ、ちょっ、た、高い!」ワタタッ!

魔王「俺の代わりにその子リスを巣穴にもどしてやってくれ。これならば巣穴に届くでだろう」

少女「あ………… うん!!」


少女が手を伸ばし、巣穴の中に子リスを入れる
それを確認してから、ゆっくりと少女を降ろした



217: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:56:06.71 ID:QdF34VfG0

魔王「おかげで手っ取り早く片付いた。助かったと礼を言おう」

少女「ふふふ。助かったのは、リスのほうだよ?」

魔王「条件を果たしたかどうか確認する時間が惜しかっただけだ。確認手段がない以上、いっそ“情け”をかけてみてもいいかと思った」

少女「えへへ。そうだとしても、今のおにいちゃん 素敵だよ!!」


魔王「……なんと?」

少女「え? だから、素敵だねって」

魔王「何処だ」

少女「え?」


魔王「素敵だといったではないか。俺は素敵を手にしたのか? なんの実感もないが」

少女「? おにいちゃんは、素敵だよ?」

魔王「俺が『素敵』に変わったのか? どこらへんが素敵になっているのだ?」キョロキョロ


少女(どうしよう。『魔王モード』じゃないおにいちゃんは、すごく変かもしれない)



218: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:57:29.88 ID:QdF34VfG0

魔王「俺が『素敵』に変わってとしても、俺の目には見えないのか…?」


少女「ぷ…… あは、あはは!! 『魔王』じゃないおにいちゃんって、おもしろいんだね!」

魔王「!? 俺は『素敵』になって、『魔王』ではなくなったのか!? なんてことだ!」

少女「あはははははははは! もうだめ、あははははは!! やめてえ! あははは!!」


魔王は至って真剣だったが
魔王の思考など知らぬ少女にとっては本当に愉快そうに笑い転げていた

『素敵』の正体について、結局 最後まで魔王はよくわからなかった
だが、どうやら少女は正しかったらしい

事情はともあれ、リスに情けをかけた魔王
紆余曲折あったが、結果 少女は今 とても楽しそうに笑い転げているのだ
少女が笑っていると幸せを手にする事が出来る


魔王(なるほど、情けをかけるのも悪くない…。 情けか、存外馬鹿にもできぬものだ……)フム

少女「あははは! 待って、今かっこいいポーズは禁止ぃ! それはズルいよぉ、あはははは!」

魔王「は?」

少女「だいじょうぶだよ! おにいちゃんは素敵になったわけじゃないけど、そのままで素敵なんだからぁ」アハハハ

魔王(……これ以上聞いていると、余計にわからなくなりそうだ…)ハァ



219: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 04:58:12.90 ID:QdF34VfG0

涙をながすほどに笑い続ける少女
「笑い疲れたぁ!」と 満足気な吐息をついて魔王にポテリと寄りかかってきたのは、しばらく後のことだった

腰を降ろして休憩を取ることにしたが、その間も少女は思い出しては口元を緩めている
諌めるつもりで頭を撫でてやると、小さく笑いながら頭を擦りよせて甘えてきた


少女「なんだか、疲れちゃったのに すごく気持ちいいー…」

魔王「そうか。……よかったな」ナデ

少女「えへへ。ずっとこうしてたいなぁ…」スリ・・・

魔王「……」ナデナデ

少女「おにーちゃん…… えへへ。こんなに幸せなんて、本当に夢みたい」


そんな少女を見て、抑えられないほどこみあげてくる何かがあった
いつまでもこの感情をと願った、それだった


魔王(この感情を、また手に入れることができた……。いや、できたどころか…)

魔王(この感情は…… 本当に、尽きることなく湧き出してくるようだな…)


魔王はまだ、それが何であるかなど わからない
ただ、尽きることなく湧き出るままに この少女に与えられたらいいのにと思っただけだった



220: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 05:00:12.32 ID:QdF34VfG0

しばらくして、だんだんと眠気すらも覚えてきた頃
リスの鳴き声が聞こえてきた。二人揃って、樹を見上げる


母リス「チチ…キィッ!」

少女「? あ、さっきのお母さんリスさん?」


子リスを巣穴に戻したと同時、あとを追いかけて巣穴にもどっていた母リスが、巣穴から顔をのぞかせている
母リスはふたりを確認するかのようにしたあと、巣穴から まんまるいドングリをひとつ抱えて出てきた


少女「あはは。おにいちゃんに、くれるって。可愛いね」

魔王「おまえはリスの言葉がわかるのか? ならば先ほど通訳を依頼するべきだったな」

少女「わかんないってば! んー…でも、言葉はわからなくても、わかるんだよ」

魔王(眼に見えないものだけでなく、耳では聞こえないものまでも取り扱うのか…。もしやこの少女、ただの貧しい花売りではなく大魔術師か何かの才能を……)


母リス「チチッ! キィッ!」

少女「ほら、お兄ちゃん。 リスさんが、受け取ってほしくて待ってるよ?」



221: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 05:01:03.02 ID:QdF34VfG0

リスをみやると、確かに待っているようだった
どんぐり。どんぐり…… どんぐりなど貰ったところでどうするのか
確かにどんぐりの実など持っていない。だが――


魔王「そのようなもの、要らぬ」

少女「……おにいちゃん」

魔王「む。必要がないからと突っ張ねるべきではないか。ならば、必要があった際に収穫しよう。今は要らぬ」

少女「おにいちゃん、あのね」


少女は 寂しがるような目をしながら、声を潜めた


少女「……こういう時は、いらないって、言ったらだめなの」



222: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 05:02:12.50 ID:QdF34VfG0

魔王「…何故だ?」

少女「おにいちゃんが要らないのは、このどんぐりだよね?」

魔王「ああ」

少女「でもね。このリスさんにとっては 大事なものなんだとおもうんだ」

魔王「食料だろうな。体格を考えれば、まあ相当量かもしれぬ。特に哺乳中だろうし…」

少女「そう。きっとこのリスさんにとって大事なもの。でも、一番大事なのは、きもちだよ」

魔王「きもち?」


少女「リスさんがおにいちゃんにあげたいのは、どんぐりじゃないの」

魔王「……どういう事だ。こいつは確かに 『どんぐり』を渡そうとしている」

少女「うん。大事な大事などんぐりを、いっぱいの ありがとうの気持ちをこめて、おにいちゃんにあげようとしてるんだよ」

魔王「…………気持ちを… どんぐりに 込めて…?」



223: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 05:02:44.11 ID:QdF34VfG0

魔王は知らない。気持ちのこもった贈り物なんて、知らなかった

持ちきれないほど多くを与えられた。財宝も権力も何もかも…
だが、その中にはひとつだって 魔王への想いをこめた物などはなかった

魔王にとって、どんぐりはどんぐりで 金塊は金塊なのだ
そこにある実物以上には、他にはなんの価値もつかない“物”にすぎない


与えたり、与えられたりする物の中に
そんな想いがこめられている事があるだなど…思いつきもしなかった


少女「もしもおにいちゃんが、『そんなのいらない』って言ったらね。それは、どんぐりがいらないっていうだけじゃなくて…」

少女「そのリスさんの想いや… あの子リスの命までも、全部。『価値がないから、いらない』って言うのと 同じなんだよ」ニコ


魔王「……そうなのか」

少女「うん」



224: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 05:03:14.76 ID:QdF34VfG0

価値があるものだとわかっていても
それを見る目のない誰かに“価値がない”と言われたら不快だ


魔王「……」チラ

少女「……?」


魔王(そうだ。評価されないとはいえ、自分が価値あると信じた者を侮辱されるのは不快だった)

魔王(そうするヤツは、『愚かで要らぬ者』だと思ったはずなのに… 気付かずに俺自身も同じ事をしていたのか…)


生きる価値が欲しいのに
自らで『要らぬ者』にはなるわけには、いかない



225: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 05:04:10.68 ID:QdF34VfG0

魔王「…俺は、どうすればいい」

少女「もらってあげて? そのどんぐりはね、リスさんの気持ちなの」

魔王「ただ、貰えばいいのか?」

少女「気持ちは カタチにできないけど、カタチのある物の中には 気持ちが入ってることがあるんだよ。その気持ちを、貰ってあげて」


難しいことを言う
少女は時に理解できないことを言うが、今日はさらに難しい

リスのもっているどんぐりは、なんの変哲もないクヌギの木の実だ
だが、これに“気持ち”というものがはいっているらしい
俺にはそれが見えないしわからない。それなのに、それを貰えという


魔王「………」


目に見えない、物の『価値』
少女のように 俺も『生きる価値』を持ったときには、わかるようになるのだろうか


少女「おにいちゃん……」

魔王「……済まない。今の俺にはそのどんぐりの価値がわからない。それでも、受け取ってよいだろうか」


問いながらリスに手を差し出すと
ポトリ、と 掌にどんぐりを落とされた



226: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 05:05:43.58 ID:QdF34VfG0

魔王「………これは、受け取って良いということだろうか」

少女「うん。きっと、そうだよ」ニコ


これをもっていれば 
いつかはその気持ちとやらを確認できるかもしれない

だがいつになれば確認できるようになるのかなど、わからない

いつまでも確認できない可能性もあるし
確認できたとしても時間がかかるものかもしれない

それでも、持っていようと思えたのは 何故だろう


魔王「…む? だがしかし、長く置いておいたら芽などが出てしまうかもしれない」

少女「え?」

魔王「どんぐりが木になってしまったら、その気持ちとやらは無くなってしまうのか? 芽の出ないよう、工夫して保管しないとならないだろうか」


少女に尋ねてみる
すると少女はまた、心底おかしそうに腹を抱えて笑い出した



227: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 05:06:25.87 ID:QdF34VfG0

リスは、少女が笑い出したのを見て驚いたのか
チチッと一声鳴いて、巣穴にもどっていた


魔王「何故笑う?」

少女「あ、あははははは!!」

魔王「質問には答えてくれぬのか」

少女「あ、あはは!! ううん、木になったら きっと素敵だよ!」

魔王「ほう。また『素敵』、か。しかし本当にそうなのか?」

少女「うん! あはははは! このどんぐりが 大きな大きな木になればいいと思うよ!」

魔王「大きな木になると、このどんぐりが持つ気持ちとやらの価値も高くなるのか?」

少女「ううん! そうじゃないよ…… でも、想像してみて?」

魔王「想像……?」

少女「そう! このどんぐりがね、芽を出して…



228: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 05:06:56.67 ID:QdF34VfG0

魔王は少女の言う通りにしてみることにした
目を閉じ、どんぐりから芽が出る様子を想像する


少女「大きな木になって、すごくすごく おーーーーっきい木になって…… たくさんたくさん実をつけるの!」


脳内で彩られる、秋の季節
赤や黄色に色を変えた木の葉。 実り、大量におちて転がるどんぐり


少女「魔王と私でどんぐり拾いとかするんだよ! そしたらそこに、リスさんがどんぐりを拾いに集まってくるの。 大きく育った子リスも一緒かもしれない!」


なんだろうか
なんとなく、なんとなく 少女の次の言葉が待ち遠しくなっていく

そうなったら どうだと言うのだろうか
だが なんだかそれは、うまく言えないが、とても……


心の中が、満ちていきそうな気がする



229: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 05:07:53.77 ID:QdF34VfG0

少女「でね、そうしたら……!!



「少女!!」


少女「!」ビクッ


突然の、全てを打ち破るような怒声
目を開けてみると 一人の青年が立っていた
敷地内の侵入者に対し、少女を背後に寄せて警戒の姿勢をとる魔王


「やっと、見つけた」


魔王「……知り合いか。あれは何者だ」ヒソ

少女「……あの人は…」


少女「私の、お兄ちゃん……だよ」


魔王「……兄…?」



230: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 05:08:52.88 ID:QdF34VfG0

青年「お前! こんなところで何をしているんだ!?」

少女「お兄ちゃん! あのね、私……!」

青年「いい加減にしろ!! はやく家に帰れ!!」

少女「ご、ごめんなさいっ!!」ビクッ


少女「あ……でも」チラ

魔王「……兄、なのか」

少女「…うん」

魔王「…………そうか」


親はいない孤児だと聞いていたが
言われてみれば『兄弟』がいてもおかしくはない

ましてや俺を兄に見立てて慕っていたのだ
実際に兄がいると考えなかった方がおかしいのかもしれない



231: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 05:09:24.17 ID:QdF34VfG0

魔王「………」


どうすべきか、と思った時
少女がリスに話しかけていた様子を急に思い出した


**************


少女「どうしよう、お城に連れ帰って飼うとか…は、あんま良くないのかなぁ」

少女「普段の生活とか、リスちゃんの他の家族とか 知らないもんね」

少女「お母さんリスさんと離れるのは寂しいだろうし…。だからってお母さんリスさんを連れてって もし他の兄弟が居たら大変!」

少女「やっぱり、自分のおうちに戻してあげる方法が一番だよねぇ」


**************


少女の言葉は、後になって考えると いつも正しかったように思う

それに家族がいるというのならば
まだ15の子供にとっては家族の元に居るのが“いい”のだろうとも思える

どう、“いい”のかはわからないが…
あの子リスが、自分の巣穴が一番なように 


少女にとっても、自分の家が一番いいのだろう



232: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 05:10:13.24 ID:QdF34VfG0

魔王「帰るといい。俺のことは気にせずともよい」

少女「……っ」ズキ

魔王「………帰るといい」


少女「おにいちゃん…… ごめんなさい…」

魔王「お前の兄は… 『おにいちゃん』は、あの男だ」

少女「……っ」


青年「おい!! 早くしろ!」

少女「っ!」ビクゥッ!


振り返りながら、赤い目をして少女はその兄へと駆け寄る


これでいいのだろう
きっといつかは、正しかったと思えるはずだ



233: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 05:11:00.12 ID:QdF34VfG0

青年「……おい。少女、その服はどうしたんだ… まさか、俺が留守をしてる間に買ったんじゃ…!」

少女「ち、違うよ…お金なんか使ってないよ! それに、ちゃんとパンを買って余ったお金だって、いつもの場所に入れて…」

青年「じゃあ、その服はどうしたんだ」

少女「私にって、用意してくれたんだよ。……えへへ、お姫様みたいでしょ? 似合ってる? あのね、実は私……」

青年「……その服なら、高く売れそうだな」ボソ

少女「!」

青年「さあ帰るぞ。お前が働かないと、食う飯も無いんだ」

少女「……うん。そう、だよね」


少女は、先を歩く青年の後ろを歩いて町へと帰っていく
その途中、一度だけ振り返った

少女のその視線を受けとめた時、胸が苦しかった
まるで締め付けられるようだと思った

これも、何かの変わりに 少女から与えられたものなのだろうか



234: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/24(土) 05:11:45.83 ID:QdF34VfG0

まるで、穴が開いたようだ
その穴の中に、真っ黒い暗雲が詰め込まれたようだ

あの視線が
あの少女の表情が

………強く胸に押し付けられた鏝のように いつまでも焼きついて離れない



離す事も出来ない、焦げ付く痛み
魔王はそれをどうする術も持たないまま…… 


長い月日を、ただ過ごすしかなかった


少女がいなくなった事を 内心で喜ぶ者達に、囲まれながら。



247: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 22:58:11.90 ID:NeK/HLg90

:::::::::::::::::::::::::::::::


少女とその兄の青年を、見送った後
魔王はしばらくの間、そこを動く事が出来なかった

一歩でも下がり、少女が去ったその先から目を離したら
それで終わってしまう気がした


空は 真赤に染め上がり
日は 沈み込んで隠れて消える

夜が 始まる


全てが闇に閉ざされた時に、ようやく魔王は瞳を閉じる事が出来た
目を開けていても、閉じていても 変わらずそこにあるのは 闇だと知っているから
そんな事で、ようやく目を閉じる事が出来た。閉じてもいい気がした


そのまま 日が昇るまで魔王はそこに立ち続けた
日の光を瞼に感じ、目を開ける



248: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 22:59:36.07 ID:NeK/HLg90

魔王(……何も、変わらない……)


朝になってなお、少女の視線と表情がまだ胸に焼き付いていた
変わらず、痛みを伴ったままで

だから まだ、終わっていないと思えた


魔王(終わらない……)


終わらない
痛みは、この胸にある


終わらない
終わらないのならば、安心して戻ってもいい気がする


目を離しても
背を向けても
終わる事などないのならば――― もう、いいではないか

魔王は、後ろを向いて歩き出した



249: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:00:06.12 ID:NeK/HLg90

魔王(…なんと……長い、1日なのだろう)



焦げ付き続ける胸の痛みが
少女と過ごした“今日”を、しっかりと記憶に残してくれていると実感した


魔王(今日は…いろいろな事があった)


“今日”という日で、時を止めてくれたような この胸の痛みさえあれば
鮮やかなまま、この記憶や感覚を残しておけるだろう


今までに受け取ってきた様々な感情も
二度と受け取る事が出来ないかもしれない『幸福の余韻』ですらも



――――いつまでも 失わずにいられるだろう



250: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:01:09.70 ID:NeK/HLg90

魔王の長い1日は、こうして 続いていくことになった


終わらないものは、「少女と過ごした、最後の日」だろうか
終わらないものは、「少女を想う、魔王の心」だろうか


今となってはそんなことはどうでもいい―― 

そんな事には、関心が無い



251: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:02:46.36 ID:NeK/HLg90

:::::::::::::::::::::::::::::::


「魔王様、おかえりなさいませ。朝食をお召し上がりになりますか――」

“終わらない日”に、時間だけが積み重なっていった


「ここ数日、后様をお連れではないのですね。飽きたのでしたら、ひとつ遊戯などに興じられるのも――」

要らないものばかり与えようとする者の為だけに、月日は過ぎていく


「魔王様、代わりの娘を見繕いました。よろしければこの中から――」

そんなものでは、この美しい記憶を穢させまいと 必死に痛みにしがみついた 


「この娘、少女様にそっくりでしょう。辺境村の村長より、是非とも魔王様の夜伽係にと――」

時にその痛みに誘われ、終わりに飲みこまれそうになっても



魔王「『要らぬ』」



これだけは、譲れなかった



252: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:04:24.38 ID:NeK/HLg90

::::::::::::::::::::::::::

「……では…」

「…ああ、以前と変わらぬよ…」


その後、魔王は
誰になんと言われようと、関心などもたないと決めた


「…ようやく、アレをお捨てになったとおもったのだが…」

「…まあ、無いに越した事は無いさ。僅かな望みを邪魔されてもな…」


うっかり要らぬものを受け取って
この痛みと引き換えられてはたまらない

本気で、そんな心配をしていた


「…やはり、『無欲の魔王』は 無欲のままであったか……」



253: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:05:45.97 ID:NeK/HLg90

何と言われようと、この痛みだけはもう無くさせはしない――
ただそれだけが、魔王をそれまで通りの『魔王』らしく振舞わせていた


もう これだけは手放したくない。損ないたくない
終わらない今日を 終わらせたくない――


抱えきれないほどの財宝も、武力も権力も、自由すらも持ち
望んで手に入らぬものなどない魔王が望んだのは ただそれだけだった


それなのに

無為な時間が増える代わりに、“今日の価値”が磨り減らされる気がする
あの幸せな時間が、つまらぬ時間にどんどんと薄められていく感覚

残酷なまでの、時の流れ
“今日”が終わらなかったとしても、時間は流れていくのだと思い知らされる



254: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:09:19.50 ID:NeK/HLg90

このままではいつか 確かにあったはずの幸せな日は 薄れゆくのだろうか
“何も無かった日”へと変わって行ってしまうのではないか


薄れて、消えていくのすら 『怖い』と思った
手放さなくとも、持っていても 消えていってしまう


だから、魔王は
いつまでもいつまでも 鮮やかなままで残していけるように
いつだって焦げ付く痛みに触れ、その痛みを味わった


そんなことでしか
少女と過ごした“今日”の価値を失わずに済む方法が見つからない


その他には 『少女』を失わずに済む方法が、見つからなかったのだ



子が、家族の元に居るのが“いい”のだろうとも思えてしまったから
なにがどう、“いい”のかはわからないままだったから


魔王は、奪うことも、望むことすらも出来なくなってしまっていた



255: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:10:29.31 ID:NeK/HLg90

:::::::::::::::::::::::::::::::::

ある朝…


魔王「…………くそ」


あまり眠れない日がここのところ続いていた

夜、夢見が“悪い”と 起きてから安心することができた
夜、夢見が“良い”と 起きてから不安になり 痛みに触れていなければ気が済まない

その日は、数日振りに 夢見が“良かった”
少女を探し求めて歩き、森で見つけ。話し相手にさせて、花を与えて喜ばせた
初めて『楽しい』『嬉しい』という感覚を知った、あの日の夢だった


魔王(……ひまわりの花、か)


寝起きに、ぼんやりとその余韻に浸りそうになる



256: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:12:52.30 ID:NeK/HLg90

離別も痛みも、喜びすらも知らなかった自分を思い返す

もっと出来た事があったのではないかと悩むうちに憔悴してしまう
この寝起きの憂鬱さを思えば、悪夢の方がマシだった


あの時、ああして会っていなければ 知らないままでいれた想いがあるのに、と
疲れきって投げ出すように、そう思ってしまう自分に嫌悪する

今となっては何よりも大切なものなのに
まるで本心ではそれを望んでいないようで……


魔王「…………離別してしまえば… そんなものだと言うことなのか……」 


魔王は、もう疲れきっていた
寝起きだというのに動く気力も無く、ベッドの上で身を起こした状態のままでいた


しばらくすると
なかなか現れない魔王を呼びに来る者の声が 扉の向こうから聞こえた

そいつを供に廊下を歩き、謁見室の玉座に座る



257: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:13:45.52 ID:NeK/HLg90

少女『やっぱり、自分のおうちに戻してあげる方法が一番だよねぇ』

魔王「……ああ。お前が言うならば、そうなのだろうな…」


覗き見るように触れた痛みの中
愛しげに語りかけてきた少女に返答する


臣下B「何か仰られましたか?」


横に控えていた臣下は、今日の謁見希望者のリストに目を通していた
魔王の呟きを聞き漏らし、声をかけてくる


魔王「………」

口に出てしまうなどと、やはり疲労しているのだろう
限界なのだろうか


臣下B「……失礼致しました。では、本日一組目の謁見者を通します…」



そいつの謁見があったのは
丁度、魔王が少女と過ごした月日よりも 長い月日が過ぎた頃だった



258: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:15:56.09 ID:NeK/HLg90

:::::::::::::::::::::::::::::::


何組目の謁見希望者だったかは覚えていない
いつも通りの手順で、一人の貴族が商人を連れて口上を述べていた


少女『(ねぇ、おにいちゃん… すごい事に気がついちゃった)』

少女『(あの、なんか一生懸命な顔でお話してるオジさん…)』


痛みの中で話しかけてきた少女に誘われて ふと見てみる
いつかのあの哀れで蒼白の男ではない事などは承知だ


「ただいま隣国で人気のある見世物屋を連れて参りまして、是非とも魔王様にもご観覧いただければと……」


だから、それが耳に飛び込んできたのはおそらく偶然だったのだと思う
隣国といえば、少女の暮らす国… もっとも、少女が住んでいるのはその辺境だが


魔王(…少女の国では人気のある見世物か)



259: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:16:56.24 ID:NeK/HLg90

気をとられてしまったのは、疲れていたからかもしれない
気を紛らわしたかっただけなのだろう

だが安易に見てしまえば、この商人を調子に乗らせてしまうかもしれない

見れば、代わりに何かを要求されるのだろう
そんな物の為に引き換えてしまうのはごめんである

ただ、今朝の憔悴を引きずる頭は ぼんやりとしか働かない
『もっと出来た事があったのではないか』――そんな考えを、思い出すのがやっとだった


魔王(……少女ならば、見たがったのだろうか…)


望むものを与えかったあの少女を想って なすことならば
感心を持つフリくらいしてやってもいいのではないだろうか
そう思いつくと… 言葉が、口からこぼれ出た


魔王「……それは、どのようなものか」

貴族「!」


少女と離れてから 初めてこの場で『要らぬ』以外を口にした
臣下も他の謁見希望者も、動揺を隠しきれずにざわめく気配は鬱陶しい



260: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:17:32.79 ID:NeK/HLg90

商人は しめた、といわんばかりの卑しい笑いで手をこすり合わせながら言った


商人「へぇ! ワタクシんところでお見せしているのは 達磨でございやす!」

魔王「ダルマ。そんなものが面白いのか」

商人「いえいえ、珍しく年頃ですので 噂が噂を呼び人気となったのでございやして」


魔王「…年頃? ダルマがか」

商人「へえ。達磨がです」


意味がわからなかった
魔王はしばし考えてから、話しを続けるよう顎で促した


商人「それでは見世物小屋での案内文句でございやすが、お話させてもらいやす」

商人「これは、とてもとても悲しい話でございやした」


商人「この達磨、元はとても貧しい家の娘」

商人「どうやら仕事を休んだせいで、折檻を受け 足を壊したマヌケ者」

商人「そこらの地へ打ち棄てられていたのを、夜盗どもが拾ってきたのがコトの始まり」



261: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:18:31.39 ID:NeK/HLg90

商人は、ユーモアたっぷりの抑揚をつけ、慣れた様子で朗らかに語りだした

途中、魔王の反応が気になったのか 口を止めて魔王をちらりとみやる
まるで挑発されたかのような様子は気に入らない

だが、商人のその口上… やめさせることが出来なかった


魔王「…………続けろ」

商人「へえ! …こほん」


商人「足を壊したこの娘、逃げるに逃げれず、夜盗どもから好き放題」

商人「愚かな娘は口煩くわめいてわめいて止まらない。たまらぬ夜盗、まずは口を焼きました」

商人「次に娘は抵抗し、夜盗を殴り怒らせた。怒った夜盗はその腕を叩いて壊してしまいます」

商人「逃げれず、喋れず、拒めない。夜盗は好き放題に楽しんだ。何夜も何夜も楽しんだ」

商人「そうしてついには孕んだ娘、役にも立たぬと また棄てられた――」



262: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:19:02.31 ID:NeK/HLg90

魔王「………………それを、おまえが拾ったのか」

商人「いえいえ。ワタクシではございやせんよ」


商人「それを見つけて拾ったのは、一人の貧しい医者の卵――


魔王「その娘はその医者に助けられたのか」

商人「……へぇ。治療をされました」


口上途中に口を挟まれ、苦い顔をする商人
だが、とてもその歌うような口調で聞いている気にはなれなかった


魔王「そうか。……治療されたのか」


悟られないよう、小さく吐息を吐き出す
胸の中を這う、ぞわりとした虫の蠢きのような何かが少し収まった――

と、思った瞬間



263: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:19:51.14 ID:NeK/HLg90

商人「ですがまだまだ医者の卵。まずは壊れて壊死した娘の手足を、4本全て切り落としました」

魔王「っ!」

商人「血が吹き出るのを押さえようと、慌てて鏝をあて 切り口を焼き潰しました」

魔王「―――く」

商人「口は元より塞がれて。叫ぶに叫べぬこの娘、そんな治療が終わるとまた棄てられて――」


商人「そうして出来上がったのが ワタクシのお見せする、達磨の娘でございます」

商人「今ではすっかり腹子も育ち、それは本当に達磨のような姿でございます――」


謳いあげると、満足げな表情で礼をする
そのまま、僅かに沈黙した時が流れる

他の謁見希望者も、その口上には驚いたものが居るようだ
その姿を想像し、嗚咽を漏らすものもいる始末
聞かずにいればよかったと、後悔の表情で顔を背けるものも居たが……



264: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:20:20.92 ID:NeK/HLg90

魔王だけは商人をみつめたまま、一言だけ呟いた


魔王「………それは… 生きて、いるのか」

商人「へぇ。生きてますので、お見せしてやす。口の真ん中に穴を開け、じょうごで飯を与えてやす」

魔王「――――」


残虐な話など、これまでいくらでも聞いていた
魔国に限らずとも、戦地に赴けば5体満足な死体のほうが珍しい

そうだというのに 何故、これほどに俺は取り乱しているのだろう
どうして身体中が、冷たく凍りつくように感じるのだろう

言葉が、出てこない


商人「哀れな話も、ここまでいくと滑稽でしょう」

魔王「…滑稽……?」

商人「つまらぬことで逆らい、酷い目にあって。またつまらぬことで逆らい、また酷い目に合う」

商人「学習するということをしない、愚かな娘。本当に、滑稽でしょう」


悪びれも無く、本心からそう思っているのだろうか
ただその顔には、芝居小屋で客にしてみせるような 愛想笑いを浮かべている商人



265: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:21:05.21 ID:NeK/HLg90

魔王だって、もちろん『魔王』だ

これまでにも、その役目として断罪や処罰をする事があった
何も考えなかったし、何も感じなかった。ただ、無感情に首を刎ねた


魔王(俺は、刎ねられる者の目に どう映っていたのだろうか)


気持ちが悪い、と感じた
急に この卑しい笑いを浮かべた商人に 自分が重なって見える気すらした

そう感じた瞬間
斬り殺してしまいたい欲求に駆られ、剣に手が伸びそうになる


実際に伸びなかったのは
冷え切って氷のような手の感覚に違和感があるのに気付いたからだ
違和感に僅かな気をとられたことで、ようやく理性を薄皮一枚でつないでいられた


それほどまでに衝動的で強い嫌悪感を覚えたのだ
この卑しい男には 自分の顔が写って見えているのに。斬り捨てたいと強く思った

『怒り』を露にして。おまえが嫌いなのだと、声高に叫びながら――
荒ぶるがままに、斬り捨ててしまいたい


魔王(そうすれば その最期の俺だけは、きっと少しは………)


商人「魔王様、どうなされました」



266: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:21:36.63 ID:NeK/HLg90

声をかけられ、思考の海に落ちかけていたのに気付く
機嫌を伺う商人の様子は、僅かに不安の色を浮かべていた

……もしもニコニコと笑っていたら、次こそは本当に斬り殺していただろう
達磨の事を、気にしてやることも出来ないままに……


魔王は、言葉を搾り出して会話を続けた
嫌で嫌で仕方ないと思いながらも 聞かなければ居られなかった


魔王「………滑稽だから、見世物にしているのか」

商人「へぇ…。まあ、事実は小説よりも奇なりと申すものでしてね」

商人「元は悲劇の娘として出した達磨でございやす。ですが巷の反応は予想外でしてね」

魔王「……人気、と言っていたな。どういう反応なのだ」


商人「へぇ。『言うことを聞かずに仕事をさぼってばかりいると、達磨になってしまうよ』と――」

商人「今 隣国では、親がこぞって子供達にこの娘を見せに 集まってくるのです」

魔王「………」


商人「それもあって、ここまで運の悪い娘は最早… と、この娘を滑稽と思うようになりやした」



267: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:22:58.65 ID:NeK/HLg90

運の悪い、娘

何度も不遇を繰り返し、それでも生き永らえたその娘は 
あの子リスにしたように 『“生”に恵まれている』と言い換えることが出来るのだろうか
生きているから、運がいいなどと―― 本当に言えるのだろうか


森の中での少女の様子や言葉が
今もまだ つい先ほどのことのように思い出せる

それはそうだ
鮮やかなままの記憶を、必死になって保つように努力してきたのだから

だがそれは、こんな時に
あの少女の笑顔を思い出す為だったのだろうか


魔王「………………」



268: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:23:29.13 ID:NeK/HLg90

商人「本日は、その娘を連れて参りやしてね」

魔王「っ!」

商人「今、運んで参りますので。 どうぞ実物をご覧くださいやせ」

魔王「…………」


この 訛りを隠しきれない田舎商人は、
魔王の返事も聞かずに 無礼なことに勝手にそう決めてしまった

貴族や臣下が、それは魔王様の御返事を待ってからだと叱り、押しとどめた
だが、いつもならばすぐに『要らぬ』と言う魔王は 『答えない』

先ほどまでの応答もあって
皆が 無言の魔王を見て、『肯定している』と―― 勝手に決めてしまった


商人はキマリのわるそうな辞儀をして、室外へ娘を連れに行く



269: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/26(月) 23:24:00.48 ID:NeK/HLg90

魔王は、言葉が出ないだけであった
どう答えていいのか、わからなくなっていた

記憶の中で笑う少女が、様々な事を語りかけてくる

妙に胸が騒ぐ

どうか―― 違う娘であってくれ、と


その達磨には悪いが

どうか
どうか

あの少女でなければいいと


今にも黒く染まりそうな視界を
歪む視界を なんとか、とどめるのが精一杯で、言葉などは出てこなかった



284: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/27(火) 23:58:25.34 ID:95f1POD10

::::::::::::::::::::::::::::::


商人「おまたせしやした」


ドアが開くと、商人は手押しの車を引いて入ってきた
真紅の豪奢な布が引きずるように被せられ、そう大きくも無い荷物を覆っている


商人「これからお見せするのは、作り物ではございやせん。芸の為に用意した、『ヤラセ』などでもございやせん」

商人「小屋ではあまり言いやせんがね。実はこの娘、コチラの城よりほど近い場所の生まれなのですよ」

商人「お疑いになるようならば、行って確認なさってもかまいやせん。友人・知人を名乗る者も少しはいるようでございやす」


自慢の収穫を披露するかのごとく、もったいぶって余計な口を聞く商人
黙れといってやりたいのに、出される情報には余計に言葉をなくしていく


商人「魔王様はご存知ですかな。国境沿いの森を抜けた少し先にある、貧しく荒れた小さな町のことを――」


不安感を、絶望感を、促されていく



285: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/27(火) 23:59:22.71 ID:95f1POD10

言葉を失ったまま箱を見つめ続ける魔王を見て
商人は『充分な期待と関心を引きつけた』と、満足げな笑顔を見せた


商人「では、ご覧いただきやしょう―― 



商人「これがその、滑稽なほどに 哀れな達磨でございやす」


バサアッ!!

一息に布がめくられると、中には前面の板だけがはずされた箱があり
その箱の中には 商人から聞いたとおりの―― 

いや。聞いて想像した以上に、奇妙な『ダルマ』が納められていた


魔王「……………………」



286: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/28(水) 00:00:00.95 ID:rBtvQerQ0

連れてこられたのは
元は美しかったであろう娘の “頭部と胴体”だった

栗色の長い髪は、ところどころが ざんぎりになっていたし
話に聞いたとおりの 酷い様相をしている

服は着せられていない
腹に朱墨で、“達磨”と達筆に書かれているだけだ

ともあれ、それは――



少女では、無かった




魔王は 布がめくられて達磨を見た瞬間、『良かった』と思い胸を撫で下ろしていた

残虐な行為などに特別な関心はなく
その醜く爛れた傷跡でさえも、『爛れた傷跡がある』以上の感想を持てない

手足の無い者を見ても、ただ『手足の無い者』としか思えない
だから魔王は、そんな“悲惨な見た目を注視する”ことはしなかった



287: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/28(水) 00:00:36.98 ID:rBtvQerQ0

商人「いかがでしょう。こちらの娘のこの風体、あまりに哀れであまりに滑稽で――


少女でないのなら、躊躇無く いつも通りに答えるだけだ
関心を失い、視線を外す


魔王「 『い 


だが視線を流した時に 達磨が動いたように見えた
気をとられ、口を止める


魔王「………?」


正確には、達磨が動いたのではなかった
達磨の腹が、動いたのだ

腹が、時折 妙なカタチに歪み、薄い腹の肉を内側から押している
本当に、子を宿しているのだとわかった


魔王(なるほど、確かに生きているようだ)


死体ならば、手足が無くとも珍しくは無いが
生きてここまでの風体を晒しているとなれば、にわかには信じがたい

商人が見せる前に、『作り物ではない』と前置きしたのも頷ける



288: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/28(水) 00:01:04.47 ID:rBtvQerQ0

魔王(……そうか。これでも、生きているのか)


これでも 生きているのか
これでも 見えているのか 

これでも 『聞こえている』のか……


魔王「―――――――っ」


聞こえている
聞いている

この達磨の娘は、この商人や……魔王の言葉を、聞いている


商人「……あの、魔王様。その… やはりこのような身分の娘を見せられては、ご気分を害されやしたか…?」

魔王「………」


気付いた瞬間に、『要らぬ』と言うのが躊躇われた
言っても良いのだろうか。そんな疑問が湧き出してしまった



289: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/28(水) 00:02:12.30 ID:rBtvQerQ0

そんな魔王の気など知らぬ商人は
それまでの自信に満ちた態度を一変させた

魔王の態度が変わったことで、不興を買ったのではないかと不安に駆られ始めたのだ


魔王に嫌われては敵わない
運が良くとも、少なくとも。商人としての生は終わるだろう

そう思った商人は、ひたすらな弁解を始める


「そうですよね。『この程度の不遇』、この時代では珍しくも無い――」

「芸を仕込むわけでもなく、こんな『醜いだけの姿』をお見せして――」

「ワタクシの所では『こんなもの』しかお見せできないが――」


急に自分の持ってきた“見世物”を 口早に次々と貶めはじめる商人



290: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/28(水) 00:03:32.19 ID:rBtvQerQ0

魔王(こいつは… いや、こいつらは……)


関係の無い他人をなじり、貶めることでしか
自らを立たせる術を持たないのであろうか

いつかの謁見室での様子を思い出しながら、そう思う


少女を后だと宣言して見せたあの日も
こうして『他人を貶めて自分の言い訳とする』やつらばかりだった

そして貶められた方は、人の知らぬ場所でただ泣くのだろう
誠実に生き、積み重ねた努力に 「無価値」の印を押し付けられて、泣くのだ

あの時の、少女のように



291: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/28(水) 00:04:10.72 ID:rBtvQerQ0

あの頃の、言葉少なにうつむいて 笑顔の消えた少女の姿が
目の前にいる、無口無表情の達磨の娘と 重なって見えた気がした

いつだって鮮明なまま聞こえてくる、痛みの中の少女の声


『……私、まだ頑張りが足りないのかな』

『もう、これ以上どうしたらいいのかわかんないよ』

『少し、疲れちゃった』


あの時の少女の声が
この口も利けぬ達磨から、聞こえてくる気がした


魔王「…………口を、閉ざせ。そこの商人」


だから、それ以上は聞かせておけなくなった


商人「……へぇ。申し訳ありやせん… それで、魔王様。そのぅ……」

魔王「…………」


今、この娘に『要らぬ』と聞かせてはいけない気がした



292: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/28(水) 00:04:48.84 ID:rBtvQerQ0

こんなもの、必要ないのに
こんなもの、俺は見たくもなかったのに

だが

少女の姿や 少女が教えてくれた感情が
この娘には『要らぬ』と言えぬようにしている


魔王(この判断も……少女から、与えられたものなのだろうか)


どんぐりと、リスの親子
真剣な表情で、魔王を諭す少女の寂しげな瞳

目の前の、光を宿さない瞳
花の盛りの年頃に あまりの悲運に見舞われた美しい娘

様々なものが脳裏をよぎった



293: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/28(水) 00:05:36.37 ID:rBtvQerQ0

言ってしまえば
『要らぬ』と棄ててしまえば

この、哀れでうつろな娘の“生”には価値がないと――
そう伝えてしまうから


今、この娘に『要らぬ』と聞かせてはいけない



魔王「………………………………… 『貰おう』」



重臣たちがひどくざわめいた


どこか遠くで『やはり、“魔王”なのだな……』と 呟く声が聞こえた気がする



294: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/28(水) 00:06:13.37 ID:rBtvQerQ0

:::::::::::::::::::::::::::


達磨の娘は、国内交易認可証書と書かれた紙切れ1枚と交換された
この娘の価値は 本当に紙切れ1枚分でよいのか問おうとして、やめた


「本当に……これだけの権利を頂いてしまってよろしいのでしょうか…!?」


商人と貴族は、声と身体を震わせてそれを受け取り
ひれ伏して、喜色を隠そうともせずに 大層な感謝をしていたからだ


きっとこいつらも 俺と同じで、目に見えないものを見ることは出来ないのだろう
お互いに目に見えないものでは、取引は出来ない

俺達にとって、『達磨』は
紙切れ一枚相当の価値だとしか… 他に見ようがない



295: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/28(水) 00:06:42.75 ID:rBtvQerQ0

この紙を選んだ理由だって大層な理由は無い

この娘にどれだけの価値をつけるべきなのか、とても判断できそうになかった
娘の中にある“キモチ”の価値など、俺にはわかりようがない

だから臣下に相当以上で与えよと言っておいただけだった
そうして、達磨は 魔王の物になった



与えられる物を断り続けることでしか、国を守れる気がしなかった魔王
多くを与えられても、管理できないし守れない と 拒み続けてきた

そんな魔王が『与えられて受け取ったもの』は
どんぐりと、達磨だけ


魔王(それが… 俺の。 『魔王の価値』だということかもしれぬ…)

どんぐりを与えられた魔王
差し出された達磨を断らず、貰った魔王

そんな魔王の価値など、魔王自身には わかるはずもなかった



296: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/28(水) 00:07:57.55 ID:rBtvQerQ0

::::::::::::::::::::::::::::::::::



魔王「……部屋に運び入れたのか」


自室にもどり、部屋の隅に“置かれた”達磨の娘と対面した


その瞳は 焦点を定めていない
焼かれたという口はもとより、顔全体の筋肉までも一切の機能を果たそうとしていない

虚ろなまま、生きているようだった


達磨娘「……………」

魔王「……………っ」


初めて自分で『貰おう』と声をかけ手に入れた物


最初は何も思わなかった
なんの興味も持たずに見るソレは、ただ“ソレ”だけであった



297: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/28(水) 00:09:17.05 ID:rBtvQerQ0

それなのに

少女の声が、この娘から聞こえる気がするというそれだけで
少女の姿が、どこか重なって見えてしまったというそれだけで

―――酷く、痛々しい姿をしているように見えはじめた


達磨娘「………」

魔王「こんな…… こんな風に思うようになったのは何故だ…?」


思わず、目を背けたくなるほどだった
見ているだけで、心の中で何かが荒れ狂いそうになるようなものだった
大声で叫びだしたいほどの、虚無感を感じさせるものだった


魔王「何故……… 何故、こうなった…?!」


達磨の娘に聞かせる事は出来ない
自室だというのに 魔王は声を隠し、飲み込み、自らの言葉の全てを抑え込む


魔王「……っぐ」


必死さのあまり、その身体が強張り震えるほどに。
唇がわななき、握り締めた拳から 血がにじむほどに――必死に、抑えこんだ



298: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/28(水) 00:10:10.30 ID:rBtvQerQ0

こんなことならば…
こんなことならば……!


そうだ、目に見えないものだけで よかったんだ!
わからないまま受け取ってしまえば それでよかったのに!

モノの中にはキモチがあると少女は言った!
ならばきっと、俺が突然に手に入れたこのキモチは、この娘の中にあったキモチなのだろう!!


俺は、それを貰ってしまったのだ!
だからきっと 俺自身もこんな気持ちになってしまったのだろう!

紙切れ一枚と引き換えに、買ってしまったんだ!
こんな……… こんなものを!!



299: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/28(水) 00:12:28.61 ID:rBtvQerQ0

こんな… キモチという物がこんな物ならば…… 俺は……!
こんな風に、こんなもののために、これほどの思いをせねばならないのなら……!!



俺は、もう  “感情”など “価値”など “キモチ”など




――――――要らぬ!!





その日から 魔王は
少女から引き換えてもらっていたはずの“幸せ”を、手放す事に決めた


ためこんでいたはずの“喜び”も
鮮やかなままに残された“楽しさ”や“満足感”、“達成感”も……


魔王が持っている何もかも全て
残らず、引き渡してしまうことにした



暴風の荒れ狂う中に立たされるような、この息苦しさの処分費用として



313: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/29(木) 17:49:29.17 ID:LltjezIH0

::::::::::::::::::::::::::


商人に木箱に詰められた後、目の前にあったのは紅い布だけ
ガタゴト、ガタゴトと揺れる木箱
私の下に敷かれている、贅沢に綿を使用した座布団を通しても振動が伝わってくる

木箱の中で倒れた私は、振動によって頭を小刻みに打ちつけられる
その後で静かになったと思ったら しばらくの間、そのままにされていた


商人「おい、よかったなぁ。どうやら魔王様はご興味をお持ちになったようだぞ」


布をめくりあげ、商人が私の身体をまっすぐに立てなおす
ブチブチとした痛みがある


商人「ちっ、木箱のササクレに髪が絡まって…… この急ぎの時になんてこった」


商人は私の髪を切る


商人「まぁいいか。この方が、よほど惨めったらしい雰囲気が出るっつーもんだ」



314: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/29(木) 17:50:17.51 ID:LltjezIH0

小さな箒が見えた
切った髪と、抜けた髪を掃いている


達磨娘(また、『私の一部』が棄てられる……)


商人「さぁいくぞ。うまくいきゃぁ、俺は商人として成功の道が約束されたようなもんなんだ」

商人「拾ってやった恩を、返してくれよ? なぁ、『達磨』さんよ」


そうして、また視界は紅く閉ざされる
ガタゴト、ガタゴト。




商人「――……これは悲しい話でございやした…」

「――……そうか。治療されたのか――…」




厚い布越しに聞こえてくる、くぐもった声



315: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/29(木) 17:52:04.20 ID:LltjezIH0

今度は誰に『見せしめ』るつもりだろう


いつだったかのように
私を見て、触り、嘗めまわすような人じゃなければいいな

私を転がして、汚らしくむしゃぶりつかれるのはやっぱり嫌だもの

「抗ってみるか、ほら」と、出来ない事を強要されて
愉快そうに嘲笑されて、その責めなのだと 一方的に求められるのは嫌だもの

私が泣いたところで、相手を喜ばせるばかりなのは もう覚えた
無反応で耐えるのが、一番。「つまらない」と、飽きてくれるから

それだけしか出来ない。だけどそれが、私に出来る唯一のこと


達磨娘(何も出来ないのと、変わらないけれど――)


話をしているのは、男の人の声
嫌だと思ったところで、何も変わらない

嫌だと思うような相手が話していたとしても
私にはそれに抗う手段は無いから――気にしちゃ、いけないの



316: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/29(木) 17:52:58.84 ID:LltjezIH0

布がめくられる
紅い布をめくった先に、また紅い床


達磨娘(……変なの…。床に、毛が生えてる……)


毛が生えているなら、生き物なのかしら
そう、きっと大きな獣。 私を一口で呑み込んでしまうような。
私はきっと その背にのせられているの


ぼんやりと空想にふける
あまり現実味のある空想ではいけない
夢を見るように、現実の何もかもを遮断してくれるような空想でなければいけない


「――……『この程度の不遇』……――」

よくあることなら、傷ついてもいいのかな
私だけじゃないって思えばいいのかな


「――……『こんな、醜いだけの姿』――」

そうじゃない。聞いてはいけないの
ほら、空想を続けなくちゃ

大きな獣。きっと、豊かな毛に覆われた尻尾が生えているに違いないでしょう



317: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/29(木) 17:53:26.44 ID:LltjezIH0

「――……『こんなもの』――…」


ああ

いっそ 耳も焼かれてしまえばよかった
殺してくれないのなら いっそもっと傷つけて。――楽に、なるまで



「『貰おう』」


達磨娘(貰う……? こんな私を何のために…?)


ああ。でも、そっか。 商人はそのためにここにきたんだ
私は売られて、今度はまた違う場所で『飼育』されるんだ

私… 私は また――


達磨娘(また、棄てられたんだ)


視界は、また紅く染められた
この、紅い豪奢な布につつまれる私は きっとこの布よりも安いんだろうな



318: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/29(木) 17:54:22.50 ID:LltjezIH0

:::::::::::::::::::::::::::::


ガタゴト。ギィギィ。
軋むタイヤの音は、一角獣の鳴き声
きっと彼は愉快なサーカスの劇団員

いつものように幕が開けば、ざわめいた歓声が聞こえるはず
まぶしいほどのスポットライトに目をくらませて、瞳を閉じてしまうだけでいいの

『ほら、あれを見てごらん』
――ごめんなさい、目がくらんでいて見えないの

『あんなもの見た事が無いでしょう』
――そう。それはよかったわね


いつもの空想は、毎日繰り返しているせいか 幻聴のように聞こえてくる
こうして運ばれれば、きっとそこにはいつもの『見世物』がはじまっているはず



319: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/29(木) 17:54:53.90 ID:LltjezIH0

「こちらに…… はい、それでよろしいです」


聞き慣れない女性の声。ショウを伝えるアナウンスではない
布が払われ、木箱から出される私


「あら……?」


私では抗う術もない『粗相の跡』を見たのだろう
生きていなければ、そんな恥をかくこともないのだけれど

恥をかくことにも慣れてしまった
恥ずかしがったところで、いちいち世話をやいてくれる人は居ないのだもの
こうするしか、ないのだもの


女性は何か指示を出している気配がする


私は、真新しいクッションを積み重ねた中に『置かれた』



320: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/29(木) 17:55:23.85 ID:LltjezIH0

紅いクッション。黒いクッション。

金色の房が、獣の尻尾に見える
銀色のステッチが、アリの行列に見える

色とりどりの視界は、少し 嬉しい


達磨娘(そうね、あれはきっと 狐の尻尾)

達磨娘(ゆったり生きる狐が、忙しない蟻達に呼びかけているの)

達磨娘(『何をそんなに忙しく生きる? 穏かな空想にふけるのは幸せだよ』……そんな風に、呼びかけてやるの)


そう。まるで幻想の世界に生きる狐のように
ただ穏かな空想の中に埋もれて生きれば きっと幸せも見つかるでしょう


私はまた 新しい空想の世界におちていく――



321: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/29(木) 17:58:09.43 ID:LltjezIH0

::::::::::::::::::::::::


気がつくと、人の気配がした
そういえば先ほど、何か 聞いた覚えのある声がした気がする

その後はずっと静かだったから、空想を邪魔されなかったのは助かった
でも今はすこしうるさい

『うるさい』のはいつものことだけれど
今日はいつもより声が『近い』――


達磨娘(狐の尻尾。アリの行列。ほら、空想を続けなくちゃ……)



「2度言わせるな」


苛立った声が聞こえ、空想に集中できない
誰かと話をしているようで、うるさくて狐と蟻の声が聞こえない


「申し訳ございません……!」



322: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/29(木) 17:58:57.48 ID:LltjezIH0

「全て俺自らで確認する。どのような素性であっても構わない」

「ですが!」

「俺の決めたことに意見するつもりか」

「………ッ」

「全ての謁見をしばらくの間は拒否する」

「な……っ!」


空想を邪魔する声
それならば、無理やりにでも空想の世界に置き換えてしまえばいい


達磨娘(いばりん坊の狼さんが現れて、狐を追い立てたとしたらどうなるかしら)

達磨娘(偉い狼さんと、ぼんやりした狐… どうなるかしら、どうなるでしょう…?)


次から次に訪れる、新しい空想の要素にまごつく
話を考える内に、また『狼さん』の声が聞こえてきてしまう


「そうだな……有力な情報を持ってきたものの謁見は認めよう」



323: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/29(木) 17:59:40.64 ID:LltjezIH0

「欲にかられ、多くの者が情報を持参するであろうからな」

「しかし、そんな事をなさっては……」

「もとより、すべて断るだけの謁見に意味など無かった」

「………。畏まりました」

「出て行け。それと、一人 充分な才を持つ侍女を選んでよこせ」

「……? 何をなさるのでしょうか」

「詮索は『要らぬ』。 それと、釘を持て……長く丈夫な太い杭も必要だ」

「……………承りました」


達磨娘(…………あ)


空想の途中に、現実味が混じってしまった


やっぱり、聞かなければよかったな
新しいお話なんて欲しがらずに、今までと同じ空想を続けていればよかったな


達磨娘(釘は…… 痛そう、だもん…)



324: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/29(木) 18:00:25.28 ID:LltjezIH0

「………」

達磨娘「…………」


憂鬱な未来を予想しても、何が出来るわけではない 達磨の自分
だから焦点をあわさぬまま、“狐の尾”を見ている他には無かった

焦点を合わせてしまえば
知りたくもない事や 見たくも無い物が見えてしまう

今までの日々で感じていた『自らを見つめる視線』ですらも
その正体を知って 正しく見つめては、耐えられなかった


直視して良い現実など
達磨である彼女の世界にはひとつたりともありえない


「…………」


だから、今 感じている視線にも気付かないフリをするだけ
何もかもから焦点を外し、何も見てはいけない 何も聞いてはいけない


『知らぬフリを貫き通す』しか、身を守れないから



325: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/29(木) 18:01:09.68 ID:LltjezIH0

達磨娘(いっそ…… 壊れてしまえば、きっと……)

達磨娘(でも……)


とっくのとうに壊れていてもおかしくない
むしろ 壊れてしまっていた方が、よほど人間として正しいのだろう

それでも彼女を支えているものがある
壊さずに保たせているものがある

その支えは、いつまで 彼女を支えていてくれるのだろうか


達磨娘「………………」

「…………」



抱き上げられる
運ばれる
柔らかなベッドの上に横たえられる


始めから、服など着せられていない
身を守る術など、なにひとつない



326: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/29(木) 18:01:50.11 ID:LltjezIH0

大きな手が、私の腰に触れたのは感触でわかる
そのまま 太腿の半ばほどにも満たない、その短すぎる脚の終わりまで撫でた


達磨娘(……あ… ……また、なのかな……)


反射的に、空想に逃げ込む


こんなに柔らかな場所は、きっと雲の上に違いない
そう、ここはきっと空に浮かぶあの白い雲の上

それならきっと声もとどくはず
音にならないこの言葉でも、通じるはず


あのね。私、聞いてみたかった事があるんです………


ねぇ神様。聞こえていますか?




私のこと―― どれくらい、嫌いですか?



335: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:48:01.50 ID:281+FDU90

::::::::::::::::::::::::::::


達磨娘「…………」

魔王「…………」


触れてみると、見た目以上に華奢な身体だった
妊婦であるというにも関わらず、肉はほぼついていない

腰骨のあたりの皮が腹に引っ張られ、妙なほどにくっきりと腰骨を浮き立たせている

だがこうして横たえれば腰が伸びる
つまり腰骨は機能しており、その脚の付け根まで神経も生きているようだ

指の腹で脚の先まで押し、筋肉の強張りなどからそれらを確認していく


魔王(触れられても、一切反応しないのか……)

達磨娘「…………」


様子を見ると、置かれている時と何も変わらぬ達磨がいた
腰が伸びているか、曲がっているかの違いしかない

あの、焦点をあわさぬままに薄く開かれた瞳も 変わらない


魔王「――――ッ」



336: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:48:28.73 ID:281+FDU90

あの瞳だ
あの瞳がここまで俺を苛立たせるのだ

こんなにも心の中をかき乱して
堪えようのない思いを無理矢理に押し付けてくる――


魔王(……俺は、お前のその目が嫌いなのだ……!!)


僅かにでも少女の姿が重なって見えなければ、抉り取ってやったのに


幸福など、何ひとつなくてもいい
今は早くこの感情を処分してしまいたい

痛みだけで、もう充分なんだ
今までのように、何も考えずに生きているのはどれほど楽だったのか


その時、トントン、と ノックの音が響いた

達磨から視線を外し、ベッドから離れる
冷静さを取り戻すために呼吸を整え、入室を促した



337: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:49:09.92 ID:281+FDU90

「失礼致します、魔王様――ご用命と聞き参りました」


まだ若く、美しい侍女が部屋にはいってきた
胸元を飾るリボンの色で侍女の位がわかる。彼女のそれは『紫』―― 侍女長だ


魔王「…………」


豊かなドレープのついたスカートの前で手を合わせ
ドアから一歩進んだ場所で辞儀をする

落ち着いた仕草と作法
余計な発言をせず、黙ってピタリと立ったまま控える侍女長は確かに有能そうに見えた


魔王「………」

侍女長「…………」


達磨の世話をさせる人物を用意するつもりで呼びつけた侍女長の姿に、沈黙してしまう

決して侍女長の才を疑ったわけではない
恐らく彼女であれば必要な事に応えるだろう


だが、言い表せぬ感情が再びつきあげてくる



338: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:49:39.36 ID:281+FDU90

魔王(……これは。 この女に世話を任せてしまっては……)


達磨が、侍女長の引き立て役に見えてしまう
その哀れで惨めな姿が、美しい彼女に比較され 余計に際立って見えるばかりであろう


魔王「……………っ」


魔王は言葉を失う

達磨の世話を自分ができるとは思えない
『他の適役』も思いつかない以上、彼女に頼むべき事なのは明白だ


魔王(……だが そうなればこの苛立ちは、どう処理すればいい!?)


このままでは抑えるどころか、余計に感情を荒立たせるばかりになってしまう
彼女が世話をするのを見かけるたびに、こんな思いをしなければならないのか



339: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:50:07.49 ID:281+FDU90

魔王は、決められずにいた

少女の影を重ねてしまった達磨の哀れな姿は
魔王の中に保っている少女の姿にまで 翳りを落としていた

生き別れではなく、死に別れという『次』の空洞を想像させながら……
魔王は、何よりもそれが怖かった

あれが再び我が身に襲い掛かる事を、恐れていたのだ


魔王(もう……充分だ…!)


口を閉ざしたまま拳を握る魔王
その姿を見た侍女長は、礼をした後に控えめに言葉を発する


侍女長「………僭越ながら、魔王様。ひとつ発言をお許しいただきたく思います」

魔王「なんだ…ッ!」


苛立った声がでてしまう。何をしても、何を考えても……
さきほどから、口から出てくるのはこのような質の言葉ばかり

有能な侍女長はもう一度礼をし、今度ははっきりした口調で進言する



340: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:50:40.63 ID:281+FDU90

侍女長「先ほど、こちらにお連れしたお嬢様の世話係を用命かと存じます」

魔王「……っそんなことは、確認せずともわかること! それを命ぜずにいるのだとわからぬか!」


やつあたりといって間違いない
このような物言いをすれば、誰しもが謝罪の言葉と共に役目を辞退していくだろう

怒鳴ってしまった後で しまった、と思った
だが、侍女長の反応は意外なものであった


侍女長「私ではお嬢様に役不足とお思いでしたらば、私の手足をもいでお嬢様の横へ留めおきくださいませ」

魔王「……なんだと…?」


侍女長「同じ身となり、その身で感じる事、必要な事を 私の信頼できる者に伝え申しましょう」

侍女長「1日中お嬢様のお側に控えてご様子を見守り、万事上手く進むよう尽くしましょう」

侍女長「私に出来うる全ての事を、魔王様の為にさせて頂きたく存じます――」


腰を落とし、最敬礼の姿勢で静止する侍女長

自らの美しさゆえに魔王が躊躇したとは気付いていない
「おまえでは至らぬ」と思われることが、我慢ならなかったのだ



341: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:51:10.23 ID:281+FDU90

自らの技術で至らないのであれば
他の者では至る事はないという、侍女としての誇りと自負

だから期待に足りぬのであれば、その身を削ってでも
充分に応えるだけの連携を取ってみせるという、責任感の強さ

そして何よりも『尽くせる事ならば惜しみなく』という、彼女の忠誠心
それが、彼女にそのような言葉を発せさせている


魔王(このような者が、居たのか)


侍女長はまた口を閉ざし、瞳を閉じて魔王の判断を待っている

彼女は自らを捧げているつもりではない
魔王に尽くす役を望み、許可を欲しているのだろう

彼女は、ひたすらなまでに 魔王に尽くしたいのだ


何が彼女をそこまでにさせたかなどに 魔王の関心は向かない
だが、彼女が『強い動機と、揺らぎない意思』を持つ事には憧憬すら覚える


魔王(それは、俺自身は持っていないものだな――… だが…)



342: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:51:39.27 ID:281+FDU90

この城の中にある全ては、俺のものだったはず
それならば 彼女の持つ強さすらも、俺のものではないだろうか

確かに俺自身は、今まで何一つ自らで選ぶことも出来なかった
与えられて受けとることも、ロクに出来なかった


だが、俺は誰だ


貰うと決めたものを、自らで貶め、扱えなくなってどうするのだ
棄てると決めたものを、痛みを恐れて、抱えて迷ってどうするのだ


俺は 魔王だ


出来ぬことなどひとつもない
持たぬものなどあってはならない


恐れも不安も戸惑いも、既に少女から与えられているではないか
既に持っているならば―― そんなものは、『要らぬ』と棄ててしまえばよい


俺が欲するのは…… 

俺が、持ち得ぬものだけだ!



343: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:52:07.96 ID:281+FDU90

目を開く
今までよりも視界が鮮明な気がした
血流も魔力も ただ巡るだけではなく、目的地があるかのように流れ出す



魔王「お前。侍女長であるな」

侍女長「はい。左様にございます」

魔王「ならばお前に命じよう」

侍女長「!」


魔王「お前が万事成すことの全て、我が手の成すことと思え」

魔王「お前の失態の全て、我が名を傷付けるものと思え」


魔王「お前のその忠誠すらも、既に我が物だと知るがよい――」


そうだ
俺はすべてを持っている

こいつの気高き自信すらも、俺の物―――



344: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:52:55.02 ID:281+FDU90

魔王(こいつの中にあるキモチとやらは、俺にもよく見える)

魔王(そう。いうなれば、強欲。自信に繋がるほどの強欲さが見える)

魔王(ようやく気付いた。見えないものが見えないことで、つまらぬものにまで無駄に怯えていただけだ)


俺が間違えていたんだ

全てを持ち、管理し、守るだなどと……
そんなこと 俺に出来るわけがないではないか


俺は、魔王だ
望むがままに使う事こそが、本分だ

そう
尽きること無き贅は、強欲に求めて使うための贄にすぎない

俺が持たぬものがあるとすれば、ただひとつ――


魔王(全てを使い果たした、空箱だけだろう…?)ニヤ



345: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:53:30.05 ID:281+FDU90

::::::::::::::::::::::::::::::


侍女長は、初めて魔王の微笑を見て ゾクリと背筋が震えるのを感じた
自負している己の『自信』すらも、この魔王には敵わないと思う


侍女長「ま、おう…… さま…」


『魔王様より、命を頂いた』

それは侍女長にとって、瞳が潤み 頬は赤らむほどの誉れだった
目の前にいる魔王は、侍女である自分を手足のように用立ててくれるという


彼女が今 心に抱いているのは
先ほどまであった 献身的過ぎる忠誠ではなかった

魔王の微笑に魅せられて後、そこにあったのは
自らの全てを『強さ』に抱かせる快感だけ――



346: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:54:09.36 ID:281+FDU90

魔王「我が足ならば、駆けて見せよ」


侍女長は、尊敬する主に対し 礼の辞儀すら忘れて駆け出した
それは、彼女が人生で初めて味わう経験であった

『用意された上品な素振り』など、魔王は求めていない
魔王の為にする事ならば、いくらでも乱れて構わないのだと気付いたのだ

乱れるほどに必死になる事こそ、望まれている


侍女長(あの方は、私の欲に気付き、応えてくださった…!)


確信する
高揚と共に、頭が冴え渡っていくのがわかった

廊下を駆ける侍女長
驚きを隠せないでいる使用人達に 堂々と、指先ひとつを突き出して 指示をとばして行く



城内を駆け抜ける今の自分は
何一つとして、魔王の為にならない所がない

間違いなく 侍女長の全ては、魔王の為だけに活動する存在となっている


侍女長(魔王様を… 満足させて、あげたい……)クス



347: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:54:51.03 ID:281+FDU90

――侍女長にとって、奉仕は天職であった
古の時代には淫魔と呼ばれていた者の血を引き継ぐ彼女

例え虐げられようと
全身で尽くし、満たして悦ばせる事こそが 彼女の最大の“生”の価値



そんなことは預かり知らぬ魔王

だが、無意識のうちに
まだ魔王は、強い『生の価値』に憧れ―― 欲していたのだ



348: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:55:17.64 ID:281+FDU90

:::::::::::::::::::::::::::::::::


「それはなんだ」

「これは、天蓋でございます。テントのように中に空間をつくります」

「ほう」

「お嬢様は女性ですので、身支度の際のお部屋の代わりでございます」

「……なるほど」

「それでは次の支度をして参ります、魔王様」

「ああ」


随分長いこと、空想に耽っているうちに眠ってしまったらしい……
予感していた痛みが訪れることはなかった

相変わらず、柔らかなベッドの上に寝かされていると
ギシリときしむ音がした

次いで、身体が引き起こされた
積み重ねたクッションを背に『置きなおされる』



349: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:56:22.08 ID:281+FDU90

ああ、嫌だな。まだ、これからだったのかな

ほら、空想をはじめよう
さっきの声は 確かあの狼さん――


そう思った矢先、ベッドの上だというのに目の前に靴先が見えた
どうやら目の前に座り、片膝を立ててこちらを見ているらしい


ああ、きっと狼さんね
不遜な態度で、ドカリと座って いきなり狐に話しかけるの
『空想狐は、今日も蟻とお話中なのか?』って。…そうしたら――…


パチン。

突然弾ける音がして、空想が止まる
視界、それも目のすぐ前に、突如 鮮やかな色が飛び込んできた

驚きのあまりに 思わず焦点がそれに寄せられる


達磨娘(…………?)



350: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:56:50.27 ID:281+FDU90

「ほら。やはり俺に出来ぬことなどないのだ」


大きく鮮やかな黄色い花が目の前に落ち、それを眺めてしまった
見た事がない。だけれど、生命力に満ちた美しさがある

目を離せずに居るうちに、もう一度声が聞こえてきた


「お前の目に写る空虚さなど恐れはしない」

「それよりも恐ろしいものならば、既に知っている」


達磨娘(…………花をみるなんて、どれくらいぶりだろう…)


パチン!!


もう一度、弾ける音が聞こえた
次に視界に入ったのは 降り注ぐ艶やかな色彩

雪よりも軽く舞うそれは
この『柔らかな雲の上』ではどこから降ってくるのだろう

花びらが降り注ぐという奇跡を目の当たりにし、思わず視線をあげてしまった
そこには 奇跡の光景の中にあって、なお浮き出て見える『黒い、強さを放つ瞳』があった


達磨娘(………っ、いけない! 今、目が合ってしまっ……!)



351: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:57:17.15 ID:281+FDU90

「ほら。俺には、お前を操ることすら容易ではないか」


黒い瞳が、どこか真意の見えない深さを持って 私を射抜く

自信に満ちた声と、挑発的な口調
空想の狼が、目の前に現れたと思った


「俺に操れぬものなら、既に持っている」

「操れぬものならば、不要なのだ」


現実味のない空想の世界が目の前にあった
空想のいらない現実の世界が目の前にあった



「俺に従え」

「俺に服従させられぬものは既に持っている」

「俺が求めるものは、俺の持たぬものだけだ」



352: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:57:43.88 ID:281+FDU90

どこか自嘲するかのように嗤う瞳
ただその闇の深さは変わらない


達磨娘(従え…? 私が 何を持っていると言うの…?)


疑問があっても、魅入られてしまったかのように動けなかった

動けないのは、手足が無いからではない
きっと、『あったとしても動けない』のだろうと思った

この瞳の前では 手足があるかないかなんて関係ないのだ
あれほど私を苦しめた境遇すらをも、瑣末な問題にすりかえて嗤う 黒い瞳


「ありあまるものが、邪魔なのだ」

「望むがままに与える喜びすらも、既に知っている」

「ほら―――… 望んでみろ」



望めといわれても、私には伝える手段が無い
言葉も手も無く、どうしようもないのに


この人もまた、無理難題を押し付けて嗤うつもりなのだろうか



353: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:58:12.21 ID:281+FDU90

「お待たせ致しまし・・・ あら…? 綺麗なお花ですね。歓迎のお支度でしょうか?」

「影を見て、影にも与えてみたくなっただけの事」

「影ならば、こちらの用意は丁度よかったようですね」

「ああ… 任せよう」

「はい」



どこからか女性が現れ、狼さんの横に立って話をはじめた
濃い灰色のスカートが見える

今度はきっと、蟻さんが現実に出てきてしまったんだ


蟻さんは、私を椅子の上に『置いた』
タイヤがついているらしく、運ばれて 布で作られた仕切りの中に『仕舞われる』

そして、湯に浸した布で身体を拭かれ… 髪を梳かれていく



354: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 03:59:39.41 ID:281+FDU90

「そのような車、よく見つけたな」

「魔王様のお名前で書を出し、城下の椅子職人より取り上げました。車椅子と申します。相応に報酬もあたえてあります」

「そうか。まあいくらでも使えばよい、また与えられるものだ」

「お名前を使ったことは、叱りますか?」

「お前の手は俺の手だと思え。俺の手が俺の名を書いて何が不都合か」

「仰るとおりでございます」


蟻さんの手はせわしなく動き続けている
それを眺めながら座っているのは狼さん


「手馴れているな」

「……以前、妃様にも同様にさせていただきました」

「………………」

「…影でも、よいではありませぬか。今も、見えているのでございましょう?」

「…………関わらぬと決めた。それが『一番いい』のだから…」

「…左様でいらっしゃいましたか」



355: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 04:00:10.70 ID:281+FDU90

蟻さんはそのまま、漆黒の艶やかなドレスを私に着せつけていく
口数の減ったまま、座った気配で動かない狼さん


「……さぁ、出来ました」

「ほう」

「このままご鑑賞なさいますか」

「いや…… そうだな。全面鏡の前へ」

「畏まりました」


音も立てずになめらかに動くタイヤ
まるで宙を浮いている気分になる
そうだ、きっとここはまだ 雲の上なんだ


宙をすべる私
ゆっくりと止まると、今度は目の前にドレスの裾が見えた

そのドレスの裾には、柔らかなパニエが縫いこまれているのだろう
ふんわりとしたカーブを描いたまま、広がっている

刺繍なのか、生地の模様なのか
漆黒よりも一段階薄い黒で レース調の花の模様があしらわれた豪奢なドレスだった

その美しさにつられ、ゆっくりと視線をずらすと
胸下当たりには 大きな布量の多いリボンが、しだれる様にあしらってある

さらに被せられたケープは
襟が動物の毛のようなものに覆われて……やわらかくて……暖かか、い……



356: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 04:00:37.12 ID:281+FDU90

達磨娘(……これ、は? 鏡・・・ 私? なんでこんな、こんな豪奢なドレス・・・?)


これでは
あってもなくても 腕など見えないだろう
あってもなくても 脚など見えないではないか


私の人生を 全て変えたほどのものなのに
そんなものですら、狼さんには あってもなくても関係ないとでもいうの――…?


「いかがです、お嬢様」

「口も聞けぬのに、問うても意味があるまい」

「耳があるではありませぬか。話しかけて意味が無いなんて事ありましょうか?」

「ああ…。あ、いや。首もある。頷くくらい出来るであろうか」

「ふふ、そうでしたね。 ですがあまり早急に求めてはならないかと」

「そういうものか」

「ええ。特に、男性は」クス

「ふむ」



357: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 04:01:06.94 ID:281+FDU90

「さぁ、お嬢様―― お疲れでしょう? 冷製のグラススープを用意させてありますよ」

「む。しかし……」

「じょうごの先が入るのです、ストローが入らないなんて事がありましょうか?」

「……もっともだ」

「ふふ」クスクス


直視したくない現実なんて、嫌だった
寒くて凍えそうな思いをしていた
誰かにこの身体を『見世物』にされるのなんて最低だった
『モノ』でいるのは、辛かった――


彼らには 私のこの口ですら、あってもなくても 関係ないというのだろう
私が何も言わずとも、望むままに与えるからと――― 



358: ◆OkIOr5cb.o:2015/01/31(土) 04:01:37.27 ID:281+FDU90

こんなの 現実よりは、空想めいている
本当に空想の世界に迷い込んでしまったのだろうか



達磨娘(でも私は・・・ 本当に、空想の世界に生きるわけにはいかない)



鏡の中にいたのは、ツクリモノの“お姫様”


本当の私は
手を差し伸べられても―――――




それを受け取る、手が無いの



370: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/04(水) 04:22:07.45 ID:exdKBLna0

::::::::::::::::::::::::::::::

それから数日の間、達磨は相変わらずだった
以前とかわらず、多くの時間を焦点の定まらない目のままぼんやりと宙を見て過ごしている

車椅子の足元に屈みこんで達磨の世話をする侍女長は
「時々、目が合いますよ。見つめていると、段々と焦点がずれていくのもまた愛らしいです」
などと言っていた



侍女長「魔王様、そういえばあのクギはどうなさいましたか?」

魔王「クギ?」

侍女長「…まさか、お手元に届いて無いのでしょうか。ご所望と聞き、杭と共に用意を指示したのですが…」

魔王「ああ……あ、いや。確かどこかに置かせたな」



371: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/04(水) 04:22:54.36 ID:exdKBLna0

侍女長「不手際がなくて安心しました。しかしクギだなんて……どういったご趣旨でしょう。何か準備があれば致しますよ」

魔王「椅子を作ろうと思ったのだがな。先におまえが車椅子を用意したので忘れていた」

侍女長「まあ」


自分が、魔王のしようとしていた事に先に手をつけてしまった
侍女長は自分の配慮の至らなさ、行動の短慮さなどを恥じながら深く頭を下げた


侍女長「申し訳ありません。私が思いつく事ならば、魔王様も当然に思いつくこと……」

侍女長「御自身でお作りになられる筈の贈り物を、私が手軽なもので先に済ませてしまうなんて。謝罪のしようもございません……!」


顔色すらも青く染まるほど、自責にとらわれた表情
侍女長は自らの失態に、呆然としたまま 頭すら下げきれないでいたのだ

だが、魔王はそんな侍女長の表情は知らない
車椅子の上で空想に耽る達磨をみつめたまま、発言に訂正をいれた



372: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/04(水) 04:23:23.90 ID:exdKBLna0

魔王「贈り物などではない。ただの苦肉の策だ」

侍女長「苦肉の…?」

魔王「こいつの目が、嫌だったのでな」


魔王「こいつの身体は見るからにバランスが悪いだろう」

侍女長「違いありません」

魔王「コイツをみて、俺は無理にでも顔を上げさせてやろうと思ったのだ」

魔王「だがそんなことをして後ろに転げられでもしたら、余計に惨めに見えるであろう」

侍女長「……有り得ますね。重心が変われば、足の短いお嬢様では身体を支えきれないかもしれません」

魔王「だから、上を向かせて座らせておける椅子でもあればと思った。それだけだ」

侍女長「………」


侍女長は、自分が達磨であったらどうしてほしいかを想像しながら世話をしていた
だから魔王のその発言を聞いた時には、驚きが強かった



373: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/04(水) 04:23:57.41 ID:exdKBLna0

侍女長(……隠したり…飾ったり。食事の仕方を普通らしくしたり……)

侍女長(私は、“普通のお嬢様”のように見せようとしていただけ…。私であったら、そうしてほしいと思って…)

侍女長(私も… 不自由な身体を受け入れて、正しく見つめていられなかった……?)


見栄えを気にしてしまう
周囲からの目を、気にしてしまう

何も変わらないのだと思いたい
他の人よりも劣る自分を、同じように見せていたい


でも…… きっと、違うのだろう
本当に“その身”になれば、そんな虚栄心だけではどうにもならないものがある

想像できるのは表面上だけの事だった
相手の思いを汲むために、自分を投影しすぎていたから…想像に限界があったのだ


侍女長(いくら投影しようと、想像しようと。私はお嬢様にはなれない)


それならばいっそ、第三者として“見ている”だけのほうが
よほど当たり前に多くのことに気付く事もある

相手を思えば思うほどに、見えなくなるものがあるのだ



374: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/04(水) 04:25:09.07 ID:exdKBLna0

侍女長(私は… 尽くすことだけに夢中になって…見えていなかった?)


尽くすという行為は、彼女にとって至上のものだ
探り当て、相手の喜ぶ場所を見つけ出すのは楽しみでもあり喜びでもある

それはまるで、相手の心を愛撫して虜にしていくような喜び
喜ばれることで、『喜ばせた』ことによって、彼女は自尊心を満たしていく


侍女長(……間違った行為はしていないはず。不快な思いもさせていないはず)

侍女長(手足が無いなんて。出来ることならば、思いたくも無いはずですもの)


侍女長(でも、魔王様は そんな触れて欲しくない“急所”に入り込んで…)

侍女長(彼女が本当に欲しいものを、必要なものを。自分がそう望むからと、与えようと言うの…?)

侍女長(それは…まるで…)


尽くす、とはまったく異なる質のものだ
だが、それ以上の悦びを与えるものだ

奉仕を天職とする彼女には、
現実を突き刺される痛みを伴う悦びなど“与えられない”
受け取る事は出来るのに、与えられない

その悦びを与えられるのは、“突き刺せる”者だけ



375: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/04(水) 04:27:09.08 ID:exdKBLna0

侍女長「魔王様!」

魔王「?」


侍女長「ご協力くださいませ。私一人では難しゅうございます」

魔王「……椅子作りが、か?」

侍女長「いいえ…」


侍女長「魔王様は、お望みなのでしょう?」


侍女長「この、生をもたぬかのような瞳のお嬢様を…… 生きた瞳にかえてしまいたいのではないかと思いまして……」

魔王「生きた瞳……?」



侍女長「ええ。魔王様はお嬢様を―――


イかしたいのでしょう?




艶めかしい瞳が、魔王を挑発していた

「生かしたいのならば、生かせばいいのだ」―― と



376: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/04(水) 04:28:36.72 ID:exdKBLna0

張り切る侍女長に押される様にして、魔王は椅子作りにアドバイスをした

何を言うわけでもない
思ったことを言うだけの単純な行動だった


身体の構造は触れて確かめた
思いつく動き、支えねばいけない身体の場所
そういったものを、魔王は侍女長に伝えていく


出来上がったのは、揺り椅子
座面にカーブがあり、傾いても尻がずれにくい

背もたれは長いが、羽のように後ろに反り返している
頭を上げても、つかえてしまうことがない

大きな重い腹が負担にならぬよう
初期位置で少し上向きに傾いている

そんな椅子だった


その後、自らの意思で揺れ動く視界を手に入れた達磨は
時折、椅子の上で揺れ動くようになった

焦点を合わせない事も多かったが
それでも、上を向いているようになったのだった



379:>>378 Thx! ◆OkIOr5cb.o:2015/02/04(水) 15:51:22.98 ID:exdKBLna0

::::::::::::::::::::::::::::::


侍女長「魔王様、今日の分は先ほどの2名だけのようです」

魔王「そうか」

侍女長「……やはり、難しいですね」

魔王「………」


魔王は自室で、ゆらゆらと揺れる椅子を見ながら沈黙した
探させているのは機械技師

肩口近くまで失くした腕、股のわずか下で消えた脚
それに代わる物を作れる、技師だった


侍女長「……精巧な腕の形であれば、作れるものがおります」

魔王「肩からぶら下げるだけの腕に、なんの意味がある」

侍女長「身体を持ち上げ、支えるための脚ならば作れます」

魔王「長脚の道化のように歩き、転んだなら立ち上がれないなど惨めなだけだ」

侍女長「……せめて、神経が生きてさえいれば治癒者と機械師が接合も出来ましたのに」

魔王「無い物を嘆くことにこそ、意味は無い」



380: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/04(水) 15:52:17.57 ID:exdKBLna0

送れる限りの場所に、お触れを出した
身分を問わず、有能な機械技師を集めるつもりであった


義手、義足

もちろんその様な物は魔国にも存在する
病気や戦争により手足を失った者はそれを利用していたし
金さえ支払えば、機械仕掛けの 関節が曲げ伸ばし出来る物も手に入る

だが、達磨の場合はそれが利用できなかった

その腕は 肩近くより壊死し、切り落とされ、さらに焼かれている
接合しようにも、肩から真横に生えるような腕になってしまう
下向きに手を下ろそうとすれば、ぶら下げるだけの模型しか作れない

その脚も同様に短すぎた
充分に身体を支えるためには「腰から嵌める長脚の台」にしかならないだろう
無理に脚にはめ込んだところで、スティルトほどにも固定できない


魔王「……」


やはり、ここまでいけば無理なのであろうか
どのような技師を呼んでも 同じような返答しか帰ってこない
奇抜なアイデアといえば、魔王の魔力を用いて 他の生物の手足との“合成”を持ちかけたものが居た位で――



381: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/04(水) 15:52:53.42 ID:exdKBLna0

侍女長「……魔王様。やはり、私の手足でしたらお使いになってもよいのですよ」

魔王「要らぬ」

侍女長「……」


侍女長の手足を繋げて動く達磨など、想像するにも耐え難い
あの優しき少女の面影が、嘆く様しか思い浮かばない


侍女長「……あ。そういえば、魔王様… 妙な書簡が届いておりました」


魔王「書簡だと? 俺にか」

侍女長「はい。以前に謁見された方より、お礼状のようです」

魔王「律義者だが、そのようなものに興味は――

侍女長「いえ。再度の謁見を希望されるそうです。次は、代理人に謁見をお許しいただきたい、と」



382: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/04(水) 15:53:27.78 ID:exdKBLna0

魔王「ほう。ずいぶんと諦めが悪い。しかしそれがさほどに妙か」

侍女長「それが…言葉が、妙なのです」

魔王「言葉が?」


侍女長「はい。『彼を郵送するので、謁見の許可が下りるまで 城の外にでも置いてください』、と……」


魔王「…………は?」

侍女長「どうなさいますか? どうやら、書き方からして“郵送”済みのようです」

魔王「待て… 謁見するのは 代理人、ではないのか?」

侍女長「はぁ… そのように書いてはあります。何しろまだ荷物が届かないので分かりかねます」

魔王「荷物…」

侍女長「郵送されてくるのならば、ヒトであろうと荷物でございましょう?」

魔王「死体などでなければよいが」

侍女長「それは恐ろしげですね。魔王様は随分な恨みを買っていらっしゃいますこと」クスクス



383: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/04(水) 15:54:26.23 ID:exdKBLna0

::::::::::::::::::::::::::::::::


それより四日後
棺桶程の大きさをした木箱が、魔王城に届いた


侍女長「……ひっ」

侍女A「じ、侍女長様…! こ、これはやはり…」

警備兵「おいおい… 届け先は砂漠の国にほど近い街だぞ…?」

侍女A「え? ……え?」

警備兵「そ、そこから7日以上も運ばれて来たのだとしたら…中身は…かなり…」

侍女長「……ッ!」


侍女A「こ、これは。本当に開封するかどうか、魔王様にお伺いをするわけにはいかないのですか……!?」

侍女長「で、ですが。 このような事で魔王様を煩わせるなど…」

警備兵「ま、待てよ。魔王様宛の荷物なんだろ…? 開封していいかどうかぐらい確認したって…」

侍女長「……き、危険物だったらどうするのです。やはりこちらで…」


侍女B「侍女長様。お嬢様用のスープができたと、厨房から連絡が…… ヒッ!? なんですか、それは!?」



384: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/04(水) 15:55:24.78 ID:exdKBLna0

そうこうする内に、他の侍女が達磨の食事を運ぶことになった
それを不審に思った魔王が侍女長の元に赴くと…


魔王「……何をしているのだ」

侍女長「……………魔王様ぁ…」グス


木箱に杭を差込み、こじあけようとしたまま固まっていた侍女長がいた
魔王の顔を見た途端、泣き出しそうになっている

そして


魔王「ああ…それはもしや、件の“郵送物“か」

侍女長「は、はい…。申し訳ありません。その、封を開けるのに手間取りまして…」


魔王「………ふむ。この棺桶からは、かなり強い鉄錆の匂いがするな。やはり死体か」


侍女長・侍女「~~~~~~~~~~~~ッ!?!?!」 

警備兵「あ、ああああ 開けるな! 絶対あけるなよ!?!?」



385: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/04(水) 15:55:53.79 ID:exdKBLna0

魔王「………」


魔王「死体相手に、何を遠慮する?」

侍女長「え?」


ドガッ!!!


侍女長「」


魔王が木箱を足蹴にすると バキャッ、っという小気味良い音が響いた
木箱に大穴が開き、中身があらわになる


魔王「……これは」


銀色の、美しい全身甲冑だった
ヘルムのヴァイザーは上げられており、中身は空
胸上で手を組むようにして、細身の長剣を構えた姿で横たわっている



386: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/04(水) 15:56:27.82 ID:exdKBLna0

警備兵「……甲冑……?」

侍女「西洋鎧…でしょうか。なんと美しい…」

侍女長「こ、こんなものに怯えていたとは……」


警備兵「はは。こりゃいいですね。死体と思いきや、ただの“抜け殻”だったなんて」


ポン、と警備兵の一人が鎧に触れると…
その手を、鎧が握り返した


警備兵「ヒッ!?」


鎧『あまり手荒にしてくれるな―― 我輩に、傷がつく』


鎧が動き出し、身を起こしていく
魔王は即時に身構え、対峙すると同時――



387: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/04(水) 16:02:24.35 ID:exdKBLna0

侍女・侍女長「き……

鎧『……“き”?』


侍女・侍女長「「きゃああああああああああああああ!!!! おばけえええええええええええ!!!!」」



鎧『』

魔王「」


甲高い悲鳴が、城中に響いた

魔王城で魔王に仕える者が
腐乱死体を恐れ、血の香に怯え、『おばけ』だなどと――


これに呆れたのは魔王。鎧の方は驚いた様子だった

ともかく、対峙し 争う様子が無いのを確認すると
魔王は場を後にすることにした


背後では、叫び声を聞いて駆けつけた臣下Bに 侍女と侍女長が叱りを受けている
それよりもすぐ後ろには、なぜか鎧がついて歩いてくる

魔王の後ろを歩く“空の鎧”を見た者によって 城内は久しぶりにざわめきだっていき……
部屋につく頃には、すっかり魔王は気分を害していた



393: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/05(木) 12:50:52.51 ID:CH3AMdn90

:::::::::::::::::::::::::::::::::::


魔王の自室前……


魔王「おい」

鎧『うむ。何か御用かね』

魔王「こちらの台詞だ」

鎧『はっはっは。手紙は受け取っていないのかね? 我輩は謁見希望者である』



侍女D「魔王様、財政管理の書類をお届けに…」

侍女E「……っきゃ!? か、甲冑?」

鎧『御機嫌よう、お嬢様方!』スチャッ!

侍女D「ひっ!? 中身が…… 空!?」

侍女D・E「きゃあああああああああああああああああああ!!!」バタバタバタ…!

鎧『ははは。これはなんと初々しい。ああ、足元には気をつけなさい!!』カパパ

魔王「……」



394: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/05(木) 12:52:24.39 ID:CH3AMdn90

ヘルムのヴァイザーを上下させ、まるでそれが口であるかのように振舞う鎧
先ほどからずっと、侍女や兵に出逢うそばからこれを繰り返してきた


魔王を見かけ、通路の端に下がって頭を垂れて礼を取る家臣たち

普段ならば、その前を無言で通り過ぎるだけの魔王であったが
そのすぐ後ろで悲鳴があがるのは何度目だったか

まるで凱旋の勇者のように片手を挙げ、ありもしない愛想をふりまく鎧
時折、そのヘルムを胴体から外して 帽子でするような会釈までする始末


魔王(この世界に、いまだこのような稀有な物が残っていたとはな)


過去にはデュラハンという『首なし騎士』の魔物もいたというが
この時代には、もはやそのような姿の魔物など存在はしない


翼を持ったとされるハーピーも、時と共にその歌声のみを残して翼は退化した
夢の中にまで入り込んだといわれる淫魔ですらも、その神出鬼没さを失った

エルフは長寿種として、ドワーフは低身長という特徴を残し、唯のヒトと変わらない
かつては動いたとされるゴーレムも、いまやその伝説と共に石像として残るのみだ

獣の魔物の多くは、獣の生業を強く残して生きている
ワイバーンは怪鳥として、クラーケンは巨大イカとして。

マタンゴですら今は繁殖力が異常なだけの毒キノコだ



395: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/05(木) 12:54:17.48 ID:CH3AMdn90

人間も魔族もほぼ大きな違いは無い
まるで国民性や県民性の差でいわれるような特徴しか残されてはいない

確かにいまだ、魔族の中には 狼人のように“獣とヒトの両容姿”を持つものもいるが
おそらく百年のうちに、彼らもどちらかの姿に定まっていくのだろう


この世界は、千年もの昔に生まれ変わった
魔王と勇者の和平によって、新世界に生きると決めた者だけが残された世界

和平、平等
生物としての劣性・優性の排除、魔術行使の委棄――

魔王と勇者の2者によって、この世界から“幻想”は棄てられた
夢物語のような魔法など、一般にはほとんど存在しない


魔術は解明されて、その元素や論理は再構築され
皆平等に学ぶことが可能なものに落とされ―― 化学として、学問になった

そうするうちに複雑な魔術は廃れていった世界
そういった物を使う者がいれば、この世界での異端として排除された世界


今や 人も魔族も機械文明と化学によって生かされている
この世界の全てが、平等に平和に生きていく夢物語を描いていくために……


夢物語を現実にかなえるために
夢のような“幻想”は、棄てられた世界なのだ



396: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/05(木) 12:54:53.85 ID:CH3AMdn90

勇者ですら、今はヒトの世にまぎれて居ない

勇者は、元々“普通の人間”だったから…
今頃はその末裔達も“少し強い、少し優しい”などの特徴だけを残して生きているのだろう


この世界に残された幻想は、ただひとつ

それは、この世界を作り出すために魔術を委棄せず
他と交わらずに生きていく特徴を残した“魔王”という存在のみ――


の、はずであったのに


鎧『おや、素敵な長剣だね。我輩と一戦いかがかな、剣士殿』パカパカ

警備兵「ぎゃぁぁぁぁ!!」


鎧の友好的で紳士的な振る舞いとは裏腹に
歩く側から悲鳴が上がり、ヒトの気配が消えていく

自分は魔王であるのだから、その軌跡には草も残さぬというならばそれでよい
だがそれ以外が、そうするなどとは想像に難い



397: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/05(木) 12:56:11.06 ID:CH3AMdn90

唯一であったはずなのだ

そのような異端は、自分だけであったはずなのだ


それに苦しみ、悩んで、自害すらした魔王が過去に何人いたであろうか
強さや権力で孤高に立つ事で、異端である事実を“理由の一部”にすりかえて生きてきた


いまでは魔王とは現人神と変わらない扱いをうけている
全てを持ち、全てが与えられ、全てを望まれる奇跡の存在として存在している
それでいて、羨望されるわけではない

あくまで『魔王』―― 畏怖の対象であることだけは、拭いきれない


それなのに

それなのに、同じように異端である者がすぐ後ろにいて
孤独を恐れず、異端のままに陽気に振舞うだなどと――


“魔王”という存在を、全否定されている気にしかなれなかった



398: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/05(木) 12:58:53.92 ID:CH3AMdn90

魔王「不快だ」



鎧『……こちらの気候は、我輩の居たところよりも乾燥しておられる。我輩には快適ですな』

魔王「不快指数の話ではない」

鎧『ほう。他には何も無いのにご不快とは。魔王殿は短気であらせられる』

魔王「貴様。城内の騒乱が目的か」

鎧『目的は謁見希望に他なりませぬぞ』

魔王「……」

鎧『それにしても魔王殿。自室を前にして立ち話とは、変わった趣味をお持ちですな』


噛み合わない
思考も、会話も、存在も、何もかも

苛立ちが抑えられない



399:一時中断します  ◆OkIOr5cb.o:2015/02/05(木) 13:04:41.01 ID:CH3AMdn90

魔王「帰れ」

鎧『部屋の前まで来て帰れとは、なんと無体な。既にこの城の出口ですら――』

魔王「元の場所へ帰れといっている。お前の謁見は認めない」

鎧『……』


鎧『勘違いをなさっておられるようですな、魔王殿』

魔王「……何?」


鎧『我輩は、女神の謁見を求めにきたのです。――このままでは帰れませぬ』


魔王「…女神………?」



銀色のヘルムが、眩しいほどの光沢を放っていた
まるでその見えない眼光が、本来はそうであったというほどに


魔王は鎧に、自室に入ることを許可した
稀有な存在が、まだ他にもいるとでもいうのだろうか。ばかばかしい

ばかばかしいが――
それを、確かめずには居られなかった




402: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:27:12.69 ID:aGU7s5EF0

:::::::::::::::::::::::::::::::::


自室に入ると、達磨の椅子がゆれていた


ゆらりとゆらりと、規則的に揺れる椅子
耳に聞こえない音楽があるとすれば、あれはそのためのメトロノーム

魔王はそれを眺めているうちに、僅かに平静さを取り戻せる気がした
あの椅子にだけは穏かな時間が流れている


鎧は部屋を眺めた後、魔王の視線の先をおってそのまま共に達磨を見つめていた
それからしばらくして、こぼすように小さく呟いた


鎧『あの娘御…… 手足を失っておられるのか』

魔王「……」

鎧『病であるならば、気の毒であるな』

魔王「違う」

鎧『では、戦火にでも――』

魔王「違う」

鎧『………?』



403: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:27:39.34 ID:aGU7s5EF0

魔王「お前には関係無い。あれを気にするならば出て行け」

鎧『………確認しよう。あの娘御が、女神殿であらせられるか』

魔王「何のことだ」

鎧『こちらに、女神様が居られると伺い、馳せ参じた』

魔王「ここにいるのは魔王だ。そのようなものは見た事もない。誰がそういった」

鎧『我が故郷を訪れた、一人の旅の神父殿』

魔王「旅の神父……?」

鎧『お会いになったと聞いている。違うと申すか』

魔王「………」


謁見に来た者だろうか
どのような身分の者が、何を目的に来て、何を語っていったかなど ほとんど覚えていない


魔王「少し、待て」

鎧『うむ』



404: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:28:09.08 ID:aGU7s5EF0

魔王が机にしつらえられたベルを押すと
間をおかずに一人の侍女が部屋の戸をあけた


魔王「侍女長を。謁見者の過去のリストを持ってこさせろ」


侍女は扉を開けると同時に魔王にそう言われてしまい、
挨拶をすべきか辞去の礼をとるべきか、うろたえたままに半端な辞儀で去っていった


鎧『せっかくの可愛らしきお嬢さんを。魔王殿はその声を聞かせていただきたいとは思わないのかね』

魔王「興味ない。それにお前がいる限り、どうせ聞こえるのは叫び声だろう」

鎧『ははは。そうとは限らぬではないか。黄色い歓声もまた喜ばしいであろうぞ』

魔王「……」



405: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:29:22.43 ID:aGU7s5EF0

のんべんくらりとした会話など、うんざりだ

魔王は会話を放棄して また、椅子を眺めはじめた
鎧も立ったまま、それに倣う


少しの間動きを止めていた椅子が、また動き始める
ゆらりゆらりと 相変わらずの規則性をもって前後する椅子

達磨はぴったりと瞳を閉じている
ヒュゥヒュゥと僅かに漏れ出る呼吸さえも、笛の音のようだった


侍女長「お待たせ致しました、魔王様――」


ノックの音に気付かなかったのか、
振り返ると既に侍女長が扉の前で辞儀を取っていた


鎧『我輩とした事が。すっかりあちらの娘御に見蕩れてしまっていたようですな』

魔王「……」


鎧も同様であったらしく
甲冑の籠手でヘルムを数度はたいてみせる

自らをたしなめるような仕草は
中身が空洞であることを疑いたくなるほどに人間臭い



406: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:30:54.05 ID:aGU7s5EF0

侍女長「…………ッ」

鎧『おや? 貴殿は先ほどの、オバケーと叫んでいた麗人ですな』

侍女長「ひっ。近寄らないでください!」

鎧『………どうか、そのように怯えないで頂きたい』

侍女長「お、おおお、怯えてなどいません」

鎧『いいや、やはり怯えておられるはずです』

侍女長「ま、魔王様のお側でお仕えする私が、あなたのような道具になど――…!」


侍女が言い切るより先に 鎧がその足を一歩踏み出す
すると、侍女長はほとんど反射的に半歩 足を引いてしまった


その様子を見て、鎧は苦笑するのを隠すように
片手を軽く握り口元を隠した

そのまま侍女長の前まで行くと、その場に片膝をつき、侍女長の手を取り……


鎧『どうかその様に怯えないでいただきたい… 我輩と恋におちる事に、恐れなど不要である』キリッ


そう、言ってのけた



407: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:32:29.98 ID:aGU7s5EF0

侍女長「………あ、魔王様。ご所望の書類をお持ちしました」

魔王「確認しろ。旅の神父の謁見があったかどうか、それとその内容だ」

侍女長「かしこまりました」


部屋の脇に設けられている長テーブルの上に書類を広げ
次から次へと目を通していく侍女長


どうやら鎧の事は視野に入れない事にしたようだ
恐怖に勝る感情を手にしたのだろうか


鎧『うむ。淡白なおなごと言うのは、貞節ある良きご婦人となられる証拠』

魔王「黙れ」

鎧『……魔王城とは、かくも冷たき場所であったか』


鎧は、達磨の前に行き
ゆっくりと揺れるその椅子を眺めはじめた



408: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:33:08.45 ID:aGU7s5EF0

侍女長「魔王様、ありました。こちらです」


魔王「時期と内容を」

侍女長「卯月の謁見者です。北大陸の全土を宣教の為に旅をする神父ですね」

魔王「卯月……」


侍女長「……あら? 確か、こちらは…」

魔王「……なんだ」

侍女長「いえ… こちらの案件、丁度、私も同席していた謁見でございます」

魔王「何? おまえが?」

侍女長「はい。……誠に勝手ながら 臣下様のご命令で、后様の随伴の任を授かり。部屋の隅に控えておりました」

魔王「……………」


随伴の任
側に控えるのではなく、部屋の隅に控えておいて 何が随伴か



409: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:33:47.67 ID:aGU7s5EF0

そういえば少女はこの城で、その存在を望まれていなかった
恐らくこのように、あちらこちらで少女を監視する者がいたのであろう


やはり、少女にとって魔王城での生活は不自由そのものだったのだ
周囲の様子など気にとめることも無い魔王の横で
どれだけの思いをしていたのだろうか


予想外のことで、改めて再確認させられた気がする

貧しくとも、幸せを抱えて生きていたあの少女は
自らの巣穴にもどっていくことが一番良かったのであろう……と


侍女長「……魔王様」


そっと気遣うような声をかけられ、魔王は思考をとめた
今更 再確認したところで何の意味も無い



410: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:34:31.55 ID:aGU7s5EF0

侍女長「その……余計なことを申しました。資料を読み上げさせていただきます」

魔王「よい。お前が見たものを、見たままに 覚えている限り話せ」

侍女長「………はい」


僅かな躊躇は、魔王への気遣いであろうか

だが、結局は自分の責務を果たすべきと思ったのであろう
深めの呼吸の後に目をつぶり、当時の様子を思い出していく


侍女長「……そうです。この神父、ほとんど話す事も無く追い出されていた者でございます」

魔王「…は?」

侍女長「元々、臣下様は謁見理由からして気に入らなかったようですが…」

魔王「何があった」


侍女長「女神信仰の神父でした。魔王様に女神の素晴らしさを説きに参ったとか」

侍女長「その身の上を話している途中で、妃様より微笑を賜っております」

魔王「少女が…?」

侍女長「はい。恐らくは、旅の神父を労ったつもりでしょう。それは優しくお微笑みになられたと記憶しています」



411: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:35:04.25 ID:aGU7s5EF0

魔王「……それで?」

侍女長「神父は直後、魔王様の目の前で神印を切り。手を組み祈り始めたので追い出されました」

魔王「…………」

侍女長「確か臣下様が、処罰をなさいますかと聞いておられましたが…覚えておいででは無いですか」

魔王「……どうせ、俺は『要らぬ』といったのであろう」

侍女長「はい」

魔王「…………」


気付かぬだけで、ほかにもこのようなマヌケな謁見があったかもしれない
今後はもう少し内容を改めるくらいはするべきであろうか、と思わないでもない



412: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:36:52.21 ID:aGU7s5EF0

魔王「もうよい……。おい、そこの鎧」


達磨の前で
椅子と同じように揺れていた鎧に声をかけた

鎧は達磨をぼんやりと眺めながら、二度目の質問を口にした


鎧『魔王殿… やはりこちらの娘御はご病気で?』

魔王「違うといっている。気にするならば出て行けとも行ったはずだ」

鎧『ふむ… 左様なら、この話題には触れずにおきましょうぞ』


魔王「それより神父だが、確かに謁見したようだ」

鎧『それはよかった。まさか“魔王城”を違えたのかと思っていたところ』

魔王「女神信仰に熱心な神父のようだな。謁見の最中、幻でも見ていたか」

鎧『いいや、確かに仰った。

『魔王殿のお側には女神様がついていらっしゃり… それは暖かい瞳で、囁きながら魔王殿を導いていらっしゃる』―――とな』


魔王「―――っ」



413: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:38:17.35 ID:aGU7s5EF0

侍女長「それは…… まさか、后様のことでは…」

鎧『后ですと?』

魔王「………っち」


鎧『それは素晴らしい! 魔王殿は女神様を后に持たれているのか。やはり是非とも謁見を――』

魔王「居ない」


鎧『………………今、なんと仰られた?』


魔王「居ない、といった。あれはもう“居ない”のだ」

鎧『女神様に見放されるとは、一体魔王殿は何をしたのか』

魔王「――――黙れ」

鎧『………』



414: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:47:25.02 ID:aGU7s5EF0

鎧『では、女神殿の居場所を教えていただきたい』

魔王「あれは女神などではない!!!」

侍女長「魔王様」


侍女長に、興奮を窘められる

ここのところ、少女の影―― 達磨に様々な物を与えることで
ようやく多くの感情を払い棄てられた気がしていたのに

予期せぬタイミングで持ち上がった少女の話題は
魔王の胸の痛みをまた蘇らせてしまった
それと同時に、感情が荒れ狂うようなあの感覚も誘引されたようだ


魔王「――~~~ッ」


ドカリと、八つ当たり気味に 椅子に腰を下ろした
自分がいつの間に立ち上がっていたのかすら定かでない

心を落ち着かせたいのに手段が無い

あの穏かに感じた椅子の揺らめきすらも
今 視界に入れてしまえば、苛立ちのままに蹴り倒してしまいそうだった



415: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:47:50.78 ID:aGU7s5EF0

鎧『…………何かやんごとなき理由でもあられるのか?』

侍女長「鎧様も、それ以上の詮索はお控えください。無礼者と薙ぎ払わせていただきますよ」

鎧『ふむ…』


考え込むような素振りで、鎧は沈黙した
侍女長も控えめの辞儀をとった姿勢で、その口を閉ざす
苛ただしげに宙を睨む魔王も、無言だ

かなりの長い時間をそうしてそれぞれが黙ったままに過ごした


音を刻まないメトロノームだけが揺れ動き
時折、ヒュゥヒュゥと風を鳴らしていたが――

ようやく、苦しげなほどに落としたトーンで 魔王が口を開いた


魔王「あいつに謁見しに来たといったな……。 何の用だ」

鎧『……ふむ』


鎧『今は居られずとも、戻られることもあるかもしれない。話しておくとしよう』



416: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:48:44.59 ID:aGU7s5EF0

鎧の話をまとめると、こうだ


元々は数千年の昔、まだこの世界には幻想があふれていた頃
その時代に生み出されたのが この『鎧』だという


役に立つために産まれた、リビングアーミー

元々の彼は、使用者を補佐する事が目的であった
生き物のように言語を理解して、防御や攻撃を行う


だが、あくまで思考力は“思考力”にすぎない
善悪を持たないままに、考えて動くだけの生きた鎧

一人では、いざというときには必要な役目を果たせない
正しいことがわからない、するべきことがわからない

役に立ちたいとは思うのに
命令がないと正しく動くことは出来ない―― そんな鎧だったそうだ



鎧『我輩は武具だ。我輩は武器だ』

鎧『我輩は一人では斬り付けるだけしかできなかった。それでは殺人鬼と同様だ』

鎧『善悪の正体が分からぬからこそ、“善”というものに憧れを持った』


鎧『善でありたいと願い、願うがゆえに 我輩は動けない鎧であったのだ』



417: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:50:49.72 ID:aGU7s5EF0

魔王「どうやってそれを身につけた」

鎧『一人の男に出会った。その男に、我輩は身を預けることにした』

魔王「は…。その者が悪である可能性を疑わぬとは。やはり所詮は武具の思考か」


鎧『……かの者を疑うのであれば、我輩は他の何をも信じられる気がしなかったのだ』

魔王「何?」


鎧『古の時代に、勇者と呼ばれた彼の男。それが“善”でないとするのならば―― 他に何を信じようか』

魔王「な…… 勇者だと…?!」


鎧『我輩が 唯一、自分の思考で決めた事。それがその男に従い、躾けられる事だった』

魔王「……しつけ、とは」

鎧『彼の信じる教えを学び、忠実に守ることだ』

魔王「……なるほど。思考の模倣か」

鎧『如何にも』



418: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:52:26.95 ID:aGU7s5EF0

鎧『だが、我輩を躾けた彼はもう居ない――』

鎧『我輩が、この身と思考を安心して委ねていられた彼は、もういないのである』


魔王「勇者、か。和平の実現後も、数代を勇者の名で重ねたと聞いている」

鎧『うむ。我輩は、その最後の“勇者”の遺品だ』


魔王「………勇者は、人に埋もれたのではなく… 死していたのだな」

鎧『彼もその父も、正しき治世を目指して世界を巡っていたと聞いている』

魔王「正しき治世…。なるほど、和平の後の混乱期。その尻拭いに奔走していたわけだな」

侍女長「多様な魔物の生態系の変化があり、随分乱れた時期であったと 歴史で習いました」


鎧『勇者は、過剰な異端排除という殺戮劇の責を負い……』

鎧『一部の魔族に恨まれ、町人の暴動の中で死んでいった』



419: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:54:42.79 ID:aGU7s5EF0

侍女長「そんな、事が……?」

魔王「勇者の名を冠する者が、歴史にも残らぬ死を迎えていたとはな…」

侍女長「鎧様……」


鎧『……我輩は、リビングアーミー。 勇者を補佐する唯一の相棒。“生きる鎧“であった』

鎧『だが、彼が死んだ今となっては もうその生き様を残すだけの死体も同然だ』


鎧『……ただの鎧でが無い。だが生きる鎧ですら無くなった。すまないが、我輩の事はこう呼んでいただきたい』


鎧『“亡霊鎧”、と――……』



420: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:55:22.81 ID:aGU7s5EF0

魔王「……身の上はわかった。それで、亡霊鎧よ。おまえはあれに何の用があったというのだ」


亡霊鎧『……かの神父は、女神信仰の使徒である』

亡霊鎧『勇者が付き従った女神の使徒、つまり勇者と同属の者だ。その忠言ならばとここを訪れたのだ』


亡霊鎧『女神による新たな導きと、我が約束を守るために』


魔王「約束……?」


亡霊鎧『彼の者が我に望んだのだ。例えこの命尽きようと、共に理想を守ろうと』

亡霊鎧『彼の者が我に遺したのだ。この身が地に伏し落ちようとも、この願いだけは天に届けよと』


亡霊鎧『今やそれだけが我が思考であり―― 今も、完全な死を迎えぬ理由である』


魔王「……」



421: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:56:29.51 ID:aGU7s5EF0

魔王「つまり… 正しき治世。その為の方法を、女神に乞いに来たという事か」


亡霊鎧『それもある。が――

魔王「………?」


亡霊鎧『いや……その前に。我輩は武器である。この身、まずは知っていただきたい』

魔王「ほう…?」


シャラリ、と金属の擦れる音が響く
亡霊鎧の抜いた細身の長剣は、鏡にも劣らぬほどに磨き上げられていた

亡霊鎧は 剣を眼前に垂直に掲げ、その刀身に片手を添える
軸足を曲げ、利き足をずりさげると
そのままゆっくりと剣を水平に押し下げるようにし… 降ろした腰の高さで、構えた


亡霊鎧『受けよ。鳴らせ。我が魂―― とくと味わっていただきたい』

魔王「…………」



422: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:56:57.64 ID:aGU7s5EF0

手首を捻り、刃を立てる
その剣、その構え、その形状……抉るような一突きを放つに違いない

恐らく、致命傷を与えるだけの一撃であろう
一点で刺しにくる攻撃を、防いで見せよというのだ

まるで生身が呼吸するかのように、
上半身がゆっくりと僅かに膨らむように揺れ…… 静止した、その瞬間


亡霊鎧『覇ッッ!!!』


剣の輝きが取り残されるほどの速度で、それは繰り出された



ビシッッ!!



魔王「…………」

亡霊鎧『…………』


亡霊鎧の繰り出した剣先が、僅かに魔王の服を裂いた
心臓の、真上だった



423: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:58:12.91 ID:aGU7s5EF0

亡霊鎧『我輩は充分な殺気を放ったはずだ。……何故、受けぬ』

魔王「………」


亡霊鎧『何故…… 我輩が刺さぬと、分かった?』

魔王「………」


亡霊鎧『――答えろ!!!』


亡霊鎧は激昂し
挑戦状のように その剣先を魔王の眼前に突きつけた


魔王「……まず、興味が無い」

亡霊鎧『何……?』



424: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 01:58:41.10 ID:aGU7s5EF0

魔王『それと。もしも俺を斬りにきたのであれば、その剣戟、受けてもよいとおもったかもしれぬ。だが――』

亡霊鎧「……?」


魔王「お前は、『まずは、見てもらおう』といった。目的は勝負ではないはずだ」

亡霊鎧『……相違ない』

魔王「ならば、やはり俺が剣を抜くことは出来ぬ」

亡霊鎧『何故だ!?』


魔王「俺が剣を抜けば、お前はそのままただ消えるだけだからだ」


亡霊鎧『な… なんという自信過剰な。己の力を過信していると――』

魔王「過信? 冗談ではない」


魔王「俺が戦うのであれば、防御など不要。討たれるか、討つかのどちらかだ」

亡霊鎧『―――っ』



425: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 02:02:13.92 ID:aGU7s5EF0

魔王「さて。では、聞こうか」

亡霊鎧『何を―――

魔王「今は、手に余るものを抱えていてな。少しでも吐き出したい気分なのだ……」

亡霊鎧『……手に余るもの?』


魔王「治世のアドバイスは出来ぬが、お前にもうひとつの目的があるのならば、確認して、与えてやろう」

亡霊鎧「な……! まさか、そのために我輩を斬らなかったというのか!?」

魔王「ああ」


亡霊鎧『例えこの身を屍にやつそうとも、侮辱は許さぬぞ! 施しは受けぬ!!』

亡霊鎧『ただ乞食の様に与えられるなど――』


魔王「………ふむ。お前はいろいろと、勘違いをしているようだな」


亡霊鎧『っ』



426: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 02:05:00.12 ID:aGU7s5EF0

魔王「確かに、お前の剣戟を受けてやっても良いとはいった」


魔王「だが、お前の命など 俺は『要らぬ』。興味が無いとはそういう意味だ」

亡霊鎧『わ……我輩を、殺す価値すらないと言うか!?』


魔王「死にたいのならば、相応しき死に場所を与えてやろう。そこへ行け」



亡霊鎧『………だ、だが。我輩の剣を受けてもよいというのはどういう意味だ。防御も無く受ければ、死に至ることもわからぬのか!?』

魔王「無駄な問いだな」

亡霊鎧『無駄などではない!! それとも、自らの死の方が、我輩を討つよりも価値があると思っているのか!?』

魔王「……逆だな」

亡霊鎧『逆……?』


魔王「この生にこそ、価値は無い。価値無き物を無くすことなど、どうでもいいことだ」

亡霊鎧『……なんと…』



427: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 02:14:24.45 ID:aGU7s5EF0

亡霊鎧『……このような、哀れな生き物がいるとは』

魔王「哀れみなど要らぬ。その様なものしか手に入らぬのであれば 質問は終わりだ」

亡霊鎧『貴殿は…一体……?』


魔王「俺は、魔王だ。それ以下にもそれ以上にも、価値を見つけられぬ」


亡霊鎧『………魔王…。勇者と共に和平を導きし救世主ではなかったのか…?』

亡霊鎧『魔王とは、かくも寂しさを纏う生き物であったのか…?』

亡霊鎧『勇者と共に… 理想郷で、平和に生きる事を約束されたのではなかったのか…?』


魔王「つまらぬ。興味も無い。俺は俺で―― ただ、魔王であるだけだ」

亡霊鎧『だが、それでは勇者は……!!』

魔王「 『黙 れ』 」

亡霊鎧『―――ッ!!』


魔王「……はじめよう。これは施しではない。交換取引だ――」



魔王「さぁ、望むがいい――― 俺の持たぬものを、持つ者よ」



428: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 02:14:55.81 ID:aGU7s5EF0

ありあまる物を使って
必要なものを手にしよう

ありあまる物を使って
要らぬものを棄ててしまおう

そう
望むものだけを、望むままに手にしていればいいのだから――


亡霊鎧を見つめる黒い瞳

その奥には
飢えた獣にも似た獰猛さが宿っていた

言葉を発せれば
その言葉ですらも獰猛な獣に喰らいつかれそうだった


それほどまでに荒れて血走るような想いが
魔王の瞳の中に宿っているように見えたのだった



434: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:19:23.88 ID:aGU7s5EF0

:::::::::::::::::::::::::::::::


亡霊鎧『待て…… 待ってくれ。考える時間を与えて欲しい』

魔王「………」


亡霊鎧は、そのまま黙り込んでしまったし
侍女長は資料を片付け始めた
魔王もまた ゆっくりと瞳を閉じて冷静さを取り戻そうとしていた


ガタ……ガタン!!! ガタンッ! ガタ、ガタンッ!

だからその物音は、静かな部屋で異様なほどによく響いた


侍女長「………お嬢様!?」

魔王「!」



435: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:19:56.03 ID:aGU7s5EF0

振り返り見ると、達磨がその短かな脚で椅子の上を跳ねている
まるで立ち上がろうとするかのように腰を浮かしては、力尽きて座面におちる


達磨娘「ヒューー!! ヒューーーーーッ!!!」ググ…! 

侍女長「お嬢様! どうなさいました、大丈夫ですか!?」


侍女長は達磨娘へと駆け寄り、その身を支えた

揺り椅子がしっかりと安定した作りになっていなかったら
達磨は今頃 とっくに椅子から転げ落ちていただろう


亡霊鎧『あ… い、いかがなされたのだ。あちらの娘御は…』

魔王「侍女長、何か分かるか」

侍女長「これは……。 衣服が… ぬれています」

魔王「粗相か…? しばらく手を離していたからな」

亡霊鎧『おっと、これは失礼。…手足が無いとは不便なことですな。娘御には厳しいであろうに……』

魔王「しかし、世話が足りず抗議をするだけの意思を持っていたとは。それは良――


侍女長「―――これはッ! 違います!」

魔王・亡霊鎧「『??』」



436: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:20:31.43 ID:aGU7s5EF0

侍女長「魔王様! 申し訳ありませんが、ベルを鳴らしてくださいませ! 至急に医術者を呼びます!!」

亡霊鎧『ベルとはこちらであろう。我輩が呼ぶ』


亡霊鎧はそういいながら机に駆けてベルを押し
そのまま止まることなく魔王の私室のドアを開け放った

廊下に向かって大声で人を呼ぶ亡霊鎧
あたりに人気が無いのを知るや否や、部屋を駆け出していってしまった


魔王「…何があった?」

侍女長「破水です。――恐らく、陣痛の痛みがあると思われます」

魔王「何……?」

侍女長「今、敷物を用意致します。 お嬢様を横にしてさしあげなくては…!」

魔王「俺のベッドで構わぬ」



437: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:21:09.47 ID:aGU7s5EF0

達磨娘を支えていた侍女長を退かすと
魔王はその役を代わり、そのまま椅子から持ち上げて横抱きにした

達磨娘は腰に力を入れて足を突っ張り
口に開いた穴からは苦しげな呼気を漏らしている


侍女長「ですがひどく汚れて――…!

魔王「構わぬ。使えなくなるようならば全て新調すればよいだけの話」

侍女長「―――ありがとうございます!」


達磨の顔をよく見れば、瞳を閉じているだけではなく、眉を僅かにしかめていた
一目瞭然に…… 堪える表情をしていた


魔王(……ちっ。椅子の動きばかりに目をやっていた)


ベッドに横たわらせても、いまだその腰を突っ張ったり曲げたりを繰り返している達磨娘
まるで、芋虫がしゃくとるかのようにも見え…… 魔王は目を逸らした



438: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:22:00.17 ID:aGU7s5EF0

侍女長「申し訳ありません…! 様子の変化に気付くのが遅れました!」


魔王「……そういえば、さきほどから一定のリズムで椅子を揺らすのを繰り返していた」

侍女長「!! 陣痛には波がございます…! 魔王様、揺れの間隔を覚えていらっしゃいますか!?」

魔王「間隔……? 体感程度ならば」

侍女長「どれほどでしたか!?」

魔王「つい先ほどまでは、3~4分おきに 2分程度のゆれを繰り返していた」

侍女長「………!!」

魔王「その前はしばらく見ていなかったが、俺が部屋に戻った頃から一定間隔で揺れていたように思う」

侍女長「そんなに、前から……」


魔王「……異常なことなのか?」

侍女長「――っ 完全に産気づいています! 魔王様、失礼致します!」



439: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:22:30.88 ID:aGU7s5EF0

侍女長はベッドの上の達磨の衣服を剥ぎ取っていく
ドレスの足元は惜しげもなく斬り破られた

それから慌しげに給湯用の小さな水場でその手を洗うと、
達磨の下半身を晒し―― おもむろに、その指を達磨の膣に差し入れた


魔王「何を……」

侍女長「私は、淫魔の血を引く魔族でございますゆえ!」

魔王「……?」

侍女長「医療技術は持ち合わせなくとも、こちらは御家芸のようなもの! どうかご安心ください…!」

魔王「………なるほど」

侍女長「……っ 子宮口を確認いたしました」

魔王「……?」

侍女長「指先では…はっきりとわかりかねますが…っ 開口、およそ11cm!」

侍女長「つまり………… いつ、子が降りてきてもおかしくありません!!」

魔王「なっ」



440: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:22:58.38 ID:aGU7s5EF0

侍女長「ああ、医術者はまだなのでしょうか! 私ではお産の補助とケアまでは…!!」


亡霊鎧『お待たせ申した! 医術者とやらを連れて来ましたぞ!!』


開け放たれたままの扉から、亡霊鎧が飛び込んできた
その肩に白衣を纏った医術者をかついでいる


侍女長「亡霊鎧様…! ありがとうございます!!」

達磨娘「~~~~~~~ヒュゥっ!!! ~~~~ヒュゥゥゥッ!!!!!!!」

侍女長「お嬢様!!」

医術者「これは…! 陣痛ですね!?」

侍女長「先ほど、私が子宮口を確認いたしましたところ………――


遅れて、数名の侍女たちが それぞれに様々な物を抱えて部屋にはいってきた
律儀に魔王への辞儀をとる侍女達に、辞儀は要らぬと伝えて部屋に通す


あっという間に部屋は慌しく動く者達に占拠された
魔王はベッドの上で身悶える達磨を見て、やはり目を逸らすしかできない



441: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:23:27.06 ID:aGU7s5EF0

亡霊鎧『このような場に、我らのような者は不似合い。外へでていましょうぞ』

魔王「……ああ」


部屋の戸は開け放したまま、廊下に出た
どこへ行くともなく、そのまま歩みだそうとして 亡霊鎧に止められる


亡霊鎧『どこまで行かれる。お産は、女性の戦場とも聞きますぞ?』

魔王「……出ていようと言ったのはお前ではないか」

亡霊鎧『相違ない。だが放っておくとも申してはおらぬ』


亡霊鎧『我らが戦地に赴くときに、女性達がそうしてくれるように……』

亡霊鎧『我らもまた、祈りを捧げ、じっと控えて待つのが良いかと』

魔王「………」


部屋の出入り口からさほど離れない場所に
採光とデザイン性のため、出窓のように外へとつきだした窪地があった

亡霊鎧の意見でそこに連れられていき
飾り台と花瓶の置かれた窪地の両脇に立って待つことになった



442: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:24:27.88 ID:aGU7s5EF0

亡霊鎧は、部屋から侍女が駆け出してくるのを見ると
その者を抱えて 行き先へと駆けて届ける、というのを繰り返す

侍女を腕に抱いて駆けるその姿は
戦地で逃げ遅れた者を助けに奔走する『勇者』の姿を彷彿とさせた


魔王はそれを見ながらも、自らはどうすることもなく
窓から外を眺め、自室から聞こえてくる声をずっと聞いているのみ


空気をつんざくような、笛のような声が時折、響く
達磨娘が、その開かない口で叫んでいるのであろう


魔王(……………っ)


揺らめく椅子は、陣痛を耐えていたのか
あれは、彼女なりの必死の呼び声だったというのか

見ていたし、知ってもいたのに“気付けなかった”
まるで音楽のようだとすら思って、癒されもしていた

苛立ち紛れに蹴り飛ばしそうにもなったし
そうしてしまうのを恐れて目すら逸らした



443: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:24:56.17 ID:aGU7s5EF0

声も脚も腕も無い彼女は
助けを求めることもできず、空想にひたって痛みを逃がしていたというのに
肝心なときには何も見ないふり―――


『望むものを望むとおりに与える』
それは、どれほどに難しいものなのだろう


魔王(……何故、俺にはできないのだろうか)


少女からもらった優しさや幸福感を、あの達磨に渡してやるつもりだった
あの達磨のもつ暗鬱とした気配を、それで消し去ってしまいたかった


少女が魔王にしてくれたような、優しい行いを真似したはずだ
少女が喜んでくれた事と、同じ行いをしてみせたはずだ

それなのに、優しさも喜びも うまく与えられなかった気がしてくる


何故、少女があんなにも簡単に俺に渡して見せるものを
俺は与えてやる事が出来ないのだろう



444: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:25:32.03 ID:aGU7s5EF0

消してしまいたいのに
あんなにも惨めで哀れで救いようの無いもの―― 消してしまいたいのに


だって、そうだろう


まるで、少女にもそんな未来があると言わんばかりではないか
あの達磨の暗鬱さは、そんな不吉さを匂わせるではないか


なら、消してしまいたいだろう


あの達磨に、幸福や喜びや満足感を与えて満たしてやることができれば…
少女にだって、何があっても幸せでいられる未来があると 信じられそうではないか


魔王(……そう、信じていたいじゃないか…………)



亡霊鎧『……―――魔王殿!!!』

魔王「!」



445: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:26:00.35 ID:aGU7s5EF0

呼びかけられて我に返る
いつの間にか、亡霊鎧も戻ってきていたらしい

自室からは、さきほどよりもずっと慌しい声が聞こえている


亡霊鎧『魔王殿、今のは――!!』

魔王「……何があった?」

亡霊鎧『聞いて… おられなかったのか…?』

魔王「何をだ…?」

亡霊鎧『……………………先ほどの… 娘御の、ひときわ大きな悲鳴を…』

魔王「………………っ」



叫べないはずの達磨が、叫んだという

その声は、一体どのようなものだったのだろうか



446: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:26:33.40 ID:aGU7s5EF0

:::::::::::::::::::::::::::::::::


結論から言うと、死産だった

産中の『胎盤剥離』、それが死亡の原因だったという
助産をしていた侍女の一人によって、そう伝えられた


助産女「お腹の中では、子は胎盤を通じて 空気も栄養も…全てを母体からもらっています」

助産女「本来であれば、産後に胎盤ははがれ落ち、子宮外に排出するものです」

助産女「それを後産というのですが… 今回はまだ子のいるうちに胎盤がはがれてしまいました」


魔王「何故、そんな事がおきるのだ。侍女長が指を刺し入れたせいか?」

助産女「いいえ… それは私でもする産前の処置でございます。万全な衛生管理の元ではありませんが、適切でした」

魔王「では、俺が陣痛の最中に移動させたせいか」

助産女「いいえ…そのように自らをお責めにならないでください」

魔王「責めているわけではない。原因を知ろうとしているだけだ。一体、何故そうなった」

助産女「……はっきりとした原因はわかりません。外的要因があるのかどうかさえ…」

魔王「……」



447: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:28:07.76 ID:aGU7s5EF0

魔王「理由も分からぬまま… 生まれることもせず、赤子は死ぬものなのか…?」

助産女「……稀ではありますが… 起こりえない事ではございません」


魔王「腹の中では、生きていたのだろう。生まれようとして死ぬと?」

助産女「魔王様……」


魔王「それまで赤子を生かしていたのもその胎盤なのだろう? その胎盤が、何故直前になって子を殺してしまう?」

助産女「……それは」


魔王「満たそうとしているのに。……何が、あの娘を傷つけるのだ」

助産女「………申し訳ありません。私では… お答え、しかねます……」

魔王「………」


魔王の部屋の中では、未だに治療が行われている
助産女はその手伝いがあるといい、逃げるように部屋に戻っていった



448: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:30:52.60 ID:aGU7s5EF0

しばらくして、別の医術者達が駆けつけてきた
侍女達は 心得のある者を数人残して部屋を出てくる

その入れ替わりの中、侍女長も部屋を出てきた
魔王の姿をみかけて、ゆっくりと近づいてくる


侍女長「……魔王様…」

魔王「死産だそうだな」

侍女長「……はい。お嬢様は非常に頑張ってくださいました」

魔王「………俺には… よくわからない。俺が何か、してしまったのかと思っていた」


侍女長は静かに顔を横に振る
沈痛。まさにその表現がぴったりな面持ちをしていた


侍女長「………私が思うに…」

魔王「………?」

侍女長「無事に産気づくまで、流産しなかったことこそ奇跡的です」

魔王「何が言いたい」



449: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:31:18.39 ID:aGU7s5EF0

侍女長「……お嬢様の境遇。体力としても環境としても……よく、ここまで育ったと」

魔王「生まれてこなかったがな」

侍女長「………いいえ。胎内でも、宿ったならばその時点で生命は生まれているのです」

魔王「詭弁か、慰めか。そのような物にどのような意味が――」


侍女長「とても愛らしい、男の子でした」

魔王「っ」


侍女長「……胎盤剥離なんて、窒息死のようなものです」

魔王「……」

侍女長「それでも、とても愛らしいお顔をした男の子が出てきました」


侍女長「………女性の身体なんて、わからないことだらけ。人が人の中で育つだなんて、謎としかいいようがありません」

魔王「………」



450: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:32:10.91 ID:aGU7s5EF0

侍女長「子を宿すと… まるでその子が自分で用意するかのように、母体に様々な変化が起こるのをご存知ですか?」


魔王「母体が、子を産むために変化するのであろう?」

侍女長「母親が自分で整えるならば、もっと便利に変化させるんじゃないでしょうか……」

魔王「?」

侍女長「味覚や嗅覚まで変わるといいますよ。まるで、腹子がそちらの方が好みだとでも言うように」フフ

魔王「ふむ。それは確かに、母体にとっては必要性がわからぬ変化だ」


侍女長「……お嬢様のお腹は、よく動いてらっしゃいました。余程、やんちゃな男の子だったのでしょうね」

侍女長「あんな境遇にあった母体のことなんてつゆ知らず、元気に育っていたのでしょう…」

魔王「元気に? 何故分かるのだ」

侍女長「ふふ。赤ちゃんは、3570gもありましたよ? お母さんの体を考えると、あまりに大きすぎです」



451: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:32:47.93 ID:aGU7s5EF0

魔王「……そんな塊を、10ヶ月も腹に入れていたのか」

侍女長「ええ。落としもせず、弱りもせず……」


侍女長「きっと、余程 お嬢様のお腹は居心地がよかったのでしょうね」クス

魔王「………そうか」


侍女長「………きっと、本当に居心地が良かったんです」

魔王「……?」


侍女長「お腹の外になんか出たくないって思っちゃうくらい、気持ちよかったんじゃないでしょうか」

魔王「何を……」



452: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:33:50.89 ID:aGU7s5EF0

侍女長「お腹の中で、元気いっぱいで、もう満足で」

侍女長「だからきっと、もう一回 お腹の中を味わうために“生”をやり直しにいったんですよ」

侍女長「母体の負担も考えずに、あんなに大きくなるほどヤンチャな子ですもの」

侍女長「きっと、自分でスイッチを切ってしまったんです」


侍女長「『満足だったから、もういいよ。またね!』って…。終わらせてしまったのではないでしょうか……」


魔王「………」

侍女長「そう思ったら…… 駄目でしょうか?」ニコ…


侍女長「そう、信じて見送ってあげたら…… 駄目なのでしょうか? 魔王様――……!」



侍女長は、静かに大粒の涙をこぼした

真実なんて分からないのなら、信じていたいのだと
信じてあげたいのだと―― 侍女長は、泣き続けた


魔王はその問いに、答えることはできなかったが
その代わりに、誰しもが『信じたい』ことがあるのだということを知った…



453: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:34:51.45 ID:aGU7s5EF0

部屋ではまだ、処置が続いている
剥がれた胎盤の影響で、母体にも大きな危険があるらしかった

魔王城の医術者の質は、大陸でも一級品だ
母体については、危険だが必ず生かしてみせると医術者が息巻いている


そして、部屋では同時にもうひとつの治療も進んでいた

出産の痛みによるものか……
それとも死産によるショックによるものだったのか、魔王は知り得ない

だが 達磨の口は、叫びのあまりにひどく裂けてしまっていたのだ
部屋ではその治療と再形成の為の処置も、同時に行われていた



454: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:36:26.68 ID:aGU7s5EF0

::::::::::::::::::::::::::::::::::


それから、約1ヶ月

魔王の部屋の隅にしつらえられた
柵つきの小さなベッドにヒトが集まっている

魔王、侍女長、亡霊鎧
そして医術者と、手伝いの侍女だ


医術者「包帯とガーゼを外しますね」

侍女「消毒と清掃を致します」

医術者「…………これで、ひとまず様子をみてみましょう」

侍女長「もう、口を動かしても?」

医術者「ええ。リハビリと思ってゆっくりと開口練習から始めるのが最適です」

医術者「これまで通り経口食は避け――……


医術者は侍女長に今後の注意事項などを伝えていく

魔王がその内容に関心を持たないのを察すると
『詳しくは、後ほど』と侍女長に言い置いて、礼をして退室していった



455: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:37:31.26 ID:aGU7s5EF0

クッションを背もたれとし、立てかけられるような姿勢の達磨娘
ここのところ、その眼はずっと一点を見つめている

今はすっかり収まった、腹のあった場所だ


魔王「………」

侍女長「お嬢様……鏡を、ご覧になりますか?」

達磨娘「………」

侍女長「もう、その口は開くのですよ…?」


達磨は ピタリ、と呼気すら止めた
そうしてゆっくりと目を閉じ、一度だけ 顔を横に振る


魔王「声が出るか。喋れるか。それだけでいい、確認させろ」

達磨娘「…………」


達磨娘「……あ、ぁ」



456: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:38:05.99 ID:aGU7s5EF0

侍女長「! お嬢様……! 良かった…!」

亡霊鎧『はっはっは。やはり美しき女性の声を聞かせてもらうというのは、喜ばしいものですな!』

侍女長「あなたは黙っていてください!」

亡霊鎧『よいではないか。話をしていれば、会話にもはいりやすかろう? はっはっは!』

侍女長「あなたの声で、お嬢様の声を聞き漏らしたらどうするのです!」


亡霊鎧と侍女長の掛け合いは騒々しいほどだった
達磨が一声発しただけで、この騒ぎ


魔王は、自分が謁見室で
同じように「ああ」と呟いた時にも、ざあめきが起こったことを思い出していた


魔王(何もしない者が動き出すというのは、本当に注目を集めるものだ)

魔王(当人にしてみれば愉快なものではないのは知っている)

魔王(だが……、確かに それ以上の反応を期待したくなるのも わからなくない)


もう少し、他の言葉が聞いてみたい
喋れるようになったのであれば、いろいろと聞いてみたいこともあった

そんな事を、つい思ってしまう



457: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:38:54.76 ID:aGU7s5EF0

魔王「おい」

達磨娘「…………」


返事が無い
今までと変わらず、うつろな物思いに耽ったような表情は変わらない


魔王「……お前は、喋れるようになっても… まだ、空想の中にいるのか?」

達磨娘「…………」


達磨の顔が、ピクと動く
ゆっくりと目を開き、顔を上げて… 魔王を、見た


魔王「………ふむ。何かいいたげだな」



458: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:39:24.54 ID:aGU7s5EF0

達磨は、しばらくぼんやりとした焦点のままで 魔王を見ていた

次第にゆっくりとその焦点が定まっていき……
目が合ったその時に、口を開いた


達磨娘「お…


魔王・侍女長・亡霊鎧「「『………お?』」」


達磨娘「……おお、か み… さん…?」




魔王「……………は?」


開口一番に、魔王を『狼』と呼んだ
それには皆、頭に疑問符を並べるしかできなかった



459: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/06(金) 23:40:46.10 ID:aGU7s5EF0

ともあれ、意識があり会話が出来るとわかったのだ

包帯を外したばかりで会話をさせるのもよくないだろうという配慮の元
その日のうちは言葉を求めるのはやめておくことにした


魔王と亡霊鎧は席をはずし、部屋には侍女長と達磨だけを残した

侍女長は、達磨に身体のことや子供のことなどをゆっくりと話すそうだ
達磨がどれだけ自らの状況を把握しているか分からないから、と



夜になると侍女長は、魔王に嬉しそうに報告をしてきた

達磨はひととおりの話を聞き終えると、小さく頷いたそうだ
そして一言、はっきりとはしなかったが…

恐らく『ありがとう』と、口にして…… そのまま眠ったらしかった


何に感謝をしたのかは、わからない
魔王が部屋に戻った時には、達磨は 黙って宙をみつめていただけだ


魔王(感謝をする者が、ああも悔しげな瞳をするだろうか)


達磨に聞きたいことが、ひとつ増えた



468: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:50:49.31 ID:3l6lIcWB0

::::::::::::::::::::::::::::::::::


翌日 
朝食を終えると、誰とは無しに達磨のそばへとヒトが集まっていた


魔王(……すっかり亡霊鎧まで居座ってしまったか)


椅子に腰掛け 脚を組み、達磨のほうを眺める
小さなベッドの両脇に立つ侍女長と亡霊鎧は、先ほどから何やら言い合っている


侍女長「~~っですから、貴方のような方はお嬢様に近づかないでください!」

亡霊鎧『よいではないか、我輩は魔王の后殿への用向きで参ったのだぞ』

侍女長「それがどうしてお嬢様に近づくことになるのです!?」

亡霊鎧『いや、まったく魔王殿もスミにおけませんな。関心致しかねますぞ』


突然に名を出され、魔王は亡霊鎧の声に耳を傾けた



469: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:51:19.65 ID:3l6lIcWB0

亡霊鎧『女神様を妻にし、さらに妾をとるなど…』

侍女長「め…妾!?」

魔王「妾だと? 何のことだ」

亡霊鎧『おや、違ったのですかな? ではご息女であらせられるか』


亡霊鎧はベッドの上に座らされている達磨のほうを見て答える
魔王は達磨娘のことを話しているのだと気づき、小さく溜息を吐いた


魔王「ソレのことならば、そのどちらでもない」

亡霊鎧『ほう?』


侍女長「ま、魔王様は独り身であらせられます! 少女様とは正式な婚儀を前に離… あ」

魔王「……」

侍女長「……正式な婚儀を執り行っておりませぬゆえ…その…」

魔王「……構わぬ。事実だ」



470: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:51:49.86 ID:3l6lIcWB0

魔王城では、確かに事実上の后として少女を取り扱った
だが、魔王と言う立場である以上 正式に“后”を迎え入れるには時間がかかる
そして、それに至る前に――


魔王(…………ちっ)


胸が、痛む
気まずい空気が流れようとした瞬間、亡霊鎧の声がそれを遮った


亡霊鎧『いや、しかし。魔王殿は女神様を后としてお迎えしたのでは…?』 

魔王「……女神ではない。ただ、后として連れ帰った娘がいる。しばらく側に置いておいた。正式に婚儀を結ぶより先に返した。何か文句があるのか」

亡霊鎧『……なんと。 ではこちらの娘御を正室に?』

魔王「は?」

侍女長「…………」


侍女長も、亡霊鎧と一緒になって魔王の返答を待っている
恐らく、魔王がどのようなつもりで達磨を引き取ったのか考えあぐねていたのだろう

当初から『お嬢様』と呼び、達磨に最上級の世話を用意したことも
今思えばその可能性を考えていたからこそ… と、納得できる

達磨を、后候補であった少女のように大切にしていた魔王を思えば
次の后候補と考えても… 理由に謎こそ残るが、おかしくはない



471: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:52:17.11 ID:3l6lIcWB0

魔王「………そのようなつもりはない。コレはコレであるだけだ」

侍女長「……左様でございましたか」

魔王「……」

亡霊鎧『……? いや、しばし待たれよ。魔王殿』


亡霊鎧は、いちいち格好をつけたように考えるポーズを決め込む

表情も容姿もないからこそまだ見られるが
中身があり器量が悪ければ目も当てられないだろう……… 

そんな事を思いついた時だった


亡霊鎧『………では、こちらの娘御の、ご主人はどちらの方なのだ?』


侍女長「っ」

魔王「……」



472: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:52:43.97 ID:3l6lIcWB0

亡霊鎧『……ご不在なのか? それともまさか既にお亡くなりになられているのか?』

侍女長「……詮索はおやめくださいと申したはずです」

亡霊鎧『だが、子の墓標には刻むべき名もあろう? 名を決めるにしろ聞き出すにしろ、父親が――…』

侍女長「それは…っ!」

魔王「………腹子は、どこのものとも知れぬ夜盗の子らしい」

亡霊鎧『…………なんと?』

侍女長「魔王様……。 お嬢様がこちらにいらっしゃいます。そのように仰っては…」

魔王「事実確認もしていない。嫌ならば、嫌だと言う口も既にあろう」

侍女長「ですが」


亡霊鎧『……こちらの娘御。病気や戦争による手足の欠損ではないと申されたな。お伺いしてもよろしいか』


亡霊鎧は達磨娘を見つめながら そう尋ねた
その姿は、憂うべき事態を前にし、事情を聞きだそうとする勇者の姿を想起させた



・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・



473: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:53:09.41 ID:3l6lIcWB0

亡霊鎧『なんと惨い……このような若き娘にそのような事が?』

魔王「そう、聞いている」

侍女長「……」


侍女長は、達磨娘を気遣うように 先ほどからその背を撫ぜている
ベッドの脇に座して表情を伺う侍女長の姿はどこまでも優しげだ


亡霊鎧『………墓標に刻む名の心配どころか、腹子の墓など元より不要だったか』

侍女長「! どういう意味です!!」

亡霊鎧『失礼。だが、その……』


言葉に悩むように、歯切れが悪くなる亡霊鎧
意図がわからない以上、聞き出すより他は無い


魔王「構わぬ。言え」



474: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:53:45.52 ID:3l6lIcWB0

亡霊鎧『……望まぬ姦通ゆえの子であったのならば… 娘御にとっては 腹子もまた、忌々しき子であったのではないか、と』

魔王「………なるほど。考えてはいなかったが、それも一理あるな」

侍女長「そんな!? 腹子には何の罪もありませんでしょう!? お嬢様の子であることに代わりありません!」

亡霊鎧『だが、望む血を引くわけではあるまい。むしろその存在は恥辱の証明に……』

侍女長「違います!! 違います、違います!!」

魔王「……侍女長?」

侍女長「!」ハッ

亡霊鎧『…………興奮させてしまったようですな。そう、おかしな考えだったであろうか』

侍女長「父親が…… 母の亭主でなければなりませんか?」

魔王「俺にはわからぬ」

亡霊鎧『……褒められたことでは無いが…。それでも心当たりがあれば、そこには情もあったと推測できる』

亡霊鎧『しかしながらこの娘御の場合は…… 事情が違うであろう?』

侍女長「………っ ですが!」



475: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:55:02.92 ID:3l6lIcWB0

魔王「侍女長。何か、言いたい事があるならば言うがいい」

侍女長「……私は…」


侍女長「私は… 淫魔の血を引いておりますゆえ…」

亡霊鎧『…………淫魔…? っ!』

亡霊鎧『……いや。これは、知らぬこととはいえ、申し訳ない』

魔王「どういうことだ?」

亡霊鎧『もう結構。あまりに浅慮な物言いを改めて謝罪しよう』

魔王「説明しろ」

亡霊鎧『魔王殿!』


侍女長「……魔王様」

魔王「なんだ」

侍女長「淫魔の血を引く一族の女は、大半が娼婦として生計を立てているのはご存知でしょうか」

魔王「確かに、それは聞いた事があるな。だがお前は違うはずだ」

侍女長「はい。こちらの魔王城でお勤めさせていただくわけですから、私や母も、決して昌館あがりの身分ではございません」

魔王「ならば……」



476: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:55:33.26 ID:3l6lIcWB0

侍女長「ですが、私自身は 母が意に沿わぬ姦通の上に授かった子でございます」

魔王「……」


魔王「……ふ」


魔王「立て続けに強姦被害の関係者とは。魔王である俺に、国内の治安の悪さでも訴えるつもりか?」

亡霊鎧『………魔王殿はご存知であられぬご様子』

魔王「何?」

亡霊鎧『我輩が説明致そう。淫魔族の歴史を』

侍女長「………」



477: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:55:59.79 ID:3l6lIcWB0

淫魔。
古の時代には、性を求めさまよう色情魔として恐れられた

枯渇するほどに人間の性を吸い尽くし、その魂までをも吸い上げる
淫夢にまぎれて現れ、その快楽に溺れさせたままに死に至らせる…恐ろしい魔族であった

だが、勇者と魔王の和平が締結し
魔術の委棄と衰退の中でそれらの力は消えうせてしまった
残されたのは “色情魔”“快楽の化身”――そのようなイメージだけ

力を失った彼女たちを待ち受けていたのは
人間に性道具のごとく扱われる、あまりにも惨めな末路であった


元々、力をもった魔族であった彼女らはプライドが高い
自らの尊厳を保つために、高級昌館を作りそこに“招き入れて”性を与える――
そう流れていくのは、当然の事のようだった

大多数の淫魔族の女性はそのどこかに収まった
自らの保身のため、またその誇りのため、彼女たちは上級娼婦として生きる道を選んだのだ

はした金ではとても買えない、淫靡な美しき娘達
さらにはその性技。客の中にはそれに魅せられて財産を全てつぎ込んだものも多いという
魔力を失ってなお、彼女たちは“淫魔”であり続けた



478: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:56:26.90 ID:3l6lIcWB0

その一方、昌館に属さなかった者もいた
既に想う相手がいる者、幼い子を抱えた者、既に年を重ねたもの……そういった女性達だ

彼女たちは、有名になりすぎた高級昌館の影で、一層の恐怖に晒されていた


『買えば身を滅ぼすほどの高級娼婦が、落ちている』


人間たちは彼女らを見つければ、さも幸運といわんばかりに――……
情欲のままに、穢したのだ



侍女長「……学を身につけ、礼儀を習い、“奉仕者”としてお屋敷勤めをする。そうすることで、私たちは自らの保身をしています」

侍女長「私の母もまた、大商人様の元で屋敷勤めをしておりましたが……」

侍女長「商談の帰り、港の混雑で商人様とはぐれてしまい…そのまま、と」


魔王「………なるほど」



479: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:56:59.21 ID:3l6lIcWB0

侍女長「……お嬢様に、私自身もどこか母の面影を重ねていたのでしょう」

侍女長「子の誕生と知り…… 母の苦労や自らの境遇を重ね、過ぎた感情移入をしてしまったようでございます…」

侍女長「……勝手な振る舞いを致しました…。お詫び申し上げます……」

魔王「……“子”…か」

魔王「その価値は、誰が定めるものであろうか」

侍女長「……ヒトが…ヒトの価値をつけるのは難しゅうございます…」


亡霊鎧『……こちらの娘御は、どのように想っておられたのであろうな…』


亡霊鎧『賊を。子を。自らの運命を。その、価値を。……――どう、感じておられるのだろうか』


祈るように
願うように

亡霊鎧が、そう問いかけた時
達磨は一筋の涙を流した


達磨娘「…………ぁ……」ポロ… ツー・・・



480: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:57:25.14 ID:3l6lIcWB0

侍女長「お嬢様……?」

亡霊鎧『……やはり、しっかりと聞いておられたのか』

魔王「聞いていたならば、話は早い」


魔王「――…お前は、何を… どう、望む?」


達磨娘「………………」ポロ、ポロ…


亡霊鎧『……酷な事をお聞きなさる』

魔王「……」


侍女長「魔王様……あまり早急に求めてはならないかと…」

魔王「ふむ……」


魔王「………まあいい。以前にも同じ忠告をされた覚えがある」

侍女長「ふふ。確かに申し上げた記憶がございます」



481: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:57:51.95 ID:3l6lIcWB0

魔王「ここにいれば問い詰めてしまいそうだ。今日も俺は席を外していよう。……侍女長は、今日一日 こいつの側に」

侍女長「かしこまりました」

魔王「亡霊鎧」

亡霊鎧『ふむ。我輩を供にお連れくださるつもりかな、魔王殿?』

魔王「ああ。よくはわからぬが、以前に忠告された際 『男性は特に、早急に求めてはならぬもの』と言われた」

亡霊鎧『』

魔王「亡霊鎧に性別があるかは分からぬが、男性であるならば控えるがいいのだろう」

亡霊鎧『………いや、自我は男であると認識しているが…』

魔王「ならば来い」


踵を返し、ドアへと向かう
一瞬の間を置いて、亡霊鎧が追いかけてきた



482: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:58:22.93 ID:3l6lIcWB0

部屋を出ると、亡霊鎧は神妙な面持ちで横に並んで歩く
しばらくしてから、意を決したように 低く問いかけてきた


亡霊鎧『……以前の忠告と言っていたが… 魔王殿はその際に、何を早急にお求めになったのだ……?』

魔王「ふむ……。 確か『頷くくらいできるだろう』……という様なことを、言った気がするな」

亡霊鎧『なんと。羨ま…ではない! 魔王殿、強引などあってはならぬ! そのように高圧的な求め方など、騎士道に反しますぞ!!』

魔王「?」


魔王はその後、およそ3時間もの間
庭先の椅子に腰かけ、横に立つ亡霊鎧に説かれ続けた

騎士道、勇者道、王道、紳士道……

どれもこれもが魔王の学んだ帝王学とは違う箇所があり、興味深いものがある
また亡霊鎧は語りだすのがとても上手く、魔王はその説法に、珍しくも真剣に聞き入った



483: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:58:53.89 ID:3l6lIcWB0

亡霊鎧『コホン。で、ありまするから、魔王殿。力技にも手順とルールがあると理解していただけたかな』

魔王「うむ」

亡霊鎧『力強く男性的な魅力を生かすにしろ、強引にYESを求めては女性の心は開きませぬぞ』

魔王「…?」

亡霊鎧『それにしても羨ましい…。女神様に娘御、それに侍女長殿。多種多様、まさによりどりみどりですな、はっはっは』

魔王「は?」

亡霊鎧『おっと。心を開くというより、これではまさに“女体を開く”と――…


魔王「………………」



亡霊鎧が危惧するものが『情事の手順』であると気付いた時
魔王は渾身の力で持って 亡霊鎧のヘルムを掴み、遠く彼方へと投げ捨てた



484: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 04:59:24.21 ID:3l6lIcWB0

:::::::::::::::::::::::::::::::::::


侍女長「……言葉は、もう出ますか?」

達磨娘「言葉…。……………私の、声…?」

侍女長「ふふ。自分の声も、お忘れになられてしまいましたか?」

達磨娘「…………私の……声…」


達磨娘と侍女長は、魔王の部屋で
魔王と亡霊鎧の様子を眺めながら、ゆっくりと言葉を交わしていく

達磨が、僅かにでも言葉を漏らすようになったのは
侍女長の身の上話を聞いていたからか


侍女長「魔王様がいてくださいます。もう、安心なさってよろしいのですよ…?」

達磨「………」


それでも、どこか自分の世界に閉じこもりがちな達磨
侍女長は穏かに、何度も、優しく同じような問答を繰り返し続けた

そして、数時間もかけて、ゆっくりと心に触れていく
達磨はゆるやかに警戒を解きながら……段々と、視界に納めるものを増やしていた



485: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 05:00:02.39 ID:3l6lIcWB0

侍女長「お嬢様。……私たちは、決してお嬢様を悪いように考えてはおりませんよ」

達磨娘「……」

侍女長「魔王様だって……確かに恐ろしげな風貌をお持ちではいらっしゃいま……す…、が」

達磨娘「………あ」


魔王の話になったことで、二人の視線は窓の外の魔王に向けられていた

それまで椅子に座り、亡霊鎧と向かい合ったまま微動だにしなかった魔王の姿
何時間もそうしていただけの魔王が、突然に立ち上がり、放ったまさかの剛速球


侍女長「……………」

達磨娘「……………」


魔王達のその様子を部屋の窓から見ていた二人は
唐突すぎる魔王の行動に目を丸くし……


侍女長「………っ、ふ」クス

達磨娘「ぁ、れは…」キョトン



486: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 05:00:43.36 ID:3l6lIcWB0

侍女長「ぁ。や。な、何故急に…フフ、魔王様ったら、怖い方だとお話してる時に、そんな…フフ、ァハ」クスクスクス


達磨娘「………おおかみ、さん…?」

侍女長「あれは魔王様ですわ、お嬢様……フフ。あら…止まらなく…」クスクス


あまりの可笑しさに、笑い出した侍女長
それをキョトンとした表情で見つめる達磨

窓の外の景色と、部屋の中の景色。それに、自分の身体
いろいろな物を交互に見回してみる


空を飛ぶ銀色の兜
慌てふためく首なし甲冑に、頭を抱えて憂鬱そうな“怖い狼”

狼の恐ろしさを語るに語れず、笑いの止まらない“蟻さん”

驚くほどに身軽になってしまった自分の身体は
まるでイカリを無くした船のように、そのまま浮いて流れて行きそうだと感じた


何もかもが、知っている物と違った
誰かがいつの間にか、達磨の“現実”を摩り替えてしまったようだった



487: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 05:01:11.50 ID:3l6lIcWB0

達磨娘(…………どうして…?)


見つめたくなかったはずの現実が
気がつけば、空想よりもずっと可笑しいものばかりになっている


…ギィ


物音を聞き取った達磨は
視線を笑い続ける侍女長からドアへと移す

伏せたままの瞳で、億劫そうに入ってくる魔王が見えた


魔王「予定外だが、戻っ…………」

侍女長「クスクス」プルプル

魔王「……? 侍女長、どうした」

侍女長「っ、は! こ、これは魔王様! 失礼致しました!」


達磨娘(……え? 外にいたのに、もうお部屋に…?)

達磨娘(……ああ、そうね。きっと走ってきたんだわ。狼ですもの)



488: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 05:02:32.58 ID:3l6lIcWB0

魔王「……なにやら娘の方も様子が違うな。何があった」


侍女長「な、何と申されますと……」

達磨娘(……遠くまで球を投げて… 走って戻って…。なら、それは…)


達磨娘「……ホームラン……?」


侍女長「プッ」

魔王「は?」


達磨娘(…………これは、私の空想? それとも現実?)

達磨娘(ううん… こんなの空想にきまってる。きっと、私はついに壊れてしまったのね)


達磨娘「……きっと、あの銀色の兜は 星の光」


侍女長「ぼ、亡霊鎧様が星になって……ふ、ふふ。お、お止めくださいお嬢様……。クスクス」プルプル



489: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/10(火) 05:03:31.86 ID:3l6lIcWB0

空想に、違いないのに
頭の中じゃなくて、耳から 諌める蟻さんの声が聞こえる


達磨娘(……空想じゃ…無い…?)


達磨娘「………え? ……ならまさか、本当にアレは投げられてた……?」

侍女長「~~~~~っ!」プルプル



魔王「……………は?」



空想を心に馳せながらも、現実を忘れなかった達磨娘
穏かに達磨の警戒を溶かし続けた侍女長

はた迷惑な勘違いで説法をした亡霊鎧と、
それに対する魔王の過剰な制裁


何もかもバラバラなものが
パズルのピースのようにぴったりと重なり合う



達磨娘は、こうしてようやく
“現実”という絵を、見る事が出来るようになった 


1時間ほど遅れて戻ってきた亡霊鎧が
しばらくの間、不満を口にしながら自らの頭部を磨き続けた事に
魔王が興味を持たなかったのは言うまでも無い



500: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:05:31.10 ID:Wtj4g++30

:::::::::::::::::::::::::::::::::::



部屋にヒトが揃ってから、ポツリポツリと達磨は話しはじめた
口を開くのに違和感があるのだろうか、達磨娘の言葉はとても遅い


侍女長(……まるで、言いよどむほどの想いを込めながら 一つ一つの言葉を発しているよう…)


魔王、侍女長、亡霊鎧とそれぞれの紹介が終わると
達磨は自らを『町娘』と名乗った


侍女長「ふふ。ようやく、お名前をお聞きする事が出来ましたね」

亡霊鎧『今後、我輩は名で呼ばせていただこう。よろしいかな、町娘殿』


町娘(達磨娘)「……達磨…で…いいです」

侍女長「お嬢様……。どうかそのように仰らないでくださいませ」

町娘「……」



501: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:06:00.86 ID:Wtj4g++30

亡霊鎧『魔王殿も、名で呼んでやってはいかがか』

魔王「俺は元々、こいつの名など呼んでいないからな。問題無い」

亡霊鎧『むしろ、いろいろと問題ですな』

町娘「私は… 別に…」


侍女長「……お嬢様は、『町娘』だと名乗ったではないですか」

侍女長「『達磨です』と名乗らなかったのですから、やはり『町娘』様なのですよ」ニコ

町娘「………」

侍女長「やはり、これからは私もお名前で呼ばせていただきますね。その方が、しっかりと御自身を意識することができましょう」

魔王「……ふむ」



穏かな空気が流れていた
誰もがやわらかい言葉で、それぞれに達磨娘――町娘を思いやる


魔王はその空間を、まるで少女といる時のように柔らかく暖かいと感じた
それでも、もしここに少女がいれば 穏かなだけでなく明るい空気も流れただろうと思う


魔王(………俺は何を…。居もしない者に、何を望んでいるのだ)



502: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:06:46.47 ID:Wtj4g++30

少女にとってこの魔王城は窮屈で肩身の狭い場所
そんな場所で穏かで明るく振舞っていてくれたら、などと……

ありえない空想に、さらに希望的観測をかけるようなもの。馬鹿げている


魔王(……ましてや… 少女はいまだ、地の水を啜って飲んでいるかもしれぬというのに)


物資援助も、金銭援助も 行うだけならば容易だ
少女の様子を定期的に伺わせることだって簡単すぎる

だが、少女のいる場所は他国の領土……
そして少女自身は、貧困に喘ぐ町の一貧民だ

中途半端に手を出せば、見えない場所ではどのような視線で見られるだろうか

魔王の寵愛を受けた娘である事が他の者に知られれば
他者に言いようにされて、あの少女自身が“献上”されてくるのだろう
どのような者に、どのように盾に取られるか想像もつかない


魔王(………王位と引き換えにと言われれば、さすがに断れるだろうか)


そんな妄想にすら、自信を持って答えられない



503: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:07:29.37 ID:Wtj4g++30

あるいは、強奪するという手もあろう
全ての取引に応じず、ただ求めたところで誰に諌められようか


魔王(だが、そこまで強引に引き取ってしまえば… 二度と、少女は自分の巣穴へと戻れなくなる)


思考が堂々巡りを繰り返す
何度考えても、手が出せそうにない―― それは、不幸の引き金に違いないから


悔しさに、いつの間にか唇を噛み締めていたらしい
口の中に血の味がにじんだ


魔王(……もし、僅かにでも手を伸ばせば… もう引き戻す事も出来ないのだろうな)


あの日、実の兄を追って魔王の元を離れた少女
その後姿を、いつまでも見送ったまま動くこともできなかった魔王

あの時の痛みは、未だに胸に焼き付いて離れない――

その恐怖が目の前に迫れば、少女の事を考える余裕など持てず
自らの心の安寧を優先してしまうのだろう


何よりも、あの痛みをもう一度味わう事が怖かった
見えもしない痛みに、一方的に締め付けられ、抵抗する術もないのだから



504: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:08:54.03 ID:Wtj4g++30

やはり、関われない。
関われない以上、関わらないと決めておくのが一番だ
自分の導き出す1番と、少女にとっての1番が符合するのなら、他を選ぶ必要はない


魔王(………何故、手に入れられないのだろう)

魔王(何故……―――)



何故、少女は戻ってこないのだろう



いつだって、考えたくないと思って逸らしている結論がある

選ばれなかった理由
選んでもらえない自分の価値


あの最下層に住み続ける少女にとって
『魔王』という地位ですら、少女より地位の高いそのほか大勢の人間と変わらない

『魔王』は有象無象のうちのひとつでしかなく
特別なものにはなれないのだ


求めてすらもらえないのだとしたら
やはり魔王には価値など無いのであろうか



505: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:09:19.40 ID:Wtj4g++30

魔王(………求めるのであれば…… いくらでも、与えていたいのに)


町娘「…………」



町娘「求めても……いいですか…?」



魔王「っ」


心の声を聞かれた気がして、魔王は意識を戻した
もちろんそんな訳は無い。わかっていても心臓が鳴った



506: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:09:50.39 ID:Wtj4g++30

魔王「……何を…… 求める…?」

町娘「………」


町娘「子の、墓を… 作らせて、ください」





魔王「…………………ああ」




この気持ちは 安堵か落胆か
もう、そんなことすらもわからない


どちらなら、正解なのだろう
少女であれば、こんな質問にもあっさりと答えてくれるのだろうか



507: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:11:57.91 ID:Wtj4g++30

:::::::::::::::::::::::::::::::::


場所を検討した結果、
森の中の、開けた一角に墓を作ることにした

いつだったか、少女と花びらのベッドを作った場所だ

あの時に魔王が味わった穏かな眠りを思うと、墓を作る場所に相応しいと感じる
あのまま永く眠っていれば幸せだったのではないかと思うほどなのだから――



亡霊鎧が、スコップを使い穴を掘る
車椅子の上に座る町娘の脚の間には、小さすぎる骨壷が置かれている

最期の時ですら、手に抱くことも出来ない“我が子”
脚というよりも、股に挟むようにして骨壷を抱く町娘は何を思うのか



侍女長「……亡霊鎧様。もう、それほどもあれば充分かと」

亡霊鎧『………もう少しだけ、掘らせてくださらぬか』

侍女長「ふふ。そこに入るのは大男ではありませんのよ?」

亡霊鎧『……存じている。小さな小さな、骨であろう』

侍女長「それなら…」



508: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:12:36.88 ID:Wtj4g++30

亡霊鎧『万が一にも…… 野犬などに掘り返されたら、ひとかけらも残らぬような小さな骨であろう』

侍女長「…………」

亡霊鎧『………』


ザク、ザクと。

丁寧に、深く掘られていく穴
それを見ながら、町娘はまた一筋の涙を流した




魔王「……何故、泣く?」

町娘「……え…?」


魔王「……侍女長の話しを聞いて居なかった訳ではない」

魔王「だが、淫魔は元々 父親の身など分からぬものも多い種族だ。特殊といえよう」


魔王「だが、人間であるお前でも…… 侍女長と同じように、思うのか?」


町娘「……私は…」



509: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:13:18.44 ID:Wtj4g++30

町娘「私は、もし、こんな境遇じゃなかったら… この子を憎んでいたかも…しれません…」

魔王「ならば… 何故、そのような子の墓を望んだ」


町娘「…………。 この子が… 私を、生かしてくれたから…」

魔王「お前を生かしていたのは、商人であろう?」

町娘「……」フルフル

魔王「………?」


町娘「ずっと…… 空想ばかりしてたんです」

町娘「現実は受け入れられなくて…。あの子が居なかったら、私は壊れてたと思います…」


魔王「……肉体の死ではなく、精神の死。生かされていたとは、その精神の部分の話か」

町娘「……」


町娘「……どうしても… 一目でも、もう一度会いたいヒトがいるんです」

町娘「だから、壊れるわけにはいかなくて… あの人だけは、忘れるわけにはいかなくて…」



510: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:13:47.13 ID:Wtj4g++30

魔王「……よく、わからない」

魔王「そうであるならば、誰の子とも知れぬ腹子など、現実逃避を加速させるだけでは?」


町娘「おなかの子は、その想い人の子だから…」

侍女長「……え…?」

魔王「馬鹿な。どういうことだ」


町娘「……馬鹿、ですよね。わかってます」

魔王「……」

町娘「わかってます… そんなことないって。本当はあの、卑しい顔をした男の子供なんです」

侍女長「町娘様……?」

魔王「…………一体… 何が言いたい?」



511: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:14:31.98 ID:Wtj4g++30

町娘「気が狂いそうな、日々でした…」

町娘「だから…… 空想の中で、想い人に抱かれていました…」

魔王「想い人に……? だが、空想なのだろう?」

侍女長「もしや…… 想像妊娠だと、思っていらっしゃったのですか?」

町娘「……」フルフル



町娘「……2回目、なんです」

侍女長「……? 何がですか…?」

町娘「妊娠…です。最初に孕んだ夜盗の子は 流産、してます」

侍女長「え……」


魔王「待て… では、お前が今抱えているその骨は一体?」


町娘「達磨として、『その方が見栄えがいいから』って…」

町娘「商人に、私のような容姿の者を嗜好する男の元へ……送られて」


侍女長「まさか…… 無理に、また孕まそうと…?」

町娘「………」コクン



512: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:15:17.13 ID:Wtj4g++30

侍女長「……っ なんて…… そんな、そんな…」

魔王「……」


ザク。ザク。

亡霊鎧が、穴を掘る音だけが響く
音が大きくなった気がするのは、スコップを操る力加減がかわったせいだろうか


町娘「幾晩も続く行為の中、私はずっと空想しつづけました…」

町娘「だから… このお腹の子は、空想の中で逢瀬を重ねたあの人の子供かもしれないと思うようになって…」

魔王「それこそ、ありえないだろう。何故そうなる」


町娘「だって… だって!」



513: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:15:57.90 ID:Wtj4g++30

町娘「神様はいじわるで、私を嫌っていて、酷いことばかりするから――」

町娘「私があの子を殺したり… 何もかもを諦めて壊れてしまったら…」



町娘「『ソレは本当にあの人の子だったんだよ』
『君の願いを叶えてあげたんだよ――』って…… 言われそう、で……」



町娘「……今でも… ソレくらいのこと、神様にされちゃうんじゃないかって気がしてて……っ」

町娘「本当は この骨は、やっぱりあの人の子だったんじゃないかなって…。今も、思えてしまうくらいで……っ」


侍女長「町娘様……」

亡霊鎧『……人間不信。救いを求めるべき神ですらも信じられぬ程だったと言うのか……?』


魔王「……神など、いやしない」


魔王「だが神は居ると思うが故に、そのような妄想に捕らわれるとは…。信仰の深さも、命取りとなるな」

亡霊鎧『………クッ』



514: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:16:30.06 ID:Wtj4g++30

町娘「本当は… とっくに、おかしかっただけなんですよね……」

町娘「わかってました。そんな事、ありえない……でも…」


町娘「あの人の子じゃないかって疑うことで、生きてこれたんです…」

町娘「あの人との子が共に居るかもしれないから、がんばれたんです…」

町娘「あの人に会いたいという願いをかなえるためには… それにしがみつくしか、なかったんです……」


侍女長「……町娘様…」


魔王「……断言しよう。その子は、そのような空想の産物ではない。……お前を傷つけた者の子だ」


魔王「………それでも、墓を作るか?」

町娘「……はい…」


亡霊鎧『……町娘殿。無理はしなくてよいのですぞ・・・?』

町娘「……」フルフル



515: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:17:06.19 ID:Wtj4g++30

町娘「この子は、心だけじゃなくて…。本当に私を生かしてくれてもいたから…」

侍女長「本当に…とは?」


町娘「赤子を落とさせない為に… 最低限の配慮を、商人達にさせてくれました…」

侍女長「……それは、商人が私欲のために…」

町娘「それでも… 生きたかった私を、生かしてくれたのがこの子だということは、同じです…」



町娘「私はこの子を殺してしまったけれど
   この子は私を生かし続けてくれてたんです」


魔王「…………そこまでして… 会いたい者が居るのか…?」

町娘「……」コクン


町娘「この子だけが… 『いつか、あの人にまた会いたい』という願いを…」

町娘「…私の願いを、守ってくれてました……」



魔王「…………………………」



516: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:17:33.16 ID:Wtj4g++30

人を想う。

それは自分と相手を繋いで、体温すらも分け合うような心地にさせる行為だ
そして繋いでいくほどに 自らにも絡み付き、自由を奪っていく

“生”がただの責め苦に変わっても、絡みついて 死をも許さなくなる


“想い”は、ヒトから自由を奪っていくものなのだ


きっと、誰のことも想わなければ
誰よりも自由に、楽に、生きていけるのであろう


魔王(……既に、出会わなければよかったと思うことも出来ない)



一度繋いでしまえば
もう 求めずには居られない、厄介なものなのだ

禁断症状のように、繋ぐ場所を求めてどこまでも伸びていく
相手に届かず、自らに絡みつくばかりだとしても……。



517: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/11(水) 00:31:15.79 ID:Wtj4g++30

その後
町娘に代わって、侍女長が骨壷を墓穴に納めた
侍女長も亡霊鎧も、手を合わせて黙祷を捧げる


町娘は、静かにその墓をみつめていた
決して、合わせる手が無いからではないのだろう


悔しげな瞳で、それでもどこか困ったような…複雑な表情
ただ墓だけをしっかりと見つめているその様子


魔王(……ああ。なるほど)


神がいて、祈りを聞き届けてくれるなら…
そもそもこの子は居なかったのだ

それでも神が居るとすれば、きっとどこかで嘲笑っているのだろう
そんな神に、子の冥福を祈ることは出来ない


町娘は
子の為に出来る事を探して堂々巡りを繰り返しているのだ


魔王は自らが味わった口内に滲む血の味を思い出し、そう確信した


墓を去るとき、町娘は小さく『ありがとう』と言った
結局、出来る事はやはりそれだけだったのだろう


……それだけの事ですら、魔王にとっては妬ましいほどに思えた



521: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:34:55.04 ID:4EGTf7mI0

数日後…

城外の警備兵を残し、魔王城では皆が寝静まった時刻
魔王も自室で眠りに落ちていた


サ…


魔王(…………)


絨毯の上を擦るような僅かな音に、魔王は目を覚ます
部屋の隅のベッドで眠る町娘以外に、人の気配は無い


ス……


魔王(……だが、居るな。ここまで気配を消すとは。何者)


眠ったフリをしたまま、様子を伺う
僅かな物音が、近づいてくるように思う



522: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:35:20.97 ID:4EGTf7mI0

魔王(……狙いは、俺か)


町娘「………どなたですか」

魔王(!)


起きていたのか、あるいは気配に気付いたのか
町娘は身動きのひとつも取れぬ身でありながら、不用意に声を上げた


町娘「え……?」

魔王(……ちっ。面倒な。気付かぬ振りをして奇襲させてしまう方が、返り討ちにもしやすいというのに…)


町娘「…………」

魔王(………?)


シュル… カタン


魔王(………なんだ?)



523: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:35:52.82 ID:4EGTf7mI0

気付かれぬ程度に目を開ける
重たいカーテンが引かれた室内は完全な暗闇に閉ざされていた

少し目が慣れてきた頃……動く気配を、ようやく捉えた
だが、それは


魔王(馬鹿な)


暗闇にまぎれるシルエット
小さなベッドの脇に立つその影は、町娘の気配がした


魔王「何者!!」


町娘「魔……


魔術攻撃の用意として突き出した腕の向こうから
確かに町娘の声がした


だがその影は、猫のような俊敏な動作で身を低く沈め
掌の射程から逃れる


魔王「何!?」



524: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:36:24.78 ID:4EGTf7mI0

シュバッ…!

低い姿勢のまま、一閃に駆け抜けたそのシルエット
そいつは確かに町娘の気配を放ちながら…部屋のドアから出て行った


魔王「な……!」


開いたまま突き出した掌は、まるで追いすがる者のようだ

その手を握り、気を練る
次に開いた手の上には、小さな火の玉があった

それを光源にあたりを見るが、やはり既にもぬけの殻
ベッドの上に横たわるだけであった町娘の姿はみあたらない


魔王「………どういう……ことだ」



525: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:37:02.64 ID:4EGTf7mI0

::::::::::::::::::::::::::::::::


魔王城を物音を立てぬように駆け出した
慣れぬ重さはひどく精神を消耗する

警備兵の姿を見つけ立ち止まるだけでも細心の注意を払う
万が一にも、“ずり落とす”様な事があっては大惨事だ


亡霊鎧『………決して悪いようには致しませぬ。もうしばし、ご辛抱を』

町娘「………」


自らの身体… 鎧の中に容れ込んだ町娘の身体はバランスが悪い
手足は空洞なのに、胴体だけは生身の重さなのだ

胴体の重さに引きずられて、脚部と胴部の金具が外れそうになる
空気抵抗を減らそうにも、前傾姿勢をとればそのまま前のめりに倒れてしまうだろう

重心を低くし、まるでコサックダンスを踊るかのように進むしかない


亡霊鎧『……女性との踊りであれば、もう少し優雅に行いたいものですな』

町娘「?」



526: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:37:29.77 ID:4EGTf7mI0

警備兵が通り過ぎるのを確認し、再度駆け出す
城外の庭を一息で駆け抜け、森のある方向へと突き進む

亡霊鎧がようやくその足を止めたのは、泉の側にまで辿り着いた時だった



亡霊鎧『夜分、突然に失礼をした。驚かせてしまいましたかな?』

町娘「………」フルフル

亡霊鎧『ありがたい。 いや……むしろ我輩の方が驚きますな』

亡霊鎧『女性達の多くは、我輩の姿を見ただけでも叫び声を上げて逃げていきますぞ』


苦笑しながら、亡霊鎧は自らの金具を外していく
最初に地に置かれたヘルムだけが喋り続け、その腕は脚部の金具を外していく


胴部から町娘を出すと、また脚部を取り付ける
手馴れた様子で、まるで『指を曲げる・脚を曲げる』のと同じ調子で金具を動かす
“金具そのもの”が 自らの力で動き、外れていく



527: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:37:59.49 ID:4EGTf7mI0

町娘「……その身体は、繋がっていなくても動くんですね」


亡霊鎧『はっはっは。独立して動く手足は、気色悪いかね?』

町娘「いつかみた…… 活動写真のようだと思います」

亡霊鎧『活動写真?』

町娘「ええと… 連続した写真をつづけて映し出すもので……」


亡霊鎧『ああ、いや。活動写真はわかりますぞ。そうではなく、我輩のような者が題材にされていたのですかな?』

町娘「いえ、手だけでした」

亡霊鎧『なんと奇妙な』


町娘「主人公が、手首なんです。小さいので、階段を登るのも一苦労…という、コメディでした」

亡霊鎧『それは、愉快でしょうな。我輩ならば、それを体感することもできてしまいますがな』


亡霊鎧はその腕の先を動かして、愉快そうに笑った
それを見ながら、町娘は話を続けた



528: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:38:25.32 ID:4EGTf7mI0

町娘「とても面白かったです。……彼と、一緒に見ました。たくさん笑いました」

亡霊鎧『……思い出のあるものであられたか。失礼、決してからかったつもりでは…』

町娘「いいんです。……今は、少し羨ましいなと感じていました」

亡霊鎧『羨ましい?』

町娘「もしも私が “胴と頭”だけじゃなくて… “手だけ”とか、“足だけ”だったら…と」

亡霊鎧『町娘殿…』

町娘「そうだったら、時間はかかるかもしれないけど……好きな場所に向かえますから」

亡霊鎧『………』


胴部だけの町娘
這いずるための手足もなく、身をくねらせたところで思う方向へは進めない

亡霊鎧はよいフォローも思いつかず、言葉を詰まらせるしか出来なかった



529: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:39:08.76 ID:4EGTf7mI0

町娘「……ごめんなさい。困らせました」

亡霊鎧『いや……我輩も、慰めのひとつも出せない無骨者で申し訳ない』

町娘「いいんです。上手に慰められたら、余計に惨めなだけなので」


無表情のまま、抑揚の少ない言葉が口からこぼれ出ていく

先日の墓作りをする時の話からすると、随分と言葉数は増えている
だが、それは諦めや不満ですらも受け入れるかのような物言いだ

『愛しい人の子』という、身を守る為の仮想現実が無くなった今
より冷酷な現実を、“受け入れるしかない事態”として感情を弱めて対処しているのだろう


亡霊鎧《人間とは…… 時に、まるで機械よりも機械らしいものにみえますな…》


亡霊鎧が最初に町娘を見たのは
ゆるい陣痛に襲われながら、空想に逃げ込んで痛みを逃している時だった

視界すら定めずに椅子の上で揺れている様子には、
亡霊や精霊のような、現実味の無い透明感…… そんな、儚さのようなものを強く感じた

だが、今目の前ではっきりと喋る町娘からはそんな様子はうかがい知れない



530: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:39:41.27 ID:4EGTf7mI0

亡霊鎧『町娘殿は、最初にお会いしたときの印象よりも……なんというか、その』

町娘「可愛げがない、ですか?」

亡霊鎧『い、いや! そうとは申しませぬ! ……ですがこう、強さと言うか…』

町娘「強さ……?」


亡霊鎧『試練から逃げず、受け入れて睨みつけるような……男気じみた部分がありますな』

町娘「男気……。私は女らしくないですか?」

亡霊鎧『我輩はあまり、女性らしい女性の発想にはついていけないので、その方がありがたくもありまする。はっはっは』

町娘「女らしくないんですね。仕方無いですが、ショックです」

亡霊鎧『 』



531: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:40:08.54 ID:4EGTf7mI0

町娘「冗談です。昔は、男勝りだとよく言われたので自覚してます」

亡霊鎧『……町娘殿の冗句は、あまり笑えませぬな……』

町娘「黙っていても、この身ひとつで笑い物なので。それくらいでいいのかも」クス

亡霊鎧『わ……笑ったところを初めて見たものの、内容が自嘲的すぎて反応に困りますぞ!!』

町娘「こういう時は、“笑顔の方が似合いますよ”くらい言ってほしいです」

亡霊鎧『……それも冗句ですかな?』

町娘「今のは本音です」

亡霊鎧『も、申し訳ない』


やっぱり冗談ですよ、と 小さく付け足した町娘
亡霊鎧は安堵の溜息をつき、そんな自分を笑いたくなる

亡霊鎧にとって自らのペースが狂うのは珍しいからだ



532: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:40:35.18 ID:4EGTf7mI0

勇者と共に、世界に笑顔と安心感を届けるために長く旅をしていた亡霊鎧

勇者亡き後も、その生き方は変わらなかった
―― “変えられなかった”、ともいえる


悲しい空気の流れる場所でも、辛さに気分が沈む時でも
怒りに荒ぶる者の前でも……

亡霊鎧は、勇者がしたように
いつだって 明るい話題と朗らかな様子で“安心感”を届けるよう努めた

勇者のような穏かな微笑みも無く
勇者のような慈愛と労わりの瞳も無い
“勇者”という希望を象徴する肩書きも、もちろん持っていない


亡霊鎧は、同じようにやってみせても
勇者と同じような結果にすることはできなかった

馬鹿にされ、怯えられ
『場違いで空気の読めない無機物』と罵られ、蔑まれる事が多かったのだ


それでも、それが勇者に学んだことだった
ただひとつ、善と信じたやり方だった

間違っている気はしていたが
信じられる他のやりかたなんて、もう有り得ないのだから――



533: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:41:15.08 ID:4EGTf7mI0

町娘の反応は、本当に亡霊鎧にとって珍しく 調子が狂う

彼女は、間違いなくどん底の境遇だ
調子外れの亡霊鎧の慰めに、怒声をあげて罵ってくるのならわかる

どん底にいて、荒ぶっていてもおかしくない
沈んだまま拒絶するばかりでもおかしくないのに。

だが実際はどうだ


最下層にいる自分を、さらに低い場所から“掬いあげて”、“見せ付けて”、
『これが私ですが、何か』とでも言いたげだ

自虐といえば、ただの自虐。だが悲壮感は漂わない
そういう感情は、やはり自己防衛のために空想の中に置いてきてしまったのだろうか


だとすれば――



534: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:41:45.21 ID:4EGTf7mI0

亡霊鎧『……町娘殿は…… 感情が希薄であるように見受けられる』

町娘「え……」


亡霊鎧『夜分に無理に連れ出した我輩に対し、本当は怒っておられるのではないかと』

町娘「………あ」

亡霊鎧『もしもそうなら弁解させてくだされ。我輩はただ…


町娘「いえ。……そうではなくて、そうかもしれないなって」


亡霊鎧『………は。 どちらであらせられる』



町娘「怒ってないです。でも、言われてみると……希薄というか。気持ちを押し殺すのが、癖になってたのかもしれない」

亡霊鎧『…それは、心を守るために必要な……』

町娘「押し殺しすぎて……楽しいとか、嬉しいとかまで、殺してました。これでは無差別大量殺害犯ですね」

亡霊鎧『 』



535: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:42:20.27 ID:4EGTf7mI0

町娘「……ごめんなさい、不謹慎な発言でした」

亡霊鎧『は、はっはっは。随分と不穏なことを容易に仰る。そういう物が怖くないのですかな』

町娘「私自身が生きるブラックジョークみたいな境遇なので、そういう感覚すらずれているのかも……」

亡霊鎧《いくらなんでもブラック過ぎますぞ!!??》


どこか、現実味の無い町娘
それでも不思議なことに、誰よりも現実を見つめているようにも感じた


町娘は、突然に思いついたように空を見上げてそのまま後ろに倒れた
慌てて助け起こそうとしたが、「これで丁度いいです」と断られる


町娘「星空を、草むらに寝転がって見上げるなんて。いつぶりだろう……」


亡霊鎧『………それも、例の想い人と共に?』

町娘「いえ。多分 夜盗に押し倒された時か、草原に打ち捨てられたときに見てる筈です」


亡霊鎧《本当に勘弁してくだされ……!》



536: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:42:56.10 ID:4EGTf7mI0

穏かな癒しの時間を届けたかったのに、すればするほどに盛大に裏目にでていく

人前で弱気を見せるなどは良くないが、さすがにがっくりとうなだれてしまう
だがそんな駄目な姿を見た町娘は、今度は小さく微笑んで見せた


亡霊鎧『…………笑顔のほうが、似合いますぞ』

町娘「私の提案した模範解答をなぞるなら、せめて私が忘れた頃にしてください」

亡霊鎧『ぐっ』

町娘「ふふ。……そんな笑わせ方は、ちょっとズルいです。笑っちゃいました、私の負けです」

亡霊鎧『まったく勝った気がしませんぞ!? むしろ勝てる気もしませんな!』

町娘「ふふ、本当におかしい」

亡霊鎧『 』


そういいながらも、どこか希薄な空気を漂わせている町娘
瞳だけが、力強くまっすぐに星空を見つめていた


亡霊鎧『……………』



537: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:43:24.19 ID:4EGTf7mI0

亡霊鎧《この世界は、平面に見えて 実は球体なのだと聞いた事がある》

亡霊鎧《もしもまっすぐに歩き続ければ、一周回ってもとの場所に行き着くのだと》


それを教えてくれたのは、どこかの宣教師であったか
天体学者か、数学者だったかもしれない

あの砂漠に近い町の外れには、水を求めて多くの者がやってきた
広い見聞を持つ知識人の話なども多く聞いた

いつか、勇者のように 自分が信じられる者が現れるかもしれないと祈りながら
永遠のようにも感じた長い時間をそうして待ち続けていたのだ


亡霊鎧《……現実から逃避しつづけていても、いつかは一週巡り、その先の現実に行き着くのであろうか》


限界まで逃避した先で行きつく現実は
”元々居た現実“と 同じ世界だろうか



亡霊鎧《逃げてはならぬ、見つめねばならぬと誰しもが口にした》

亡霊鎧《勇者も、いつも前だけを見据えていたのに》


――後ろしか見ていないような発言のこの娘御が
誰よりもはっきりと、“遠い明日”を見つめているように感じるのは何故だろう



538: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:43:49.69 ID:4EGTf7mI0

町娘「……自分の体があったときでも、あんなに早く走ったことなんてありませんでした」


星空を見上げながら、町娘が呟いた
冬空に吐き出す息にも似た、暖かな声音


町娘「兜や、鎧の間からびゅんびゅん風が入ってきて…爽快でした」

町娘「視界に移る手足は、自分の胴に繋がっているようで。振れる腕が見えるのが嬉しくて」

町娘「もし、怒っているように見えたなら……ちょっと残念に思ってしまったからかもしれないです」

亡霊鎧『残念とは…』

町娘「こうして、地に戻った自分は やはり走れないので」

町娘「でも、やっぱり嬉しかったです。すこし、今は夢心地です」

亡霊鎧『……』


町娘「そういえば… どうして、私を連れ出したんですか?」

亡霊鎧『え…… あ』



539: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:44:22.15 ID:4EGTf7mI0

町娘を自分の身体に収めて “想い人”とやらの元へ行こうと思った

宵闇に紛れていれば、鎧の手足でも本物の手足と見まがうだろう
自分の肢体に引け目を感じることも無く、想い人に声をかけられるだろう

そうして、その“無い四肢”を見られることなく、綺麗な思い出が作れる
よい慰めになるだろうと――… そう思って連れ出したのだ



亡霊鎧『……いや。今は、何をやっても裏目に出そうな気がするのでやめておきまする』

町娘「?」

亡霊鎧『何をやっても裏目に出るなら、いっそ裏を掻きたいと思いますぞ』

町娘「? なんでしょう」

亡霊鎧『騎士の恥を、盛大に披露してみようかと』

町娘「え?」



540: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:45:36.57 ID:4EGTf7mI0

亡霊鎧『守るべき女子供に、弱音を吐き、ベソをかき、悩み惑い、慰められてみようかと』

町娘「…………ふふ。なんです、それ」クスクス


町娘「私と同じくらい、生きるブラックジョークです。亡霊鎧さんは騎士甲冑そのものなのに、それでいいんですか?」

亡霊鎧『町娘殿を見ていて、全力で逆走してみたくなったのですぞ?』

町娘「ふふ。あんなに脚が速いのに、まだそれ以上に全力を出したら止まらなくなりそう」クスクス

亡霊鎧『…そこは… 止めてくだされ………』



それから亡霊鎧は
自分の生い立ちなどを話し始めた



541: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:46:04.28 ID:4EGTf7mI0

信じるべき“善”が欲しかったこと

善と信じた勇者に倣い、今の自分の人格があること

勇者と共に過ごした日々、共に見続けた世界の歴史と悲惨な惨状

勇者を失い、一人で進む道は上手くいかなかったこと

今の自分を形成する“善”の教えに疑問を持っていること

女神の導きがほしくて魔王城を訪れたこと



そして、新たな“信じるべき善”を探していること――


流れるはずも無い涙が、声を詰まらせる気がした
話せば話すほど、喉から手が出るほどに 求めが叫びに変わる気がした


黙ったまま、星空を見上げていた町娘は
消え入るように語り終えた亡霊鎧をゆっくりと見つめ……

一言だけ、つぶやいた




町娘「誰かに倣って、そんな生き方をしようなんて。甘いんじゃないですか」



542: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:47:01.13 ID:4EGTf7mI0

根底からこれまでの生き方を否定された亡霊鎧は、
力を失ったかのようにガラガラと崩れ落ちた

全ての止め具が外れて、パーツが落ちる
落ちるそばから別のパーツにぶつかり、撥ねて、あたりに転がり散らばった


町娘「………」


カラカラカラン、と
丸みを帯びたどこかのパーツが独楽のようにまわり、倒れた
その後には、静寂だけが残った


町娘「……………」


顎を地面に押し付けて、大きく頷くような動作で、這いずる
一番近くにあった亡霊鎧の指を咥えて、手の側に吐き出す

また這いずり、残りの指を集める
指の次は、腕。その次は反対の手。そして腕
脚も同様にして両足を一箇所に集めた

胴体部分は、自分の胴体で押し付けるようにしてずり寄せた
ヘルムは、頭突きで転がすようにした



543: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:47:26.69 ID:4EGTf7mI0

町娘「………」


そのすぐ横に、自らも転がる町娘

顎は擦り切れてその傷口に土が埋まっていたし
胴体も細かな擦り傷だらけで、服もところどころ破けている


町娘「………」


冷たい、金属の感触
身を寄せるそばから、芯まで冷え切るほどだった


町娘「ごめんなさい」



あの言葉は、そう思ったからと言って口に出すべきじゃなかったのだろう



544: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:48:24.64 ID:4EGTf7mI0

自分に出来る事は、ここまでだ
組み上げる事もできないし、綺麗に並べることも出来ない
彼の信じた勇者のように、希望に満ちた言葉など思いつかない

それでも、ここまでできるとは思ってなかった
思うように這うことすらできないと思っていた

本当に全力で集めて、ようやくここまでなのだ


あとは
体温を持たぬ彼の冷たい身体に、温度を分け与えるくらいしか思いつかない


町娘「……何の償いにもならないだろうけれど……」


力の限りに這いずり、汗をかくほどに火照った身体だ
これほどに暖かければ、きっと彼にも少しは暖かさがとどく

いつの間にか、私の言葉は冷え切っていたのかもしれない
それでも、今のこの心を伝えてあげたかった

それしか、詫びる方法が思いつかなかった
彼の求めた答えに、それしか応える方法が思いつかなかった



泉から撫で付けるように吹き付ける冷気は、水と土と森の匂いがする
その香に誘われるまま、町娘は深く眠りに落ちていく



545: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:48:57.31 ID:4EGTf7mI0

・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・



「! これは……一体、何を……っ! 侍女長! こちらだ、居たぞ!!」

「………!! 町娘様!! 亡霊鎧様!!!」



目が、開かないのかもしれない。真っ暗だ
耳ですら、ひどく遠く聞こえる。距離感すらつかめない


ああ、そうか
こんな場所で寝てしまったら、人間の私は死んでしまうんだった



町娘(………強がりすぎて… あたりまえの弱さも、忘れてたのかな……)



546: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/13(金) 13:50:06.24 ID:4EGTf7mI0

普通の人間以上に、
暖かな光のような生を送ろうとした亡霊鎧
その彼が、普通の鎧のように あっさり崩れて壊れてしまったみたいに

機械仕掛けのように、
無機質であることで生き永らえた人間の私も
結局は、人間らしいあたりまえの理由なんかで あっさり死んでしまうのか




――――やっぱり、神様はいるんだとおもう



何もかもを嘲笑って、努力を全部無駄にさせて、一番に最悪な方法を演出して
私に“最高のバッドエンド”を演じさせようとしてるんだと思う

私が、一番辛い方法を考えて
私が、一番に悪くなる方法を考えてるんだとおもう



町娘(巻き込んじゃって…… 本当に、ごめんなさい)



559: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:24:12.22 ID:r5H5rxS30

::::::::::::::::::::::::::::::


目が覚めたとき、私は真っ白い場所にいた


白いシーツ
白い天井
白い壁
白い椅子
白い扉


ここが天国なんだろうと思った


町娘(私……死んじゃったんだ……)


それなら、もしかしたら。
ちょっとした思い付きを、実行してみた

スッ… シュル。

布団の中で、衣擦れの音がする


町娘(ああ、やっぱり。脚があるんだ)



560: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:25:13.34 ID:r5H5rxS30

すこしうつむくようにして、見てみると
そこにあったのは まがった膝の形に盛り上がる、真っ白な薄い掛け布団

膝が布を押した感覚は無い
『死ぬって、こういう感覚なんだ』――そう思った


町娘(……ようやく、彼の元に向かえる脚が手に入ったのに)

町娘(死んじゃって、こんな真っ白い場所に来てから ようやくだなんて……)


――やっぱり。神様って、残酷なんだな


涙がこぼれた
涙の熱さだけは、生きている時と同じだった
目を閉じても、堪えきれないほどの涙が 次から次へと溢れて零れていく

死んでからも、悲しい涙の感覚だけは 生きている時と同じだなんてひどすぎる


腕を曲げて、涙をぬぐう
死体そのものの、冷たく堅い指先が頬に触れる

曲げた人差し指の、第2関節で軽く目を擦ると
強い痛みが目に走った


町娘「え………?」



561: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:26:16.32 ID:r5H5rxS30

驚き、目を開けた
そこにあったのは、青白く細い死体の指…… では、なかった


町娘「嘘… これは…?」


驚き、布団から腕を引き抜いた
布に触れる感触は無い。それでも思うように腕が取り出される


町娘「…………銀色の…… 籠手…?」


指先の一つ一つまで、見知っている
死の直前、そのひとつひとつを数え、確認し、集めたそれだった


町娘「――――!」


身を起こす
布団を払おうとすれば、腕は思ったとおりに布団を振り払った

布団の下に隠れていたのは、腕と同じ『銀色の二足』
その銀色の脚と、本来の生身の脚のつなぎ目に、壊れた金具が見える

その金具は、本来は上部に重なる別の金属にくいこみ、固定するはずのもの
だが捻じ曲がり潰れたソレは、まるで小さな幼子の手のように肌に沿えられているだけ


町娘「う……そ……? なんで……?」



562: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:27:21.84 ID:r5H5rxS30

その掌を見ようと思えば、自分のものであるかのように眼前で動く
曲げるのも、開くのも、思うように――


反応は、一瞬のタイムラグがあるようにも感じた
そしてそれが、亡霊鎧が町娘の意思を感じて動くまでの時間差だとすぐに気付く


町娘「亡霊鎧さんは……っ!?」


立ち上がろうと思えば、すぐに立ち上がるその脚
布団から跳ね起きるのは容易

それでも急に動いた視界に 自分の頭のほうが耐えられなかった

クラリと視界が回る
恐らく、これが本当の自分の身体であったら転倒していただろう

だが、その銀色の脚は倒れる事は無かった
その銀色の腕が、優しく町娘の身体を抱きしめる

……抱きしめられたと、感じた



563: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:27:57.58 ID:r5H5rxS30

傍から見れば、自分の腕を交差し
自分の身体を抱いただけにも見えるだろう

そしてその姿は 奇しくも
胎内に宿る小さな魂を守ろうと腹を抱くような……そんな姿にも見えるのだろう


町娘「あ………」


ゆっくりと視界の揺らぎが回復していく
それと同時に、身体を抱く腕の力も緩んでいく


町娘「…………っ!」


改めて駆け出した
真っ白い扉の、その向こうへ
銀色に輝く、その脚で



564: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:28:57.55 ID:r5H5rxS30

:::::::::::::::::::::::::::::


魔王「………」


私室の閉じられたドアの向こう
廊下から僅かな物音を聞き取った

走り寄る足音は、ドアの前で止まる


魔王「……………」


入室を促すことはしない
ただ、黙ってその気配を様子見るだけ

しばらくの間があってから、扉は控えめにノックされた


侍女長「はい。どのようなご用件でしょうか」


侍女長は、“わかりきっている”相手の名を尋ねることを忘れたまま
とぼけたようにドアの向こうに声をかけた



565: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:29:34.29 ID:r5H5rxS30

町娘「あ…の。 町娘です…… その… 入っても、いいでしょうか……」

侍女長「はい。もちろんですよ、町娘様」


侍女長はそう答えながら、扉をあけて微笑んで町娘を迎え入れた

ここまで走ってきたのだろう
だが、もちろんその息が乱れることはないはずだ

その駆ける四肢は、彼女のものではなく
彼女自身はほとんどの動作を行っていないのだから

それでも、彼女の心臓は充分すぎるほどの速度で動くのだろう
片手で胸元を押さえ、薄く開かれた口から 熱く深い呼気を何度も吐き出している


町娘「あ……あの!! 私、この腕と脚が…!! 亡霊鎧さんは!」


速まりすぎて、意図を成さない言葉になっている
その様子を見た侍女長が、穏かに微笑んで 部屋の奥へと町娘を誘導した


侍女長「亡霊鎧様でしたら、こちらにいらっしゃいます。……今は、兜ですが」

町娘「え……」



566: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:30:03.45 ID:r5H5rxS30

町娘が、少し前まで眠っていたはずのベッドの位置
そこには既に小さなベッドはなく、代わりに 高さのある飾り台が置かれている

飾り台の上には、かなり厚手のクッション
そしてその上に…… 亡霊鎧のヘルムが、厳かに置かれていた


町娘「………亡霊…鎧、さん……?」


町娘はその兜に近づき、そっと手を伸ばす
金属の指先と 金属の頭部は、触れあうと キン…、と音を立てた
音叉にも似たその響きを聞き届けたまま、動かない町娘


魔王「…………僅か、3日ほどだ」

町娘「え……?」

侍女長「町娘様を、森の中で発見してからの期日でございます」ニコ


侍女長「きっと… ひどく、お疲れだったのでしょうね? あまり大きな外傷もないのに、眠り続けていらっしゃいました」

魔王「見つけたときは、さすがに死んでいると思ったがな。まさか、ただの擦り傷程度だとは…」ハァ

町娘「……?」



567: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:30:59.17 ID:r5H5rxS30

侍女長「野犬の群れに襲われていたのですよ。魔王様の気配を察して、散っていきましたが… 覚えておられませんか?」

町娘「野犬……? 私、全然……」


魔王「亡霊鎧の甲冑を、纏っていたから無事で済んだのだろう」

侍女長「ふふ。磨いたので目立たないかもしれませんが…… ほら、ここに証拠が」


侍女長は、町娘につなげられた銀色の腕をそっと取り、肘の近くをそっと撫でる
確かにそこに、僅かな凹凸が数個、大きめの凹凸が4つ見受けられた


町娘「これは… 歯型…?」

侍女長「右の足首。それに 左の太腿にも、同様の物がありますよ」

町娘「なん… なんで…」

魔王「手足の無い柔らかな肉塊があったら、格好の餌食だからな」


魔王「亡霊鎧は自らの手足をお前に繋げ、お前の四肢であるかのようにカモフラージュしたのだ」



568: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:33:01.03 ID:r5H5rxS30

侍女長「獣はまず手足に噛み付いて相手を弱らせ、その後で背にのり、首を噛み切ります」

侍女長「恐らく、その手足はそのために 噛み付いて振り回した際の傷かと」

魔王「胴体部分は、もともとが壊れていたようだがな」

町娘「……っ それは… やっぱり、じゃぁ、私が…… でも、一体どういう…」


侍女長「甲冑の背面パーツだけが、町娘様の上に乗せられた状態でした」

侍女長「………ひどい、爪傷が全面についていて。現在は修理工の元へ出しています」

町娘「私… そんなことになっていたなんて、全然気付かなくて…!」

魔王「小さいからな」

町娘「え?」


魔王「あの甲冑は男性…… それもある程度、屈強な体躯をした戦士などの着用を想定して作られている」

魔王「おまえのその身体では、甲冑の後ろ半身であろうともすっぽりと収まるほどの大きさがある」

魔王「…まるでドームのようにお前に覆いかぶさって、その両端は浮くことも無く、地に支えられていた」

侍女長「兜もですよ?」

町娘「っ」



569: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:34:37.92 ID:r5H5rxS30

侍女長「恐らく首には噛み付かれたのでしょうが… 地に伏せ倒れた首と、ヘルムの間には距離があり、牙は届かなかったようです」

魔王「激しい音はしただろうが、ヘルムを被っていた為に音が聞き取りづらかったのだろうな」


町娘の目は見開かれ、瞳孔が細かく揺れている
混乱したまま動けない――そんな様子が一目でわかる


侍女長は町娘の手を取り、にっこりと笑った
もう今は安心なのだと証明するように 少しおどけた声をかける


侍女長「本当に危機一髪でしたよ? 丁度、野犬が兜を引き抜いていた所で、顔が半分みえていたのですから」

魔王「あと1分と立たぬ間に、晒された首元に噛み付かれていたかもしれないな」


町娘「………なん… で…? だって。亡霊鎧さんは…… 壊れて、崩れて……なのに、一体誰がそんな……!?」



570: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:35:17.71 ID:r5H5rxS30

魔王「ああ、それならば…」

侍女長「ふふふ。いけませんよ、魔王様」


町娘「え……」


可笑しそうに微笑んで、魔王を諌める侍女長

魔王はくだらなそうに小さく鼻で息をつくと
飲みかけのカップを手に取り、静かに茶を飲み始めた


町娘「あ… あの……っ!?」

侍女長「いつまで、そうしてふてくされているのです? ……『亡霊兜』様」


侍女長は、飾り台の上のヘルムに声をかけた
しばらくの間を置いたあとで、ゆっくりとそのバイザーが持ち上がる


亡霊兜『どうか今しばらくほうっておいてくだされ…! 我輩、町娘殿に向ける顔がありませぬ!!』

町娘「!!!!」



571: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:36:01.05 ID:r5H5rxS30

侍女長「何言ってるんです。今は顔しかないじゃないですか。というか、顔ですらないじゃないですか」

亡霊兜『ふざけているわけではありませぬぞ!?』

侍女長「町娘様の、この心配そうで不安げなお顔を…見て見ぬ振りするのが騎士道なのですか?」

亡霊兜『う…… うぐぐ』


ヘルム部分だけであったが、以前と変わらずにカパカパと動くバイザー
それを“元気そう”と呼んでいいのかは不明だが、ともかく以前と変わらないように見えた


町娘「亡霊…鎧さん…… 無事、だったのですね………?」

亡霊兜『町娘殿……』


ヘルムに向かい、一歩脚を踏み出す
その脚がそれ以上進まず、手も伸ばせなかったのは、恐らく“亡霊鎧”自身の意思だろう
向かい合ったまま、ただそのバイザーの奥を見つめる町娘であったが……

ガシャン!!

そのバイザーは、突然 音を立てて 勢いよく閉じられた



亡霊兜『本当に申し訳ないっっっ!!!』

町娘「え」



572: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:36:34.60 ID:r5H5rxS30

大声での謝罪に、椅子に座った魔王が不快そうにカップを手荒くテーブルに置いた
その音に覇気を奪われたのか、続けられた亡霊鎧の声はどんどんと尻すぼみに消えていく


亡霊兜『その… 確かに我輩は、“騎士の恥を披露してみよう”などと申したわけではあるが…』

亡霊兜『弱音を口にし、男泣きをするくらいであれば…という程度で、その…』


町娘「亡霊鎧さん…?」

侍女長「……はっきり言ったらどうです」


侍女長「………『儚く初心な娘子のように、驚きのあまり失神したりして申し訳ありません』、と」


亡霊兜『 』


カパカパと動いていたバイザーが動きを止めた



573: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:37:14.74 ID:r5H5rxS30

町娘「し、失神?」


亡霊兜『はっ。ここここ、これはその!』

町娘「壊れて……しまったのでは…?」

亡霊兜『わ、我輩は リビングアーミーでありますぞ! たとえひとつひとつの部品に分解されたとしても、死すことはありませぬ!!』


町娘「だ、だって。全然、動かなくて……!」

亡霊兜『ぐぐ… 野犬に殺気を向けられるまで、すっかり気を失っておりましたゆえ…』


町娘「すごく冷たくなっていたし!」

亡霊兜『金属ですゆえ、そればっかりはご容赦いただきたい!! 砂漠に行けば目玉焼きも焼けまする!!』

侍女長「あら、では胴体部分はフライパンに再加工させていただいてもよろしいですか?」

亡霊兜『よろしくないですぞ!?』



574: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:38:00.00 ID:r5H5rxS30

興奮した様子で、先ほどまでとはうって変わり
言葉が止まらない亡霊兜

その様子には見向きもしないまま、魔王はいらただしげに呟く


魔王「……うるさい」

侍女長「っ! これは、申し訳ありません魔王様…」ペコリ


魔王「……」ガタ


立ち上がり
亡霊兜と町娘の側に歩み寄る


魔王「伝えるべき言葉はそれなのか、亡霊兜」

亡霊兜『っ!』


魔王「尋ねるべき用件はそれでいいのか、町娘」

町娘「―――っ!」


魔王「……」



575: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:38:56.05 ID:r5H5rxS30

魔王の冷淡な言葉と視線
威圧するようなその黒い瞳が、二人の心に喝を入れる

それぞれに気合を入れなおし、生唾は飲み込み、声を張り上げた



町娘「亡霊鎧さん!! 私の、この脚と腕は…!」
亡霊兜『………町娘殿に… お願いが、ござりまする…!!』



同時に口に出したせいで
お互いに聞き取れず、「え?」と声が重なる



侍女長「あら、息がぴったり。夜中に逃避行するだけの事はありますね」クス

魔王(………余計に聞き苦しいだけではないか…)ハァ



魔王は無言のまま、また椅子へと戻っていった



576: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:40:10.51 ID:r5H5rxS30

・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・


亡霊兜『我輩が生み出された時、既に日常生活を送れる程度の思考力を持っておりました』


自分で“考える”“学ぶ”
それはあくまで、新しい物事を習得するための手段

戦闘などは最初からできた
最初から、我が身体を動かすと同様に剣を扱った

だから考えたり学んだりするのは、例えば調理の仕方や買い物の方法などだった

だが味わうことはない鎧の身。
“もっと美味しくする方法”なんて考えることも無かった

装備や食料などを買う必要もないから
“もっと安く求める方法”も考えたりしなかった

“倣う”だけで、充分に用が足りていた



577: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:40:37.35 ID:r5H5rxS30

亡霊兜『生みの親である鋳物師と共に町に出て、鋳物師の行いを倣っていった』

亡霊兜『壊したら、悪い。助けたら、善い。最初は逐一、鋳物師が教えてくれていた』

亡霊兜『当然のように、善悪も倣って覚えるものとなっていた――』



誰かに倣い、善悪を覚えるものだと思っていた
思考力はあっても、善悪の価値観など知らなかったから

だが、善悪は人によって姿を代える。その線引きは変わってしまう
だから“倣うべき正しい善”を求めた


亡霊兜『我輩は、模倣する生き方を当然と思っていたのです』



――誰かに倣って、そんな生き方をしようなんて。甘いんじゃないですか――


言われてみて、千年もたってようやく気付いたのだ
『倣わない生き方』があることに



578: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:41:34.72 ID:r5H5rxS30

善悪とは
『自分で覚えていく事』だから、人によって異なるものだった
『自分で考える』からこそ、間違ってしまうものだった

これまでの旅の中で何度も見てきた、
『正しいと信じたことで、取り返しのつかない後悔に苛まれる者』の姿を思い出す


何故そんなことをしたのか、と尋ねたこともある
愚かなことを…、と叱咤したとで慰めたこともある

そんな偉そうなことを言っていた自分は
『間違いたくないから、一番正しい善をさがして真似しよう』としていた



亡霊兜『……出来ないと、思い込んでいたのです』

亡霊兜『自分は、ただの武器。ただの防具。生きているだけの、ただの甲冑なのだと――』

亡霊兜『そんな曇り眼のまま、騎士甲冑として、騎士の生き方を望み申した…』



“誰かに倣おう”と決めたのも
“善を求める生き方をしよう”と決めたのも

思考力しか持たないはずの自分の意思で考えであったはずなのに。


出来ないと思い込んでいた
そんな自分の愚かさには、ずっと気付けないままだった



579: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:43:09.10 ID:r5H5rxS30

亡霊兜『我輩の過去は、聞く人が聞けば 勇者のそれと同列に扱われまする』

亡霊兜『子供達にその価値観や苦労を諭し聞かせた事もあったかと』

亡霊兜『………驕っていましたな。虎の威を借りて、借りているのにも気付かぬ狐とは…どれほどに阿呆者なのか』


町娘「……今まで… 指摘されたことは、なかったのですか?」

亡霊兜『いえ、しょっちゅう指摘されましたぞ。“倣って、そいつが間違っていたらどうするのだ”と』

魔王「ふむ。確かに俺も、そう尋ねたな」

亡霊兜『我輩はそう言われても、“間違わぬ者を倣えばよいではないか”と…頑なになるだけだったのです』

亡霊兜『なによりも、倣うのは当然のことと思っていたし…… いや、そうじゃないですな』

亡霊兜『どこかで蔑んでもいたのでしょう。“間違う者”の言葉などに、真剣に言葉を傾けなかったのです』


魔王「………ほう?」

侍女長「亡霊兜様。魔王様を蔑み、“間違う者”呼ばわりをするようでしたら、不敬で投獄いたしますよ?」


亡霊兜『け、決してそういうつもりではござらん!!!』パカパカ!



580: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:44:50.33 ID:r5H5rxS30

魔王「……ではどういうつもりだと」

亡霊兜『……』


亡霊兜『…勇者以外、信じていいのか分からなかったのです』

魔王「……」


落ち込んだように、バイザーをゆっくりと落として沈黙する兜
町娘は魔王の顔を伺いみるが、魔王には慰めようという気がないようで
つまらなそうに茶をすするのみだった



侍女長「……それは、おかしくありませんか?」

侍女長「ではなぜ、町娘様の言葉を受け入れたのです? 彼女を勇者だとでもいうおつもりですか?」

町娘「えっ」

侍女長「何故、町娘様に言われたときは、それほどまでにショックをうけたのです」


亡霊兜『………いや、それはその』


侍女長「………」イラ

魔王「………」イラ



581: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:45:48.33 ID:r5H5rxS30

町娘「あ、あの…?」


亡霊兜『……誤解をして欲しくはありませぬが…』


亡霊兜『町娘殿は…我輩から見ると、その思考は間違ってばかりのようにも感じまする』

町娘「……」


亡霊兜『それでも、“自らの生きる道”からだけは、決して違える事はない強さをお持ちだ』


亡霊兜『正しくは無い。だけれども、望みや誓いの為にであれば殉死していく騎士のように…気高い魂を感じまする』


町娘「……そんな立派なもの、私はもってません」

亡霊兜『いつだったか見た、勇者の姿を思い出したのです』

侍女長「? それはどんな姿だったのです」

亡霊兜『とある町で、人間と魔物の紛争がありましてな… 町が焼き払われた時のこと…』



582: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:46:59.33 ID:r5H5rxS30

亡霊兜『火を放った者も、火を放たれた者も、皆が逃げ出す程の大火災となった』

亡霊兜『勇者は… 皆が逃げ出す中を 一人で全力で町に分け入って走っていきました』


魔王「……残された町民を助けにいったのか」

亡霊兜『もともと、紛争など起こっていた町。弱き者などとっくに逃げ出しておりましたぞ』

侍女長「では、何故?」


亡霊兜『ただ、消火のためだけに。それだけの為に、勇者は走って行ったのです』


町娘「消火……ですか? 燃え広がっては危険な地だったのでしょうか」

亡霊兜『勇者はそんな事に頭の回るような人ではありませんでしたな』


亡霊兜『……“紛争の前は、穏かな町だった。紛争のせいで、そのまま焼けた廃村にしてしまうのは怖かった”…… そう聞きました…』


亡霊兜『……誰もいない、争いの後が残り、燃え尽きた村。それはきっと、“救えなかった世界”の一角に見えるだろうから…そんなものを残したくは無いのだ、と』


魔王「……勇者とは、臆病なのだな。勇ましき者とは、名ばかりでは無いか」

侍女長「魔王様…」



583: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:48:51.43 ID:r5H5rxS30

町娘「私は………少し… 分かる気は、します…」


町娘「自信など、無いから。絶対に救えると自分には確信できないから。そういうものは不吉で… 見るのは怖い、です」

魔王「……」


亡霊兜『………我輩には… 分かりかねました』


亡霊兜『これから世界を正しく導こうとする時に、無駄に命を落とす危険のあることをしてどうするのかと』

亡霊兜『それでは、本末転倒では無いかと… 責め申した』

町娘「……」


魔王「亡霊兜の意見は、俺には最もにも聞こえるが…… 言い知れぬ恐怖というのは、他者には理解できないものなのだろう」

魔王「……誰かに、その恐怖を理解できるとも… して欲しいとも、思わぬが」

侍女長「………」



584: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:51:15.20 ID:r5H5rxS30

亡霊兜『町娘殿は、勇者とは違う。いや、真逆とも言えまする。ですがその芯に通っている物は同じようにも感じた…』


亡霊兜『…………町娘殿。改めて… 我が願いを聞き入れてくださいませぬか』

町娘「え…? 願い、ですか…? なんでしょう」


亡霊兜『願いまする。我が手足を杖とし、存分にその生き方を見せてほしいのです』

町娘「! で、でもそれは」


亡霊兜『決して模倣しようとは致しませぬ。できるとも思いませぬ』


亡霊兜『だけれど、知りたい。考えて見たい』

亡霊兜『自分とは真逆のものを知る事で……我輩は、自分を知る事が出来る気がするのです』
 

町娘「……亡霊…鎧さん…」


亡霊兜『我輩の手足。どうか、使ってくだされ。教えてくだされ…その脚の駆ける意味を。その脚の向かう先を』



585: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:52:43.85 ID:r5H5rxS30

町娘「…だめですよ… そんな事をしたら、貴方は動けなく……

亡霊兜『我輩は不老不死の身。町娘殿がその生を果たし終わるまでじっくりと考えて…そこから動きまする』

町娘「っ」


亡霊兜『これまでは 何があろうと、立ち止まらずに進むべきだと信じていた…』

亡霊兜『しかしながら、自分で考えて……立ち止まり、ゆっくりと考えて見たいと思ったのです』


亡霊兜『どうか。いましばらく、貴方の側へ置いてくだされ』

町娘「…………」


町娘「ありがたく……使わせて、いただきます…っ! 亡霊鎧さん…!!」ポロポロ…



魔王「……機械技師探しは、もう要らぬな」

侍女長「……ええ」クス



586: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:53:50.21 ID:r5H5rxS30

::::::::::::::::::::::::::::::


コポコポと、侍女長の淹れる茶の音が鳴る
その後、魔王の私室で落ち着きを取り戻した4人はゆったりとした時間を過ごしていた


町娘はその銀色の両腕に、亡霊兜を抱いて椅子に座っている
魔王は斜め前に腰かける町娘の様子を眺め見ていた


亡霊兜『町娘殿。その、いくら兜だけとは言え、オナゴの膝に抱かれるのは…』

町娘「駄目ですか?」

亡霊兜『いや、なかなか心地よい物でござるな』

町娘「ふふ。なんだか妙な喋り方になってますよ」

亡霊兜『ど、どうにも落ち着きませぬ……』


亡霊鎧がそう言うそばから、
町娘の脚が突然にもがくようにばたついた


町娘「きゃっ!?」バタバタ

亡霊兜『も、申し訳ない! 思わず逃げ出そうとして…!』



587: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:55:48.01 ID:r5H5rxS30

町娘「あ、あはは…。逃げるのでしたら、手をうごかさないと逃げられませんよ?」


亡霊兜『我輩の感覚としては…その、膝の上に座って抱かれているような気がするのです…』

町娘「ああ… 私の脚となって座っているから、ですか?」

亡霊兜『全身で着込まれて、相手の意思に合わせることはあったものの、頭と脚をばらばらに存在させたことはなかったので…』


亡霊『いや、今後は気をつけまする。驚かせて申し訳ない』

町娘「いいですよ。共にいるだけで、“私の脚”という道具になったわけではないでしょう?」

亡霊兜『町娘殿……!』ジーン


町娘「ふふ。見慣れると、このヘルムも可愛らしいものですね」ナデナデ

亡霊兜『拙者、自分で自分の頭を撫でている気がして複雑でござる』


侍女長「……亡霊兜様。その変なしゃべり、やめてくださいませ」

亡霊兜『 』パカパカ

町娘(もしかして、あれは照れ隠し……?)



588: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:56:15.11 ID:r5H5rxS30

穏かな時間が過ぎていく
暖かく、ぬるま湯のように気の抜けた時間

魔王はその空気を感じながら、一人 少女のことを思い返していた
恐らく、このあと 町娘と亡霊兜は“想い人”の元へと向かうのだろう

それを止めるつもりは無い

想い人の元へ駆けていく事ができるようになった町娘の姿は
見ていても辛いだけだ

魔王は、いまだに少女の元へ行くこともできない自分が
ここに一人、取り残されていく気がするから

自分ならば、行けるものなら行きたいと思うのだから……
そんな町娘を、止めることは出来ないだろう


胸が痛む

町娘の中に、少女の影を見て 自分を慰めていた魔王
それを失ってしまった後は、どうやってこの痛みに立ち向かえばいいのだろうか



魔王「……何故… 『想い』なんてものがあるのか」

町娘「……え…?」


独り言だった
思いつめてしまって、胸中に留めて置けなかっただけの、独り言



589: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:57:19.89 ID:r5H5rxS30

魔王「何故、そこまでして想わねばならぬのか。ずっとわからないままだ…」

侍女長「………」



町娘「……魔王様にも… 想い人が?」

魔王「……」


魔王は、答えない
これは独り言なのだ…… 堪えきれない、胸中の叫びが漏れ出ているだけ


魔王「そんなものがあるから、痛いのだ」

魔王「そんなものがあるから、辛いのに」


魔王「それなのに…手放せない。もう、居ないというのに……何故、まだ『想い』があるのだろうか」

町娘「……」



590: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:57:46.83 ID:r5H5rxS30

誰もが、魔王のその叫びに耳を傾けていた
しかし魔王はこの場にいる誰にも呼びかけていない

その声が、その思いが呼びかけるのは
いつだってたった一人の少女に向けられているのだ

それでも……



町娘「……求めたいから…ではないでしょうか」

魔王「俺はもう、あいつを求めたくなど……!」


町娘のその答えには、反応せずにはいられなかった
耳にはいってきてしまった言葉に、抗わずにいられなかった


町娘「『生きるための意味』を、求めたいからでは ないですか…?」

魔王「……何?」



町娘「生きるというのは、難しいです…… 何か意味や目的がなければ、とても生きてはいけない」

町娘「それなのに、死ぬことはあまりに簡単すぎる……」



591: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 21:58:46.85 ID:r5H5rxS30

町娘も、まるで独り言のように話し出していた

今度は魔王がその言葉に耳を傾ける
まるで、そこに何かの救いがあればいいと願うように

少女の姿を重ねていた者ならば、あの少女のように
僅かにでも魔王の願う答えを持っているかもしれない―― そんな、藁にすがるような行為だ



魔王「簡単……?」

町娘「もしも『想い』がなければ、きっと簡単に死ねますよ」


町娘「何もしないだけでいいのです。それで死ねるんです」

町娘「生きるためには、何かしなければいけないんです。生きられないんです」


いつだったか少女が口に出した答えを思い出した
それをそのまま反芻し、問うてみる


魔王「……『生きたいから、生きる』…のでは… ないのか?」

町娘「……どう、でしょう。少なくとも… 私は、違います」


町娘「多分… ただ、『生きたいだけ』なんて人は 居ないんじゃないでしょうか…?」



592: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 22:00:28.53 ID:r5H5rxS30

少女は“生きたいから生きる”と言っていたのに… 
この娘はその答えを間違っているとでも言うようだ


では、この娘はなんのために生きるというのだろう

あの少女はそうやって生きていたから
だから、そういうものなのだと思っていたのに…


……まるで亡霊兜のようだ。
憧れたものを望むあまり、自分も気付けば模倣して得ようとしていたのでは無いだろうか


“幸福を失わない”少女の生き方――
俺はそれが羨ましくて… 憧れて、欲しいと思った

そんなものをたくさん持っている少女に魅せられて
それを得るための手段を間違えていたのではないだろうか


愚かだといった側から、自分も同じことをしていると気付かされる

それが万人の答えではないと知った今、
亡霊兜のように…自分の生きる道を見直す事が出来るだろうか



593: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 22:00:59.57 ID:r5H5rxS30

魔王「では… お前は、その想い人に会うために生きているのか?」

町娘「それは『死ななかった理由』… だと、思います…」


魔王「『生きる理由』、『死なない理由』… それは違うものなのか」

町娘「………生きる理由は…きっともっと…自分本位なんだと思います」

魔王「自分本位……?」

町娘「……」コクン


町娘「生まれたからには……最後まで試したいじゃないですか」

町娘「与えられた生の中で、どれだけの喜びや幸福を味わえるか試してみたり」

町娘「得られるものに喜びを見出し、価値を見出して、誰かに評価されてみたり」

町娘「自らを奮い立たせて、限界を超えて強くなってみたり」

魔王「………」


町娘「死ぬなんて、どうせ簡単だから。ゲームオーバーにするのは簡単なんです」


町娘「難しいとわかっていても、どうせならエンディングを見てみたいじゃないですか」

町娘「殺されるっていう強制エンディングでもいいから、始まった以上は 最後まで見てみたい」


町娘「私は、あの人とのエンディングがバッドエンドでも… 最後までやりきりたいんです」ニコ


魔王「……」



594: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 22:01:36.15 ID:r5H5rxS30

魔王「………意外だった。おまえは、貪欲で挑戦的なのだな」

町娘「人間は、貪欲なものだと思います」

町娘「あの人と『出会って、ただ結ばれる」のがここまで困難なシナリオになるだなんて思わなかったですけど」クス

魔王「……そうか」



今までは無感動のまま あたりまえに、ただ生きてきたのに
長い月日を“ただ過ごすこと”が これほどに辛く苦しいものに変わっているのは確かだ

生きるというのは難しいのだと、納得できる

今まで簡単に生きてこられたのは、
自分の内側に、強い感情が宿っている事に気付かなかったからだ


魔王「……そうか。生きるというのは、そういうものか」

町娘「魔王様…?」

魔王「生きるというのが辛いだなどと。以前はそれすら思わなかった」


魔王「辛くなってから…… 幸福を、より求めるようになっていた……」



595: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 22:02:18.82 ID:r5H5rxS30

町娘「……気付かないものですよ。失くさないと、わからないものがあるんです」


町娘はそう言うと、自らに繋がった銀色の脚を撫でた
愛しそうに、やさしく撫でる

その後で、銀色のヘルムに向かって穏かに笑いかけた


町娘「憧れて、欲しくなって、手に入れる」

町娘「でも 手にしている間は、手に入れていることで満足してしまって、気付けないんです」

町娘「手放して…失って。その後で惜しくなって、求める時になって気付くんです」

町娘「そのものの、本当の価値に」


魔王「…失ってから…」


町娘「……失わないと… 本当に必要だってことにも、気付けないんです。生きるのって難しいですよね」



596: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 22:03:50.06 ID:r5H5rxS30

兜を撫ぜながら、どこか切なさと後悔の混じった瞳で呟く町娘
亡霊兜は一度だけ、ゆっくりとバイザーを開閉した

侍女長は、そんな3人を穏かな微笑で見つめている
その口元は、まるでこれから先の明るい未来が見えているかのように愛しげだ


魔王「……欲するのが… いつでも、持っていないものだとは気付いていたのにな」



そうだ
気付いていたではないか


何もせずに、苦痛に身を落として生きているなど間違っている
俺も挑んでみたい。今度こそ、正しく… “本当に欲しいもの”を手に入れる為に




魔王「手に入れない限り、この痛みは消えないのだろうか… この、思いも」


町娘「痛みは… いつだって、一番欲しいものへ繋がっていますよ」

亡霊兜『悩みが、進むべき道を照らし出し… 間違いを改めてくれますぞ?』



597: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 22:06:29.67 ID:r5H5rxS30

魔王は少女を思い出す
あの少女の笑顔は まだ残っているだろうか


まだ、間に合うであろうか



――違う
間に合わない事など、あるだろうか



魔王「手に入れよう。俺に手に入らないものなど―― 何も無い」


決意。
その瞳には、吸い込まれるような闇ではなく。望むものを掴み取る強さが宿っていた


魔王は立ち上がって踵を返す
ドアに向かい… 望みに向かい、足を進めた


後ろから小走りに歩み寄ってきた侍女長は、そんな魔王の手を取る
そして、穏かな口調と、穏かな微笑を浮かべたまま 一言だけ宣言した


侍女長「行かせませんよ、魔王様」ニッコリ



598: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 22:07:23.41 ID:r5H5rxS30

町娘「え…」

亡霊兜『侍女長…殿…?』


魔王「……何を」


侍女長「あなたは、“魔王”なのですから。いつもいつも身軽に動けるなどと、思わないでくださいませね…?」


侍女長の微笑が、いたずらめいたものに変わる
焦らして弄び、それすらも快楽へと代えてしまう淫魔の微笑―― そんなものを髣髴とさせる


だが、それは一瞬だった
すぐに真面目な顔つきで、深々とした礼と共に 本来の“侍女長”の仕事をこなしはじめた



599: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 22:07:59.20 ID:r5H5rxS30

侍女長「外出なされるのでしたら、不在の間の統治に関しての指示をお願いいたします」

侍女長「それから他国へ入られるのでしたら、出国・入国手続きに関しても書類の申請を」

侍女長「あと…町娘様の今後の処遇に関してはどうなさいますか?」

侍女長「亡霊兜様の取り扱いについては……」ペラペラ


魔王「 」


侍女長「悩みに結論がでてスッキリなされたのでしたら、やはり魔王様ご自身で一度整理していただかないと…」


町娘「あ、あの…? 今まではどうなさってたんですか?」

侍女長「魔王様に『手足も口も、魔王様のものと思え』と…ほぼ全権を頂いていたので、私が代わりに指示を出しておりました」

魔王(そんな事までしていたのか)


侍女長「ですが、一度これまでの統括指示に関しても一度確認をしていただきたく」

魔王「な」

侍女長「成すべきことは全て整え、準備万端となるよう手配させていただきますゆえ」ペコリ



600: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 22:08:24.92 ID:r5H5rxS30

魔王というのは一国の主である

改まって動こうなどと思った事があまりないので気付かなかったが
動くとなれば、相応の準備や手続きが必要とされるらしい

侍女長はこれまで、それらの全てを代行しくれていた
……少しでも、魔王の心労や煩わしさをなくすために


侍女長「ふふ。お役に立てていましたでしょうか?」

魔王「ああ。これからも……

侍女長「そろそろご自分の“役割”も果たしてくださいませね? “魔王”様」ニッコリ


魔王「 」


町娘(……侍女長さんって… なんだかすごい…)ドキドキ

亡霊兜《町娘殿とは違った“己の生き方”を貫いておられるように見えまする…!!》ガクブル



601: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 22:09:33.41 ID:r5H5rxS30

侍女長「私はいつだって、魔王様にとっての最善を考えています」ニコニコ

魔王「……俺の?」

侍女長「あなたは、指導者なのですから。いかなる事でも確実に自由に行う為、抜け目を見せてはなりません」


侍女長「后様を連れてきた後に、決して誰にも文句など言わせぬように。……抜け目なく整えてから、行きましょう?」


魔王「……」


魔王「ああ。わかった」


町娘「……」クス

亡霊兜『流石ですな』


見えない場所で、努力をしていてくれた人がいた
見えていた以上に、支えてくれた人がいた

それもまた、渦中には気づけないもの。
知ってから、“ありがたみ”に気づくものだった



602: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 22:10:00.17 ID:r5H5rxS30

魔王「……侍女長。感謝しよう」

侍女長「…………っ!」ペコリッ


深々と、言葉も発せないままに辞儀をする侍女長
その顔はとても嬉しそうで、幸福に満ちたものだった


魔王「……しかし、身軽さというものも、無くしてみてその価値に気付くものか」

町娘「侍女長さんって有能なんですね。魔王様って、本当はこんなにたくさんの書類を用意しないと動けないんですか…」

侍女長「本当でしたら、人手や支度などの準備もありますからもっと多いのですよ?」


亡霊兜『……脚があっても、動けるとは限らぬのですなぁ』

魔王「………」


町娘「お手伝いいたしますね、魔王様」

亡霊兜『うむ。我輩の腕を、どんどん使ってくだされ。町娘殿、魔王殿』


侍女長「うふふ」ニコニコ



603: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 22:10:42.02 ID:r5H5rxS30

その後、“運悪く”書類の申請手続きやミスが続き
半月近く待たされることになった



「ま。もう少しくらい独占させてあげたって、罰はあたらねーんじゃね?」

「見つかったらどんなお咎めを喰らうんでしょう…っ?」

「お、おいおい……。怖いこというなよ…」


侍女長の事を想う“誰か”の計らいがあったことなど
本人達以外には誰にも知る由は無い

侍女長は、そんな“作られた幸運”を大切にして半月を過ごした
『一番に近くにいられる、残り僅かな時間』を、ゆっくり味わうことができただろう


「へへ。あの人、いつも自分のことは二の次だからな。こうでもしなきゃ受け入れないっしょ」

「絶対内緒ですよ! バレたら、侍女長様は泣きながら魔王様に詫びとかいれちゃいますからね!」

「わかってるって! んなことさせねーよ!」



604: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 22:11:18.85 ID:r5H5rxS30

見えない場所にいる。
気付かない場所で願っている。

誰かが誰かを、どこかで確かに、想っている

決してバレないように。傷つけないように。
隠れてでもいないと、大切にしてあげられない人がいる



この世界は、そんな 『わかりにくい、不器用な世界』だ




そして……



605: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/18(水) 22:12:41.22 ID:r5H5rxS30

魔王「……さて」


侍女長「いってらっしゃいませ。魔王様」

亡霊兜『我輩はこのまま魔王城でお待ち申す』


町娘「あの…、魔王様。本当に私も連れて行ってもらえるのですか…?」

魔王「……行きたくないのならば好きにしろ」

町娘「っ ……お連れください。お願いします…!」

魔王「……」




魔王「……行こう。手を伸ばせば、すぐそばにある」



617:一日かけて大量ぶつ切り投下します ◆OkIOr5cb.o:2015/02/23(月) 10:23:54.77 ID:JceRb9if0

:::::::::::::::::::::::::


町娘を連れて隣国へ向かう
国境までは、侍女長の進言で馬車が用意された

森の中ではなく、魔王城からまっすぐに伸びる石畳の道
隣国への正規ルートだ

石畳の上を、その高級な馬車は静かに進んでいく
ガタゴトと揺れたりはしない

僅かな振動だけが、車内に馬車が進んでいることを知らせている



魔王「……町の中では 別行動をする。よいな」

町娘「え……」


町娘「ですが、それじゃあ魔王様がお一人に…」

魔王「供は要らぬ。入国は伝えてあるが、まさか国境の淵にある町だなどとも思っていないだろう」

町娘「……?」



618: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/23(月) 10:24:24.24 ID:JceRb9if0

魔王「俺が来たことを知られては、駐在軍が騒ぎ出すはず」

魔王「あそこの駐在軍など、見つかり問われでもしては殺しかねない」

町娘「……うちの町の軍は… 荒れてますからね」

魔王「……」


町娘「横暴で… 肝心な事は見てみぬフリ。見つかったら、守られるどころか 何をされるかわからないヒト達」

魔王「ふむ。恐ろしいか」

町娘「怖くはありません。ですが… 生きて戻ったのが見つかったら、“面倒の後始末”くらいはされそうですね」

魔王「…これを、貸しておこう」

町娘「? これ… だ、駄目ですよ! 魔王様の剣ではないですか! それに私は剣なんて……っ」

魔王「使えるだろう。おまえではなく、亡霊鎧の手脚が」

町娘「あ……。 で、ですが」


魔王「おまえも、俺のものなのだ。……つまらない理由で死んでやるな」

町娘「……魔王…様」

魔王「お前の“本当の価値”になど興味は無い。わざわざ失って、知る必要はない」

町娘「……ふふ」



619: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/23(月) 10:24:55.47 ID:JceRb9if0

魔王「目立たぬように行動する。お前も好きしろ」

町娘「…そう、ですね。私も、なるべく目立たぬように動きます」

町娘「例え時間でも。もう… 私の一部を勝手に棄てられるのは、こりごりですから」

魔王「ああ」

町娘「ありがとうございます、魔王様」ペコリ




手綱を握る従者が、馬達に声をかける
正面から、乗り込んでいく


町娘は、一目 想い人に会う為に
魔王は、自らの望みを―― 少女を、手に入れる為に



620: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/23(月) 10:25:24.92 ID:JceRb9if0

なだらかにカーブした下り坂を降りきった時、馬が止まった
馬のいななく声と、ドウドウという従者の声

馬車の扉が開かれる


従者「魔王様。ここより先の街道が、既に隣国の境界線になります」


魔王「……」

従者「ここでお待ちしておりますので」

魔王「必要ない」

従者「……かしこまりました」ペコリ

町娘「……」ペコリ


馬車の去るのを見送ってから、歩き出した
魔王に、2歩ほど遅れて町娘がついていく



街道に沿った小さな町
その正面にあっても、人は閑散とした様子だった



621: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/23(月) 10:25:57.61 ID:JceRb9if0

町娘「この正面の通りには商店などがあります。民家はそれぞれの裏に列になっています」

魔王「ふむ」

町娘「町の奥に、枯れ井戸がひとつ。その斜め横にある大きな建物が駐在軍の宿舎です」

魔王「井戸を目印に、近づかないようにするとしよう」

町娘「はい。では私は 目立たぬよう、少し遅れて行きます」


町娘「……どうか、お気をつけてくださいね、魔王様」

魔王「心配など、要らぬ」



町娘と別れて町を歩く
まばらに姿を見せる住人たちは、どこか暗い顔だ

伏せられた瞳は、魔王とすれ違っても 姿を捉えていないように見える
まだ、午前も早い時間だというのに 慌しく働くものの姿すら見当たらない


魔王(……ここまで…この町は荒廃していたのか)



622: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/23(月) 10:26:25.99 ID:JceRb9if0

1年はとっくに越えた
だが、3年はたっていないだろう
以前にこの町のそばまで来たときは、まだもう少し活気があったようにも思う

“CLOSE”に掛け直されてから
時間の経っていそうな酒場の看板をみかけた

商店があると聞いてはいたが
僅かな食料品を扱う店の他はどこも戸が閉まっている

これでは、私服を肥やしたところで駐在軍には娯楽などないだろう
すっかり寂れている町を眺めながら、魔王は歩いていく


魔王(……そうか。他国・他町からの旅人が減った影響か…)


町娘を商人から買った後で、魔王はほぼ全ての謁見を断った

この町は魔国に一番近く、農業も行えない貧しい町だったが
魔国に近いからこそ、魔国に赴く旅人が金貨を落としていたのだ


魔王(……慢心していたな。警備兵も、町民も)


誰かのせいにして何もせず、当然のように与えられる“配給品”を味わっていた
誰かのおかげで助かっていた事象は気にも留めず、自分を棚に上げていた


魔王(愚かな。努めるべきことを努めて、町や町人を守っていれば そのような思いもせずに済んだであろうに)



623: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/23(月) 10:26:54.28 ID:JceRb9if0

この町の住人だった、町娘
ゆるみきった体制で住人を守ろうとしなかった駐在軍

めぐりめぐって、そんなたった一人の小娘をきっかけに
町をここまで弱らせ、自らの首を絞めることになったのだ


魔王(……いや。駐在軍のせいだけとも言えぬな)


少女が何度か言っていた、“近くに住んでいるおじいちゃん”
傷の手当を教わったものの、パンは『買う』必要が無いことは教えなかったあの老人

あの者も、親切心こそは持ちえていたようだが……
自らのリスクを負ってまで、少女を助けることはしなかった


他者に対して、多くの関わりは避ける
恐らく、無関心を装う者も多いのだろう


誰かが、町娘を助けることは本当にできなかったのだろうか
あの町娘は、本当に“抗いようも無い方法”で達磨にされたのだろうか


魔王(……『情けは人のためならず』、だな。この町は、そんな“情け”の足りない住人達によって荒廃したのだ)


少女の言葉を思い出し、改めてその姿を探すことにする
貧しい少女だったのだから、きっと小さな家に住んでいるだろう



624: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/23(月) 10:27:24.16 ID:JceRb9if0

通りを横断し、裏道のような細い通りへ
小さな民家が雑然と並ぶ場所が見えた


その付近に向かおうとすると、足早に動く影が遮った
町娘だ


彼女には亡霊鎧の手足があるし、剣も持たせてある
一人で街に入ることに不安もあるだろうが、放っておいていいだろう


魔王(……ふむ。目的の想い人は、不在だったのだろうか)


知ったことではない。町娘の去る気配を待ってから、歩みを進めた

見慣れない町。人影の無い通り。
人気の少なさを見るに… 多くの住人は移住してしまったのかもしれない


魔王(……なるほど。想い人がいつまでもこの町にいるとは限らない、か)


もしも… もしも、あの少女が既に町を出ていたら
あるいは、既にどこかに身売りでもされていたら――

不吉な考えに、脚が止まる



625: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/23(月) 10:27:57.21 ID:JceRb9if0

溜息をつく
ふと流し見た中央の通りに、人影を見つけた


魔王(! あれは……!)


空の花かごを抱えて歩く少女の姿だった



月日は彼女を成長させていた
だが充分な栄養を取らないその身体は、相変わらず細く小さい

衣服は白なのか茶色なのかわからない、麻布で
長く伸びた足は、痛々しいほどの細さを浮き立たせ
痩せこけた腕に抱えられた花かごが、いまだ貧しさの渦中にいると教えてくれる


魔王が最後に見た少女は、美しいドレスをきて
『おひめさまみたい?』と笑っていたのに

今の少女は、まるで出会う前の少女に戻ってしまったかのようで
魔王と共に過ごした月日など なかったことにされているようで――

ただ、姿を見つけただけなのに
たったそれだけで、ひどく胸が痛んだ


魔王(ずっと… ずっと、地の水を飲むような生活を…続けていたのか…)



626: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/23(月) 10:28:28.07 ID:JceRb9if0

遠目にもわかる、腕にある青い痣
腫れて赤くなった足を、僅かに引きずって歩いている


魔王(………っ もっと… 早く、こうしていたら)


後悔が心を苛立たせる
それでも少女を見つけた

今は一刻も早く
痛みの中でも 影でもない、そこにいる、確かな物へ…… 


この声を、届けなければ


魔王「少女!」

少女「!」ビクッ



少女は、ビクリと身をちぢめて驚いた

その様子は、出会ったときと何も変わらない。
彼女が本当に少女なのだと、魔王に実感させてくれる


魔王(言葉を受け取ったわけでもないのに。少女が少女であるだけで、こんなに安心するなどと…)


これは、懐かしさなのだろうか
それとも、久しぶりに得た 安心感のせいだろうか

張り裂けてしまうほどに、何かが心の中にあふれ出してくる



627: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/23(月) 10:28:55.22 ID:JceRb9if0

少女「…あ…」

魔王「少女」


少女「おにいちゃ…っ。 ま、魔王… 様」

魔王「………」


別れ際に言った『お前の兄は、あの男だ』という言葉を覚えていたのだろうか
あるいは、町へ戻って 関係性の薄くなった自分の立場を考慮してだろうか


ともあれ、少女は魔王を様付けで呼んだ

普通であれば、それは他人行儀に聞こえるかもしれない
それにショックをうけることもあるかもしれない


それでも。あの少女が、『魔王』を呼んでくれた事に代わりはない


少女「あ、の…… おに、 えっと 魔王… 様…なの? …本当に…?」


だから、そんなことにいきなり戸惑う少女を見て
魔王は思わず微笑みすら漏れそうになった



628: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/23(月) 10:29:21.05 ID:JceRb9if0

魔王「お前の好きに、呼ぶがいい」


最初も様付けで呼ばれていたのだからそれでもいいと思った
兄と呼ばれるようになったのも、后なのだから気安く呼べと言ったからだ

だが


少女「……もう… そういうわけには、いかない、です。魔王様」ニコ

魔王「……」


今のその呼び方には、距離感を感じた

最初に出会ったときには、少女は魔王を『魔王』と正しく認識していなかった
『魔王様』という呼び方は 意味の無い、ただの呼称であった
その実体はとても馴れ馴れしいものであったから、気にならなかっただけだ

今は…『魔王』として認識し、その格差だけの距離をとろうとしている
距離をとり、お互いの立場を認識させるための呼称。
様付けで呼ぶことで、距離をとり、離れようとしているように感じられる


魔王「………らしくないことを、するな」

少女「え?」



629: ◆OkIOr5cb.o:2015/02/23(月) 10:29:46.73 ID:JceRb9if0

自分より地位の高い者は全て一緒だった
だから、最高峰に立つ自分にも 少女は僅かな差しかない者と同じように、親しく接してくれていたのだ


魔王(……最高位であるプライド、か。そんなつまらないものが俺にもあったのだな)

魔王(他の者と同様に扱われることに腹を立て。同様に扱われることで得ていた利点には気付かなかった)


自分の事は、気付かない
他人のことであれば、容易く気付けるのに


魔王(……魔王“様”、か)


本当は、もっと近しい名で呼んで欲しかった事を思い出す


魔王「俺のことは… 『魔王』、と呼べ。遠慮も要らぬ」

少女「え? え… 呼び捨てでいいの…? 私、怒られちゃわないかな…」

魔王「